二つの白き鬼
【生物兵器研究所 ハデス】
宇宙に浮かぶユダクリフの統括する巨大なバイオ研究施設。
その中にある、一つの白い壁の大きな部屋。
所々を薄汚れたカーテンで仕切り、床や壁、天井までもが赤黒い色の汚れで覆われている。
その真ん中に並べられたいくつもの手術台。
その一つを数人の男女が取り囲み、何やら作業をこなしている。
青い手術着を着、手を慣れ親しんだようによどみなく動かしながらマスクの下の口を開く。
「なあ、今日の昼は何にする?」
「そうだな。昨日は中華だったし」
「私はピザがいいな」
「おっ、それいいじゃないか。パスタとピザといこうぜ」
彼らの手元、手術台には若い男が黒いベルトで何重にもしっかりと固定されており、身動きできないでいる。
驚くことにその患者は血走らせた目を見開き、口には黒い猿轡をされ舌を噛み切らないようにされている。
黒い猿轡の端から血の混じった泡が滴り落ちる。
彼は最初僅かに動く手の先や足の先を頭と共にばたつかせ、声にならない悲鳴を上げていたが、やがて身動き一つしなくなった。
【被験者】
彼らは生きながらその身体を解剖されていた。
麻酔など必要は無い。どうせ試験管に収められる存在なのだからと。
それを取り囲む手術着の男女達は気にした風も無く、平然と今から取る昼ごはんのメニューの話題をしている。
彼らはただ与えられた作業を黙々とこなすのみ。
何千とそういった作業をこなしている内に、彼らの常識や生理的嫌悪という神経は完全に麻痺していた。
自分達がしているのは、牛や豚などの家畜を解体する業者のようであると感じる。
血みどろの手袋にメスを持ち、会話する彼らの目には狂気のそれはない。
それ故の恐怖。
彼らの側の寝台に、新たに括りつけられている次の被験者の女性。
彼女は、彼らのその様なさまを目にし、涙を流しながら悲鳴をあげる。
声にならない声。
彼女も猿轡をされた状態である。当然言葉などにはならない。
動かせる部分を精一杯動かし、足掻き、もがく。
女性の下腹部の布が大量に溢れ出した彼女の体液で濡れるが、そのようなことはもう彼女には気にならない瑣末な出来事であった。
「おいおい汚いな~。ちゃんと換気できてるか?今日はどうも匂いがこもってる気がするな」
「さあな。それより急いで片付けないと今日は後三人も控えてるってさ」
「本当かよ。ちっとは休ませろよな。これじゃあメシ食う間もない」
彼らの間では当たり前のような出来事。当たり前のような日常会話が交わされ続ける。
そんな時、いつもとは違う出来事が起こる。
部屋の奥のカーテンで仕切られた場所の一つ。
そこで大きな物音がし、黒い金属のようなものがカーテンを引き千切り彼らの足元に飛んでくる。
それは電子錠のかかっていた鉄扉。
獣のような雄叫びを上げ、飛び込んできたのは巨大な鬼。
真っ白な肌をし、額の真ん中に長い角を生やしている。
【白鬼】
彼は身体の至る所から機械のコードを触手のように生やし、特に頭部はヘルメットのような機械で顔の左半分が覆われている。
本来左目あるべき部分にはカメラのようなレンズが付いており、それが機械音を発しながら伸縮する。
口からはその中に収まりきらないほどの大きな牙がいくつも生え、涎を垂らしている。
彼の肌のいたるところに赤い文字のような文様が浮かんでいる。
部屋の中にいた者達は、突然の出来事に一瞬凍りつき、固まる。
白鬼は顔にかかった邪魔なカーテンの紐を引っ張り、引き千切る。
次の瞬間状況を理解出来た一人の職員が悲鳴を上げ、それに呼応するかのように全員の戒めが解けて動き出す。
【阿鼻叫喚】
引き千切られたカーテンの奥、彼が飛び出して来た扉以外の場所には、部屋の中央と同じく幾つもの寝台が並べられており、さらにその上には幾つもの針のようなものが刺された人間が並べられている。
時間を置いて解体すべき施術の施された者達。
部屋の端には人間と思われる体のはみ出した血まみれの鉄の箱も置いてあった。
慌てふためき逃げ惑う職員達。
乱入してきた白い鬼をその目にし、解体予定の被験者たる女は凄まじい力でその口にある猿轡を噛み千切る。
彼女の自由になった口から漏れるのは笑い声。
彼女の精神はその状況に耐え切れず、崩れ去る。
狂気に彩られた目で辺りを睨み、見えるもの全てに対しての憎悪による破壊を行ない始める白鬼。
その中には寝台に括りつけられた女性も含まれていた。
彼女の人生最後の幸運は、その化け物の一撃で即死できたことなのかもしれなかった。
銃を持った警備兵が駆けつけ、手に持つレーザーを放つ。
ただの被験者であったならばそれで決着は着いたのだが、放たれたビームは白鬼の身体を素通りし、彼の背後の壁に穴を開けるのみ。
戦闘はその部屋だけに収まりきらず、白鬼は駆けつけた警備兵を皆殺しにして研究所内を駆け巡る。
白鬼は狂気に身を包みながらもある男を捜していた。
自らの身体をそのようにした張本人。
赤黒い髪に、白衣を着た男。
彼が記憶するその男の口元には、いつも半月の様な笑いが浮かべられていた。
【ジェーダス=クリストファー=ドルイド、通称 ユダクリフ】
白鬼が冷静であったならその名を思い出したろうが、今は名前すら出てこない。
野性の本能か、はたまた嗅覚によるものか、白鬼は一つの豪華な部屋にたどり着く。
鉄の扉を破り、飛び込んだ先に彼は捜し求める人物を発見する。
その部屋の砕かれた扉の上には「所長室」と書いてあった。
「これはこれは……え~と、お前は……、はて?誰だったか?」
逃げ出した被検体の一人。
数十万もの人体実験を繰り返した彼にはそれが誰であるか思い出せない。
彼が求めるのは結果のみ。
そもそも名前などに興味は無かった。
白鬼の後ろから重装備の武装兵が駆けつける。
【強化スーツ】
力を数十倍にも引き上げる黒い鎧のようなスーツに身を包んだ武装兵が白鬼に飛び掛る。
レーザーなどの飛び道具は彼には効かない。
それ故の選択肢。
しかし白鬼の力はそれすらをも遥かに凌駕しており、逆に一瞬で叩き潰される。
言葉通り床にミンチ状になって沈む武装兵。
圧倒的スピードとパワー。そして飛び道具どころか魔法も効かぬ身体。
白鬼とはそういう存在であった。
「ふむふむ。研究は順調のようだな」
ユダクリフはそんな彼を目にして破顔する。
白鬼に施された施術。
それはアスマン王族が持つ強力な鬼のDNAを持つものを実験体とし、さらに物質の透過率の境界を自在に操れるようにするという実験。
概ね実験は成功と言えるが、如何せん実験の副作用により彼の鬼のDNA(狂気)は暴走。
絶えず強力な安定剤を投与しなければならなくなった。
白鬼はその身を躍らせ、ユダクリフに襲い掛かる。
彼の側にもしルルがいたならば、あっさりとその拳を捻じ曲げて別のものにしてしまっただろうが、今は彼女はここにはいない。
駆けつけた武装兵の面々はユダクリフが潰されるさまを想像し、確信する。
しかし彼らの想像を遥かに超えた現実が目の前で展開されることになる。
強化スーツを身に着けた兵を粉々にする白鬼の一撃。
その拳をあろうことかユダクリフは軽く片手で受け止めたのだ。
それはまるで飛んできたゴムボールをソッと優しく包み込むようであった。
白鬼の力がどれほど込められた一撃であったのか、拳を止めるもののそこから発生する衝撃により、ユダクリフの上半身の服が引き裂かれてボロボロとなる。
切り裂かれた服の下から現れる体は鍛え上げられた男の肉体。
それは男の目から見ても美しく、一部の贅肉も無駄もない筋肉だった。
およそ研究員とは思えないような身体。
「ふむ、少しばかり力の加減を間違ったか。しかし、いかんね~。少しばかりおいたがすぎるよ」
彼はそういうと、白鬼の飛び出した左目のレンズのようになった機械部分を素手で掴み、引き抜く。
脳に直結する神経をも一緒にひきづり出され、血を吹き出し、悲鳴を上げながらのたうちまわる白鬼。
本来白鬼がその体の透過率を変えれば、目の前にあろうと誰も彼に触れることは出来ない。
事実白鬼はそうして全ての攻撃を無効化する。
今もそうしたつもりであった。
しかし、ユダクリフには通じない。
「カカカカカ」
口を半月のようにし、脳をかきむしられるような声で笑うユダクリフ。
堪らず白鬼は立ち上がり、今度は拳ではなく、その大きな手でユダクリフを握りつぶそうと両腕を大きく広げて襲い掛かる。
「おお、そうだ。いいことを思いついたよ」
そんな状況にもかかわらず、妙案を思いついたとばかりにユダクリフは拳で手の平を打つ。
つかみ掛かった白鬼の体が、両腕を広げた状態で動かなくなる。
端で見ていた武装兵が首をかしげる。
何が起こっているのか全然理解できない。
そうして彼らの目の前で奇妙な現象が起こり始める。
掴みかかろうとして両手を広げた状態の白鬼のその腕や足が、ゆっくりと逆向きに折れ曲がり始める。
声を発することも出来ず、白鬼は苦悶の表情を浮かべる。
ここに来ていくばくかの理性と知性を取り戻したのか、その目が狂気のそれから恐怖のそれへと変貌する。
悲鳴を上げる白鬼。
両手両足が完全に逆向きに折れ曲がり、白鬼は仰向けに床に倒れ伏す。
ここは閉じ込められていた超高密度アモルファス構造の部屋でもない。
なのにすり抜けて逃げることすら出来ない。
そして何処から取り出したのか、いつの間にかユダクリフの手には人の背骨に脊髄や脳が絡みついたようなものが握られていた。
それを手にし、彼は白鬼に見せびらかすかのように目の前で振り子の様に揺らす。
「どうだ?美しいだろう?これをお前に移植してみよう。うんそうだそれがいい。これはおもしろいことになるかもしれないぞ。カカカカカ」
ユダクリフは一人ごち、再び奇怪な笑い声を上げる。
「な~に安心しろ。可愛いお前に免じて麻酔などは一切使わない。神経をえぐりながら、わたしがゆ~~くりとつけかえてあげよう。カカカカカ」
「いっ、いやだ~~~っ!?」
恐怖により理性を取り戻し、低い声で言葉らしきものを初めて発する白鬼。
しかしその悲痛な叫び声を受け、彼を助けようとするものなどここには誰もいなかった。
――――――――――――――
此度の作戦の為にと終結した艦隊。
その数五千。
モスブログ攻略の倍以上の数が各地より集められた。
その艦隊の背後には二機の巨大宇宙ステーションが並ぶ。
「雷神」と「風神」。
それらには数十機の剥き出しの巨大なエンジンが取り付けられ、今か今かと火がつくときを待っているようであった。
艦隊が揃いし圧巻の舞台に今、開幕の緞帳が上がる。
「トールハンマー作戦開始!全艦発進せよ!」
大将ヴォイドの掛け声により、全ての戦艦、そして雷神、風神のエンジンに火が灯もる。
「雷神」「風神」を牽引する船には、今回の為だけに用意された連続航行度外視の使い切り巨大ワープエンジンが搭載されてある。
それにより艦隊との足並みを揃えての移動が可能であった。
「朝盛発進!」
巨大戦艦朝盛の艦長席に座り、アンブロシウスは命令する。
慌しく動くブリッジのクルー達。
彼の隣には副官のエトランゼ大尉が座る。
残念ながら彼女の階級は大尉のままだった。
彼女はどのような功績をあげようとも、これ以上の昇進は無い。
AIの人権は認められてはいても、軍部での指揮権は以前人間のもの。
階級はあっても彼女には艦隊どころか船を指揮することも許されることはない。
『本当に旨くいくのだろうか』
流石のアンブロシウスもこれについては確証は持ち得ない。
計算上は旨くいくはずと分かってはいても、今まで試した事などないことに確信は得られない。
機械上の模擬シュミレートはできても、実際にあらかじめ本当に試してみるということもできない。
封印を解き、アカシックレコードを読み、未来を確認することが出来るのであれば成功する未来を「選べる」のかもしれない。
過去・未来・現在というのは無限に枝別れしていくセフィロトの樹。
幾つものルートが存在し、いくつもの未来が用意されている。
ただ、残念ながら俺がそれをしても意味が無い。
何故なら俺には進むべき「決められた未来」など無いからだ。
真っ白な白紙。
俺は特異点。
俺が存在する未来など本来無いものだからだ。
存在するはずの無い命。
存在するはずの無い魂。
存在するはずの無い存在。
知る事によって得た絶望。
パンドラの箱を開け、災禍、そして希望が出てくるならばまだ良かったのだろうが、俺の空けた箱には何も無かった。
ただの箱……。
これ程虚しいものは無い。
おかしいとは思っていた。
俺が持つトラブル体質というものはどういう運命なのだろうかと。
簡単なことだ。
【自然治癒力】
人が怪我をすれば自然に体が回復しようとするかのように、運命という名のセフィロトの樹は俺と言う病にかかった枝を修復しようしていたのだ。
俺は世界どころか運命からすら拒絶される存在。
優しい彼女は「神になることは運命」という言葉を使ってくれた。
正しくは「運命」と言うより「必然」。
俺が存在し続ける為の選択肢は運命の輪から外れること。
それを創り出す神になるしかなかったからだ。
だけど俺は人でありたいと思う。人でなければと思う。
何故と聞かれると……それは俺にもわからない。
「せめて元の身体に戻れれば、もしかしてアベル達のように……まあ、今更戻る気も無いけどな」
「何か言われましたか?」
アンブロシウスの口から考え事が漏れるなど珍しいことだが、それを受けてテスタニアが問いかけてくる。
「いや」
全艦隊は速度を維持したままワープに入る。
「それにしても……」
アンブロシウスは頭を切り替えて今回の作戦を考える。
今回のことで一番驚かされたのは敵国アスマンの科学力。
【ゼピュロスシステム】
一体誰が発明したのか、そしてどうやってメテオドスという超重力惑星上にあのようなシステムを搭載したタワーを建築したのか、現在のマガダンの科学力をもってしても知りえなかったからだ。
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「くちゅん」
とある惑星。
日本庭園のような庭に面した縁側に座布団を引いて座り、茶をすすり、白い髪の少女がくしゃみをしていた。
彼女の頭にはキツネの耳が生え、白い着物を見事に着こなしている。
「ん~、誰か我の事を呼んだかの?モテル女はつらいの~」
彼女の地球での名前は「真田まゐこ」。
本名はもっとオシャレな名前であるが、それ故あまり口には出さない。
そして銀河におけるオーパーツのようなシステムの殆ど全ては彼女の作品であった。
現在は地球より別の惑星に移り、優雅でのんびりとした暮らしを続けている。
「いい天気じゃの~」
彼女は青い空を見上げつぶやく。
彼女が再びアンブロシウスの前に姿を現すのはもう少し先である。
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三度目のワープにより、今回の目標である地点に到着する。
惑星メテオドス。
その背後、真っ黒い深淵を思わせる巨大なブラックホールが口を開き、望遠モニターで視認出来る位置で艦隊は一旦停留する。
ここまでの道のりでの戦闘は皆無。
それ程までに絶対の防御力と信頼を誇る無敵の要塞であった。
しかし全く作戦が漏れず、気付かれていなかったというわけではない。
惑星周辺に展開される数多の敵軍がその証拠。
敵軍の数およそ三千。
今回の五千に及ぶマガダン進軍を受け、この宙域では異例の数が配備されたと言えよう。
「戦闘準備!」
敵との距離はまだ約一億五千万キロ程ある。
光速の半分ほどのスピードであっても十五分ほど掛かる距離である。
風神はこの地に残し、雷神を護る陣形を整えての戦闘となる。
編隊を整えながらの進軍であれば、まだ三十分ほどの時間がある。
緊張が走る中、進軍の合図が伝達されて敵との距離を縮める。
「これより開戦の指令を待つ。砲撃用意!」
各艦の艦長が、そうクルーに継げる。
レーザー照準でお互いに狙い撃ち、シールドを貫通するほどの有効なダメージを与えるまでもう少し。
後十分程……。
この位置まで来ると既にブラックホールの影響が出始める。
船体スピードが僅かではあるが引っ張られて早くなっている。
事象の境界も近い。
射程距離までもう少し、そう思ったときだった。
敵戦艦の陰から複数の機影が飛び出し、こちらに向かってくる。
その数約二百。
数的には少数ではあったが、ありえない速度で接近してくるそれは、高速駆逐艦や大型戦闘機等ではなく人型をしていた。
【神機兵 ティターン】
生物兵器である天騎兵ではなく、マガダンの魔導騎兵と同じように人の操る機械の巨人。
背にはノズルの付いた巨大なバックパックと、そこから生えた鉄の羽とが見える。
それが宇宙空間で単体活動している。
細く白い、二本の角の生えた鉄の巨人。
その事実に驚愕する。
そしてここは事象の境界に近い場所。
質量の大きいもの程その影響を受け、潜航もままならなくなる地帯である。
素早い機動力を誇る神機兵がもし宇宙での単体活動を可能としたのならば、それは恐るべき脅威となる。
神機兵の背中に見える巨大な推進装置を見るに、それ自体が小型のエーテルエネルギー波供給装置なのかもしれない。
メテオドスにあるゼピュロスタワーからのエネルギー波を受け取り、宇宙でエネルギー切れを気にせずに自由に単体行動が出来るのであろう。
この地域限定とはいえ切り札ともいえるその存在。
「不味いな」
今回の作戦では艦隊のエネルギー計算に最も重点を置いて練っていた。
これ以降の戦闘空域では、反対方向に向けて凄まじい重力に負けないだけの推進力を常に消耗する。
そして前面からの攻撃に対しては強固な一点防御シールドを張り、雷神を護ると共に自軍の被害を最小限に抑え、それでいて作戦成功後は超新星の爆発から逃れる為の急加速のエネルギーも残さなくてはならない。
その為に必要なエネルギーは膨大であり、長時間も船の全面にシールドを張り続けるほどの余分なエネルギーはない。
補給艦隊も後方風神の側に待機しており、重力に捕まれば格好の餌食となるので前面には出てこれない。
縦横無尽に接近して攻撃する神機兵が相手では、例え戦艦といえど全面にシールドを展開せざるを得ない。
予想を遥かに上回るエネルギーを消耗してしまっては、作戦が成功してブラックホールが消えたよしても、その爆発圏から逃げ切れずに全滅の甚大な被害が出る可能性も出てくる。
「テスタニア、悪いがここは任す」
「どうなされるおつもりで?」
「俺が出て奴らを何とかする。このままでは作戦に支障をきたすのでな」
その時、ブリッジで作戦担当官補佐を勤める年配のアルバンと言う男が席を立つ。
「お待ちください艦長!無礼は承知ですが戦闘中に艦長が席を離れるなど許されるものではございません!それもエトランゼ大尉に後任を任されるなどもっての他です!」
彼はアンブロシウスの判断と行動を咎める。
「分かっている。しかしいくらこちらが戦闘機を飛ばそうとも、あれを何とかはできないだろう?それにもうじき艦隊の一斉掃射も始まる。大量に戦闘機を飛ばせばその被害がどれほどになるか想像も出来んしな。あれを押さえられるのは俺しかいない」
「相手は二百もの数ですぞ!あなたが単機出陣したところでどうにかなるものではないでしょう!」
アンブロシウスは微笑む。
「そうでもないさ。俺は前に一人で数万もの化け物達と戦ったことがある」
アンブロシウスは妻アニーとの戦いを思い出し口にする。
しかしここは宇宙空間。
大地での戦いのように精霊魔法などは使えない。
無限の魔力なども今の彼には無い。
たった二百といえど苦戦を強いられることは想像に難くないことであった。
「数万?またその様な世迷言を…誤魔化されませんぞ!」
「こんな時に嘘を言ってどうする。それにテスタニアの能力はお前達も知っていよう?彼女の立場は知ってはいるが今は緊急事態。俺の後任を任せられるのは彼女の他にはいない」
アンブロシウスはそうキッパリと言い放つ。
「……いいでしょう。ならば止めはいたしません。しかし、この事は記録、報告させていただきますぞ?」
「ああ、かまわない」
アンブロシウスは席から立ち上がるとブリッジを後にし、格納庫へと向かう。
内心転移したいくらい急いではいるが、強力な魔法妨害が掛けられてある巨大戦艦の中であるので仕方がなかった。
「ご心配なのですか?」
彼が去った後、最後の脅しのような一言までを聞いてエトランゼは老兵とも言えるアルバンにそう問いかける。
「ああ、先ほどは申し訳ない。上層部は兎も角、我々はエトランゼ大尉殿の艦長代理には何の不安も、疑問もありません。実は私の息子が生きていれば丁度あの方ぐらいでしてな。一人でお行きなさると言われるので、つい口が過ぎました……」
「私の事は気にしないでください。正論ですしね。それとあの方は気にしてはおりませんよ。逆に喜んでいるかもしれませんね。ご自分のことを心配していただける方がおられることにね」
エトランゼは頭をかいて恐縮する老兵に微笑んでそう答えたのだった。




