二人の妹
戦況は悪くは無い。
しかし戦は何が起こるか分からない。
少しバランスが崩れただけで戦況をひっくり返されることもある。
ここ数年で鬼姫の名を天下に知らしめるほどの連戦連勝。
その懐刀を彼女は使う。
「アベル、戦況を読め!」
「ハッ」
アベルはメープル中将の副官として彼女に付き従い、戦場を共にし、彼女の片腕を勤めている。
アベルの瞳に金色の十字架が浮かぶ。
【先読みの魔眼】彼の目に金色の十字架が灯る時、その名の通り彼の目には数刻先の未来が見える。
この能力のおかげで彼は今まで何度と無く自らの命をも救ってきた。
そして彼女の命も。
全てを見通すと言われた父の血の力なのかもしれない、と彼は思う。
「四番!その先に隠された機雷地帯がある注意せよ!八番、斜め後方から伏兵が来る!警戒し迎え撃て!」
司令官席に座り、鬼姫は頼りになる自分の副官に声を掛ける。
「いつも的確な指示頼もしいぞ。お前がいてくれて本当に助かる」
「いえ姫様。それもこれも辺境の地より人質として連れてこられた私を登用し、お側において頂いた姫のご慧眼の賜物。私の力は姫のものです。自身の力でありますので、礼など不要にございます」
二人の見ている前で戦況は有利のまま終結し、敵艦隊が退散していく。
「終わったようだな」
「そのようですね」
「マードック、後の事は頼む」
彼女は作戦参謀の口髭を蓄えた老年のマードックにそれだけを指示し、ブリッジを後にする。
付き人でもあるアベルはマードックに頭を下げてから、彼女の後を追ってブリッジを出た。
ブルッジから通路に出て、先を行くメープル王女の背中を追うが、彼女は突然に立ち止まり蹲る。
「あ~、またやってしまいました」
彼女を悩ませているのは二重人格とさえ思えるその性格。
彼女はブリッジに入り、司令官席に身を置くと性格が180度変る。
自分自身分かってはいるのだが、代々受け継がれる鬼の家系の血のなせる技か、戦をし始めるとそれを止めることが出来ない。
普段は争い事とは無縁の性格なのだが。
「姫様?」
覗きこむアベルを見上げ、メープルは立ち上がる。
「アベル、先程は偉そうな事を言ってごめんなさいね」
「いえ、いつもの事ですからお気になさらず」
「いつもの事って、酷くありません?」
彼女は怒ったように頬を膨らませる。
「ああいえ、決してそういう意味では」
アベルはそういいながらも口に手を当て、笑いを堪える。
「あっ、笑いましたね!」
「いえ、あまりにお可愛いので少しだけ。申し訳ありません」
ギャップ萌えとでも言うのだろうか。
先程のブリッジでの勇ましい姿と、今の頬を膨らまして怒っている小さな少女のような姿の差に思わず抱きしめたくなるような可愛さを感じてしまっていた。
『相手は王女だぞ』と自分の心を戒めるが何の効果も無い。
そもそも自分自身がほんの数年前までは王子と呼ばれる立場だったからだ。
アベルはそんな事を考え、自分の考えに再び笑みをこぼす。
「自分が子供みたいに膨れた事を笑われた」と勘違いしたメープルはさらに顔を赤くし、自室に怒って帰ろうとする。
「待ってください姫、クッキーでもどうですか?ここに来る前にクッキー専門店のマッシュで買って持ち込んだので」
彼女はクッキーの単語で立ち止まり、振り向いて目を輝かせ始める。
「まあ、私物でお菓子などを持ち込むなんていけない人ね。でも頂くわ」
彼女は本当に怒ったわけではないので、それだけで機嫌を直し、アベルと共に彼の部屋に向かった。
アベルとメープルの二人の心には恋愛感情と言うものがあまり無い。
なので、男であるアベルの部屋に二人っきりで行くということに何の邪推もなかった
二人はそこそこの年齢ではあるのだが、恋愛をした事など未だに無かったからだ。
アベルは幼い頃から修行に明け暮れ、メープル王女はその立場と軍人という立場から男性との接触は仕事に限定されていたからだ。
『鬼姫』と呼ばれて恐れられていることも、男性から敬遠される理由の一つであろう。
風神、雷神、それに惑星モスプログを落とされたとはいっても戦場はそれだけではない。
領土の後退を余儀なくされたとはいっても前線が後退したというだけで、守りの要の一つが落ちたからといって天王軍全体から言えば失った戦力は僅か数パーセント。
まだまだ戦局が大きく傾いたという訳でもない。
そしてそれは天王軍の領土の形状にも起因する。
天王軍領土の中心には「虚無の宙域」と呼ばれるエーテルの殆ど無い広大な空間が開いており、領土はそれを避けるようにドーナツ状に広がり、そこに軍が配備されている。
モスブログは天王軍本星の丁度反対側の敵国に面する部分にその領土にある。
通常であればそこから真っ直ぐに虚無の宙域を直進し、そこを超えての大軍勢を帝国軍が送り込むところであるが、現在の状況ではありえなかった。
虚無の宙域には物資やエネルギーの補給経路を設けられないからだ。
その空間を避けて遠回りに戦線を拡大させる拠点を手に入れただけであった。
下手をすれば挟み撃ちにあう地域。
虚無の宙域を一度のワープで突破できる戦艦は現在両軍には無い。
なのでそこを渡るにはワープを多用しなければならない。
そうまでして王都に到達したとしても、完全なエネルギー不足に陥るだけでは戦闘にもならない。
現在はそういう状況であった。
アベルの部屋の前に着き、彼は彼女より先に入って安全を確認する。
しかしそこには先客がいた。
アベルは剣に手を掛けるが、それが見知った顔であると判断して殺気を鎮める。
「アビンクスにノーラロール。お前達、ここで何をしている……」
「何ってね~」「クッキー食べてるんだよね~」
そこには狼の耳を生やした銀髪の少女と竜角を生やした濃い緑の髪の少女が二人して勝手にアベルの私物からクッキーを取り出して貪り食べていた。
鼻の効くアビンクスが荷物の中にあるおいしい匂いを見つけたのだろう。
彼女達二人は同じ日に生まれ、また髪型もそっくりである。
顔立ちもよく似ており、その特徴が無ければ双子であると間違いなく勘違いされることであろう。
アベルは二人の妹を見て再度問う。
「そんなことを効いているんではない!戦時中であるこの戦艦に勝手に潜入して何をしているんだと言っているのだ!」
彼女達は人質として連れられてきたわけでもなく、またこの艦の船員でもない。
その彼女達がここにいると言うことは密航にしか他ならない。
「アベル。このもの達は誰だ?」
後ろから声を掛けてくるメープルの口調が鬼姫のそれになっている。
侵入者である事に気が付いて咎めると言うわけではなく、またアベルの部屋に若き女が二人いたから、と言うわけでもない。
ただ単に自分がもらうべきクッキーを食べてしまっている不逞のやからを見て鬼姫と化したのであろう。
「ああ、すいません姫。彼女達は私の妹達です。耳のあるほうがアビンクスで角のあるほうがノーラロールといいます」
「え?アベルの妹さん達ですか?」
アベルの妹達なら仕方がないと口調を元に戻すメープル。
「でもどうして私の戦艦に?そんな話は聞いてませんけど?」
「そうだ!何でここにいるんだ!?」
アベル達の会話をクッキーを食べることをやめずに聞いていた二人は口々に話し始める。
「何ってね~」「ね~」
「カイン兄様からの伝言と」「危険を報せに来たのよ「「ね~」」」
本当に双子の様に息のあった二人である。
アベルはその喋り方にイラッとしながらも、間違いなくどこのミスコンに出しても優勝を欲しいままにするであろう美少女である二人の妹達を睨む。
「いいからさっさと用件を言え!」
二人は兄をからかうのをやめ、立ち上がると用件を話し始める。
「カイン兄様からの伝言は「例のものが動き始めた厳重に注意せよ」です」
「私からの伝言は「あなたが連れたる少女に危険が迫っている厳正に対処せよ」です」
前の方は分かる。父がカイン兄さんに伝え、カイン兄さんから僕が伝え聞いた巨大な悪魔の話。
それが動き出したのであろう。
しかし後半が分からない。
「なあ、連れたる少女と言うのは誰のことだ?メープル姫のことか?」
「違うよ」「違うよ「「ね~」」」
再びイラッとくるアベルであったがメープル以外の他の少女となると一人しか思いつかない。
エンフェルミナ。
何故彼女に危険が迫っているのかは分からない。だが妹であるノーラロールが言う事に間違いは無い。 それが彼女の能力だったからだ。
「心当たりがあるようですね」
姫が僕の心を読んでか声を掛けてくる。
「はい……」
二人の妹達は目の前でゲートを開き、帰ろうとしている。伝えることは伝えたので、もうここには用が無いと言うことであろう。
手には残ったクッキーの袋をちゃっかりと持っている。
アベルは彼女達に頼んでエンフェルミナの元に連れて行ってもらいたかった。
アベルは転移を使えない。
普通人からいえば一線を画した魔力を持ってはいるが、魔人である母達や父のように次元を構成したり飛び越えたりするほどの魔力は持っていなかった。
その代わりとはいってはなんだが、魔眼とアムリタ師匠より受け継いだ剣技が彼にはあった。
しかし今はここを離れることなどできない。
今は戦艦の中、僕は軍人で、ここは戦場なのだから。
「お行きなさい」
メープルがアベルに言う。
「しかし!」
「かまいません。こちらはあなたのおかげで既に決着が着いています。次の進軍までまだ暫く時間があります」
「ダメです。私的理由で軍事行動中に隊を離れるなど許されるものではありません!」
アベルは自分に言い聞かせるように当たり前のことを口にして、拳を握りしめる。
「確かに、ね。……ならば命じましょう」
「姫?」
「私ことメープル=ニーニョの名において命じます。アベルよ、その娘を護りなさい!その命に代えても!」
「ハッ!受け賜わりました!」
彼は即答し、姫の温情と優しさに涙が出そうになりながらその行為を無碍にしないことを誓う。
そして彼は思う『僕は一生このご恩を忘れない。この命は姫の為にある』と。
それを見つめていた妹達は仕方なく帰るのを諦めて立ち止まる。
ノーラロールは溜め息をつきながら自分の能力を発動する。
「龍仙術発動。龍占い、【風水羅盤八卦】召喚」
呪文と共に彼女の目の前に船の羅針盤のようなものが現れる。
彼女はそれを見て目的地を占う。
的中率100%。
それが彼女の能力であった。
数刻先を見る僕の眼と同じように、ノーラロールの目にも金色の十字架が灯る。
「座標占い完了。いつでもいけるわよ?ただし送るだけよ?私達は手を貸さない。それでいい?」
「ああ、かまわないさ」
メープル姫に無言で頭を下げ、アベルは二人の少女が開いたゲートに飛び込んだのであった。
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アンブロシウスは第1戦目から強敵との戦いだった。
彼の第1戦目の相手は皇室お抱えの剣術指南役ヤマト・オーラという男。
時代劇かと思われるような黒い袴姿の男は石畳の闘技場のような場所、アンブロシウスの前で日本刀を構える。
テスタニアはその時たまたま非番で、民間の公認ギャンブルでオッズを見ていた。
彼女は買い物をしていて前を通っただけなのだが、そこで建物の前にあるモニターに映るある人物の名前を目にして足を止める。
自分のよく知った名前。
そしてそこで彼女は迷わずアンブロシウスに全財産(カード内料金)を投入してしまった。
オッズは軍神アンブロシウスが1に対してヤマトが25と物凄い差があった。
しかしこれでも軍神アンブロシウスの人気名で差が小さいほう。
もし別の対戦相手であったならばこれが50倍以上になっていたかもしれない。
しかし知将と呼ばれるアンブロシウスだが、知力や魔法を抜き、ただ武術のみをもって有名となったことは無い。
それゆえのオッズの差。
テスタニアは戦いを映し出す巨大なモニターを凝視する。
彼女もアンブロシウス達とは士官学校の同期である。
彼が強いと士官学校時代の記憶を辿って覚えてはいても、相手が悪い。
ヤマト・オーラと言えば各惑星を渡り歩きその名も知れた剣術家。
「羅刹ヤマト」
白兵戦では敵戦艦を剣一つで真っ二つにしたといわれるこの男。
それに剣で挑むなど無謀と言うものだった。
でもそのオッズの差を見て自分の大切な人が過小評価されているようで許せなかった。
それでついアンブロシウスに持っている全財産をかけてしまったのだ。
現金を持ち歩かない彼女はこれで負けたら軍の女性寮まで5時間かけて歩いて帰らねばならない。
その上友人のクレア達にでもお金を借りなければ明日からの食事すらも出来なくなる。
少しやりすぎたと言う感も今は無い訳ではない。
しかし後悔よりもアンブロシウスへの思いの方が大切だった。
ヤマトに対するアンブロシウスは身に着けた着物を着崩して立ち、お世辞にも強いと言った印象は無い。
どちらかと言えば御膳試合には似合わぬ、花町からの帰りに立ち寄ったと言うようないでたちだった。
一応剣を抜くがそれを片手でソッと持ち、前に構えているだけといった印象。
ヤマトの両手で持つ中段の構えからの一撃で、アッサリと剣を弾き飛ばされて決着が着くかのように思われた。
だが、見ている者達は不思議に思う。
まったく攻め込まない。
踏み込むどころか羅刹ヤマトがジリジリと下がっているように見える。
そしてありえない事に一刀も交えず、羅刹ヤマトは降参した。
周りにいる、彼に賭けていたもの達全てが怒号を発する。
しかし、テスタニアはどれ程の覚悟を持って降参したのかを理解していた。
この様子を見ていたのは一般大衆だけではない。
皇族や彼を召抱え推薦した貴族の面々もこの試合を見ていたはずだ。
その中でこのような敗北宣言をしては彼はもう剣術家としてはやってはいけまい。
貴族達の顔に泥を塗ったのだ。
指南役の任も解かれ、怒った貴族の手により抹殺される可能性だってある。
それを覚悟しての敗北宣言。
何が彼をそこまで追い込んだのか、当の本人以外分かることはないだろう。
テスタニアに分かったことと言えば自分が歩いて帰ることが無くなったこと。友人からお金を借りて食事をすることも無いこと。
そして自分が今日からお金に困る生活とは無縁の存在となったことだった。
いっそアンブロシウスがいなければ軍を辞め、気ままな人生を生きていけるほどの大金を彼女は手にしたのだった。




