【19】魔王との対峙
――――魔王城はまるで全ての人員が出払ったかのように換算していた。あのアンデッドたちは最後に残った魔王軍だったとでも言うのか。
「リリア、ここが本当の魔王城なのか」
「そうよ、ジル。国ではないから国としての機能を維持する魔族も制度も何もない。ここはただ、魔王が勇者を待ち構えるためだけの根城」
まさにハリボテと呼ぶべきか。
「魔王の間はこっちよ」
リリアが導いた扉を開ければ、そこにはあの時待ち構えていた魔王がまた、勇者を待っていた。
『よくぞ来たなぁ……勇者よ』
「ああ。魔王」
『お前を倒すことで我は世界を手にする』
「やめないか」
『はぁ?』
「やめないか、もうこんなこと!魔王領の民は飢え、領土は荒廃している。こんな状況で世界だの何だの言ってる場合じゃない!」
「そうよ、お父さま!」
『リリア』
「魔王領は今こそ国となるべきだわ!そして領土を元に戻し、民を救うの!」
『うるさぁいっ!』
「きゃっ!?」
「リリア!」
魔王の起こした風圧がリリアを吹き飛ばす。
『世界の摂理を何も分かっていない小娘が!お前に何が分かる!勇者に倒されるためだけに生まれた我は……魔王が何なのかをっ!』
しかしそれが世界の美しくあるべく姿である。イスキオスはそう見なした。
『だから我は……我こそは勇者を倒して世界の管理者どもを打倒してくれるわ!』
魔王の根底にあったのはやはりそれか。魔王なりに世界の摂理に抗おうとしているのだ。
しかしそのために犠牲にしたものは計り知れないものだ。
「ジル、潮時だ」
「……デイル」
「お前のなすべきことを考えろ。お前はこの世界を魔王に支配させていいのか?」
「……っ、ダメだ。ダメだこんなのはっ」
「ならば覚悟を決めろ」
「……分かった。魔王!」
ジルが剣を抜く。
「お前は俺が倒す!」
(総員、魔王は世界の管理者にあだなした。つまりはイスキオスの美学を瀆そうとしているも同じ)
隊員たちに念話を送る。
(我らの美学を瀆す者には制裁を)
(((我らの美学を瀆す者には制裁を)))
魔王との決戦が幕を開ける。
『さぁ……我の使役魔物どもよ!あやつらを駆逐せい!』
魔王が大量の魔物を投入する。魔王軍がいなくなった今、魔王にはそれしかないのだろう。
「くそ……っ、何だこの強力な魔物は!」
「それでも前に進むために倒すしかない!ジル!」
「ああ、デイル!」
とは言え確実にこちらの方が不利だ!
「デイルさま!我々も駆け付けましたぞ!」
その時魔王の間の扉が押し開かれ大量の魔族たちが押し寄せる。その中には混魔たちもいる。
「あれは……?」
ジルが驚愕するが……。
「ハルベルト!」
そう呼べば、リリアがハッとする。
「ハルベルト!来てくれたの!?今までどこに……」
「姫さま。申し訳ありませんが今は」
「そうよね、ハルベルト」
「下がっていてください」
「わ……分かった」
『この、裏切り者のハルベルトがぁっ!』
「何と言われようとかまいません。少なくともここにいる同志たちは私の言葉に賛同してくれた」
魔王領に国を作る……か。ハルベルトはそのためにイスキオスとして管理者側に回ったのか。
『だがコイツならどうかな?お前らなど瞬殺だぁっ!』
魔王が召喚したのは巨大な凶悪魔物だ!
「任せて……デイルさま」
この声!
「アトラス!」
「俺が……やる」
アトラスが目隠しを取れば人と魔物が融合した本性を現す。
「デイルさまの邪魔だあァァァッ」
「ギャアァァァァッ」
巨大魔物がアトラスの人外の爪に引き裂かれる。
「さぁ、畳み掛けろ!」
ハルベルトの号令が響く。
「勇者の道を開けるんだ!」
『『『了解!』』』
その声に続いてくれる隊員たち、ルディさん。
「魔王――――――ッ!!」
ジルが魔王の懐に踏み込み剣を薙ぐ。
『うぐおあぁぁぁ……』
召喚で体力を消耗した魔王は崩れ落ちる。
『なぜ……なぜトドメを、ささない』
「リリアが悲しむから」
『なんだと……』
リリアはそれでも魔王を父と呼ぶからか。
「魔王領が国になってほしい、魔王も王として一緒に国を作ってほしいんだ」
『ぐぬ……』
「魔王は世界の摂理……とやらが嫌なんだろう?ならその摂理から抜け出すことが国を作るってことなんじゃないかな?」
確かに。
それならば魔王の存在意義が変わる。
『いいだろう』
魔王……!?
『勇者よ』
魔王がゆっくりと立ち上がる。
「お父さま……やっと分かってくださった」
リリアが涙ぐむ。
――――しかし、その時だった。
ジルの脇腹が血に染まる。剣が突き刺さっていたのだ。
『ぐは……ぐははははっ!騙されたな、勇者よ!』
な……何!?
『お前には治癒魔法で治癒不可能な呪いを負わせてやったわ!これでお前も朽ちるのみ!世界は我が手の中に!』
「イヤアァァァァァ――――――ッ!」
リリアの悲鳴がこだまする。
「そ……んな」
ジルが崩れ落ちる。
「ジル!」
そんな……ジルが!ジルが死んでしまう!一心に駆けた。襲い来る魔物はほとんどいない。今は一直線に駆けるのみ。
『終わりだ勇者……ァ』
魔王の動きが止まる。
その瞬間、魔王の胴から剣が突き出していた。
『ぐぬぅ……おまえ、いつのまに……』
「お前がずるいやつだなんてこと、すぐに分かるよ」
崩れ落ちる魔王の背から見えたのはローウェンがニヤリとほくそ笑む姿。
「勇者は一度魔王を倒した。だからこそ美学には反しない」
その解釈には異論はないが。
「ジル!ジルが!アンジュ!」
「回復する!ヒール!ハイヒール!浄化!どうして……?どうして何も起きないの!?このままじゃ……このままじゃ……ジルが死んじゃう!」
「で……いる、あん……じゅ」
「ジル、もうしゃべるな!」
「……あ……おれと、たび、してくれて……あり……がとな……」
「そんなこと言うな!」
そんな今生の別れのようなことを!
「勇者をどうにかできないのか!姫さま、魔王の呪いについて何かご存じでは!?」
「ごめんなしい、ハルベルト。私には……何もっ」
くそ……っ。何も手はないのか!?
「ルキ、クロウ、クレア!」
「すまない、デイル。俺の禁忌魔法でもこればかりは」
「ぼくもだ」
「私も……ごめんなさい」
「そんな……」
せっかく勇者が魔王を倒したのに、それで命を落とすだなんて。そんなの……そんなの本当にイスキオスの美学に則っているのか……?
『ぐ……ふははははっ』
魔王!?
「ウソだろ?不死身か!?」
ローウェンが驚愕する。
『我は滅びぬ、我は世界の管理者に勝利する!さぁ……今こそこの世界を闇に閉ざしてくれようぞ!』
魔王の姿が黒々とした球体に変化する。その中央にはギョロリとした目が開く。いわゆる第二形態と言うやつか!
「こんなものまで隠していたのか!」
『さぁ……今こそ滅びるが良い!全部、全部、ぜん……っ』
しかし言い終わる前に魔王がピシリと固まる。
「やれやれ、美しくない」
まるで握りつぶされるかのように黒い球体が収縮する。
『アァァァァッ』
そして、消滅する。どこかから魔王の断末魔が聞こえてくる気がした。
「兄ちゃん、何してんの?」
そこにはこの戦いの場に不釣り合いなほど装備も何もなくすらりと立つ兄ちゃんの姿がある。
「世界の管理者権限の行使……かなぁ。魔王は世界の管理者に刃向かおうとした。なら罰を与えねばねぇ」
そう言ってにこりと微笑む。
「それから魔王は強制消滅したからねぇ。勇者の傷、治ると思うよ」
「アンジュ!」
「ええ、分かったわ!」
アンジュが急いでジルに治癒魔法をかければ……効いている!
「ジル!」
「ジル!!」
「あ……みんな、俺、生きてる?」
「もう、ばかぁっ!」
アンジュと共に俺もジルに抱き付き涙した。
「ああぁぁぁっ、うあぁぁぁぁっ!!」
いつぶりにこんなに泣いたであろうか……?俺もアンジュも陽が暮れるまで泣いて、ジルの生還を女神に感謝した。
ただ、いつの間にか兄ちゃんの姿はなかったけれど。




