【世界を喰らいしもの】降臨
「迎撃用プログラム全消滅!フィアブロックに進入されました!」
「そんな馬鹿な!?」
プルトンドは焦る。
上官である将軍達に対する申し開き等の言葉が頭の中をグルグルと回り、そしてマガダンはかつてない経済活動の大混乱の到来を向かえるであろう事を予期して青ざめる。
このシステムを乗っ取られたらマガダンという国は終わる。
そう言っても過言で無いほどの出来事に足がすくむ。
「あれ?」
部下の一人があげたおかしな声で目が覚める。
「どうした!?」
今までレッドアラームの映し出されて真っ赤になっていたモニターの全てが緑色の平常時のものに戻っていく。
「障壁回復。フィアブロックウィルスサーチが始動します」
「どういうことだ!?」
プルトンドは突然の事態の収拾に驚きを隠しきれない。
「もしかしたら助かったのか?」と少しばかりの期待にすがりつく。
「敵、消失。フィアブロックデータに進入された形跡はありません。どうやら敵は進入と同時にフィアレンスの手により排除されたと思われます」
プルトンドはどっと力なく椅子の背もたれに肩を預け、安堵の溜め息と共にその額から汗を一挙に噴出させた。
「現在の状況を逐一報告しろ!もう一度入念にウィルスの確認作業を行なえ!それと今回の件についての資料をまとめ俺のオフィスにもって来い!ああ、ついでに防御プログラムは全て見直しだ!当分睡眠とはお別れだと思え!」
自分を含めて職員全員の首が繋がったが、「この後の業務の多忙さに自殺者も出るかもしれないな」と嫌な想像をするプルトンドであった。
―――――――――――――
プルトンドが安堵の溜め息をついた数秒前のこと、アンブロシウスはというと、実は人工知能『フィアレンス』とのコンマ数秒に渡る会談を成功させていた。
最後の障壁を潜り抜け、アンブロシウスが金色の球体に進入してまず目にしたのは一面の花畑。
そして見渡す大地にはギリシャ神殿のような建物が建ち並んでいる。
「ここは天国?」
見渡せど果てが見えない。
データで構築された仮想空間とはいえ、見た限りは自分が作り出した亜空間の世界のようにも思える。
「お主は誰じゃ?」
振り向くと、虹色の髪と瞳を持つ銀色の肌の少女がいた。
手には金色の鳥の形をした錫杖。
まるで神話の女神のような美しい造形をした少女
アンブロシウスは一目見て確信する。
魂を持ったAI。
目の前にいる少女こそが人工知能フィアレンスそのものであることを。
「これは失礼いたしました。私はアンブロシウス・マキシスというものです」
「わらわはフィアレンスと言う。当然ここに進入したと言うことは、ここが何処か知っての狼藉であろうな?」
「無断で進入したことは謝ります。申し訳ありません」
アンブロシウスは頭を下げる。
「しかしそうしなければならない、とても大事なお話しがあったものですから」
「話とな?データを送信するだけでは足りなかったのか?」
彼女は言いながら、何もない空間から花畑の中に豪華な椅子を出現させて腰を掛ける。
「このことは誰の目にも触れさせることの出来ない内容ゆえ、このような対面に相成りました」
「そうか、それでは仕方ないのかの。で?話とは?」
肩透かしを食らったと感じるほどあっさりと受け入れてくれる。
だが彼女の立ち居振る舞いから、それは彼女の自信の現われだと知ることが出来た。
敵であるかもしれない男を前にしても揺るがない自尊心。
ひとたびこの世界で彼女が俺を敵であると認識すれば、すぐさま排除する自信があるのかもしれない。
「これをご覧ください」
俺は彼女の眼前に記憶からデータを再生して写し出す。
「これは……良く出来た映像じゃが何かの映画か?わらわのデータには照合するものが無い。独立した機械で作ったものか?」
彼女は目の前に映る映像を見て、それが映画か何かと勘違いをしたらしい。
それも仕方が無いことなのだが。
「いえ、これは現実にございます」
「馬鹿な!?」
彼女は椅子から立ち上がり、錫杖を俺に向ける。
「わらわを謀るとただでは済まさぬぞ!わらわにはお主の素性も既にデータより知れている!軍部の資格も全て剥奪し、その財産の一切を凍結することもできる。それにここへの無断進入の罪状も死刑以外はありえぬ!それでもまだこの様なものが真実であると申すのか!」
「だからこその真実ではありませんか。死刑になる覚悟をしてでもここに来て、あなたに見せたこの映像が偽物なわけがないでしょう?言ったでしょう、それゆえ誰の目にも触れさせることが出来ないものだと……」
彼女は苦言を呈した顔で椅子に腰をおろす。
「真実なのか……私のデータではこのような存在などないとエラーしかでないが……」
「今はまだ誰の目にも触れていないでしょうが、これは近い内必ず我らの前に現れます。来る日に、私達はこれと戦わねばなりません。それゆえあなたの力をお貸し願いたい」
「力を貸せじゃと?このようなものが本当にいるのならわらわが力を貸したところで……」
「作戦があります。これからお話しする作戦の為にも、どうか私と行動を共にして頂きたいのです」
フィアレンスは目の前の男を見る。
この映像情報を見てもなお「作戦」などがあるとのたまう男。
この男は馬鹿なのか、それとも絶望や諦めと言うものを知らないのか。
そもそもこの映像が真実であるなら作戦などと言うものが通じる相手ではないと思うのだが……。
自分の演算予測で試算し、アスマンやマガダンの全戦力をもってしても勝てる可能性は0。
マガダン国を掌握している巨大コンピューターの自分ですら、もしいたと仮定して計算しても勝算をコンマ%の確立すら見いだせないでいるというのに……。
「よかろう。真実であるかどうか、この宙域に無人探査機を送り確認しよう。当然わらわ独自の秘密回線で一切の足跡を残さないようにしてな。お主と手を組むかは確認が取れてからじゃ」
「それで結構でございます」
「確認が取れ次第お主に連絡する。それでいいか?」
「はい。良い返事を期待しております。それとついでにこちらのデータをフィアレンス様に贈り物として献上致します」
そう言ってアンブロシウスはまた別のデータを渡す。
圧縮した黒いキューブのようなデータの塊。
「これは?ウィルスではないだろうな?」
「ご冗談を。私は今しがた防衛システムや迎撃システムを拝見させていただきましたが、失礼ですがあまりにもお粗末なものであったので……。出過ぎた真似でしょうがお納めください」
彼女は受け取り、それを解凍しようとして慌ててキャンセルする。
「な!?なんと言うデータ量じゃ!?お主はわらわの頭をパンクさせるつもりか!?」
「ハハ、急がないのでいつか解凍してみてください。一応防御プログラムだけでなくいろいろとお役に立つであろうデータも入れてありますので。それでは私はこれで」
そう言ってアンブロシウスはフィアレンスの前から姿を消した。
ファミリアーは掛けていない。今はその時期では無いと判断したからだ。
残されたフィアレンスは途方に暮れる。
「ゆっくり解凍しろと言っても、まずはそれに見合った身体を手に入れなければならないではないか……。軽く見積もっても今の十倍以上の増設が必要じゃぞ?あやつはいったい……」
フィアレンスは自分のデータ容量の十倍以上のメモリデータをアッサリと渡してくる不貞の男が何者かを考える。
まず人間ではありえない。
人の脳にこれ程のデータを保管することは出来ない。
出来るとしてもそれは惑星規模の脳を持つ生物くらいのものである。
「あやつは人の姿をしてはいるが、また別なものなのかもしれぬな……」
自分のデータを照合しても再びエラーの表示が立ち並ぶ。回答は得られない。
最初に見せられたデータの存在と同じ類のものなのかもしれない。
それであるならば話が真実だったとしてもあの男の作戦とやらを実行に移せば、もしかしたら人の、いや世界の存続はありえるのかもしれない。
そう彼女は思い、手に入れたデータを絶対に誰の目にも触れない場所に隠し、彼との接触の痕跡を全て削除するのであった。
「接触などは一切無かった」そうデータを改ざんした。
ついでに彼の進入経路も分からないように消去する。
それにより、プルトンド大佐以下職員全員が数週間かけても結局今回の侵入者の進入経路すら判別できない事になった。
しかし今回の一連の事件の責任問題で辞職に追い込まれた職員は誰もいなかったと言う。
それはフィアレンス自身が捜査妨害に加担しているので、彼女の職員への配慮によるものであった。
――――――――――――――――――
マザーコンピューターフィアレンスへの進入行為。
その出来事はわずか数分の出来事だった。
横に座るアーネットは動かないアンブロシウスはいつもの様に何か考え事にふけっているだけとまったく気が付いた様子は無い。
「ここにいたかアンブロシウス」
振り向くとセレトニーが少し離れたところから俺達を見つけ、後ろに数人の従者を従えて近づいて来る様子が見える。
ゆったりとした紺の烏帽子直衣という衣装を身に纏っている。
黒い帽子が縦に長いのが特徴だ。
彼の横にはティッツェ皇女殿下の姿も見える。
エトランゼの姿はない。
流石にティッツェ皇女も今日はゴスロリ服などではなく、金糸で火の鳥の模した黒い着物と派手だが正装だ。
髪も結って簪等を挿しており、いつもとは別人のようだ。
「どうした?皇族は宮殿での宴だろう?」
「それが堅苦しくてな。抜け出して来た。ついでに一番高級な酒を持ってきたのだが、どうだ?」
そう言ってセレトニーは従者から受け取った徳利を見せる。
「頂こう。まあ狭いが座れよ」
俺の物言いや態度に後ろに控える従者達の顔が歪む。
それに気付いてかセレトニーは人払いをしてくれる。
「アンブロシウス様。どうですか?かわいい?」
ティッツェ皇女がその場でクルリと回り、俺に着物姿を見せる。
女官達がいれば「はしたない」と叱られるところだろうが、周りには人がいないので気にした風も無く振舞う(まあ、いたとしても気にしない性質なのだろうが)。
「いつもの姿も御美しいが、今日はまた一段とそれが増したようですよ」
ティッツェ皇女は赤くなりうつむく。
俺とセレトニーはアーネットとティッツェ皇女に交代で酌んでもらい回し飲みをする。
高級と言うだけあって旨い酒だ。
口当たりが良く、さらりと飲んでしまえるので普通人なら飲みすぎには注意しなければならない。
ただ残念ながら俺には酒やタバコ、毒ですらも効かない。
体に害のあるものは摂取しても直ぐに正常な状態に戻されてしまうからだ。
ティッツェとアーネットは流石にこのような場で酔って醜態をさらしては不味いと飲まないでいる。
お堅い連中が多く集まっている場なので仕方が無いだろう。
「それよりどうだ?アンブロシウス。午後からの御膳試合にお前も出てみないか?」
「ハハ、何を言うかと思えば。恥を晒すだけなので遠慮しとくよ」
「そうか?お前ならいい所までいけると思うのだがな」
「アーネットなら優勝も出来るだろう。誘うならそちらだ」
「そうしたいのは山々だが貴族の推薦枠は男性限定でな」
「それはまた時代錯誤も甚だしいな」
「確かにな。だが推薦が女性ばかりで真剣での斬り合いをさせては対面的にも、な」
セレトニーは肩をすくめる。
「しかしおしいな。今日の優勝者には宮殿に収められてある宝剣が贈られるそうなのだが」
「宝剣?」
俺の食指が動く。
魔剣や魔具は全て妻であるアムリタにあげてしまった。
それからと言うもの別に剣を振るう機会も余り無く、俺は夜桜をもって腰に差している程度だった。
新しい魔剣の捜索にも行っていない。
アーネットはいつでも使えるように亜空間に黒雪を仕舞ってある。
「装飾剣ではないのか?」
「今回は違う。記念すべき1000回目の儀式らしくてな。本物の宝刀、それも魔剣らしい」
「ふむ」
『らしいということはどのようなものかは知らないという事か……』
「おもしろい。出てみるかな」
「そうか!それは楽しみだ。実はもうお前の名前を予め世の名前でエントリーさせてある」
「おいおい、本人には事後承諾だったのか?」
「出ないと言うなら俺が代わりに出ようかと思ってな」
そう言って笑うが主催者側が出ては笑うにも笑えない。
皇族相手に御膳試合といっても剣を向けられるものなどそうはいまい。
いたとしても全力を出すわけにもいかないだろう。
俺は溜め息をつきながら御膳試合に出るならと酒をそのぐらいにし、少し体を動かすことにする。
一人立ち上がった俺は敷物から出て、草履を履いて地面に立つ。
皇族の側で亜空間から刀を取り出して抜刀するわけにも行かないので、剣を持たず、持ったと仮定して上段に構える。
桜の花びらが舞う中、俺は無言でその一つに振り下ろす。
何も無いはずの手にまるで剣が握られていたかのように、間合いに入った花弁が全て二つに分かれる。
触れてはいない。
一枚だけと思ったがどうやら全部を斬ってしまっていた。
辺りに舞う花びらがその数を倍にして散るのを見てセレトニーが剣術の達人であるアーネットに問う。
「……どうやったのだ?」
「気、でしょうね」
「ほう、これは期待できそうだ」
「カッコウイイイイ」
ティッツェは堪らずいつもの口調で騒ぎながら瞳を潤ませる。
アーネットは自分で「気」とは言ったが少し違うことに気がついていた。
皇子達にはそう言った方が分かりやすいので口にしたが、正確にはアンブロシウスが何をしたか分からなかったのだ。
達人であるアーネットにしてもそれがどのような技か理解出来なかった。
アンブロシウスが二つにすると意識を集中して気を伸ばしたまでは分かったが、その気で斬れたと言うより、意識など持たないはずの花弁が、まるでアンブロシウスの意識に合わせて自ら体を二つに分けたような気がしたからだ。
『嫌なものを見てしまった』アーネットは思う。
自分の中で主人であり、夫であるアンブロシウスに対して武人の血が騒ぐのを感じる。
アーネットは自分の気を静めるのにかなりに忍耐を必要とした。
当のアンブロシウスは自分の手の平を見つめ、思い悩んでいた。
『そろそろ封印の限界かもしれないな……。だがもう少し、もう少しだけ持たさなければ……』
天地の星で最後まで生き残ったファミリアーの鷹、バルナーがアンブロシウスに伝えてくれた最後の映像を思い出し、アンブロシウスは自分の力の解放、つまり最後の戦い時が間近に迫っていることを感じる。
しかし、そんなアンブロシウスの懸念にはまだ誰も気が付いていなかった。
――――――――――――――
【天地の星】
アンブロシウス達がこの星を捨て去り、10年以上の歳月が立つ。
この地は今、悪魔達の楽園と化していた。
その星は宙から観れば巨大な雲と影が覆い、地表は殆ど見えない。
地表を覗く眼があるものならばその雲の中で今、無数の悪魔達があるものに集っている姿を見ることが出来たであろう。
空に浮かぶ途方も無く巨大な黒い鉄のような蛇。
悪魔達はそれに取り付くとその身を溶かし、一体となっていく。
巨大な鉄のヘビの頭は遠く、見えない。
それ程までに巨大なそれは大地を覆い尽くすかのように蠢く。
黒い雲を裂き、巨大なその頭が今星の影にあたる場所に姿を現す。
『邪神顕現』
全長はどれ程の大きさになるのか予想もできない。ただ現れた上半身の部分をもってしても数万キロはあるだろうか。
それは巨大な四本の手を持つ巨人のようにも見える。
赤黒いオーラを放つそれを目にした者がいれば、気の弱いものならば魂を奪われていただろう。
圧倒的な『殺意』・『悪意』・『恐怖』・『畏怖』・『賊心』・『犯意』・『遺恨』・『害意』・『物恨』・『悪念』・『怨念』・『意趣遺恨』・『醜悪』・『意趣』・『邪悪』・『害心』・『毒気』・『邪気』・『怨み』・『毒念』・『悪気』・『恨み』あらゆる邪なるものを詰め込んだような存在。
巨大な腕を伸ばしたそれは次元を荒々しく、ガラスを割るかのように引き裂く。
その巨大な蛇の胴体を持つ巨人はズルリと気持ちの悪い異音を発するかのような姿勢で次元の狭間にその巨体を潜り込ませ、消えていった。
静寂が訪れる。
天地の星から黒い雲が薄れ、何事もなかったかのように宙に漂う。
しかし緑溢れたその星はもはや見る影も無く、真っ黒い岩に覆われた死の星と化していた。
この宇宙に存在する全ての生命を喰らい尽くしてもなおやまない、飢えたる邪なる存在。
アンブロシウスが唯一危惧した存在が、野に放たれた瞬間であった。
――――――――――――――
「三番、五番前へ八番艦隊はその場を維持しろ!」
ブリッジから勇ましい姿で指示を出す天王国第二王女メープル。
白い軍服と言うよりは巫女の衣装に近いものを着ている。
アスマン軍服の特徴は、階級が上がれば上がるほど服の袖が長くなるというもの。
彼女のそれは着物の袖の様に長く、腕を下ろせば地面に触れそうなほどであった。
メープルは王女であり中将として艦隊司令官を勤める。
彼女には買い物に出掛けた時の少女らしさなど微塵も感じられない。
今の彼女から感じられるものと言えば将としての風格。
【鬼姫メープル】
敵からも味方からも恐れられる存在。
それが彼女の本来の姿がであった。




