孤児院
「何故、誰も雇わないんだ?」
大会が終わり。無事儀式の一日を過ごしたアンブロシウス達は屋敷に戻っていた。
「言っては悪いが何もかも自分でするのも来客者によってはいい顔をしないであろう?料理も旨いが見たところ産地より取り寄せた高級食材も使ってないしな」
セレトニーは祝賀パーティだと言うのに、ずけずけとただ酒を飲みながらアンブロシウスに思ったことを口にする。
セーレ達も呼んでの再会も兼ねた少人数での祝いの席。
テスタニアとエトランゼもいる。
目の前に並べられた料理を作ったのはアーネットとアンブロシウス。
「まあ、貧乏だからな……」
「?、将校なんだからかなりの額をもらっているだろう?此度の優勝の品は魔剣だけでなく十億コースターもあったはずだが。小ない額ではあるまい?」
コースターとは物価の違いはあるが、地球で言うところの円と同じぐらいのもの。
十億もの大金をアンブロシウスは得ていた。
しかしそれは既に手元には無い。
「使ってしまった」
「その報奨金以外にも、確かお前は新開発の特許とかもあった……何!?使った?」
「ああ、使った」
「何を買ったんだ?戦艦か?宝石か?別荘?」
苦笑するアンブロシウス。しつこくせまるセレトニーの問いかけにも何に使ったかは言わない。
「孤児院を経営していると言えばいいのに」
「孤児院?」
「セーレ!?アッサリとそう言う事をばらさないでくれよ!なんか男らしくないだろう!」
「私は女ですから」
後ろから現れたセーレは少し酔っているようで、片手にワイングラスを持ちながらアンブロシウスにもたれかかってくる。
セレトニーとティッツェには彼女達が故郷の知り合いだと説明してある。
かなり怪しい目で見られたが、まさか全員俺の妻だとは思っていないだろう。
始めは新しく雇ったメイドだと勘違いしたことも今回の話の発端であるのかもしれない。
「孤児院を経営とはどういう事だ?帝国経営の孤児院はあるぞ?」
アンブロシウスは諦めて白状する。
「あるとは言っても主要な都市だけだろう?後は孤児院とは名ばかりのひどいものでな」
『それに奴隷は孤児とは違うしな……』
「この人は自国のみならず、敵惑星にも一般のルートを使って孤児院を作っているのよ。そして孤児だけでなくて奴隷にされている女性や子供までをも私財を使い、買い受けて孤児院に入れているのよ」
「セーレ……」
流石に皇族相手に敵国での孤児院の経営の話は不味いだろうと思いつつも、既に口にしてしまっては仕方が無いとあきらめる。
セレトニーの反応は咎めると言うよりも興味を示していた。
「それは……ものすごい数だろう?それでは確かに金がいくらあっても足りないな」
「分かっている。だから物価の安い辺境の惑星に施設つくってなんとか維持している現状だ」
このことでは息子のカインにもかなり迷惑をかけていた。
自分の母星は殆ど孤児院惑星と言ってもいい状況になっていたからだ。
「運営も考えているぞ?少し歳の高い者は職員として雇用し、小さい者の面倒を見させて人件費も浮かしているし、学術もある程度専門的につけさしてそれぞれの能力を生かした就職先も斡旋している。そして就職したものには孤児院の経営にも貢献してもらっているしな」
「ただ、それでも足りずに研究開発の特許料も何もかも全てを孤児院につぎ込んでいる状況だけどね。私には理解できない話ですけどね」
再び余計な事を言うセーレ。
『こいつは……後でお仕置きが必要だな』
「なんでそこまでする?」
セレトニーはアンブロシウスの行為に呆れているというようであった。
「別に言うほどの理由でもないが……。まあ、あえて言うならば贖罪、かな?」
「贖罪?」
「この話はこれぐらいにしよう」
アンブロシウスはこれ以上その事に触れられるのを完全に拒否するので、この話はこれでお仕舞いとなった。
その後は何事もなくパーティはお開きとなる。
そう言えば忘れていたが一つだけちょっとした騒ぎがあった。
ティッツェ皇女とブネがお互いを睨みあい、キャラが被っていると喧嘩し始めたからだ。
最後はお互いの趣味が合うので仲良くなっていたようだったが……。
平和である。
ただ少し前になるが、アンブロシウスの元には平和とは真逆の書状が届いていた。
『召喚状』
次の作戦に参戦しろいう命令書。召集場所は惑星モスプログ。
それはマガダンがアスマンの要塞の一つを落とした事により、実行されることになったもの。
次は前以上に難題を抱えた大規模作戦であった。
-------------
ここは灯りを落としたアンブロシウスの寝室。
優勝の品である魔剣「霊刀 冥月」。
その魔剣を手にし、アンブロシウスは入っていたビロードの布が敷かれた桐の箱を見る。
渡島一刀斉作と崩した漢字で書かれている。
これで三本。
天地の星で二本。こんな別の星でさらに一本。
渡島一刀斉とは一体何者なのか。
夜桜や黒雪の姉妹刀「冥刀」の能力は、伝え聞くところによると霊力を吸収すると言うものらしい。
そして自分が持つ夜桜を見る。
今までは普通の刀と思っていたが、ここにきてそれは勘違いだったのかもしれないと思う。
神力、魔力、霊力、三つの力が存在するこの世界。
そして魔力を吸収する「黒雪」、霊力を吸収する「冥刀」、残る夜桜は……。
神力を持ったものを斬った事などないが、もしかしたらそういうことなのかもしれない。
今は試しようも無い事なのだが……。
アーサー(ヘルズ)に頼んで下手に死なれても困る。
少しばかり吸収されても大丈夫な凄まじい神力の持ち主と言えば、妹のリーンが頭に思い浮かぶ。
しかし妹は何処にいるか分からない。
彼女のことだから死んでいるなどということは思い浮かばないが、カインの連絡ではブラリと出掛けてから音沙汰も無く、三年の月日が流れている。
どこをほっつき回っているのか誰にも連絡を寄越さないでいる。
少し心配ではあるがその事は息子達に任せてある。
暗がりの中、箱に剣を戻し、眠っている妻達を横目にアンブロシウスは寝室を後にする。
アーネットは別の部屋で寝ており、今彼の寝室にいたのは四人の妻達だった。
久しぶりの再開で襲ったというより襲われた。
大きなベッドの上で彼女達は満足そうな微笑を浮かべ、静かな寝息を立てている。
アンブロシウスが向かったのは夜外。玄関から外に出る。
庭にある桜の木の前に着いた途端、アンブロシウスは蹲り嘔吐する。
大量の血。
側で見ているものがいれば全身の血を吐き出してしまうのでは無いかと思い心配したのだろうが、誰もいないのを確認して入ったアンブロシウスは構わず吐き続ける。
床に座り込み、洗面台にもたれかかりながらアンブロシウスは荒い息を吐く。
その顔は青白さを通り越して青黒く、意識を失って倒れないのが不思議なくらいであった。
ノーラローラがいれば、彼女は確実に死相が出ていると言ったかも知れない。
しかしアンブロシウスは死なない体。
少しすれば血色も戻り、呼吸も落ち着いてくる。
体に着いた血の匂いを悪魔である妻達が敏感に感じ取ることを恐れ、彼は風に当たる為にもここに来た。
背を木に持たれかけさせ、夜着が汚れるのも構わず座り込む。
空を見上げれば月があり、桜の花びらが舞う中、心を癒してくれる幻想的な景色をしばし楽しむ。
先程のようなことは今回が初めてではない。
もう何度と無くこうして彼は夜に一人で血の匂いを消しに来ていた。
「また吐いたのか?」
気がつけばその手にアンブロシウスの上着を持って佇むアーネットがそこにいた。
いつからいたのか、気が散漫になっていて分からない。
もしかいたら始めからここにいたのかもしれない。
「ああ、いたのか。何のことだ?」
アンブロシウスは見られていたかもしれないが一応誤魔化そうとする。が、アーネットは彼のおかしな行動には前々から気がついていた。
そして夜な夜なここで血を吐いていることも……。
「常春の国とはいえ夜は冷える。風邪を引くぞ」
彼女は持っていたアンブロシウスの上着を彼の肩にかける。
「ありがとう」
素直に感謝の言葉を出し、再びアンブロシウスは月を見上げる。
「一度診てもらったほうがいいのではないか?いくら不死身であることを隠しているとはいえ、あまりにもおかしいぞ」
アンブロシウスは何も言わない。
アーネットは思う。
『昔はもっと素直で、感情をむきだしにしてくれるので分かりやすかった。最近、特にここにきてからのお前は何を考えているのかが、私には分からない……。』
それを尋ねればきっと「それが大人になったっていうんでしょうね」とでも言って誤魔化すに違いない。
そう思い、アーネットは彼に尋ねることに二の足を踏む。
『大人になんてならならなくていい!』
アーネットの心の中で一つの声が聞こえる。
『これはアリスの声?』
一人になって初めて聴く彼女の声。
そう思ったときには口が勝手に動き、声を出していた。
「ご主人様!何を隠しているのですか!」
突然のご主人様発言にアンブロシウスは驚いてアーネットを見る。
「黙っていないで何とか言ってください!」
アンブロシウスの目にはアーネットにアリスが重なって見える
心配させすぎは不味いと観念したのか、アンブロリウスはポツポツと語り始める。
「ホフマン館長は堅苦しい男だが家族思い気の優しい男だった。ベル、キース、マニの三人は同郷で、マニは結婚したばかり……」
『誰のことをいっているのだろう?』
アーネットはアンブロシウスと共にいて、同じ艦に乗り、戦場を共にしてきている。
彼の口から次々に語られる者達を彼女は知らない。
聴いたことも無い者達の、更に本人で無ければ知りえないようなことまで語るアンブロシウス。
「!?」
そこで彼女はもしやと思って尋ねてみる。
「お前が先ほどから言っているのは敵だった者達ことか!?」
彼は頷く。
何故そんなに詳しいのか、どうやって知ったのかは知らないが彼は自分が殺してきた天王軍の兵達のことを話していたのだ。
そして彼の態度からするに、彼らを殺したことで自分を責めているのだ。
アンブロシウスが血を吐く理由。
医学的に言えば重度の「胃潰瘍」なのかもしれない。
不死身の彼は穴が開いても直ぐに塞がりはするが、考えるたびに血を吐いていては身が持たない。
「仕方ないだろう!これは戦争なんだから!」
彼女はまるで昔の自分を見ているようだと思う。
独りで自分を追い込み、自責に駆られているアンブロシウス。
宇宙での戦いは数字だ。
面と向かって殺したりするわけではない。
ただの数字。
敵がその戦場で何人死んだかという、後に知るデータ。
だから宇宙での戦いは感覚がおかしくなる。
自分が人を殺しているという実感がわかない。
だが目の前にいるこいつは違う。
戦う相手が人であると認識し、ましてやどんな人物であったかまでをも知っている。
「正気の沙汰ではない」と思う。
ボタン一つで知っている人達を殺しまくるのだ。
「どうやって知ったかは知らないが忘れろ!でないと気が狂ってしまうぞ!」
「忘れるものか!彼らは俺が殺すまで確かに生きていたんだ!」
売り言葉に買い言葉と声を一瞬だけ荒げるアンブロシウス。
しかしその後彼は口を押さえ、罰の悪そうに「大丈夫」とだけ言って微笑む。
やっと彼の久しぶりの本当の言葉を聴いた気がする。
でもアーネットは気が気ではない。
実は翌日からアーネットは一ケ月ほど先に戦場に戻ることになっていた。
アーネットも今は軍人である。
命令があれは当然将よりも早く前線に駆けつけ、準備をすることもある。
『アンブロシウスが誰か知らない女に手を出そうがかまわない。そんな事で怒るくらいなら十三人の嫁をもらう段階で反対していた。だが事が女のことなどではなく、こいつの命に関わるなら話は別だ。このままではこいつの心が壊れてしまう』
「もう帰ろう!私たちの星に!」
『宇宙の戦争なんてどうでもいい!』と彼女は思う。
その心を読んだのか、アンブロシウスは微笑みながら彼女を説得する。
「どうでも良くなんかないよ。テスタニア、セレトニー、ティッツェそして孤児院の子供達。彼らも俺の家族だ」
「だが、このままではおまえが壊れてしまうぞ!」
「大丈夫だよ。姫はいつからそんなに心配性になったんだ?」
「大丈夫じゃない!おまえは何でもかんでも一人で背負いすぎだ!」
「この話はここまでだ!お前も明日出発だろう。もう寝なさい」
アンブロシウスは怒ったような口調で話を打ち切る。
こうなっては自分の言葉など聴いてもらえない。
こいつはこう見えて凄く頑固者だからだ。
こと他人の命に関わることではなく、自分のことであれば特にだ。
『自己犠牲』
高尚な考え方だとは思う。
しかしアンブロシウスのそれは度を越している。
『何とかならないものだろうか?』。
アーネットは考えるがいい案は思い浮かばない。
『アンブロシウス……。おまえも気がついているだろうが人が滅びぬ限り争いは終わらないぞ?おまえはいつまで戦い続けるつもりだ?永遠の命を持つお前は……。確かにこの戦争もお前ならば一度は終わらす事が出来るかもしれない。でも、いつかまた始まる。人による別の戦いが……』
アーネットはアンブロシウスの隣に座り込み、彼にもたれかかる。
『私の気持ちは如何許り
絶えず歩むは人のため
それを追うのは月の世の
思い描く軌跡の先はcry for the moon
あなたは刻を越えて行く
君が走るは誰がために
星を越えては~』
美しい声。
アーネットが唄う歌はこの国でも有名な歌手の曲だった。
バラードではないポップ調の曲ではあったが、静かなその歌声はアンブロシウスに安らぎを与える。
彼はいつの間にか寝息を立てていた。
これ程安らいで眠るのは久しぶりかもしれない。
これからも彼の戦いは続く。
もっと多くの人々をその手にかけるであろう。
しかし彼は止まらず進み続ける。
その先に何があるのか、彼の目に何が見えているのかは誰も知らない。
それを止めるすべを持つものは今、何処にもいなかった。
「よくやったなルル。さあ、ご褒美だ」
捉えられたエンフェルミナにはルルと同じく金色の首輪がはめられ、研究施設に閉じ込められている。
この首輪はユダの作り出した再考傑作の一つと言っても過言でない。
ルルですらもそれを外すことのできない不可思議な物質で作られた拘束具。
その造り方はユダを含む一部のものしか知らない。
逆らえば能力を封じられた上で首が飛ぶ。
死ぬことは無いかもしれない彼女だが、そこには想像を絶する痛みと永遠の苦しみが待ち受けている。
彼女はユダに逆らうことは出来ない。
首を千切られる痛みを永遠に味わいながら生きるなど考えるまでも無かったからだ。
ユダが宝石箱のような箱から取り出した飴の数々を受け取ってもルルの顔は曇ったままだった。
「どうしたんだい?君の大好きなお菓子だよ?」
いつもなら受け取ってはしゃぐルルが目の前の飴を見てもまったく喜ぼうとしない。
それどころか悲しそうな顔をして彼を見つめてくる。
「あのおねえちゃんをどうするの?」
ルルが口にする初めての疑問。そして彼女はうつむき、続く言葉にユダはさらに驚愕する。
「おねえちゃんにいたいことしちゃだめだよ」
彼に向かっての意見をも事を口にする。
「どうしたんだい?ルル。彼女に何か言われたのかい?」
「うううん、ちがうの。おねえちゃんにわるいことをするとこわいひとがくるの。しろとくろと、きんいろめのこわいひと」
『怖いだと!?』
ユダはこの数百年これ程までに驚いたことはなかった。
自分の生物兵器の最高傑作たる少女が恐怖を感じている。
世界の法則すら歪めることのできる、そんな彼女に恐怖を感じさせるほどの存在。
彼の顔に笑いが浮かぶ。
『来たか……』
「心配しなくてもいいんだよルル。私はその人とは知り合いだ。いや待ち人と言ってもいいかもしれない」
「そうなの?」
ルルは顔を上げてユダクリフを見る。
「ああ、そうだよ。だから君は何も心配しなくてもいい」
彼はそういいながら彼女の力を抑えるため、首輪に触れてルルの力を再び封印をする。
その言葉に安心したのか、ルルはもらった飴の封を解いて食べ始めた。
『来い「始まりのもの達」の一員よ。私はお前を歓迎しよう。そして私を導け!【神々の黄昏】に!!』
生れ落ちてから数万年の月日が流れた。
そうしてユダクリフは自分の目的がとうとう神々に、「始まりのものたち」に通じたことを確信するのであった。




