狙われた少女
ユダクリフと言う男がいる。
この男見た目は20代後半と若いが実の年齢は千歳をはるかに超える。
延齢措置の技術が開発されているといってもその措置を受け続けられるのはほんの一握り。
お金を持つ王侯貴族に限られる。
一般人で出来うる限りの延齢措置をしたとしても1000年がいいところ。
王侯貴族でも平均寿命は2000歳くらいであった。
それ以上は肉体自身を完全に捨て去り、精神(記憶)のみをコンピューター等に写し、完全に別の体に成らざるを得ない。
しかし彼は肉体を完全に捨て去ることなく、今も生き続けている。
ユダクリフは白い軍服を着て椅子に座り肩肘を着く。
彼は今、強化ガラスの向こうに並べられた青い光を放つ巨大な試験管を見ていた。
その中には機械で繋ぎ止められた多種多様な種族の子供達。
中には曲がった角を生やした明らかに魔族と思われる子供の姿も見える。
「被検体20018号から20040号実験開始します」
男の声が部屋に流れ、子供達に繋がったチューブに緑色の液体が注入されていく。
無機質な目を開けて宙を見つめる子供達はまったく身動き一つしない。
しかし液体が体の中に入っていくと子供達の体が突如跳ね上がり、大きく目を見開いて緑色の涙を流し始める。
口を大きく空けるが、ブクブクと気泡が立ち昇るが悲鳴等は聞こえない。
ガラス自体に防音の効果があるのかもしれない。
跳ね上がった子供達の体が次第に膨らみ、限界を超えたものの体から風船の様に弾け、試験管の中は血の色の染まった。
「実験終了。被検体全員の死亡が確認されました」
報告を聞き、ユダクリフは溜め息をつく。
「そうか。最高強化300倍といったところか。大人よりも子供の方がやはり数値は高いのだがな」
それだけを言うと後の処理はいつものことと任せ、部屋を退出していく。
彼の求めるものがいったい何であるのかは誰も知らない。
ただ行なわれる実験の一つ一つには意味があり、今行なわれていたのは細胞の最大強化実験。
現在軍部で使われている肉体強化薬の数十倍は効果があると言われる試験薬の投与実験。
これが成功する確率は0.01%。
しかしそういった気が狂ったかのような内容の実験の数々をして生き残るものが僅かにだがいる。
しかし地獄の人体実験を生き残った被検者には更なる地獄が待っている。
何故生き残れたのかを調べるおびただしい検査が待っているからだ。
そして最後には人体解剖という道が待っている。
バラバラにされたそれらは試験管の中に入れられ、ナンバーをふられて後の研究の為にと並べられる事になる。
悪魔が裸足で逃げ出すほどの所業もこの男は平気でする。
それがかつてディアブロスこと魔王達の悪魔化実験を何の躊躇も無く、惑星ごと決行した男であった。
この男が何を考え、何をしようとしているのかは誰も知らず、また知ろうともしない。
彼の考えを理解するだけで人としての何かが確実に終わってしまうことを誰もが自然と理解していたからだ。
しかし彼の研究がもたらす効果は絶大で、その地位を磐石なものにしている。
各政界とも繋がりの強いこの男には誰も逆らうことが出来ない。
ユダクリフは実験で死んだ子供達の事など既に忘れ、その足を自室に向かわせる。
与えられた部屋。
宇宙一といっても過言で無い巨大なバイオ兵器の研究所。
丸ごと一つ巨大な宇宙ステーションが彼の研究の為に当てられている。
軍事ステーションと比較しても遜色の無いほどの軍備もそこにはある。
彼は『所長室』と書かれた広い豪華な部屋に入り、いつものように大理石で出来た事務机の前に座り、体の周りにいくつものモニターを呼び出して浮かべる。
そしてその一つ、最近手に入れた映像を正面に持って来て確認する。
それは一つの駆逐艦に設けられた船内モニターの映像。
その映像には扉も何も無い壁から、一人の黒い髪の少女が壁をすり抜けて現れる瞬間が映っている。
その駆逐艦に設けられた船内モニターの時刻は、その船の予定時間からするに航行中であることが用意に確認できた。
駆逐艦は戦艦であり、敵からの魔法を阻害する物質が床や壁にまで施されており、転移等を容易に出来なくさせている。
さらに船内で使用許可も得ずに魔法を使えば警報が鳴るシステムも組み込まれているはずだ。
しかしその少女は魔法障壁を打ち破って現れ、それなのに警報等も鳴る形跡も無い。
つまり少女は魔法を使わずこの場所に侵入してきたのだ。
それも宇宙にあり、航行中、ついでに言えば時間表示は二種類表示されており、下の時間表示はワープ航行中にだけ動く体感時間表示。
その表示が彼女の映っているモニターで動いている。
つまり彼女は駆逐艦のワープ時間内に侵入してきたのだ。
完全に物理法則を無視した進入。
いったいどのような方法でその様なことができるのか。
「おもしろい……」
口の端が釣り上がり、優しい笑顔等とは程遠い気味の悪い笑いを浮かべる。
彼に目をつけられた不幸な少女の名はエンフェルミナ。
そう、アベルが天地の星より連れてきた(正確に言えば勝手について来た)少女であった。
「所長、お連れいました」
部屋の扉をノックして所員と思われる男が一人の少女を部屋に連れてくる。
連れてこられた少女は部屋に入るとすぐにソファーの陰に隠れてユダクリフのことを覗っている。
警戒しているように見える。
少女は白く腰まで届く長い髪に、その目は緋色。
赤いラインの入った白い宇宙服のようなスーツを身に着けている。
首には金色の首輪が装飾品の様にはめられており、それが部屋の明かりを受けて輝く。
連れてきた所員は所長室を退出する。
「おいでルル。さあ飴を上げよう」
ユダクリフは机においてある美しい装飾のされた小箱から一つの飴を取り出し、少女に見えるように手の平に乗せる。
少女は警戒しながらも恐る恐るその飴に手を伸ばす。
「心配しなくてもこれには毒等入っていないよ」
少女の名前はルル。
数少ない生き残っている被検体の一人。
「ほんとう?あまい?あまい?」
見た目は15歳くらいに見えるが、言動や行動を見るとそれよりもはるかに幼く思える。
飴を受け取った少女はユダクリフの足元に座り込んでそれを舐め、微笑む。
「実はね。今日はルルにお願い事があって来てもらったんだ。もしお願いを聞いてくれるなら飴玉をいっぱいあげるよ」
「ほんとう!?」
彼女は目をキラキラさせながらユダクリフの話に飛びついてくる。
「ああ、本当だとも。お願い事と言うのはね……」
彼は自分の野望を叶える最高の素材であるかもしれない少女を手に入れる為、切り札たる少女を投入する。
彼女にモニターを見せながら説明を終えたユダクリフは命じる。
「さあ、お行き」
ユダクリフは少女の首輪に触れ、封印を解く。
少女は彼の指示に従い、標的となった少女を思い浮かべる。
ルルの身体が銀色の光に包まれ、まるで広げた銀紙を握りつぶすようにパキパキと空間を折り曲げつつ、部屋から消え失せた。
「ああ、私の最高傑作。『ソウルイーター』よ。私を喜ばせておくれ」
彼は気が触れたかのような大きな笑い声を上げるのであった。
――――――――――――――
アンブロシウスは赤い毛氈の上、硬い木に美しい布を巻いた枕に寄りかかる。
そして同じく赤い花避けの唐傘の下、漆の椀にアーネットに酒を汲んでもらい、口を付ける。
桜の花びらを酒の肴に、ゆったりとした着物を着崩し、遊び人のような風体でアンブロシウスは酒を飲む。
彼らの周りには満開の桜の花が咲き誇っていた。
冥国帝都プププルズの側、直径数十キロに及ぶ巨大な空飛ぶ白い船。
下から遥か見上げれば白い船のようだが、上空から見渡せば庭園もある巨大な都市のようにも見える。
アンブロシウスが亜空間に保有する神無に少し似ている気がする。
彼がいる場所はその中でも格段に美しい桜の花が咲く宮廷の中庭。
雅な池の畔で酒を飲む。
池の周りには苔の生えた石が芸術的な感性で並べられ、目の前には池に繋がる小さな小川があり、そこを清流が流ている。
花弁が清流を桃色に彩り、遠くから琴と三味線のような音が流れてきて耳を打ち、さながら平安時代の貴族の宴であった。
彼の横には正座し、徳利で酒を注いでくれるアーネット。
彼女は大きな花をあしらった白い着物を着ている。
背後にはアマテラスとツクヨミの両巨人。
セレトニーに頼んで無理に許可を取って連れて来ている。
武装と言うものは解除され、機体の筋繊維の収縮を封じる札を貼られてはいるが、その札がまた風景にしっくり来る。
石の彫刻の様に動かず静かに佇む二つの巨人は、おかげで景色の一部と化していた。
連れて来た理由は適当に誤魔化してある。
「これだけ大きい空中都市だと、雲が近くさえなければ空にいるとさえ思えないな」
「そうですね」
「それにしても風流だな」
「そうですね」
アンブロシウスが言い、アーネットが答える。
「何か怒ってらっしゃる?」
「そうですね」
「えっ!?本当に怒ってるの?」
「冗談です」
「そうか冗談か……」
「そうですね」
『ん~なんかやっぱり怒ってるような気がする。あの日かな?』
だがヤブヘビも嫌なのでそれ以上は突っ込まないでおく。
宮殿で年に数度行なわれる宴の中でも今回は皇帝も参加する即位英霊の議とあり、欠席は許されない。
過去に即位した英雄と呼ばれた皇帝を奉る儀だそうだ。
当然本星近くにいる将校は全員参加。
先程まで行われていたその儀式の中継は全惑星に配信されていた。
午前は儀式を聖殿で行い、その後は黙祷を兼ねての各自与えられた場所での静かな宴。
午後は各惑星から剣術家を招いての武術大会となるそうだ。
少し血なまぐさいが真剣での決闘。
背後には治癒を施す魔術師等が控え、死に至ることは稀であった。
「そういえば姫の着物姿は久しぶりだよな」
「ああ」
「やっぱり何か怒ってるのか?」
「いや……」
否定しながらも姫はポツポツと話し始める。
「今は戦時中だよな?私は戦時中に戦場から離れるなどあまり無くてな。こう言っては何だが悠長なものだな。それとも私がおかしいのか?」
「いや、姫の考えは間違ってはいないよ。軍人たる俺達の立場で言うのもなんだが、こうしている今も何処か遠くの地で戦争は続いている。そして何人もの罪の無い人々が死に、それ以上に兵士も死んでいる。だが何千年も続く戦争だからな。戦場から遠く離れた本星ではこんなものさ」
「腐った貴族の集まりと言っては不味いのだろうな」
「ああ、不味いな。場所もそうだが俺達の立場では、まだそれを口にするのは早い」
戦争を幼い頃から経験している姫ならではの憤りという事か……。
ふと思いつきアンブロシウスは聞いてみる。
「そういえば昔は着物の下には何も着けてなかったよな?今もそうなの、ガッ」
アンブロシウスはアーネットの胸元を除こうと指を伸ばし、彼女に思い切り殴られてしまう。
「お前こそ場所をわきまえろ!まったく、そういう所は全然変らんな!」
そう言って顔を赤くして横を向くアーネット。
アンブロシウスはそれを見て微笑む。
『少し機嫌が直ったかな?』
そんな時、重々しい声でアンブロシウスの頭の中で声がする。
『接続完了』
『ご苦労。アマテラス』
この星にはマガダンの全ネットワークを管理する巨大なコンピューターがある。
AIと呼ばれる人工知能を手に入れた最新鋭のコンピューター『フィアレンス』。
それは軍のみならずマガダンという国のあらゆるものに接続し、人々の生活を支えている。
フィアレンスはこの星の一番強固な防衛システムを配備するここ、空飛ぶ宮殿の地下に存在した。
ファミリアーと言う能力は魔力を付与する事により相手の脳に進入しその情報を得、又それを操ることの出来る能力である。
人工知能(AI)にファミリアーが効くものなのか最初はアンブロシウス自身も確証は無かった。
しかし小さなものから始まって、巨大で複雑になれば成程、魔力は大量に要るものの掛かり易い事を彼は知った。
人や魔獣など生物と同じ理論だったのだ。
特に高度なAIは魂と似たエネルギーを発し、人格をも手に入れている。
この世界では魂や人格を持つAIの人権と言うものすら認められていた。
俺は将校になり、この宮殿の中枢部に入る機会を得た。
末端から進入したことはあったが、その時は必ずと言っていい程回線を遮断され、それ以上の進入を許されなかった。
しかしここからなら遮断することはおいそれと出来ない。
この宮殿自体が大きな巨大コンピューターそのものと言って過言でないので、直通回線を一方的に切る事など余程のことが無いとできないからだ。
切る場所によってはシステムダウンで浮遊システムに影響が出かねない。
ちなみにここに端末はあるわけではないが、アマテラスは地中のケーブルに直接アクセスしている。
『フィアレンス』程の人工知能にもしファミリアーを掛けるのであれば魔力ブースターであるアマテラスを連れての潜入とならざるを得ない。
ファミリアーには相手の魔力や霊力の十倍もの力を必要とするからだ。
人工知能自体に魔力や霊力は無いが、魂の力を換算すれば強大な魔力を必要とした。
広大なネットワークの海に、アマテラスを通して俺の神経を接続する。(注:アマテラスとはファミリアーで脳内接続している)
目の前(正確には頭の中)にエメラルドグリーンの世界が広がり、データが金色の光の奔流となって見える。
今、俺自身の体がデータで構築されている。
俺の体は同じくデータで出来たアマテラスに搭乗していた。
しばらくその光を辿っていくと中心である金色の球体が見える。
これでもまだ外界の時間はコンマ数秒ほどしか経っていない。
ここでの思考や行動は光の速さ処理されるので時間は殆ど経過しない。
大きさが月程もある金色の球体に近づく。
周りには無数の魔法陣が雲の様に漂っている。
「この光の魔法陣はセキュリティかな?」
巨大な魔法陣のようなセキュリティを俺はそれを外側から一枚ずつ突き破っていく。
「脆いな」
アマテラスに乗っていることもあり、俺は魔法陣を薄い飴細工のように引き裂いていく。
人の手によって編まれたその一つ一つの魔法陣的防御プログラムは、力でと言うよりアンブロシウスの解析能力で分析し、分解していく。
アンブロシウスからすればそれ程強固なものでは無い。
1000枚以上あるそれを難なく突き破っていく。
――――――――――――――
「侵入者あり!防御障壁が次々と破られていきます!このままでは中枢部のフィアブロックに数分で到達する模様!」
「何をしている!ファイアーウォールは1000もあるのだぞ!進入経路の特定は?」
「まだ出来ていません!フィア稼動!フィアブロックより対ウィルス用デジタル迎撃プログラム発動しました!」
「これで何とかなるか。進入経路及び敵を特定しろ!急げ!」
『アスマンの特殊工作部隊によるものか?』
軍服等ではなく、パリッとした灰色のスーツを着た男。
戦略情報部大佐のプルトンドは思う。
目の前の広いコンピュータールームには数十人の情報部に所属する職員達いる。
彼らはプルトンドと同じくスーツやワイシャツ姿で、忙しくコンソールを叩きながら今しなければならないことをそれぞれが必死になって対応している。
人工知能『フィアレンス』が完成して以来数百年、これ程まで深く進入された事などない。
何度と無く進入を許しはしたが、障壁の数十枚を破る程度でそれ以上先へ進めた事などなかった。
『それを進入してものの数分で中枢部まで入り込むとは……。天才。そう呼べるほどのハッカーによるテロ攻撃か』
「捕まえたなら逆に我が部隊への勧誘を考えてもいいかもな。どのような輩かにも寄るがな……」
この時はまだ、プルトンドは敵意よりも同じ方面の技術を持つものとして、相手に賞賛を与えたい気持ちでいっぱいであった。
―――――――――――
「もう少しか。それにしても何だこの鬱陶しいカニのようなメカ達は……」
そういいながらアンブロシウスは向かってくる巨大な機械のカニの姿をしたデータに対し、目の前に赤いプログラムの障壁を展開してその攻撃を防ぐ。
『これでも迎撃システムか?』
『主よ』
アマテラスが声を掛けてくる。
『すまないがこの邪魔な奴らを頼む』
『了解した』
俺はアマテラスから分離してカニを交わしつつ、一足先に中枢部に進入を試みる。
アマテラスは俺を庇うようにカニロボットを迎え撃ち、その場に残った。
アマテラスは素手で次々と粉々に破壊していく。
破壊されたカニロボは金色の光となり、砕けたデータとして四散していくのであった。




