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クリスマススペシャル「消えた子供達」(前編)

 これはアンブロシウスが姫を魔王に攫われてから、約一年後の物語である。

 街中を黒髪に黒いメイド服に身を包んだ少女が歩く。

 その後ろをついて歩く白髪に白いサーコートの少女。

 二人とも一度見たらなかなか忘れられないような特徴的な美少女である。

 前を歩くメイド服の少女の名はアリス。

 頭には黒い猫の耳、スカートからは二股に分かれた尻尾を生やしている。

 後ろをついて歩く少女の名はルシウス。

 白髪にオッドアイの瞳を持つ美少女、に見える少年であった。


「何で俺の報酬が一銀貨だけなんだよ!」

 街の往来激しい中、ルシウスは前を行くアリスの背中に向かって怒りの声を上げる。

「当然でしょう。ご主人様は無計画にお金を使い過ぎです。ですのでそれ以上はお渡しできません」

 振り向きもせずに彼女は言う。

 ルシウスは彼女の言うとおり、所持したお金は惜しみなく使う性格たちであった。

 財布の紐を締め付け、これ以上話を聞く気もないと器用にネコミミをパッタリと伏せてしまう。

「一銀貨じゃ新しいコートも買えないじゃないか。ねえ、お願いだからもう少し何とかしてよ」

 ルシウスは人目も気にせずに彼女に背後から抱きついて懇願する。

 周りではわざわざ足を止めてまで美少女二人の絡み合いを眼福と眺める人々までいる。

「ちょっとおやめくださいご主人様!ダメなものはダメです!この間もそう言って十金貨渡したらご主人様はどうなされましたか?」

「え~と、この今着ている白のサーコートをオーダーメイドで…」

「そこです!」

「え?どこです?」

 ルシウスは辺りを見回す。

「オーダーメイドで十金貨をあっさりその日のうちに使うバカが何処にいるんですか」

「ここに?」

 ルシウスは自分を指差す。

 彼女は溜め息をついて肩を落とす。

「あのですね。私達は冒険者とは言っても基本的に放浪者アウトローですよ?お金は大事に使わないと宿に泊まることもできなくなります。分かっておりますか?十金貨といえば一般の御家庭の半年分の食費にあたるんですよ。それを一瞬で使ってしまう人なんて、普通いないでしょう?」

「ここにいるけど?」

「反省の色がまったく見えませんね」

 アリスはルシウスの頭をアイアンクローのように握り締め、爪を立てる。

「イタタタタ待って!チョット待って!これには深~い訳があるんだよ!」

「どんな“言い訳”ですか?」

 ルシウスはアリスの手から逃れてコートをひるがえす。

「どう?このサーコート。これは特注なんだよ?魔獣の革製と注文したとても頑丈なもの。普通の剣なら刺さりもしないという優れものだよ。冒険者たるもの常に危険と隣り合わせの職業だ。これぐらい装備に金をかけてもおかしくは無いと思うんだよ?」

 彼女は少し考え、自信満々の彼の物言いに道具にお金をかけるのは仕方が無いかなと思い直す。

「ん~、ご主人様の白魚のようなお体を護る為には仕方ないですね。一枚だけですよ?絶対に無駄遣いしないでくださいね」

 彼女は財布から一金貨を取り出してルシウスに渡す。

『確かに肌の色は白いが、「白魚のような手」と言われれば褒め言葉に聴こえるが、「白魚のような体」といわれると何故か馬鹿にされてる気がするな……』

 そう思いつつもルシウスは金貨を受け取り、しっかりと握り締める。

「分かってる。絶対無駄使いなんかしないよ!」

 

「よう!ルシウスの嬢ちゃん」

 そんな時、ルシウスに声を掛けるものがいる。

 それは眼帯をした頭の禿げ上がった年配の御仁であった。

 彼は買い物をしていたのか大きな紙袋を手に持っている。

「あ、おっちゃん。このサーコートいい感じだよ!」

 この男の名前はマイズリーといい、道具屋の主人だ。

 表立って注文は受けたりはしていないが、裏では仕立て屋としての顔も持っている。

 その道では有名な凄腕職人であった。

「そうかそうか、そういってもらえると職人名利みょうりに尽きるな。何せお前の注文どおりに堅い魔獣の革を使って作ろうと思ったんだが、どうにも堅すぎてめんどくさくなってな。仕方が無いんで適当な布で作った一品だ。気にいってもらえて嬉しいぜ!」

「あ、やっぱりこれ注文した魔獣の革製じゃなかったんだ。おかしいとは思ったんだよな。やけに肌触りはいいし、軽いしな。ところで肝心の防御力なんだが、実はこれを着てからまだ一度も攻撃受けてないから試せてないんだよね」

「おおっ!?流石一流の冒険者様は言うことが違うね。いろんなクエストをこなしているって噂を聞いているのに、一度も攻撃を受けていないってどんだけ凄腕なんだよ、お前さん」

「いや~それ程でも、あるかな♪」

「ちょっと待ってください、ご主人様!?おかしいですよね!?」

「ん?どうしたねアリス君」

「なんで君付け?いえそれよりも、今のお話、完全にご主人様騙されてますよね!?」

「え?そうなのおっちゃん?」

「さあ?それほどでもないとおもうがの~」

 おっちゃんは何故か恥ずかしそうに体をくねらせながら、赤くなって頭をさする。

「なんでそこで照れるんですか!?今の会話の流れの何処に褒め言葉がありましたか!?」

「まあまあ、そんなことよりルシウスの嬢ちゃん。実は嬢ちゃんに買ってもらいたい逸品が手に入ってな。これなんだが……」

 おっちゃんが懐から取り出したものを見て俺はそれから目を離せなくなる。

「こっ、これは!?指貫きグローブ!?それも黒!」

「カッコイイだろう?オークションで見つけて一銀貨で買った呪いのアイテムだ!それをお前には特別に一金貨で譲ろう!どうだ!」

「買った!」

 俺は一金貨をおっちゃんに渡し、グローブを手に入れてホクホク顔になる。

「どうだ?カッコイイだろう!」

 俺は今買ったグローブをはめてアリスに見せびらかす。

 アリスはクラクラと立ちくらみを憶える。

「チョ、チョット待ってください!なんで今それ買ったんですか!?それ呪いのアイテム!元々一銀貨!私があれほど大事に使うようにと言って渡した金貨まで使って、なんでそれ買ったんですか!?ご主人様はバカなんですか!?」

「バカはアリスだよ。君は男のロマンを分かってない」

「そうじゃそうじゃ~!」

 おっちゃんも俺の背後で相槌をうってくれる。

「男のロマン?呪いのボッタクリアイテムを買うのがですか??」

 俺は?マークを浮かべるアリスに説明してやる。

「いいか?指ぬきグローブと言えば男のロマンだ!かのセカンドチルドレンですら眼帯の次はプラグスーツの上から指抜きグローブをしようとするほどにな!」

 俺はグローブをはめた腕を交差し、格好をつけてアリスにウインクしてみせる。

「ウザッ!」

 俺はアリスにダブルパンチで殴り飛ばされる。

「いいからあなた達そこに正座なさい!」

 俺とおっちゃんの二人はアリスの迫力に押されてその場で正座させられる。


 一時間後……俺とおっちゃんの二人は街中で地面に正座させられて、永遠とアリスのお説教を聴かされ続けていた。

 人生について猛省した俺は泣きながら彼女に謝る。

「生まれてきてすみませんでした。前世の戻ってやり直したいと思います。ちなみに前世は魔王してますけどね、フフフ」

 おっちゃんも反省したのか、半泣き状態で反省の言葉を述べる。

「禿げててすみません。ハゲしく反省し、これからは真っ当な職人としてハゲみたいと思います」

「アハハハハ、おっちゃん俺より旨いこと言うね!」

「そうじゃろ?ガハハハハ」

 どうやらおっちゃんも反省はしていないようだ。

 当然その後アリスのヒールで踏みつけられ、(ちょっと嬉しい)血を流しながら真面目な反省文を二人して朗読させられた。

「分かればよろしい。これからは二人とも真面目に生きるのですよ。良かった。本当はアリス怖かったの、私の気持ちが口で言って伝わるものなのか心配で……。言葉って偉大だわ」

『『分かったのはお前が恐ろしい女だってことだけだ!』』

 俺とおっちゃんはその言葉を口には出せず、目を合わせて頷く。

「反省ついでにここだけの話なんだが……。実はこの眼帯もカッコいいかなと調子にのって着けてただけなんだわ。今まで騙してて悪かったな、嬢ちゃん」

 そう言っておっちゃんは眼帯を取ってみせる。下から現れるおっちゃんのつぶらな瞳。

「エッ!?そうだったの!?でも眼帯取ったらおっちゃんにはハゲしか残らないよ!?」

「フフそれだけ残れば十分じゃ」

『十分なんだ……』

「それよりも実はこの眼帯。とある迷宮の奥に隠されていた曰く付きの代物でな」

「ほう」

 俺の興味がふつふつと湧いてくる。

「なんと服が透けて見える魔法の眼帯なのじゃ!」

「マジすか!?」

「おう、マジマジ!これ着ければたちまち街行く姉ちゃんらが!グフフフフフォ、ゲホゲホッ」

「なんというスゴイ眼帯!これが男達の夢のアイテムか!?」

「お前さんはお得意様だからな。そんな貴重な魔道具を今なら何と一銀貨で譲ってやらんことはないぞ!」

「買った!」

 その時、俺は物凄い殺気を感じて振り向く。

 そこには白目の部分を黒くして、ネコ目で睨むアリスがいた。

 背後にゴゴゴゴという擬音と共に地獄の炎が立ち昇っている。

「どうやら言葉では通じない人も世の中に入るようです。チョット死んでみる?」

 アリスは腰に差してあった金色の魔剣レーヴァテインを抜く。

「これはマジにヤバイ!おっちゃん逃げるぞ!」

 俺が振り向くと、そこには眼帯だけを残しておっちゃんの姿は無かった。

「あれ!?おっちゃんは何処いずこに!?」

 遠くの方に走り去るおっちゃんの背中が見える。

「NO!?俺一人を残して何処いくの!カムバ~~~~~ック!おっちゃらら~~~~~ん!」

 この後、一人残された俺がどうなったかはご想像にお任せします。


 さて、そんなこんなで俺とアリスは一年の修行を経て連合国で冒険者をしていた。

 この国での冒険者の登録自体は簡単なもので、名前とチームを登録してその場で登録の金属プレート(タグ)を貰うだけ。

 俺のタグにはルシウス(アンブロシウスのロシウスの発音を少し変えた偽名)とだけ書いてあった。

 アリスはアリスとだけ。

 言っておくが俺はローマでお風呂を作ったりはしないぞ?

 ここは敵国なので本名は不味いと思ってつけたものだ。

 報酬の受け取りにはこのタグの提示で足りる。

 タグ自体にギルド本部職員の魔力が付与してあり、本物かどうかを確認できるようになっていた。

 無くしたり奪われるなどした時は自己責任だが、結構便利なものだ。

 俺はそのタグをブレスレットにし、アリスは首から紐でかけている。

 最初アリスと報酬の言い争いをしていたクエストとは、オーガ退治なるもの。

 そこで俺は二十金貨の大金を稼いだのだが、その殆どをアリスに持っていかれ、もらった一金貨も今使ってしまった。

 現在俺の財布には最初に貰った一銀貨のみ。

 懐がおそろしく寒い……。

 まあ怪我のことがあってから、俺は苦労をかけた彼女の「尻の下に敷かれた」状態だから仕方が無い。

 冒頭でも言ったのだが、俺達は端から見たら冒険者とは思えない二人組みかもしれない。

 片方はメイド服にネコミミの美少女。

 片方は白の短髪にヘテロクロミアの美少女、いや美少年。

 一時期よりは少し長くなった髪だが、元々俺は長髪よりも短髪の方が性に合っていたのかもしれない。

 母の手前顔を隠すことを諦めてからは、今でも髪は短く切り揃えている。

 服装は白のサーコートを好んで羽織っている。

 腰には冒険者らしく二本の黒い剣を左右に差してある。

 この頃の俺はアリスよりまだ少し背が低かった。

 おかげで道具屋のおっちゃんには「嬢ちゃん」呼ばわりされている。

 俺はその風貌とメイドを連れている事から、このあたりの冒険者としては結構有名になっていた。

 名指しで直接の依頼も来るぐらいである。

 実力でも難易度Aクラスの討伐クエストを含め、依頼達成率がほぼ100%である事もそれに拍車をかけている、と思いたい。

 何せこの風貌が馬鹿目立ちするので、そちらの方の噂はなかなか伝わらないでいた。

 達成率が「100%」でなくて「ほぼ100%」と言うのも、実は直接来る依頼の中にはアリスや俺狙いの不貞なやからの依頼があり、途中で俺が依頼主を殴り倒しクエスト失敗となることも何度かあったからだ。

 それさえなければ達成率100%なのだが……。

 おかげで最近では指名クエストは受けていない。


「そんなに怒るなよ、アリス」

 俺はおっちゃんが残していった眼帯を黒の右目にしながらアリスをなだめる。

「そんなただのコートに十金貨も出して買われたり、呪いのグローブを一金貨で買われたりとメチャクチャです!お金は大事に使ってくださいって言っておりますのに!」

「ん~それなんだが、おっちゃんの名誉の為に言っとくけど、このコート。市場に出れば三十金貨でも売れるよ?それにこのグローブも一金貨じゃ絶対買えないものだよ?」

「エッ!?」

「おっちゃんは口が悪いからいつもあんなだけどね。適当な素材でコートを作ったなんて言ってるけど、これ白竜の毛が織り込まれてある布で、信じられないくらいに高価な代物だよ。俺が素早く動けるようにとこの素材にしたんだろうね。このグローブも呪いなんか掛かってない本物の魔道具。オークションで買ったんならかなり値がついたものじゃないかな?効果までは分からないけどね」

 アリスはかなり驚いているようだ。

「あの、私知らなくてとんでもない事を……」

「ああ、気にしなくてもいいよ。おっちゃんも楽しんでたしね。今度おっちゃんの店を訪ねたときに何か買ってあげればいいさ」

 そこでアリスはハタと何かに気が付いて立ち止まる。

「ちょっと待ってください!じゃあその眼帯も、もしかして……」

 彼女は顔を赤くし、服の上から自分の身体を隠す仕草をする。

「さ~て、どうなんだろうね~♪」

 俺は鼻歌を歌いながら、そんなアリスを置いて走り出す。

「ご主人様!?」

 残念ながらこの眼帯におっちゃんが言うような効果は無かった。

 ただの黒い眼帯。

 アリスの反応がおもしろいのでしばらくは黙っていようと思う。


 俺はいつものように新しいクエストを捜しに冒険者の店に足を向ける。

 冒険者の店に入ってカウンター横の掲示板を見に行と、そこにはギルドの受付譲が立っていた。

 ブラウンの髪を肩まで切り揃えた胸の大きな美女。

 彼女を見るために、冒険者でもないものがこの店に来るくらいの女性だ。

 彼女の名前はマリア・イマージュさん。俺のお気に入りの受付譲だ。

「マ・リ・ア・さ~~~~ん!」

 俺はマリアさんを目にし、迷わず彼女の胸に飛び込む。

『山がある。二つの大きな山だ。

 なぜ俺が山に登るのかと聞かれるとこう答える。

 そこには夢と希望があるからさ』と(アンブロシウス談)。

 昼日中から酒を飲んでいた他の冒険者の面々がそれを見て立ち上がり、悲鳴にも似た声を上げる。

「なんだと!?」「俺達のアイドルに何しやがる!」「でもあいつなら仕方ないんじゃないか?」

「いやいや、これはこれで眼福である!」「いいよ、いいよ。美少女二人の絡み合い。ハアハア」

 おかしなセリフも混じっているが俺は気にしない。

「よしよし」

 マリアさんは周りの言葉を気にした風も無く、俺の頭を撫でてくる。

 彼女は俺のことを弟のように思ってくれているみたいだ。

 まあ、一人の男性として見られていないのは少し残念なのだが……。

『でも、し・あ・わ・せ』

「ご主人様!」

 追いかけてきたアリスが、ギルドの扉を開け放って飛び込んでくる。

 俺は慌ててマリアさんから離れる。

 マリアさんは残念そうな顔をするが、先程もアリスを怒らせたばかりなのでこれ以上は怖すぎる。

「さ~て、何か良いクエストはないですかね」

 俺はわざとらしく咳払いをしながら掲示板を確認しようとする。

「クエストはいいですから、その眼帯をこちらに寄越しなさい!」

 アリスが勢いよく俺の背後から飛び掛ってくる。

「嫌だベンベン」

 俺とアリスが掲示板の前で眼帯の奪い合いをしていると、マリアさんがそれとな~く話し賭けてくる。

「そういえば西の街で最近おかしな事件が起きているそうですよ?」

「西の街?港街アドロフですか?」

 俺は眼帯を奪い取ろうとするアリスの両手を抑えながらも、マリアさんの話に興味が湧く。

『おかしな』という言葉が良い。

 俺はそういう言葉に弱い。

「ええ、何でも街中で子供達が突然に消えてしまうらしいですよ。流石にこのあたりまで捜索依頼は来ていませんけど、むこうのギルドではいくつも依頼が出て大騒ぎらしいですよ。近々首都からの騎士団も派遣されるらしいみたいですね」

「突然にですか……」

 如何如何イカンイカン、ワクワクしてきたぞ。

 俺はアリスの手を逃れ、ジャンプして天井の梁にコウモリのように逆さにぶら下がりながら考え事をする。

『子供達が消える……』

 俺の思考は「謎」を前にフル回転し始める。

『子供達が消える理由……。1.転移、2.次元移動、3.幻術、4.透明化インビジブル5.その他。なかなかに興味深い』

 悪魔の仕業かもしれない。それとも天使か……。

 俺の興味は底を尽きない。

「ご主人様。早くしないと着くまでに日が暮れてしまいますよっと、もらった!」

 天上の梁の上にネコのように忍び寄り、飛び降りながら俺の眼帯を奪い取る。

 アリスのセリフから察するに、どうやら俺が行く事は確定らしい。

「あっ!?それ只の眼帯だよ!返せよ!」

 アリスは眼帯を自分でしてみて、確かめてから俺に返してくる。

『どれだけ信用無いんだよ!』と言いたいが、俺は黙って眼帯を付け直す。

『何故眼帯をつけるかって?分かるだろう?カッコイイからだ!』

「じゃあマリアさん、という事で行って来ます」

「はい♪」

 彼女も俺がそうすると分かっていたのだろう。

 世間話のふりをしてまでその話を俺に聞かせた真意が何処にあるのか、この時の俺には分からなかった。


 それから数時間後、俺達はアドロフの港街を見下ろす丘の上に来ていた。

 馬車であれば五日ほど掛かるところだが、俺が走ればこんなものだ。

 魔力の消耗が激しいのはいただけないところだが、何日も馬車で揺られるなんて耐えられないのだから仕方が無い。

 潮の香りが鼻腔をくすぐる。

 海からの風に髪の毛をあおられ、俺は少し心躍るのを感じる。

 いや、身体もガクガクと踊っていた。

「寒っ!」

 連合国は広い。

 西の海に面したこの街では雪がふりそうなくらい寒かった。

「寒いけど海はいいよね~。特に最近は内陸部の荒野ばかり見ていたから、グッとごごろにぐるものがあるがな~」

「そうですね。確かにアリスも埃っぽいよりまだいいかもです。ただ心にグッとくる前に、お鼻をグッとおかみくださいませご主人様。垂れてますよ?」

 そういいながらアリスはハンカチを取り出して俺に鼻をかませてくれる。

『俺は子供か!』

 と思いながらも彼女の持つハンカチで鼻をかむ。

 アリスは俺の世話ができることが嬉しいのか、ネコミミをピコピコ動かして喜んでいた。


カラーン


 高い鐘の音が聞こえる。

 これほど大きな音を立てる鐘といえば、街にある教会のものだろうか。


 俺達は取り敢えず情報収集も兼ねてギルド(冒険者の店)に向かう。

 ギルドは人で溢れていた。

 どうやら噂を聞きつけて、飯の種にありつこうと考える冒険者達が多くいたようだ。

 しかし各所でトラブルも見られる。

 子供の捜索依頼をしたが、一向に進まない状況に抗議する子供達の親と見られるもの。

 またそれ以外のクエストの依頼者も捜索依頼の幅寄せを受け、いつになったら自分達の依頼を受けてもらえるのかと催促に来ているようだ。

 おかげでカウンターから酒場のような場所まで人が溢れ、何人ものギルド職員がカウンターから出て対応に追われている。

「こんな状態じゃ依頼を受けるどころじゃないな」

「そうですね」

 俺とアリスは諦めて出て行こうとする。

 そんな時、酒場の隅で何かがぶつかるような音と女性の悲鳴が響き渡る。

 俺は咄嗟に脳内シナプスを強化する。


『加速』


 見ると、年端も行かない少女が倒れようとしている姿が見えた。

 彼女の目の前、椅子に座る粗野な冒険者風の太った男は、何かを投げつけた格好で固まっている。

 どうやらその男は、手に持っていた酒の入ったジョッキを彼女に投げつけたようだ。

 彼女の側には撒き散らされた酒とジョッキが浮いている。

 長い黒髪の少女が血を流し、スローモーションで倒れようとする。

 その姿に、俺は彼女に姫の姿を重ねてしまっていた。

 頭に血が上った俺は身体強化を施し、ゆっくりと動く人ごみを素早くよけながら移動する。

 床に倒れる前に彼女の側に駆けつける。

 ここまでで0・二秒。

 俺の動きを視認できる者などここにはいない。

 崩れ落ちるようとする彼女を抱き抱え、怪我の様子を覗う。

 ジョッキをぶつけられた額がパックリと割れ、空中には彼女の額から出た鮮血がゆっくりと舞っている。

 年の頃は俺と同じくらい。

 彼女はお世辞にも綺麗とは言いがたい服装をしている。

 手足の先もひび割れ、靴も履いていない。

 しかし、薄汚れてはいても可愛らしい顔の少女であった。

 ゆっくりと流れる時間の中、俺は彼女に治癒の呪文を使う。

 俺の呪文は「治癒」と言うよりは「復元」と言った方がいいのかもしれない。

 傷が塞がり始め、飛び散った血が彼女の体に戻っていこうとする。

 彼女を支えながら近くに浮いたジョッキに手をやり、空中に漂う酒をすくっていく。

 俺の手の中でジョッキは元のビールが入った状態に戻る。


『加速停止』


 回りの時間が通常の早さに戻る。

 俺はジョッキを投げつけた男に向けて、その中身をぶちまけてやる。

 突然に現れた俺に酒を浴びせかけられ、男は立ち上がって怒り始める。

「何をしやがる!やろうってのか!」

 同じテーブルを囲み、一緒に酒を飲んでいた仲間と思われる三人の男達も次々に立ち上がる。

 周囲の喧騒が止み、俺達が睨み合うテーブルの方に全ての視線が集まる。

 固唾を呑んで見守る人々。

 その中にはギルド職員も含まれる。

 突然のことに頭がフリーズして対処方法を忘れているようだ。

 もしかしたら忙しいからと臨時で雇われた職員なのかもしれない。

「何をしやがるだと?それはこちらのセリフだ!女の子に物をぶつけて怪我させるなんて男の風上にも於けない!お前達全員そこになおれ!二度とこのような事が出来ないように全員両手を叩っ斬ってやる!」

 俺はジョッキを机に置き、空いた片方の手で一本の魔剣を抜き去り、男達に向ける。

 白い髪の少女(少年)が怪我をした一人の少女を抱きかかえ、大の男四人を相手取って啖呵を切る。

 周りからはそう見えただろう。

「ああっ?可愛い顔して年配者に対する礼儀も知らないようだなお譲ちゃん」「そいつは“溝さらい”の女なんだよ!例え殺されても文句は言えないんだよ!」「それを庇うお前も同じ扱いでいいんだよな?お譲ちゃん」

「溝さらい?」

 俺は「お譲ちゃん」と言うセリフには我慢をして、少女に目を向ける。

 少女は気を失っているわけではなく、俺の腕の中で震えながらも目を見開き、男達を睨みつける。

「溝さらいが何だって言うのよ!それよりも弟達を捜してくれないんならお金を返してよ!」

 俺は話を推察する。

「つまり君はギルドに“依頼できないような立場”であり、失踪した弟達を捜す為にと、ギルドを通さずにこの男達に直接依頼をしたってことか?」

 彼女は俺にもたれかかっていた腕を振り払い、俺を睨みつける。

「そうよ!悪い?お金は私の弟達を捜す為にと、皆が出し合って集めてくれた大切なものなのよ!」

「へっ!たった一銀貨ぽっちじゃないか。それで本当に依頼なんか出来ると思っていたのかね~」「本当馬鹿だよな~」「一銀貨なんて俺達の一回の酒代にもならないってんだよ!ありがたくもらってやったんだからとっとと消えな!」

「これだから“ゴミ拾い”はよ!」

「ゴミ拾いなんかじゃない!!」

 彼女は涙を浮かべ、歯を食いしばり、その言葉だけは許せないと反論する。

 金遣いが荒いとアリスに言われている俺は、彼女の「大事なお金」という言葉に少し心苦しさを感じる。


「そこまで!」

 騒ぎを見て誰かが呼んだのだろう。

 衛兵の格好をした男達が数人、こちらに人を押し分けて近づいて来るのが見えた。

「何事だ?我らも忙しいのだから、酒場でのトラブルなどはいい加減やめて貰いたい」

 隊長格と思われる年配の角刈り男が、一歩前に出て話しかけてくる。

「これはこれはガブスさん」

「またお前達か、今日はどうした?」

「それが聞いてくださいよ。溝さらいの女からちょっとお金を寄付してもらったら、返せなどと言ってきやがってですね。追い払おうとしたら、このよそ者が突然に割り込んできやがったんですよ」

「違う!私はちゃんとお金を渡して依頼したのよ!でも全然捜してくれないからお金を返してくださいって言っただけなんです!」

「いくらだ?」

「一銀貨です」

「ふん。こやつらは寄付してもらったと言っているぞ?それにどうせその金も盗んだものであろうが。ここは公共の場である。お前などが入って良い場所ではない!捕まりたくなければ直ぐに出て行け!」

 ガブスという兵だけでなく、後ろにいる兵士達もやれやれと言う風に肩をすくめている。

 少女は震えている。

 自分の話など元より聞く気もない、そんな衛兵の態度に対する理不尽な怒りからくるものであろう。

 それを見て、俺は思わず叫んでいた。

「どう考えても悪いのはこいつらだろう!なのに捕まるのは被害者の方だってのか!」

「もういい!」

 庇おうとする俺を制するように彼女が叫ぶ。

 ギルドの扉を開けて外に走り去る少女の頬に光るものが見える。

 俺はアリスに目配せをする。

 アリスは俺の意を汲んでか彼女の後を追いかけ、ギルドを後にした。


 アリスが彼女を追いかけて外に出て行ったのを見送った俺は、おもむろに腰に差した二本の目の黒いギザギザの魔剣を抜き放ち、腕を左右に伸ばす。


 【魔双剣ベルセルク】

 能力は狂化。装備しているものを狂戦士化させるというもの。

 エンドルフィンが脳内で分泌され、力や敏捷性、野獣性が増す。

 しかし、俺はそんな状態でも強靭な意志の力で正常な思考を保つことができる。

 

――――――――――――

 突然にガブスを寒気が襲う。

 長年兵をしていれば戦場に出ることもあった。

 そこでは日常的に感じることのできるもの。


『殺気』


 目の前にいる白い髪の眼帯をした少女から途轍とてつもない殺気を感じる。

 見ると周りの者達は血の気が引き、青白くなって手足を震えさせ始める。

 中には歯の根が合わず、打ち鳴らすものまでいる。

 これ程の殺気を感じたことは後にも先にも一度しかない。

 そう、昔王国との戦いで感じた“あの”殺気だ。

 私は遠間から見ていて助かったのだが、当時の戦友達は次々と首を切り落とされ死んでいった。

【王国の戦神せんしん ナイチンゲール】

 そう呼ばれた少女が見せた修羅の殺気に近いものを感じる。

 チチという鳥の鳴き声と共に仲間の首が一つ、また一つと地面に転がる。

 あれを見て以来、鳥の鳴き声が聴こえるたびに首に手を当て、自分が生きているかを確認したほどだった。

 私と同じような感覚を持ち、気を狂わせたものも少なくは無い。

 ギルドの広い室内が暗くなったかのように感じられ、目の前にいる少女の顔に影が落ちる。

 その中で彼女の左目だけが金色に光り輝く。


『魔獣』


 見た目に誤魔化されてはいけない。

 見目麗しい美少女だが、その中身は人とはまた別の“何か”だ。

 まるでギルドという名の建物の檻に、獰猛どうもうな魔獣と一緒に閉じ込められたように感じる。

『彼女から目を離せない。目を逸らせば殺される。

 息をすることが出来ない。音を立てれば殺される。』

 それは僅か数秒の出来事だったかもしれない。

 しかし、ここにいる者達にはその時は永遠にも感じられた。


―――――――――――――

 俺はテーブルに、片方の剣を逆手に持って突き立てる。

 テーブルを勢いよく貫いて突き立つ、つるぎ

 それまで金縛りにあったかのように動かなかった者達が、その大きなもの音を聞き、堰を切ったかのように悲鳴を上げながら外に逃げ出していく。

 俺は衛兵の隊長格と思われるガブスという男の襟首を掴み、彼だけは逃がさない。

「これで静かになったな」

 ガブス以外の全員が逃げていなくなり、静かになったギルドの椅子に彼を座らす。

「どうにも怒りが治まらないんだわ。ちょっと話を聞かせてくれ」

 俺は剣を仕舞い、隣にある椅子に座って、怯える彼にできうるかぎり優しく語りかけた。


―――――――――――――――――

『悔しい!悔しい!!

 戦争で父と母を失い、何もかもを奪われた。

 奴隷に身を落とすのでも無く、娼婦に身を落とすのでもなく。

 路頭に迷った挙句にたどり着いたこの街で、同じような境遇の人達と出会い、なんとか今まで生きてきた。これまで何度も迫害を受けてきたが、今日ほどそれを悔しいと思ったことは無い。

「どうすれば弟達を助けられる?」もう私には分からない。ああ、神など本当にいるのだろうか?』

「待って!」

 一人のメイド服の少女が後ろから追いついてきて、私に声を掛ける。

 私は立ち止まり彼女を見る。

 腰には金色の帯剣。

 あの店にいた彼女は、メイド服を着てはいるが冒険者なのだろうか?

「なんですか?」

 涙を見られないように拭きつつ、私は彼女に質問する。

「あなたの依頼を受けます」

「え?先程の話を聞いていましたか?私にはもうお金が無いのよ?」

「構いません。依頼を受けます。私達の報酬は別のもので頂きますので」

「別のもの?私にはもうこの体ぐらいしかお渡しできるものがありませんよ?体を差し出せと?」

「いえ、あなたにはこの街の案内を引き受けていただきます。それが依頼料です」

「そんな事でいいの?」

「はい」

「そんな事でいいならお安い御用ですけれど……」

 背に腹はかえられないと、私はそのありがたい申し出を受けることにする。

「私の名前はアリス。あなたは?」

 彼女が名前を聞いてくる。

「私はエリー。エリー・カッソスです」


――――――――――――――

 俺は「溝さらい」なるものがこの街でどのような扱いを受けているのかを聞いた。

 もちろん穏便にだ。

 彼はとても素直な人で、顔を青くし、震えながら畏まって答えてくれた。

 「溝さらい」とはいわゆる戦争難民。戦争で行き場を失った人々だった。

 彼らはこの街にある大きな造船所の廃材の片付け、張り巡らされた街の下水等を低賃金で掃除し、この街の税金から収入を得ているものたち。

 しかし住む家等は与えられておらず、悪く言えば浮浪者のような存在。

 入り組んだ建物の隅や橋のたもとなどに居を構え、風雨を凌いでいるものたち。

 僅かばかりの収入を得ることが出来るこの方策は、少しでも街の治安維持に役立つと現在でも取られているらしい。

 奴隷になれば最低限の食事や住居にもありつけるのだろうが、彼らはそれを拒み、自由を得る代わりに立場は下手をすると奴隷よりもひどい扱いを受けるのだと言う。

「そんな人達がいるのか……」

 奴隷と言えばイメージは悪いが、この国ではその立場はピンキリだ。

 農業に従事させられるものもいれば、戦場に借り出されるものもいる。

 大きな戦争の爪痕は未だ残り、各所で人の手が足りていないからだ。

 今は大きな戦争は無いにしても、連合国とは良しも悪しきも複数の民族から成り立ち、紛争が耐えない地域なのだ。

 奴隷は個々が持つ能力が高ければ、待遇自体はそれ程悪いものばかりではない。

 しかしどうしてもその能力で判断されることから、何の取柄も無く、体の弱いものは奴隷にすらなれないのが現状だ。

 女性や子供であればその身体を商品として売る、と言う手もあるが、ここではそれを拒めば自然と溝さらいか浮浪者にならざるを得ないと言うわけだ。

 ただ裕福な時代でもないので、浮浪者という立場では直ぐに餓死してしまう。

 国自体も貧困層への計らいが出来るほど余裕が無いからだ。

 そういう訳で最後の手段として盗賊に落ちるものも少なくない。

 ただ、盗賊になれば捕まれば待っているのは「死」のみだ。

 今の時代に情状酌量の余地等ない。捕まれば死刑は確定だからだ。

「孤児院等の受け入れ態勢はどうなっているんだ?」

「残念ながらどこも一杯だ。それに国自体もまだこの間の内紛のおかげで国力が回復しきっていないのでな……」

 ガブスは言う。

 その言葉を聴いて俺は少なからずの自責の念を感じる。

 後継者争いによる内紛。それを引き起こした首謀者は俺だったからだ。

「今すぐは無理だが、この国もなんとかしなければいけないな……」

 俺は一人静かに呟く。

「ガブスさん。俺は冒険者のルシウスというものだ。ランクはA」

 彼は驚きの声を上げる。

 確認の為にと腕につけたブレスレットのタグを彼に見せる。

 冒険者にはランクと言うものがあり、下からC、B、A、Sとなっている。

 Aクラスの冒険者は国でも100人はいないランクである。

 この港街はそれほど小さいものではない。

 それでもAクラスの冒険者はこんな田舎街には滅多にやって来ない。

 余談だがSランクの冒険者は十人ほどしかいない。

「俺は子供が消えるという事件の依頼を受けに来たのだが……」

 ある程度の賄賂も覚悟した。

 しかし先程の効果がまだ残っているのか、それとも街を護る衛兵として、少しでもいなくなった子供達を連れ戻す可能性が上がればと良心的に判断したのか、こちらが聞くまでも無く彼は事件のあらましを語ってくれる。

「事件が起こったのは今から一ヶ月ほど前のことだ……」

 話を要約すると、一ヶ月ほど前から3日に一人くらいのペースで子供達がいなくなっているらしい。

 らしいというのは確認が取れていない子供達もいるからだ。

 そして子供達が消え失せるその時の状況なのだが、親が見ている最中にもかかわらず、子供の姿が突然に消え失せてしまう。

 このような事件はこの街始まって以来だと言う。

 おかげで彼らも途方に暮れているのだそうだ。

 まだ盗賊に攫われたとか、魔獣に襲われたとか言うのであれば対処のしようもある。

 しかし突然に消えて何処にいるかも分からない。

 犯行予告も身代金の交渉もしてこない。これでは捜しようがない。

 彼の言うことも最もだった。

 俺はその話しを聞き、消えた場所の特定ができるかと聞くに至り、彼から有力な情報を得る。

 この街の地図だ。

 兵の中にも頭の回るものがいるようで、彼は子供達が消えた場所を記した地図を持っていたのだ。

 地図に表された一見無秩序に見える×印の数々。

 消えた子供の位置を表すその印を俺は街の地図ごと記憶する。

 ここに載っているのは当然いなくなったと明らかに知れた子供達だけ。

 これ以外にも先程の少女の弟達みたいなものもいるのだろう。

 俺は礼を言い、彼を残してアリスの元に向かう。

 ファミリアーの念話で話しかけ、街の外周を覆っている海に近い城壁で落ち合うことにした。


―――――――――――――――――

「助かった……」

 一人ギルドに残されたガブスは安堵の吐息をもらす。

 彼女が冒険者だと言うなら衛兵の自分が殺されるいわれも無いので当然のことなのだが、あの殺気を前にしてはそれも仕方がないことだった。 

 ガブスは思う。

『彼女は近いうちに必ずSランクの冒険者になる』

 予言等では無く、ガブスは確信する。

 自分の記憶にあるAランクの冒険者と比べ、彼女は一線を画していた。

 彼女の実力を目の当たりにしての確信だった。

 流石にSクラスの冒険者等見たことはないが、あれ程の化け物はそうはいないであろう。

 王国との戦は今は小康状態だが、いつまた勃発するか知れない。

 そんな時、彼女が連合国の味方であれば……。

「彼の者」とやりあえるのは彼女しかいないかもしれない。

 ナイチンゲール。

 黒髪の少女と対峙する白髪の少女の姿を思い描き、ガブスは何故か伝説の英雄譚を思い描く少年のように心踊るのを感じるのであった。


―――――――――――――

 彼女を目にし、俺は最初同じ人物とは分からなかった。

 ギルドを飛び出し、アリスとの間でどのようなやり取りがあったかは知らない。

 彼女は何処かで湯浴みをし、小奇麗になっていた。

 黒く長い髪を三つ編みにし、街で買ったと思われる可愛らしい服を着ている。

 ワンポイントの赤いリボンを付けた白いワンピース。上着として暖かいコートも羽織っている。

「見違えたよ。聴いては悪いのかもしれないが、言葉遣いからして元は結構裕福な家庭のお嬢様だったのかい?」

 酒場での会話。彼女の発する発音は崩れたスラング等ではなく、教養を感じさせた。

 彼女は頷き、悲しそうに微笑みながら口を開く。

「私の住んでいた地方は戦争で敗れ、同郷の者は皆各地に散り散りとなりました。私は一応その地方の領主の娘でした」

「そうか苦労したんだね……」

「でも、先程も彼女に言っていたのですが、本当によろしいのですか?服やコート、靴まで買っていただいて、弟達を捜すお金も要らないなんて……」

「ああ、かまわないよ。それと今回の事件のことを教えてもらえるかい?」

「はい」

 彼女は憶えている限り、その時の状況を事細かに俺に教えてくれる。

 消えたのは彼女の弟のヨハンと、本当の妹弟ではないがミーニとエルグという子供達だった。

 彼女の話を聞き、頭の中で先程の街の地図と照合して位置を確認して俺は一つの推測を立てる。

 子供達が消えた位置は繋げると、僅かだが円形の一部に思われる。

 その円形の中心は街の西外れにあった。

 その時、再び俺の耳には鐘の音が聞こえる。


カラーン


「あっ!?」

 突然に何かを思い出したのか、エリーが叫ぶ。

「弟達がいなくなった時、いつも鐘の音が聞こえていました!」

「この鐘は教会のものかい?」

「確か街外れに古びた教会があります。もう誰もいない教会ですけど……」

 彼女が言うには戦地で人員が足りないのは兵士だけではなく、牧師もだそうで、年老いた牧師は3ヶ月ほど前に戦地に向かい、どうやらそこで亡くなったらしい。

 戦争でと言うより老死。

 それまでは彼の善意で、いくばくかの炊き出し等の配給もあったらしい。

 優しかった老年ろうねんの神父。

 今はもう、誰もそこに住んでいないと言う。

 そして不思議な事に、その教会には鐘がないのだという。

 昔はあったのだが、戦争で金属が足りなくなり、かなり前に持っていかれてしまったというのだ。

 あるはずの無い鐘の音が聞こえる。

「その鐘なんですけど、何故か大人達にはその鐘の音が聴こえないようなんです」

「どういう事だ?」

「私の周りにいる人の中でもあの鐘の音が聞こえるのは子供だけでした」

「成程……分かって来たぞ」

「え!?何がですか?」

「子供達にしか聴こえない鐘の音。子供達の消えた位置」

 そう言うが早いか俺は地面に枝を使って絵を書き始める。

「楽譜?」

「読めるのかい?」

「はい、むかし一応習っていましたので……」

 書き終えたそれは円形の楽譜。

 それにこの街の地図と消えた子供達の位置。そして足りない部分を書き足す。

「これは、何かの曲ですか?」

「妖精の詩だよ」

「妖精?」

「子供達が消えたのは丁度この音を奏でる位置。子供にしか聴こえない鐘の音。多分それは「ティンカーベル」だな」

「ティンカーベル?「高い鐘の音」ですか?」

「ん~どちらかと言えば「妖精の鐘の音」と言うべきかな?取り合えずその教会に行こう。見た方が早い」

 そう言って俺達は彼女の案内で教会に向かった。


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