お正月スペシャル「蛇と闇と赤頭巾」
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
あれから数週間が過ぎた。
教会は修繕し、色も塗りなおし、横には人々の住まう三階建ての住居まで建てられた。
お金と時間の節約の為と建造物の殆どはルシウスの魔法によるものである。
住人は難民とはいっても従来仕事を持った人たちが殆どで、ルシウスの魔法と住居や食事にありつけたことで健康状態を取り戻し、同系列の職場を捜して復帰してもらっている。
戦争で人手が足りない職場が殆どだったので、過去の経歴等問わず、普通に就職でき、収入は教会の維持費に当てられている。
働くことの出来ないお年寄りもいるが、彼らには子供達の面倒を見てもらっているので、ここでの生活費ぐらいならば他の者の収入で簡単に賄えている。
この教会の一番大きな収入は、やはりルシウスのクエスト達成予算であるのは間違いが無いことである。
エリーは教会のとある一室に入る。
別に彼女はシスターではないが暖かい、厚手の黒い修道着に身を包み、長く黒い髪は三つ編みにしている。
部屋にある大きなベッドの上では、シーツにくるまれた一人の白髪の少女が静かな寝息を立てている。
『綺麗……』
朝日が差し込む中、銀色に輝く白髪がその美しい少女の顔にかかり、それはまるで神話の一場面であるかのようにエリーは感じた。
『本当に、口を開かなければ男だなんて絶対に分からないわね』
よく考えたら口を開いても分からないなと思いながら、エリーは寝ているルシウスの側に近寄り、その肩を揺さぶる。
「起きてください。朝ですよ」
肩をゆすられ少しだけ目を開けるも、ルシウスは半分寝ぼけた状態で寝返りをうち、背を向ける。
「アリス、もうちょっとだけ寝かして……スー」
再び寝息を立て始めるルシウス。
『寝ぼけて私をアリスさんと勘違いされてる?』
「起きてください。今日はギルドに呼ばれてるっておっしゃってたでしょう?」
「五月蝿いな」
突然体を引っ張られ、彼の上に覆いかぶさるようにベッドに倒れ込む。
そして彼に抱きしめられ、彼女はその唇に熱いものを感じる。
濃厚なるキス。
彼女が生まれて初めて経験するキス。
父や母と交わした挨拶程度のものではなく、恋人同士が交わす熱いキス。
「んんんんんん」
抵抗しようともがくが、生き物の様に口の中に押し入ってきた彼の舌に自分の舌を絡み取られ、あまつさえそれを吸い出されて彼女の脳髄が痺れる。
頭が真っ白になって何故か力が入らない。
手足がガクガク震えるのが分かる。
エリーの頬が上気し、目が潤む。
一分程して彼の唇が軽く離される、が再び重ねられ、その後は何度も何度も顔を交差させ、唇を奪い合い、吸い合い、舌を絡ませあう。
エリー自身、自分からそうしているのを認識する。
ルシウスはそこで初めて目が覚えてきて気が付く。
少しぎこちない。僅かな舌の動きに違和感を感じる。
『あれ?アリスじゃない』
目を開け、ルシウスは眼前にあるエリーの顔を見て驚愕する。
「!?エリー!?ゴメン!?俺、寝ぼけてた!てっきりアリスかと!?」
口を押さえてベッドの上を後ずさりながら謝るルシウス。
しかしエリーの反応が無い。
「エリー?」
ルシウスは少し心配になって顔を赤くしたエリーの目の前に手を翳す。
「ハッ!?あうっ、あのっ、おっ、おはようございます!」
「おっ、おはよう」
ルシウスも恥ずかしさのあまり赤面し、二人はお互いに顔を赤らめて気まずくなる。
「あっ!そうでしたギルドに呼ばれてる日らしいのでアリスさんに起してきてって頼まれたんでした!」
「あっ!そうなんだ。で?アリスは?」
「朝早くから起きて、いつもの様に掃除に洗濯にお料理とお忙しくされてますよ」
「そうだったね」
何時もならそれでもアリスが起こしに来るのだが、今日は予定があって少し起きる時間が早いので、エリーに頼んで代わりに起しに来てもらっていたという訳だ。
そしてその結果が招いた悲劇。
いやルシウスにとって嬉しいハプニングだった。
「そっ、それじゃ起しましたからね!」
そう言って部屋から逃げ去るように出て行くエリー。
残されたルシウスは赤面したままベッドの上でシーツを抱きしめてコロコロと転がる。
「やっちまった、やっちまったい!」
次に会った時にどんな顔をして会えばいいのか分からない。
ルシウスはそう思いながらも脊髄を走る幸福のムズムズ感でのた打ち回るのであった。
彼が着替えて降りて来るのにはそれから二十分を要した。
途中あまりに遅いおかげで再びアリスが起こそうと彼の部屋に向かう。
エリーに尋ねても顔を赤らめて「起したから!」の一点張りで話しにならない。
「ルシウス様」
閉められていた扉を開け放つアリス。
彼女がそこで見たのはベッドの上に座り、エリーとの余韻に浸り、シーツを彼女に見立ててキスをするルシウスの姿。
「…………」
突然扉が開き、振り向いたルシウスとアリスの目が合い固まる二人。
アリスはそのまま無言で扉を閉める。
「拝啓
故郷におられる奥様へ。アリスは何も見ていません。
敬具」
そう自分に言い聞かせるアリス。
「これは違うのよ、アリスさん!?」
部屋の中、ルシウスは何が違うのか、その答えも出ないまま悲痛な叫び声をあげる。
これではいっそエリーとのキスシーンにお約束で入ってきてくれた方が良かった、と思うルシウスであった。
俺は街の冒険者の店で依頼を受ける。
左遷なのか栄転なのか分からない。
何故か俺がこの街に住み始めてから、港町アドロフのギルドオーナーはマリアさんになった。
彼女は一体何者なのだろう?
ルシウスは以前のこともあってから雇用主の指名での依頼は一切受けないが、それがギルドからの指名依頼であれば断るわけにもいかず、一つのクエストを受ける事になる。
それにマリアさんから頼まれれば断るわけにはいかない。
【メデューサ捕獲依頼】
東の森深く、山の頂きにある古代の神殿跡地に住まう魔物。
近隣にある幾つもの村が襲われているという。
以前、メデューサは近隣から蛇神様と呼ばれ、崇められて供物まで捧げられていた。
人を襲うでも無く、ただそこに住まうだけの人畜無害な魔物。
それが最近になって突然暴れ出したと言う。
その理由を探り、捕獲すること。
もし捕獲出来なくても、メデューサの特殊素材の採取ができればよいとの事であった。
その採取する素材なのだが、それは一流の冒険者と言えどかなり難しいものだった。
俺はアリス、そしてピノを伴って再び目的地に向かう。
え?妖精のピノが何故一緒にいるかって?
あの後、妖精達と分かれた翌日、彼女は俺に襲い掛かった事の罪滅ぼしがしたいと言い、群から離れて戻ってきたのだ。
妖精の女王も街の人々に迷惑をかけたので「頑張って人々の役に立ってきなさい」と優しく送り出してくれたらしい。
「さて、ピノ!冒険に出発だ!行くぞ!」
『アラホラサッサー!』
俺の教えた掛け声で、やる気満々について来るピノであった。
「これは酷いもんだな」
それから二日後。
俺は一番最近に襲われたという、森の中の街オリマに来ていた。
俺達のメンバーには新たに一人の少女が加わっている。
赤いフードで頭を隠す少女。
そこから覗く顔はとても愛らしいもので可愛い。
彼女の名前はメニュ。
ここへ来るまでに寄った場所で出会った少女。
ちょっとした理由で連れて来ている。
別に可愛いから攫って来たわけではない。
彼女には特別な事情があるのだ。
街の入り口付近、城壁の中の広場には数多くの石像が立ち並ぶ。
それは元、人だったもの。
近隣の街の人々が恐怖に怯えている。
これはそれを増徴させる行為で良くないのではないか?と思われるかもしれない。
が、実は襲われているのは冒険者だけ。
街の中にあっては人々の通行の邪魔になると、一番広い城壁入り口の広場にそれは集められていた。
近隣の街の冒険者という冒険者が皆襲われて石化しているのだ。
村や街の住民に被害は無い。
おかげで人が襲われているというのに、国の騎士団等が未だ派遣されていないのはそういう理由。
本来依頼人となり、護られるべき町や村の住民がいないのだ。
一部の商人等が護衛等がなくなって困る事はあっても、依頼料を払ってまで「冒険者を助ける」のでは本末転倒とそんな奇特なものなどいない。
また冒険者ギルドが率先して依頼主になる理由はこれだった。
元々冒険者には無頼漢が多い。
どちらかと言えば盗賊一歩手前などというものも少なくは無い。
おかげで町や村のもの達の中にはそれを嫌うものも多い。
こうやって街の広場に並べられ放置されている現状から見るに、この街での冒険者の待遇を察することが出来る。
『ねえ、ルシウス。見て見て!ピノの最高傑作だよ!』
ピノが呼ぶので振り返る。
「プッ、ハハハハハハハハ」
『笑ってはいけない。この悲惨な状況に笑ってはいけないが、笑いが止まらない』
振り返るとそこには頭と尻から一輪の花を咲かし、顔に黒いペンでチョビヒゲとほっぺたに二重丸、額に「肉」と書かれた哀れな冒険者の石像があった。
「ハハハハハ、いいぞピノやるじゃないか!」
俺の肩を叩く者がいる。
振り返ると顔を下に向け、肩を震わせているアリスがいた。
「わ、笑っては、いけ、いけません。ゴ、ご主人……ニャハハハハハハご主人様!ゴメンなさい!アリスも我慢できません!!ニャハハハハハ」
諌めようとしながらも、アリスは腹を抱えて大笑いをしている。
アリスの属性は本来傍観タイプのボケキャラである。
ピノの参戦により、とうとうツッコミ役の一部を俺に振れるようになった為か、彼女は久しぶりに従来のスタイルに戻りつつあった。
俺達が笑っていられるのは彼らを助ける方法があることを知っているからであって、決して死者を冒涜しているわけではない。
ひとしきり笑い転げた後、俺達は街の中を散策する。
この街にメデューサが潜伏している可能性が高い。
「さて何処から捜したものか。取り敢えず二手に分かれよう。俺とピノ、アリスとメニュで何かあったら念話で連絡。OK?」
俺達は二手に分かれて散策する事になる。
暫くして街の中央の人の多いところに俺とメニュは辿り着く。
「さて、人に化けてるんだよな?どうやって捜したものか……」
俺は途方に暮れる。
そんな時、突然真っ黒い陰が上空から俺の前に降り立つ。
手には大きな黒い鎌。
そして全身黒いスーツに身を包み、顔は見えない。
しかし……
『上から90、45、80。GOOD!』
間違いなく美女である。
顔は見えない。でも美女である。でなければ神が許しても俺が許さない。
「おねえさ~~~ん」
俺は思わず彼女に抱きつく。
ただの村人等に抱きつくことは無い。それではただの変態だ。
しかしこの女性は明らかに俺を意識している。
でなければこんな格好をして街中で俺の前に現われなどしない。
つまり、俺のファン。それもかなりのコア層と見た。
仕方が無い。これは挨拶だ。
「おっと!?」
抱きつこうとする俺の前に彼女が持つ大きな鎌の刃が割り込み邪魔をする。
「お前、何者だ?」
彼女はスーツの下からくぐもった声で俺に向かってそう問いかける。
「「あれ?おかしいよね?それって絶対俺のセリフだよね?怪しさバツグンなのは君だもんね」
そう思って周りを見る。
街の人々は立ち止まり、視線の先は俺。
何故か怪しい者を見る目が俺に向けられていた。
「あれ?何故??」
そんな時、肩に乗ったピノが俺のコートの襟を引っ張る。
『アンブロシウス。この人、普通の人には見えてないよ?』
「アンブロシウスじゃない!ルシウスだよ!って今は別にいいけど。え?本当?」
「そこの小さいのは妖精か?そいつの言うとおり私は他者の認識をずらして存在している。お前以外のものには、私の姿は見えても道端の石ころぐらいにしか感じていないはずだ」
「何と!?それは凄い!」
それがどういった力なのか興味は湧いてくる。
魔法?それとも技能?
もともと人を化かす能力に秀でた妖精のピノには、そういった幻術紛いのものが効かないようだ。
「そんな事はどうでもいい。お前、何者だ?私の目にお前の姿が見える。これではまるで……」
「目があるなら見えて当然だろう?」
「この鎌に触れろ」
目の前にある大鎌に触れてみる。
罠である可能性もあったが「虎穴に入らずんば、虎子を得ず」だ。
いや「毒を喰らわば、皿まで食べろ」だったかな?
まあいい。兎に角俺は触ってみる。
突然の暗闇。俺は眩暈を覚えて片膝を付く。
いや、全くの暗闇という訳ではない。
「これは……」
自分の口から言葉が波紋になって見える。
それに常に聞こえる音楽。
『視覚と聴覚が逆転している!?』
【魔鎌 闇過多】
形状は黒い刃のデスサイズ。刃に触れたものの視覚と聴覚を入れ替える魔剣。
『音を見る。それは闇の中で広がる波紋を見るよう。
光を聞く。それは溢れる音のシンフォニー。
闇を聞く。それは溢れる音のラプソディ』
俺は目の前にあるであろう大鎌にもう一度触れて視覚と聴覚を戻す。
「それが私の今の感覚。それなのにお前の姿が私の目にはっきりと見える。今一度聞くぞ。お前は何者だ?」
光、音、闇。それら他次元に身を置くルシウスの魂。
彼女にはそれが見えているようだ。
「俺はルシウス。冒険者だよ」
「冒険者?この街の冒険者は皆やられるか隠れるかしているはずだが……」
「ギルドからの依頼で、今さっきこの街に着いたばかりだよ」
「嘘だな」
「嘘じゃない」
「いや、嘘だ。私の名はシーシー・G。お前と同じく冒険者だ。ギルドからの依頼は私が受けている。お前の事など聞いてないぞ」
「はいっ!?」
目の前にいるシーシー・Gという女性も同じくギルドの依頼を受けたもの。
ブッキング?そんな事があるのだろうか?
それにシーシー・Gと言う名前。
何処かで聞いたことがある。
何処だったか……。
「兎に角ギルドで確認すれば分かるさ。俺も今回の捕獲依頼を受けているんだ」
「それも違うな。私が受けたのは討伐依頼だ。捕獲などではない」
どうにも話が噛み合わない。
「まあいいさ。どちらにしても目的が一緒なら探すのぐらいは手分けしないか?何せ人間に化ける魔物だ。どうやって捜すか悩んでいたんだ」
「まあ良かろう。見つけてお前が捕獲するならばそれでもいい。もし討伐なら捕獲されたものを私がもらおう。捕獲された状態なら殺すのはたやすいからな」
「話が早くて助かる。で?何か有力な情報は?」
「いや、今のところ無い」
そう言う彼女の横。
一人で騒いでいると見られている俺を避けるように一人の女性がスタスタと横切る。
その女性はウネウネとヘビの髪の毛を生やしていた。
ズコーーー!
生まれて始めてだった。
俺はありえないほどズッコケた。
どれくらいズッコケたかと言うと逆海老反りで、俺の後頭部が足元に敷き詰められた石畳を割ったほどだ。
『そのままやないかい!』
何事もないように通り過ぎようとするその女性に、ピノは思わずツッコミを入れる。
『ナイスツッコミだピノ!』
「お前、何かの病気なのか?」
いぶかしげにズッコケる俺を見て、頭を捻るシーシー・G。
「これまたボケキャラかい!?」
ピノに突っ込みを入れられ、立ち止まった女性を指差しながら俺は叫ぶ。
「これどう見ても人間じゃないよね!?メデューサ以外の何者でもないよね!?」
立ち止まった女性はキョトンとした顔で首をかしげる。
その女性に並ぶように首をかしげるシーシー・G。
「お前、自分の大鎌に触れて横を見ろ!」
彼女のスーツがアメーバーのお様に蠢き、手の部分だけがあらわになる。
そして自分の大鎌の刃に触れて横を見る。
「おおっ!?」
「おおっ、じゃねー!」
思わずシーシー・Gの頭を平手で叩く。
「視覚と聴覚入れ替わったまま捜してるからだろうが!」
「お前な!そうは言っても相手はメデューサだぞ!目で探したら不味いではないか!」
「私の幻術が通じない……お前達、一流の冒険者だね!」
どうやらメデューサは幻術を掛けて街の人々の目を誤魔化していたようだ。
一流と呼ばれる武芸者はある程度の幻術を見破る能力が備わる。
それは視覚にとらわれず、筋肉や骨の動き、その人が発するオーラまでをも目で見るからだ。
女は自分の幻術が通じない俺達を敵と認識したようだ。
彼女の体が膨れ上がり、服を引き裂いて巨大なメデューサの姿になる。
頭からは髪の毛の代わりに蛇を生やし、目は緑色で爬虫類のそれとなる。
周りにいた街の人々が一斉に悲鳴を上げて逃げ惑う。
「目を見るなよ!石化してしまうぞ!」
シーシー・Gが叫びながら後退する。
先程のメデューサの「お前達」と言う言葉から察するに、シーシー・Gは術を解いるらしい。
もしかしたら戦闘状態に意識を切り替えると、その術は解けるのかもしれない。
それでも視覚と聴覚を逆転しているシーシー・Gには石化が効かないようだ。
それで今回の依頼が彼女にいったのだろう。
「分かっている!目なんか見ている場合じゃないしな!」
何故か俺は親指を立て、彼女に合図を送る。
目の前で巨大化したメデューサが覆いかぶさるように俺に襲い掛かる。
『そう、目なんかを見ている場合ではない。メデューサは半身半蛇。その上半身は裸の女性。貝殻で胸を隠す人魚達とは違ってモロではないかね!人間サイズの時は80程度だったが、今は500はあるな』
ルシウスの目の前に迫り、大きく揺れる巨大な乳房。
「う~ん、ちょっと大きすぎかな。でもアレなら埋もれて死ねるな。腹上死ならず胸下死だな」
『わ~お、ルシウス。今回はエロガキ全開バリバリだね!』
「エロガキ言うな!お正月だからサービス満載だね!」
「危ない!」
シーシー・Gの叫ぶ声が聞こえる。
俺は胸から目を離さず、脳内シナプスと筋肉を強化する。
メデューサが俺のいた場所に巨大な手の平を押し当てる。
石畳が割れ、彼女の手が地面にめり込む。
「潰されたか。おもしろいもの、いや、おしいものを亡くした。合唱」
「合唱するな!そして勝手に殺すな!」
俺はシーシー・Gの横に現れ、頭を平手で叩く。
「おおっ!?生きていたか!私はてっきり潰されたものかと」
「あれが手の平でなくて、ボディプレスだったなら甘んじて潰されてもよかったがな」
「で、どうするんだ?お前が捕獲しないなら私が倒すぞ?」
そういう彼女の体、黒いスーツが蠢きその形を変える。
彼女の肩の辺りから巨大な黒い腕が生え、俺達が会話している間に向かってきたメデューサの腕と組み合う。
押さえあい、メデューサと睨み合うシーシー・G。
「そのままでお願い!」
俺はそういうと亜空間から一つの武器を取り出す。
【魔剣 レクイエス】
形状は金剛杵の一種で独鈷杵。柄の両方に長い刃がある。
直剣ではなく曲剣。左右反対に曲がってSの形をしている。
斬ったか刃に触れた相手に強力な眠気を起させる力を持つ剣。
もし斬られたならば、誰かに起されない限り、その者は血を流しながら永遠に安らかな眠りにつく。
放置プレイされると確実に死ねると言う、恐ろしくもドSな魔剣。
メデューサの髪の毛の蛇が伸び、シーシー・Gに襲い掛かる。
俺は手に持ったレクイエスの刃の平で、その蛇を全部まとめて横薙ぎに叩きのめした。
たったそれだけ。
それだけでメデューサは倒れ伏して動かなくなる。
「アッサリとしたもんだな。つまらん」
「そう言わないでよ。一応相手はこのあたりの蛇神様だよ。傷つける訳には行かないだろう?」
「ご主人様~」
念話はまだしていないが、騒ぎを聞きつけ、アリスとメニュが駆けつけてくる。
「ああ、丁度良かった」
「お母さん!」
アリスに続いてメニュが駆けつけ、巨大なメデューサにすがりつく。
彼女の赤いフードがフワリと捲れる。
そこから現れたのは目の前に横たわるメデューサと同じく、小さな蛇を生やした頭。
そう、彼女はこのメデューサの娘だったのだ。
俺がここに来る前、先に寄った彼らの寝所たる神殿跡地。
その側の森の中で俺は彼女の怒りの原点を知る。
一部の愚かな冒険者による娘の殺害。
メニュは隠れた岩の間で物言わぬ骸になっていた。
おそらく襲われたときにそこに隠れさして、母であるメデューサが襲い来る何者かを引き離そうとしたのであろう。
娘の死を知ったメデューサ。
普通であれば人間全てを憎み、狂気に陥って街の人を皆殺しとなってもおかしくは無かった。
しかし彼女は娘を殺したであろう冒険者だけに絞って襲い、石化させている。
そんなメデューサを殺すわけにはいかない。
俺は殺されていたメニュの体を修復し、そこに新しい魂を注入しようとした。
しかしそこで一つの奇跡。
彼女の魂はまだそこを離れずにいたようで、体を修復したら生き返ったのだ。
ここで隠れていれば母が迎えに来る、と魂までがその場所に縛られていたのであろう。
「お母さん起きて!おきてよ!お母さん!」
薄っすらと目を開けるメデューサ。
「ああ、これは夢かしら。それとも私も死んだのかしら。死んだはずのメニュが見えるわ」
メデューサは大粒の涙を流す。
「私生き返ったの!本物よ!生きているの!」
抱き合い、涙を流す親子。
俺はそんな彼女らに近付き、懐からビンを取り出す。
「感動の再会中にごめんね」
俺はあたりを塗らすその大粒の涙の一つをビンで受け止める。
「任務完了!」
一滴あれば十分。
これをプールサイズの水に入れ、その水をかければ石化した者達は全員元に戻る。
「お前の依頼は捕獲ではなかったのか?」
「サブのミッションでね。これでも依頼は完了するんだよ」
「そうか……なら」
俺はレクイエスをシーシー・Gの首に当てる。
「何のつもりだ?」
「それはこちらのセリフさ。お前……お前のクエストってさ、どの時点で受けたものだ?」
「……それを聞いてどうする?」
「おかしいんだよね」
「何が言いたい?」
「つまりさ、俺達の依頼はブッキングなどしていないんじゃないかってね。
お前が受けたギルド当初の依頼はメデューサ討伐。それでメニュは殺されたんじゃないかってね。
そして人の姿になり、人に紛れて冒険者を襲うメデューサをお前はその目では追いかけられなかった。
お前が俺と行動を共にしたのは、人に化けたメデューサを見つけさせる為。
自分の武器の刃に一回しか触れていないのに、その後睨み合って戦闘したのがその証拠。
触って、さらに驚いた振りまでしていたが、本当は刃に触れていなかったんだろう?
闇の中で襲われたのか、それとも闇で顔を隠して襲ってきた敵なのか。
相手を特定出来ず、それでも冒険者と名のつくもの全てに復讐をするメデューサ。
俺に依頼されたのは捕獲依頼とは名ばかりの、実はメデューサの保護依頼なんじゃないかな。
しかし被害が出ているのに、お前の依頼が解除されていないところを見るに、ギルドも一枚岩ではないようだがな……」
「フフ、ハハハハハそこまで分かっているなら話は早い。お前の依頼は一応果たしたのだろう?良かったじゃないか。さあどけ!死にたく無ければな!」
「い~や、どかない」
「どうしてもか?」
「ああ、どうしてもだ」
俺達は睨み合う。
ギイン
火花が飛び散る。
俺の剣とシーシー・Gの剣がぶつかり合う。
「ご主人様!?」
『アンブロシウス!?』
アリスとピノの叫び声がする。
メデューサ親子の感動の再会を見ていて、俺達の静かなる諍いに気が付いていなかったのであろう。
しかし今は説明も気にしている間もない。
「その黒スーツ何で出来てるんだよ!」
「お前もよく躱す。久しぶりだよ。こんなに斬りあえる相手と戦うのは!」
切り結び合い、俺の剣がシーシー・Gの黒いスーツを捉える。
しかし魔剣ですら切り裂けず、そのスーツに傷一つ負わせることが出来ない。
一方こっちは服を大鎌で切り裂かれてボロボロになっていく。
まだ傷は負っていない。もし斬られたら……。
建物から建物へと飛び移り、俺達は何度も剣撃を繰り出しながら交差する。
空中で激しく剣が重なり合った瞬間、シーシー・Gの体から黒い腕が再び飛び出してきて俺を掴もうとする。
俺は空中なので、咄嗟にその腕を蹴って逃げようとする。
しかし俺の案は蹴り足を黒い腕に伸ばした瞬間にもろくも崩れ去る。
黒い腕が花開き、無数の腕となって空中にいる俺を捕らえたのだ。
「しまった!?」
黒い大鎌が迫る。
アマテラスも絶対王の呪文も間に合わない。
首に迫る大鎌。
俺は全力で身体強化を施して黒い腕を力任せに引き千切る。
自分の筋肉すらもあまりの力に数本切れるのが分かるほどの力が必要だった。
俺は手に持ったレクイエスで大鎌を受け止める。
「残念」
彼女の言葉どおり、シーシー・Gの大鎌に当った俺の剣がすり抜け、黒い影となって霧散する。
そしていつの間にか背後にある彼女の黒い手に握られた本物のデスサイズが俺の背中を貫いた。
「ガッ!?」
口から血を吐きながら俺は地面に落下して叩きつけられる。
それでも手に持った剣を離さずにいれたのは僥倖と言えよう。
傷は治療することが出来る。
しかし、俺の目にする世界が逆転した。
真っ暗な世界に音の波紋が広がり、光が奏でるラプソディーの音楽が、今はレクイエムのように感じる。
シーシー・Gはルシウスの横に降り立ち、体に纏わり付いたアメーバーのようなそのスーツの頭部が開いて彼女の素顔があらわになる。
ルシウスの予測どおり、薄紫の髪の美女。
「フフ。そうなってしまっては私が何を言っているかも分からないだろうな。本当に残念だ。お前は頑張ったよ。Sクラスの私とここまで戦えたのだからな。誇るがいい。ただし、あの世でな!」
シーシー・Gは闇過多を振りかぶり、感覚を混乱させて身動きできないでいるルシウスに振り下ろす。
「なんでそこで油断するかね」
「なっ!?」
俺のレクイエスが振りかぶった彼女の頬を切り裂く。
シーシー・Gを強烈な眠気が襲う。
彼女は闇過多を手から落とし、フラフラと足取りもおぼつかずに後ろに数歩下がる。
「な…ぜ……」
「お前の間違いは俺にその感覚を体験させたことだよ。もう、憶えた。流石に何を言っているのかまでは判別出来ないがね。と言ってももう聞いていないか」
彼女は地面に倒れ伏し、既に深い眠りについていた。
彼女を護るようにその顔を黒いスーツが自動的に覆う。
近くに落ちたデスサイズの刃に触れ、ルシウスは彼女のスーツを見る。
「これは……闇の精霊の塊か。これほどまでに好かれているとは……」
生まれてからどれほどの時間を闇と過ごしてきたのか、彼女の壮絶な人生を物語っているようであった。
闇の精霊は地の精霊の上位種に当たる。
エルフ達ですらこれ程闇の精霊と契約を交し、自在に仕えさせる事は出来ないであろう。
ちなみに火の上位種は光の精霊、水の精霊の上位種は氷の精霊、風の精霊の上位種は雷の精霊となる。
他にも特殊な精霊や亜種もいるが、大まかなところはそんなものだ。
しかし魔剣ですら通さぬ闇の鎧。
これでは彼女を起すことができない。
「どいてよ」
ただ一言。
ただの一言で闇の精霊のスーツが彼女から離れ、彼女の影の中に消える。
スーツを構成するものが闇の精霊であれば、大地の分身ともいえるルシウスには容易い事。
しかし自分でそうしながらルシウスは慌ててコートを脱ぎ、彼女に被せる。
闇の下から現れた彼女の姿は、一糸纏わぬそれだったからだ。
「神よ感謝します。これは今日一番のセクシー&ダイナマイツです!」
被せたコート自身彼女の手によりボロボロ状態。
それを被せて大事な部分は何とか隠せたが、逆にすごくエロチックであった。
「ねえ、起きなよ」
ルシウスは、彼女の二つの大きな山の片一方を指でつつきながら起こそうとする。
彼女は半目を開け、俺を見ながら寝返りをうつ。
「う~ん……もうちょっと寝かしてよ……スー」
「ボケはボケでも寝ぼけボケ!?かなりの高等技術だよ!?」
横で大声を出してもスヤスヤと寝息を立て始める。
「ああ、そう言えば逆になってるんだったな」
彼女にとって言葉は目に見える波紋。
寝起きで文字を見ても起きるわけが無い。
音で起すのなら強い光を当てればいいのだが……。
俺はそこまで考え、寝たいなら好きに寝させてあげようと放置する事にした。
まあ、頬の傷は治しておく。
ここは街中。
親切な街人がいれば起してくれるだろう。
港町アドロフに帰った俺はギルドに行き、クエストの素材をマリアさんに渡す。
「酷いよ~ママン」
いつもの様に彼女の胸に飛び込み、俺は愚痴を漏らす。
アリスは教会にいるのでここにはついてきていない。
やるなら今の内だ。
「まあまあ、ごめんねルシウスちゃん。大変だったみたいね」
「まったくだよ~。Sクラスとかち合うなんて普通なら死んじゃうよ」
「ええ、そうね。でもギルドの方も何とか落ち着いたの、ありがとうね」
どうやらやはり何か揉め事があったみたいだ。
俺が分かってると踏まえて話すのは買いかぶり過ぎだと思うけどね。
まあ片付いたなら気にしなくてもいいだろう。
「それとお詫びと言っては何だけど、ルシウスちゃんには今回のクエストで報酬以上の新しいご褒美を用意したのよ?」
「え!?マジっすか!?」
俺は彼女の胸から嬉々として顔を上げる。
彼女が胸元に手をやる。
『まさか!?生でハグできるのですか!?』
俺は期待でドキドキ感が止まらなくなる。
『如何、鼻血が出そうだ……』
「じゃ~~ん!!」
彼女はそう言って胸元から取り出したのは金色の小さな金属プレート。
それはこの連合国での冒険者の頂点であるSクラスを現すタグであった。
「なんだ……」
俺は落ち込む。期待外れもいいところだ。
「なんだ、って分かってるの?これの価値」
「え?ただのSランクのタグでしょ?」
「あのねルシウスちゃん。このSクラスのタグを手にすればね、この連合国では王族並みの待遇を受けられるのよ?」
「王族並み?」
「そう」
彼女に説明を受ける。
このタグは王族より与えられた特別許可証。
このタグを見せれば各街の宿もただ、食費もただ、町長だろうが村長だろうが衛兵だろうが貴族だろうが、兎に角このタグを前にしてはひれ伏さざるを得ないと言う代物と言うことだった。
「ああ、つまり黄門様の印籠だね」
「?それは何かは知らないけれど、そうよ。凄いものなのよ」
もともと王国三大貴族の一人であるアンブロシウスは、故郷に帰れば同じ権利を持っている。
いや、それ以上の権利を持っている。
なのでそれ程の価値を感じないのだが、一応マリアさんの手前、嬉しそうにもらっておく事にした。
教会に帰り、今回の報酬である五百金貨をアリスに渡す。
「お帰りなさい」
「おかえり!お姉ちゃん!」
そう言って出迎えてくれるのは人間に化けたメデューサ母と赤頭巾の少女。
人の姿になっている時は、その石化の能力は使えない。
もう帰っても危険は無いのだろうが、良い思い出の無い神殿に帰りづらそうだったので俺は二人を一緒に連れて帰ってきた。
そして……。
「お帰り。ルシウス君」
そう言って俺に背後から抱きついて来る女。
「なんでお前まだいるんだよ!早く帰れよ!メニュが怯えてるだろう!」
そこにいたのは闇の服を着たシーシー・Gだった。
彼女を見てメニュは怯え、母のメデューサは牙を剥き出しにして威嚇している。
「冷たいな~。それに女の顔に傷をつけたんだから責任とって貰わないとね」
それらを完全に無視して会話するシーシー・G。
放置プレイがそんなに気にいったのか、何故か追いかけてきて俺に懐いてしまった。
「ルシウスさんから離れなさいよ!」
エリーが俺とシーシー・Gの間に割って入り、彼女を引き離そうとする。
「イヤダ!」
離れてなるものかとシーシー・Gは闇の触手で俺に絡みつく。
俺の住処の教会は、こうしてさらにややこしい住人を増やしていくのであった。
妖精に蛇女に猫娘に闇女……いつかモンスターハウスとなる日も近いかもしれない。
あれ?もう既になってるか。




