御膳試合
「お疲れ様」
控え室に戻る途中、アーネットがアンブロシウスを待っていて声を掛けてくる。
セレトニー達は王侯貴族の席から観戦していてここにはいない。
「ヤマトには悪いことをしたな」
「気にすることは無い。だが武の眼も無く見ている者達には少し不満が残るだろうがな」
「見えたか?」
「ああ、あれでは仕方が無い」
アーネットは先程の試合を思い起こす。
アンブロシウスはただ構えているように見えて、相手の気を見ていた。
相手も同じく気を見てその覇気を交差させる。
ヤマトもそれが出来る武人だった為に、自分が一歩でも踏み込もうものならその首が体とはなれる事に気がついていたのだろう。
そしてその制空圏ともいうべき範囲がさらに大きくなっていく。
堪らず後退するヤマト。
羅刹とまで言われ恐れられた自分が、一撃のもとに真っ二つにされるなど笑い話にもならない。
『せめて数合でも斬りあえるのならばここで死に果てようとも武芸者の本望なのだが』とも思う。
しかし考えた末、アンブロシウスと戦い死ぬより貴族達から送られてくるであろう刺客と戦う道の方が容易いと、あっさりとそのそちらの方を選んだという訳だ。
「次からは今のような戦い方はやめておくよ」
「そうしておけ。仮にも一流の武芸者達相手だ。彼らの弟子達までも白い目で見られるのは申し訳ないしな」
「ああ」
「強くなったな、アンブロシウス」
「そうか?」
「ああ、剣に重みを感じる。それにしてもいつの間に腕を上げた?」
「お前達と何度もやりあったからかな。自然と剣の流れが見えるようになった」
「それだけではないような気がするが……。『お前を中心に気が円を描いているように感じたのだがな』まあいい。それより今度私と本気でやってみないか?」
「冗談だろ。練習なら付き合うからさ」
「分かった。それでいいから頼む。相手がいなくて困っていたところだ。シズクがいればいいんだが」
「……」
アンブロシウスは何も言わない。
シズクはアーネット達には内緒でこちらに来ていた。
今もいろいろと裏で動いてもらっている手前、大っぴらに来ている事はまだ誰にも言っていない。
知られては不味いような事も彼女なら気にせず請け負ってくれる。
『お前の命は私のものだ』結婚してからもそう言って自分の命をまだ狙っているシズク。
『俺だけを狙え』と過去に言った手前、「あれは嘘でした忘れてください~」などとは言えないでいる。
「まあ、俺とシズクの夫婦関係はそれでいい」とアンブロシウスは思う。
そういう事でしか夫婦の繋がりを保てない自分の器が大きいのか小さいのかは別にしてだが。
2戦目、3戦目もアンブロシウスはその実力で勝ち上がる。
戦い方は前回を反省してか普通に剣で斬りあった。
ただあまり変ったとはいえない戦い方を見てアーネットは肩をすくめる。
アンブロシウスの戦い方は「刀斬り」。
人を狙わずして刀だけを斬る戦い方だったからだ。
間合いに入る刀をまるで紙を切るかのように斬る。
アーネットの抜刀術を見慣れているアンブロシウスは、あまりに遅い剣速の時はそれを素手で掴んで折り曲げ、砕き、さらに奪い取るなどした。
あまりの事に剣の整備不良と審判に砕けた剣を代えさせられ、また投げ捨てられた剣を拾いに行くことを許されては、一流の武人として恥をかかされた彼らの心の方が先に折れてしまっていた。
ここまで来て見ている者達の全てがアンブロシウスの腕前が尋常でないことに気がつく。
『圧倒的』
名のある武芸者を集めたこの大会にあって、彼は頭一つぬきんでいた。
これでは試合にならない。
そこで審判の提案により試合は木刀で行なわれることになる。
これならば数合と言えど手合わせにしてもらえるのではないか、と審判に貴族諸侯からの提案があったからだ。
これ以上無様な試合を見せては皇族の怒りを買うことを恐れてのことであった。
しかしすでに御膳試合の根幹、命を賭けて戦うという名目での真剣での武の式典。
それが別なものになっている事に気が付いていない。
記念すべき1000回目の剣術大会であると言うのに、これでは練習試合の様相を呈してきていた。
その試合の一部始終を見て笑っている皇族が二人。
言わずと知れたセレトニー皇子とティッツェ皇女。
セレトニー皇子は自分の推薦したアンブロシウスの手により、普段から自分お抱えの剣士達を褒め称える貴族達を見て『もっとやって貴族連中の高い鼻を潰してやれ』と思い、ティッツェ皇女は言わずと知れた『カッコウイイイ』を連発して既に自分の世界にドップリとトリップしてしまっていた。
試合を木刀に変えても状況は全く変らず、それよりも更に悪化したと言える。
摩擦や当る面の多い木刀では更に相手の剣を奪いやすく。
掴んだ木刀握りつぶす、指で弾いてしまう、あまつさえ剣先で相手の木刀の剣先を抑え、相手に身動き一つ出来なくさせてしまった時には貴族諸侯は天を仰いだ。
そしてとうとう決勝戦。
アンブロシウスの相手は名も知れぬ無頼の輩。
一般の大会で武術家達の中から優勝して選ばれたものであった。
名はアムネジアという赤い長髪の女性だった。
アンブロシウスは他者の試合を見ていなかった。
各試合が終わった後は与えられた貴族ご用達の個人控え室でアーネットの膝枕で寝ていたからだ。
その為に彼女がここで同じように試合に出ていることを今の今まで知らなかった。
余裕をかましていた、といわれても仕方が無いが、アンブロシウスにとって命のやり取りをするわけではないこのような大会では眠気を誘われて仕方が無かったからだ。
それに自分の今までの人生を振り返ると、身の回りにあまりにも強者がそろいすぎていて、一般の大会などでは本当に余裕過ぎてつまらなくなっていた。
セレトニーの顔を潰すわけにもいかないので出てはいるが、大会の商品の魔剣さえもらえれば試合を放棄しても構わないと思う程どうでもよくなっていた。
彼女を見てアンブロシウスは溜め息をつく。
「お前、なにしてるんだよ」
「え?何って剣術大会に出ただけだが……」
「そうじゃなくって!なんでこの星にいるんだよ!」
元の星の言葉なので、例え聴こえたとしてもここでは誰が聞いても分からないなとは思いながらも少し小声になってしまう。
「久しぶりに会った妻に向かってそのセリフは冷たすぎるんじゃないのか?あ・な・た」
同じく小さな声で小言をいい、最後には甘い声を出すアムリタ。
小言についてはアンブロシウスも反省すべき点があり、素直にあやまる。
「すまない。あまりにも突然だったものでな」
「うむ許そう。まあ、なんでと言うか今あっちの星は天の側に支配されててな。ティアやエターニャ達は兎も角、私達悪魔達は居場所が無くてな。ほら、皆もこっちに来ているぞ」
アムリタが視線を動かす方向を見るとセーレ、ブネ、アニーが並んで座って超がつくほどの高額有料のプレミア一般席から見学していた。
『来てたんだ……』
アンブロシウスが視線を向けるとセーレは横を向き、アニーは嬉しそうに手を振っている。
ブネは無表情で見つめてくる。
「セーレ、あいつこっちに全員来ていること内緒にしてたな」
プレミア席のお金もセーレが出してるのだろう。
「まあ、そういう訳でしようぜ!試合!」
口調や性格は身体が新しくなっても変わらなかった訳で、アムリタは嬉々として剣を構える。
当然アンブロシウスの妻になっても変らないマンガ好き+バトルマニアぶり。
代わったことと言えばその剣技。
シズクと同じ『陰流剣術』。
姫の体にいたときは神速抜刀術だったものが、シズクの記憶から再現された肉体に入って思い出したものらしい。
左手を前に翳して右手の木刀を後ろに隠す。
シズクと同じお得意の突きを出すつもりらしい。
少し前に試合開始の鐘は鳴っている。
「お前な。そこからじゃ普通の木刀じゃ俺のところまで届かなっ!?」
ヴ
アンブロシウスはこの大会が始まって以来初めて危険を察知して身を翻す。
『届く!?』
アムリタは突きを出す際に、踏み込み、肩を入れる。
しかしそれは想定内のはずであった。
僅かにだがその長さを超え、間合いが更に伸びてきてアンブロシウスは驚き、後退する。
だが、あまりの突きの速さと左手で隠されてからの攻防でアンブロシウスはその理由を視認することができない。
ヴヴヴヴ
彼を追いかけ、間合いをつめながら次々と放たれる突き。
今放っているアムリタの突きは威力を重視したものではなく、速さだけに特化したもの。
彼女は突きの瞬間に剣の柄を指で掴んで距離を稼いでいた。
その為にアンブロシウスは距離を見誤る。
この武術大会は剣術を競うもので、魔法を使って戦う事は禁止されている。
真面目な、というかする必要が無かったので身体強化もしていないアンブロシウスだったが、ここにきて窮地に立たされる。
だが、それでも超えてきた死線の数々から繰り出される剣撃を何とか先読みして躱す。
見えない突きが相手では先を予測しなければ間に合わない。
アムリタの殺気の糸を手繰り紙一重で躱すが、それでも音速に近い突きが相手では衝撃と真空の刃でその身を大きく引き裂かれる。
アンブロシウスの体中から血が滴る。
躱されてヒートしてきたのか、アムリタの手加減を忘れた頭を狙った突きが来る。
それもなんとか躱すが剣がかすった衝撃で脳を揺らされてしまう。
『不味い!こいつ本気で殺す気かよ!』
傷は自然治癒する。
しかし脳震盪まではカバーし切れない。
回復しないわけではないが、するにも少しばかりのタイムラグがあるのでアンブロシウスは少し焦る。
木刀と言えど壊れないようにアムリタは桁違いの魔力を剣に流している。
アムリタの剣に直接触れたりするのは自殺行為。
そして当れば確実に自分の体に大きな風穴が開く。
殺されても死ぬことは無い身体だが、ここでそれを見られるのは不味い。
不死である事など誰にも話してなどいないからだ。
自慢して話すことでもない。
自分の夫が不死である事を知っており手加減無しで挑んできている、と言うよりアムリタは戦いに夢中で気が付いていないといった方が正しい。
「仕方ない」
アンブロシウスは木刀を上段に構える。
今試合初めてのアンブロシウスの本気の構え。
気を満たし、全身からそれを放つ。
会場中にアンブロシウスの闘気が広がり、気の弱いものは次々と倒れていく。
アムリタの全身の毛穴が開き、強大な敵を前にしてか逆に彼女の戦士としての血が燃え上がる。
アンブロシウスの本気を悟ってかアムリタの手数に頼った剣撃は止み、一撃必殺の構えに切り替わる。
アンブロシウスはそのおかげで揺らされた脳を少し回復する。
アムリタは左手で木刀を握り、右手の平を柄の後ろに押し当てた状態で体をひねる。
背中が見えるほど体をひねり、全身全霊を込めた最強の突きの構えを取る。
陰流奥義【神突】
奥義を放てる戦いがそんなに楽しいのか、アムリタはこちらを向き微笑む。
「お前な~」
そういいながらもアンブロシウスは微笑む。
アンブロシウスの体か白い闘気が立ち昇る。
アムリタの体からは同じく黒い闘気が立ち昇り、会場の中心で竜巻の様にとぐろを巻き、うねり始める。
二人の周りの石畳が気に当てられ、罅が入り砕け散り、端々が捲れ上がっていく。
『一触即発』
見ているものの誰もがそう感じたとき、その瞬間を狙ってアンブロシウスは自分の放つ闘気を、剣に伝わせて上空に向ける。
対していた闘気の抵抗がなくなったことにより、一方的に襲い掛かってくる彼女の黒い闘気。
アンブロシウスはその流れに逆らわず、上に掲げた白い気を纏った剣で、円を描くように彼女の黒い闘気を絡み取るように下方に受け流す。
アムリタはアンブロシウスの気の抵抗が無くなった瞬間、誘われるように突きを放つ。
彼女は誘われた事に気がつきながらも、逆にそれを利用し、流れに乗せて全霊で必殺の一撃を放ってくる。
アンブロシウスは彼女の気を受け流した剣をさらにそのまま静かに上に向けて振り上げる。
白と黒の気を纏った剣の軌跡が円を描く。
「陰陽流【森羅万象】」
白と黒の気が織り成すあらゆるものの生成消滅の象徴たる紋様がアンブロシウスの前に浮かび上がり、アムリタはそれに剣を突き刺す。
アムリタは突きを出し切った姿勢で固まる。
しかしその手に剣は無かった。
「ハアッ、信じられないよ。流石あたしの旦那様、かな」
アムリタは上空を見上げる。
巻き取るようにして奪い取られ、上空高く撃ち上げられた己の剣。
アムリタは手元を見る。
確かに神突は最後の瞬間に左手を離して柄に当てた右手のみで突き切る剣技ではあった。
だが跳ね上げられるような安っぽい膂力を込めたつもりは無い。
魔力を込め、音速を超えた必殺の突き。
自分の夫を確実に仕留めるつもりで放った奥義なのだから。
「あたしの負けだ」
上空から落ちてきた木刀を見もしないでキャッチしてアムリタは大きな声で負けを宣言する。
こうしてアンブロシウスの優勝が決定した。
負けを認めながらも何やら納得がいかないアムリタ。
奥義を破ったアンブロシウスの技がどのようなものか理解できなかった。
真の自分の剣術を思い出してからはシズクにも負けない自身があった。
それが武術家としては格下だと思っていた自分の夫にアッサリと奥義まで破られて負けたのだ。
「う~やっぱり納得いかない」
「まあ、そう言うなアムリタ。たまには夫の顔を立てるものだ」
「嫌だ!次は必ずあたしが勝つ!」
「はいはい」
そう言いながらアンブロシウスは久しぶりに会った妻の頭を撫でる。
怒りながらも頭を撫でられて、ちょっと気持ちいいなと思ってしまうアムリタであった。




