【20】世界の管理者
――――魔王との対決の数日後。
「始末書……始末書……始末書」
ああ、終わらない。
「デイルくん、少し休んだらどう?」
「アマリリス姐さん」
イスキオス本部の書斎にやって来たのはアマリリス姐さんだ。
今は同じ幹部とあって昔の呼び方に戻っている。
「ほら、お茶請けにどうぞ」
「わぁ、クッキーだ。ありがとう、姐さん」
「気にしないで。それにしても……ジルくんとアンジュちゃんのこと、良かったの?」
「……」
魔王を倒した後、俺は2人のもとを離れた。
「それがいいんだよ。多分ね」
俺はあの後、自分がイスキオスであることを明かした。
※※※
――――魔王を倒し、魔王の間にはすっかり静寂が降りている。
「デイル、イスキオスって何?」
アンジュたちは知らないだろうな。
「簡単に言えば世界の管理者。世界を裏から操ってる秘密結社だよ」
「秘密……結社?」
聞き慣れない言葉にジルが戸惑っている。
「そ。俺は……俺の実家はその総帥の一族。俺はその組織に属し、裏から勇者パーティーのバックアップをしていた」
「どうして……」
「それがイスキオスの美学……勇者が魔王を倒し世界が平和になる……と言う世界の摂理に順次しているから」
「ずっと……何も言わずにそんなことを……どうして」
「言うわけにはいかなかったんだ。それがイスキオスのスタンスだし……最初からそれを知っていたらジルは断ったろ?」
「それは……その、そうだ」
「でも俺はお前と冒険がしたかったんだ。今まで言えずに……ごめんな」
「……」
ジルは何とも言えない表情を浮かべる。
「さて、みんな。帰ろうか」
「いいの?デイル」
「うん、クロウ。魔王は倒され勇者は勝利を手にした。俺たちの任務は終わりだ」
俺たちイスキオスが表舞台から降りる時が来たのだから。
俺たちは夜の帳に溶けるのみ……。
※※※
アマリリス姐さんに礼をいい、始末書の続きを仕上げていれば。
「こちらにおられましたか、デイルさま」
「デイル。こちらも後処理が大体終わったよ」
ハルベルトと共にやって来たのはクロウである。
「それは何より。てかお前らが義理の父子だったとは」
「いつも息子が世話になっております」
「ああ、いつもクロウには助かっているよ。それでハルベルトはどんな用だ?」
「私に協力してくれていた魔族の生き残りや混魔の冒険者たちのことです」
「ああ、彼らか」
正確にはイスキオスの構成員じゃないものたちもいたが、彼らも彼らで魔王領を国にしようと言うハルベルトの信念に共感したのだ。
「今ではリリア姫を中心に国を形成すべく悪戦苦闘しております」
「ああ。人間の国からも有識者を招いているのだったか」
「ええ。勇者ジルが魔王討伐の報酬にと望んだのです」
「全く……ジルらしいな」
「ええ。勇者と聖女が道中で炊き出しを行ったことを知っている民も多い。ですから民もそこまで抵抗感はないようです」
あの2人の行動も無駄ではなかった。確実に芽を出しているのだ。
「それから私も情報を得たわ」
「クレア……!」
「魔王国のこと。冒険者ギルドの誘致は始まっているわ。ごくわずかな魔族や混魔の冒険者たちが中心となり、イスキオス人員も協力しているのよ」
「ああ、企画書を出しておいた件か」
イスキオス人員とはハルベルトの部下の魔族や混魔中心だがローウェンやルディさんも出向いていると言う。
「とは言えまだまだ問題は山積みよ」
「だろうな」
「そのひとつが食料問題。でも気候を無理矢理操れば氷河期や急激な温暖化が起こるわ」
「ならば品種改良はどうかな?世界の人々が努力して変えていくのなら無理な反動は来ないはずだ」
「そっか……うん、分かったわ。イスキオスの有識者を当たってみるわね」
「ああ。そっちも企画書を出さないとな」
実際に動くのはこの世界に生きる民だが、それを裏から先導するのもある意味管理者の役目なのだ。
「何だ、今度は品種改良って」
「フィラ、来てくれたの?魔王国で食料問題を解決するために魔王国でも育つ品種を育てるんだ」
「ふーん、ならエルフをあたってもいいんじゃないか?王子のシュアンなら話、聞いてくれんじゃねーの?」
「ああ……確かに。植物のことならエルフだな」
「まぁな。だから仕方がない。俺があの嬢ちゃんに言ってきてやる」
「ありがとう、フィラ」
フィラの後ろ姿を見送る。アンジュやハーフエルフのリーシャちゃんの件といい、ツンケンしてても相変わらず面倒見がいいのだから。
「まだまだ魔王消滅の余波は続くな」
「ルキ……!でも魔王消滅の……と言うか魔王国設立だろうな」
「ま、確かに」
「世界は今までになかった道を進んでいる」
勇者が魔王を倒して世界を救う。何万回も繰り返されてきた美しい世界の摂理。
その摂理が今変わろうとしているのだ。
「リリアが国を作ろうと奔走している。ハルベルトもそのために人員を集めた。ジルたちもそのために人間の国々を動かした。そしてギルドもまた魔王国のために動こうとしている」
「それは……イスキオスの美学に反しないのか?」
「……そうだな。今までの美学とは異なるが。しかしそれも美しい世界の在り方だと思わないか?」
少なくとも魔王や魔王軍の台頭の影で民衆が飢えに苦しんでいる世界が美しいとは思えないのだ。
「……ん、まぁな」
「そうだろう?」
だからこそ兄ちゃんも新しい世界の在り方に何も言わないのだろう。
「デイルさま」
しかし続いて現れたアトラスに驚く。
「アトラス?どうした。ギルドで何か問題が?」
「いいえ、違います」
「ならどうして……」
忙しい時期だ。ただ甘えるために来たわけではあるまい。
「裏ギルドに客、来てます」
「客って俺宛か?」
「そう」
「誰だ?」
俺を直接呼び出しなんて。部隊のみんななら念話や通信アプリで済ませればいい。だとしたら……?
「勇者ジルと聖女アンジュ」
「え……」
その名にピクンと固まる。
「どうして」
「さぁ?でもルディが勇者ジルたちの懇願に耐えきれず口利きをしたらしい」
「そうか……ルディさんなら」
ジルたちにも身近だし、俺にコンタクトを取るのなら間違ってはいない。
「どうします?」
「……分かった。会うよ、支度をする」
「分かりました」
「ルキ、後を頼んでいい?」
「ああ、行ってこい」
「ありがとう」
早速上着を羽織りアトラスに示された裏ギルドに転移する。
「さてと……ジルたちは表で待っているのか」
「ええ。首を長くして」
裏ギルドではキールとナルが待っていた。
「私のアンデッドたちもアンジュちゃんのことが大好きですからねー。応援してますよー」
「はは……そういやそうだったな、ナル」
アンジュは相変わらずアンデッドたちにモテているようだ。
――――聖女なのに。
※※※
表ギルドでは懐かしい顔が待っていた。
「アンジュ……ジル」
「デイル!」
「会いたかったのよ!ずっと……ずっと!」
「ごめん……でも俺はお前たちをずっと騙していた」
「そんな風には思ってない。デイルはずっとずっと俺たちを影ながら支えてくれていたんだ」
「そうよ、私がレベルに伸び悩んで苦しんでいた時だって親身になってくれたじゃない!」
「それは……」
「楽しかった。デイルやクロウ、ローウェンさんたちとの修行や冒険が」
「うん、私もクレアって言う唯一無二の親友ができたのよ。それは全部デイルのお陰じゃない!」
「2人とも……」
「だからね、デイル」
「ああ、デイル。俺たちは再びお前と旅がしたい」
「……っ」
「デイル」
ジルが手を差し出してくれる。
「今まで守ってくれて、支えてくれてありがとう。だから」
「ジル……」
「今度はデイルと本当の意味で一緒に歩みたいんだ。だから俺たちと来てくれ」
突き放されてもいいと思っていた。嫌われても仕方がないと思っていた。
それでも許されるのなら。
――――俺は、ジルのその手を取った。
もう一度、歩き出すために。




