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クリスマススペシャル「消えた子供達」(後編) 

 戦争の被害者は何も人間ばかりではない。

 それは自然であり、蟲であり、妖精も然り。

「えっ!?では今回の子供がいなくなる事件は妖精の仕業なのですか!?」

「そうだね。俺はこれと同じような事件に出会ったことがあってね。その時は俺自身がどちらかといえば被害者だったんだが……」

 もう六年以上前になるが、当時、俺は周りからすれば行方不明になったほうだった。

 ただその時は冒険者等ではなく、当時攫われた者も自分を含めて三人。

 まあ攫った相手が悪かったと言うべきか、そのおかげで事件は大きくなる前に解決してしまったのだ。

 おかげで今回の事件が当時と同じものであるとは考えていなかった。

 それでも次元魔法等に昔から興味があった俺は捕まえた妖精からその力については説明させていた。

 残念ながら固有魔法に分類されるであろう「妖精の鐘の音(ティンカーベル)」は習得できるようなものではなかったのだが……。

 街外れにある、古びた教会。

 確かに鐘があるべき高い塔の上に、その鐘の姿は見えない。

「アリスは何処にでもいけるから着いてこれるよね?」

 俺はアリスに声を掛ける。

「ええ、でも小さいほうが力を消耗せずにすみますので……」

 そう言いながら彼女は幼いネコミミメイド姿になる。

「行くよ!」

 俺は身体能力を強化してエリーをお姫様抱っこする。

「何をなされるのですか!?」

「ホップ、ステップ、」

 彼女に説明もしないで俺は跳躍し、教会の屋根、そして塔の上に二回のジャンプで降り立つ。

「ダウン!!」

「ダウン?」

 そういうが早いか俺は彼女の疑問の声を無視し、塔の中に飛び降りた。

 教会の中に通じる塔の中を落ちていく。

 教会の石畳の地面が目前に迫る。

 悲鳴を上げるエリー。

『死んじゃう!?』

 エリーは眼を瞑り、俺の首に腕を絡ませて力一杯しがみ付いて来る。

 俺は気にせず地面に激突!?することは無く、まるで水面に飛び込むように石畳の地面を通り抜けた。

 目を瞑ってしがみ付いて来るエリーに俺は声を掛ける。

「目を開けてもいいよ?」

 緑に覆いつくされた木の穴の中。そのように感じた。

 そこは大きな通路のようで先は暗くなっていて見えない。

「ここは!?」

「ここは妖精達の巣だよ」

 そこで始めて彼女の笑顔を見る。

「妖精の巣……」

「そう、この通路の先に妖精の女王がいるんだ」

「妖精の女王!?」

 やはりこういうところは女の子なのかもしれない。

 目を輝かせ、両手を握り締めて夢見る乙女のような顔をする。

「可愛いな」

「え!?」

 小さな声で呟いたつもりが聞かれていたようで、彼女は顔を赤らめる。

 自分の幼い一面を見られたことが恥ずかしいのか、俺の言葉を受けてなのかは分からない。

「あの、そう言えばまだお名前も聞いていませんでした」

「あれ?そうだっけ?」

 ルシウス自身はアリスから彼女の名前を聞いており、自分も名乗ったつもりであった。

「俺の名前はルシウス。冒険者をしている」

「ルシウス?男の子みたいな名前ですね」

「一応男です」

「嘘ばっかり。私よりもお綺麗な……本当?」

「ええ、本当です。勘違いされるのにはもう慣れましたけどね」

「成長なされましたね、お坊ちゃま。アリスは嬉しく思います」

 目に浮かべた涙を拭くフリまでするアリス。

「これは成長なのか?」

「昔はあんなにも嫌がっておられましたのに、今ではこんな立派な男の娘になられました。これを成長と言わずになんと言いましょうか!」

「そんな特殊な成長してないよ!?男の娘になんかなってないから!俺は男の子だよ!!」

 その後も言い合いは続いたが、俺はアリスの考えを改めさせることはできなかった。


 俺達は通路を進む。

 通路の先は明るくなっており広い空間に出る。

 天井に当る部分からは光が漏れ、そこは小さな泉になっていた。

 小さいながらも花の咲き誇る綺麗な泉。

 泉の畔には小さな丸い光が飛んでいる。

 虹色に光るそれは複数で群を作り、泉の上をスケートでもするかのように飛んでいた。

 その内の一つが近づいて来る。

 小さな羽根を生やした少女。妖精だ。

「可愛い」

 エリーは目を輝かせる。

『妖精の国にようこそ』

 口をパクパクしているが、その声は頭の中に直接聞こえる。

「よう、ピノじゃないか久しぶり」

『アンブロシウス=マキシス!?』

「アンブロシウス=マキシス?あれ?ルシウスさんじゃないんですか?それにその名前、どこかで聞いたことがあるような……」

『げっ!?そいえばこの娘は領主の娘。おそらく連合国の元貴族だよな。もしかしたら俺の名前くらい聞いたことがあるのかもしれない。性を聞かれたのも不味い。マキスシは敵国の三大貴族の一つだからな』

「アンブロシウス?だっ誰のことかな?初めまして妖精さん」

『何が初めましてだよ!今、僕の事をピノって呼んだじゃないか!』

「KYか!空気読めよ!」

『妖精にKY求めるなよ!どうせお前のことだから何かやましいことでもあるんだろう?』

「お前チョット黙れよ!さらなるKY発言追加するな!」

 俺は何とか誤魔化そうとするが裏目に出る。

「お知り合いですか?」

「ああいや、知らない知らない。こんなちっちゃい人面虫に知り合いなんかいないよ」

『誰が人面虫だよ!このエロ坊やが!』

「てめ~!?誰がエロ坊やだ!!このコガネ虫が!」

『コガネ虫!?言うに事欠いてあんなものと一緒にするとは!?もう許せない!今度こそお前の夢を喰らい尽くしてやるよ!』

 この凶暴なセリフ。前とは違う!?

 そういうと小さな妖精の少女の体が大きく膨らみ、カマキリのような巨大な昆虫に変る。

 背後で飛んでいた妖精達も次々に巨大化し、大きな部屋が一挙に狭く感じる。

 その膨張率は凄まじいもので、僅か十センチ程のものが三メートル程の大きさになる。

 悲鳴を上げるエリー。

「可愛い妖精さんが化け物に!?」

「あれ?言ってなかったっけ?妖精って人を化かす能力があるんだよ?」

「え?これは幻なのですか?」

「いや、残念ながら本物です。どうやら悪夢ばかり食べてたのかもね。前はこんなひどい変化はしなかったんだが……」

 身体強化を施し、襲い来る巨大な鎌を引き抜いた剣で受け止める。

 木で出来た地面に両足がめり込み、その一撃に込めた膂力りょりょくがうかがい知れる。

「完全に殺す気か……。仕方ない。エリー下がってろ!アリス!エリーを守れ!」

「アイアイサー!」

 アリスはエリーを下がらせてその前に立ち、腰に差した金色の魔剣レーヴァテインを抜く。

 金色の鞭となったそれをクルクルとまわしたかと思うと、伸ばして自分とエリーを護る網目状の円形の檻にして硬質化させた。

『まあ、あれなら大丈夫か』

 俺は両方の剣を抜いて逆手に持つ。

「悪いが手加減は出来んぞ!」

 脳内にエンドルフィンが分泌され、俺は凶暴な獣と化す。

 雄たけびを上げながら無数の魔物の中にその身を躍らせた。


 数分後。

 その部屋で立っているのは俺とアリスとエリーだけだった。

 死屍累々と倒れ伏し、あるいは壁にめり込んで動かない化け物と化した妖精達。

「皆殺してしまわれたのですか?」

「いや?手加減無しの峰打ちだよ。何せ巨大な昆虫だから堅いのなんの」

 俺は剣を仕舞ってコートに付いた泥をはらう。

「妖精は人の夢を食べて生きる魔物なんだよ。それが楽しい夢ならこんなことにはならないんだが、どうやら最近は戦争のおかげで悪夢を見る子供ばかりなのかな……悲しいことだけどね」

 エリーはうつむく。

「そうですね。悲しいことです……これがご主人様の夢を食べられた妖精なら裸の美少女妖精だらけになるのですけどね」

 そんなエリーを見てかアリスが余計なことを口にする。

 そのアリスのセリフを聴き、そっと俺から離れるてアリスの背後に隠れるエリー。

「待って!?アリスさん!?エリー信じちゃダメだよ!そんなことないよ?俺だって悪夢の一つや二つ見るからね!それになんで美少女の裸限定なの!?心外だよ!!」

「え?だって前の時は確か……」

「キャーーー!?」

 俺は女性のような高い悲鳴を上げてアリスの口を塞ぐ。

「お前もKYなの!?お願いだからそれ以上は許してください!」

「仕方ないですね。オセルニアのフルーツタルト十個で許してあげますけど?」

 俺の手の中からスッとアリスの姿が消えて背後に現れる。

「はい、明日にでも買ってまいります。なんでも買ってあげるから許してください」

 おれは土下座して許しを請う。

 エリーはそんな俺の姿を見て先程の戦闘時の俺とのギャップからか笑いを堪えきれずに吹き出す。

 しかし失礼と思ったのか咄嗟に顔を背け、それでも押さえきれずに背中を向けて笑いを堪えていた。


 怪物達が眼を覚ます前に俺達は先を急ぐ。

 そう、俺はここに来るのは初めてではない。

 でなければ精神的には大人な俺が、躊躇無く塔から飛び降りたりは出来なかった。

 この空間に来れるのは、何処にでも入れるアリスと違って普通は子供だけ。

 子供と認識されるのはチョット、いや、かなり悔しいが肉体年齢で判断でもされているのか、俺はこの空間に来ることができる。

 以前に来たことが無ければ、教会の塔から飛び降りた行為は自殺にしか他ならなかった。

 鐘の音が聞こえるので大丈夫だとは思ってはいたのだが。

 まあ、失敗しても身体強化をした状態ならあの高さくらいからなら大丈夫だ。

「この奥に子供達がいるのですか?」

「前来た時はピノの案内でこの先に進んだんだけどね。同じ位置にあるのかどうか。まあ進めばわかるさ」

 木で出来た巨大な穴は深い森の様相を呈してくる。

 突然、霧が現れ視界を防ぐ。

「ここまでは前と同じだ」

 俺達は手をつないで先に進む。

 霧が開け、俺達は木々と光溢れる水晶の柱が建ち並ぶ部屋に出た。

 巨大な空間。

 天井部分に巨大な木々が覆っていなければ、一瞬外に出たのかと勘違いするほどだ。

 所々に大きな光溢れる穴が開いている。

 色とりどりの宝石の様に輝く水晶。

 そしてその空間には虹色のシャボン玉のようなものが宙を漂っている。

「あっ、えっ」

 エリーが言葉にならない悲鳴を上げようとしている。

 仕方が無いかもしれない。俺も咄嗟に腰の剣に手を掛けたくらいだ。

 その水晶の中には行方不明になった街の子供が閉じ込められていた。

「エリー待って!静かに!眠っているだけだ!!」

 エリーが悲鳴を上げきる前に俺はそう言って彼女を制する。

 そう、死んでいるはずが無い。眠っているだけ……。

 子供達の夢は妖精達の食料。

 それを殺しては夢など見ることは出来ないからだ。

 そんな時、俺達の前に巨大な影が上空から舞い降りる。

 どうやら気付かれたようだ。


【妖精女王 アミュニティー降臨】


 それは巨大な羽を生やした蜂。

 真っ赤な六本の人の腕を生やし、その手には血塗られた黒い曲剣を持っている。

 巨大な黒と赤の腹部。

 そして頭部には人の頭が生えていた。

 目が赤く光り、口は耳元まで裂けている。

 そして全身からどす黒いオーラを放っている。


『狂気』


 圧倒的な殺意が俺達に襲い掛かる。

「狂っている……」

 一体どれ程の悪夢を食べたらこのような醜悪な姿になるのだろうか。

 そして俺達は目にする。

 その胸元に紫の水晶が光り、その中に子供がいる。

「ヨハン!?」

 背後でエリーが叫ぶ。

 女王に取り込まれているその少年が彼女の弟だったのだ。

「しかし、これは本気で手加減どころではないな……。アリス!」

「はい!ご主人様!」

 アリスは幼女から少女の姿になり、エリーの手を引いてその場を後にする。

「ヨハンが!?」

「後はご主人様に任せて!私達は足手まといですからここから離れますよ!」


 血走った赤い眼で睨まれると流石に怖い。

 オーガですら四~五メートル。

 こいつはその倍以上の大きさだった。

 躊躇無く剣を振り下ろしてくる女王の一太刀目を横っ飛びで躱し、俺は腰の二本の剣を引き抜く。

 周りの木々や水晶の柱を足場に、俺は女王の頭に向かって剣を振り下ろそうとする。

 が、しかし目の前の女王の姿が突然に消える。

 正確には消えたのではない。

 俺の背後に現れる。

 もの凄い速さで飛んで回り込んだのだ。

 空中にいる俺は身動きを取れない。

 女王の二撃目が俺に襲い掛かる。

「アマテラス!!」

 俺は咄嗟に叫んだ声に呼応し、俺の背後の何も無い空間に黒い渦が現れる。

 そこから巨大な腕が生えて血塗られた剣を受け止め、俺は無事に地面に着地する。

 一瞬だけ現れたアマテラスの腕は、また闇の中に戻る。

 アマテラスを呼び出して戦闘でもしようものなら、この空間を子供ごと破壊しかねないからだ。

 一太刀目よりも二太刀目の剣速の方が明らかに早かった。

 俺は脳内シナプスを強化して加速しようとする。

 その時、声が聞こえる。

 見ると女王の胸元、水晶の中の少年の目から涙が流れ出しているのが見えた。

 周りの水晶の中にいる子供達も呻き、その目から血の涙が流れているのが見える。

「なんだ!?」

 俺は『加速』しながら思考をフル回転させる。

 女王の三撃目。横なぎで俺に襲い掛かる。

 しかしこれは遅い。俺は難なく躱す。

 一太刀目と三太刀目、それと二太刀目の違い。

『俺が剣を抜いて攻撃したからか?』

 俺は剣を収め、女王の腹に思いきり蹴りを食らわす。

 吹き飛ぶ女王。


『加速停止』


 魔力の消耗が激しい。アマテラスを呼び出す為に次元に巨大な穴を開けた事が堪えているようだ。

 女王は空中で体制を整え、静止する。

『今の攻撃は先程の早さがあれば躱せ無いものではなかったはず……だけど喰らった。何故?もしかして……剣での攻撃を怖がっている?自分は六本も持っているのに?』

 戦争、血塗られた剣。胸元に取り込まれた戦争難民の子供。親を亡くした子供のヨハン。

 何かの歯車が俺の中で噛み合う音がする。

「もしかして……、ヨハン少年は目の前で親を切り殺された?だからその悪夢を食べた女王は血塗られた剣を持ち、剣での攻撃はタブー……こじつけに近いけど、そうなのか?」

 俺を強敵と悟ったのか、六本全部の剣を振り回しながら俺に襲い掛かってくる女王。

「不味い!?」

 このまま躱せば背後の水晶の中の子供達が粉々にされる恐れがある。

『どうする!?剣は抜けない!アマテラスを呼ぶか?いや、』

「ええい!」

 俺は叫ぶ。

発動モーション

絶対王アブソリュート空間ヴァーチャロード!】

 これを使ってしまってはもう残り魔力は僅か。

 しかし背に腹は代えられなかった。

 地面から黒い鎖が伸びて女王を縛りつける。

 使うのは鎖だけ。

 もし向こうの空間に誘えば、狂った女王の意識が具現化してしまう。

 そうなればもう自分では止めることが出来なくなる。

 しかしその鎖も僅かにその動きを止めただけで、女王は鎖を引き千切り始める。

 この空間では女王の意思がかなり強力で、俺の空間の力が歪められているようだ。

 俺は身体強化を施して鎖を登り、女王の持つ剣の一本に全力で拳を叩き込む。

 砕け散るつるぎ

 女王は凄まじい悲鳴を上げる。

 砕かれた剣が塵となって消え、砕けた剣を持っていた腕だけが白くなる。

 そしてその時、上空の空間に亀裂が走り黒い雲のかかった普通の空が見える。

 剣の一本を砕いた為に、どうやら狂った女王の力で作り出した空間の一部が裂けたようだ。

「成程、やはり弱点はその剣か!」

 女王は鎖を引き千切り、羽ばたく。

 そして俺が弱点に気が付いた事で不利を悟ったのか、裂けた空間から上空に逃げ始める。

「逃がすか!」


――――――――――――

「おい!あれは何だ!?」

 街中で一人の男が叫び声を上げて空を指差す。

 その声に周りのものも空を見上げ騒ぎ始める。

 ガブスも丁度その声で空を見上げていた。

 街の上空に巨大な亀裂が走り、そこから十メートル以上の巨大な化け物が這い出して飛翔する。

 悲鳴を上げて逃げ惑う人々。

 ガブスは自分も逃げ出したい衝動に駆られながらも、自分の責務を思い出して周りの衛兵に命じる。

「住民を誘導し、避難させろ!」

 彼が空を見ると、その避けた空間から小さな人影が飛び出してくるのが見える。

 白い髪の少女。

 ルシウスだった。

 彼女は亀裂から飛び出し、近くの背の高い建物に降り立つ。

 そして彼女は何処からか黒い巨大な弓を取り出し、その手に持ち、同じく黒い矢を番える姿を目にする。

「あんな化け物と戦っているのか!?」

 ガブスが知る限りあのような化け物が相手に、普通は一人で戦うようなものではない。

 常識で言えば王都に応援を要請し、最低でも一個師団の兵が必要な化け物だ。

 いや、空を飛ぶ化け物が相手では三個師団は必要かもしれない。

 その様な化け物を相手に一人で戦うなど、いくらなんでも無謀としか言いようがない。

 ガブスは彼女を説得すべく、後のことを兵に任せて彼女の元へと走り出した。


――――――――――

 ルシウスは亜空間から武器を取り出す。

 もう本当に魔力は枯渇寸前だった。

 身体強化も後僅かで切れてしまう。

 それまでに決着をつけなければならない。

 ルシウスが取り出したのはコレクションの魔道具の一つ。


【魔弓 ジンガーカース】

 射程五百メートル。

 その射程内であれば片目で狙って捉えたものは絶対に外さないという魔弓。

 ただその巨大な弓は弦まで全て黒い鋼で出来ており、それを引くには大の男十人がかりでも難しいという代物であった。


『丁度いい。眼帯をしているので片目を瞑る必要が無い』

 俺は同じく亜空間から一緒に取り出していた黒い鋼の弓を五本同時にセットして引き絞る。

 狙うは女王の持つ、残り五本の剣。

 五本同時に放つなどしたことは無かった。

 それに小さな子供の手ではそれを握ることすら一苦労であった

 しかし時間が無い。

 身体強化が切れればもう弓を引くことができない。

 この一撃で決着をつけなければならない。

 矢を引き絞り、五本の剣を同時に認識するルシウス。

「シュート!」

 矢を放つ。

 五本の矢が女王に迫る。

 危険を察してかこちらを振り向く女王。

「遅い!」

 一つ、二つ、三つ、四つと凄まじい威力の矢が剣を貫く。

 しかし一本、最後の一本を女王は残った力を振り絞り、その剣で打ち落とした。

 狙った的は外さない能力。

 だが目標物で打ち落とされる事など想定外。

 当ったのだからそれ以上の追撃は出来ない。

 凄まじい力が篭った鋼の矢も、怪物が相手では打ち落とされても仕方が無かった。

「チクショウ!!」

 ルシウスは持っていた弓に自分の頭を打ち付ける。

 あまりに強く打ち付けた為に額が裂け、ルシウスの顔をつたい血が流れ落ちる。

 魔弓の射程外に飛び出そうとする女王。

「いや、まだだ!」

 ルシウスはもがく。

 引けないとは分かってはいても矢を番える。

 もう身体強化など切れてしまっている。

 その弓は11歳の子供の力でどうにかなるものではない。

 分かってはいても諦める事などできない。

「神よ!いや、アーネット姫!俺に力を貸してくれ!!」

 引けないと思った。

 しかしアッサリと弓を引けてしまう。

『何故だ?』

「いや、そんな事は後で考えろ」と、ルシウスは自分に言い聞かせ、最後の矢を放つ。

 渾身の矢。

 それは凄まじい光を放ち、一直線に女王の持つ最後の剣に向かって飛ぶ。

 再び危険を感じて振り返り、また打ち落とそうとその剣を振りかぶる女王。

 女王の振るった剣と矢がぶつかり合う。

 先程と同じように矢を打ち落とせる、と女王は裂けた口に笑いを浮かべる。

 しかし、その笑いが凍りつく。

 光る矢はアッサリと女王の振りかぶった剣を粉々に打ち砕いた。

 凄まじい悲鳴が街に響き渡る。

 女王の身体を覆っていた黒いオーラが霧散し、ゆっくりとその巨体が小さくなりながら海に向かって落ちていく。


 それを見て俺は膝を付き、荒い息を吐く。

「ハアハアッ、なんで最後引けたんだろう?姫のおかげか?」

 そうして自分の手を見つめる。

 黒い指貫きグローブを目にしてルシウスは思い至る。

『そういやこのグローブってどんな魔道具なんだろう?もしかしたら弓スキルなのかな?どんな弓でも引けるとか、まさか、ね』

 どうにもそうとしか考えられないが、それだけではない気もする。

 それよりも取り敢えずは海に落ちた女王とヨハンを助けに行かねばならなかった。

 しかし自分はもう身体強化は出来ない。

 三階建ての建物の屋根の上から降りることにも苦労しそうな状態で、どうすればいいのか途方に暮れる。

 そんな時、下から声が聞こえる。

「お~い、ルシウスさん。大丈夫なのか?やったな!あんた凄いよ!」

 街の衛兵隊長のガブスだった。

 ルシウスはナイスタイミングと彼に頼んで船と人手を出してもらい、ヨハンと妖精の女王アミュニティーを助けに行ってもらう事にした。

 丁度その頃、女王を狂わせていた悪夢の剣が全て砕けた事により、彼女の造った妖精の巣が消え去り、街中には攫われた子供達が戻ってきていた。

 街のいたるところで子供達とその親達が再会の喜びに涙する。


 子供達が全員無事に帰ってきたこともあって、妖精達の処分は俺に一任された。

 俺は女王と小さな妖精達を無罪放免で解放する事にした。

 本来妖精は夢を少しだけ貰い、そのお礼に夢の人物や動物などに化けて子供達を楽しませるという人畜無害なもの。

 今回のことでは彼女達も戦争の被害者と言えるのかもしれない。

 街の外れで俺とアリス、エリーにヨハンとその弟妹達が妖精を見送る。

『アンブロシウス。迷惑をかけましたね』

「だからルシウスだっての!」

 俺はピノを相手にしているように、つい女王に突っ込んでしまう。

「ああと、いえいえ、女王様。気にしないでください」

 俺の前に立つ女王アミュニティーは先程の怪物等ではなく、白い透けるような肌に虹色の長い髪、背中に透明の羽を生やした俺よりも背の高い妙齢の美女の姿。

 そして俺の暴言にも気にせずに更に頭を下げて謝る。

 そしてアミュニティーはヨハンの前に立つ。

『ヨハン。ごめんなさいね。あなたの悪夢を私は消すことが出来なかった』

「ううん。女王様は温かかったよ。まるで母様に抱いてもらってるようだったよ……」

 最後にアミュニティーはヨハンの頭を撫で、他の妖精達を連れて飛び去っていった。


 俺達もエリー達とそこで別れを告げる。

 あたりは薄暗くなり、もう夜の戸張がそこまで下りてきていた。

「さあ、帰りましょうか……」

 エリーが弟達を促し、自分達の寝所である橋の袂に向かう。

 そんな時、とうとう空から白いものが落ちてくる。

 雪だった。

 寒さが増すこんな夜。

 街の人々が住む家から漏れる明かりは暖かく、それに比べて今いるこの場所は影を落とし、寒さがいっそう厳しいものに感じる。

「待って、これを」

 俺は彼女を呼び止め、ポケットにあった一銀貨を取り出してエリーに握らせる。

「これは?」

「あの馬鹿な冒険者達から返してもらったものだよ」

 それは小さな嘘。

 ただ、自分のポケットに入ってあったそれ一枚でも彼女達にとっては大金。

 数日の飢えを凌ぐことはできるだろう。

 暖かい毛布の数枚なら買えるだろう。

「ありがとう」

 彼女は受け取り、俺の前から去っていった。


「ご主人様……」

「ああ、この世界にはクリスマスとかサンタなんていないんだよな。でも雪は降る……ならサンタがいてもいいよな」

「サンタとは何かアリスには分かりませんが、いいと思いますよ」

「おっし!そうと決まれば俺の根城はしばらくこの街だ!ギルドでは堪った依頼が一杯ありそうだったしな。まずはガブスさんに頼んで町長を紹介してもらおう。そしてあの誰も住んでいない教会をもらい受けてと、それに増築や修繕もしなきゃならないしな。だからお金頂戴!あっ、無駄遣いって言うなよ?」

「言いませんよ。お好きなようにお使いください、私のご主人様」

 アリスがネコミミをピコピコさせ、俺にもたれかかりながら微笑む。


 アドロフの街を騒がせた事件はこうして幕を閉じる。

 そしてその日から港町アドロフには「溝さらい」という職業は無くなったのだった。


メリークリスマス(イヴ)です。

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