それぞれの日常
「ひ~め姫姫多分姫~♪」
「懐かしい歌だな」
「あら?ご存知ですの?」
「はい、母がよく唄っていた歌なので……」
「お母様が?」
「はい。といってもその歌を唄ってくれていた実の母は私が10歳になる前に、父と共に出掛けたきり帰ってこなかったんですけどね」
「まあ。お気のどくに……」
「いえ?死んだわけじゃないですよ。父も母も母国では知らぬもののいない程の英傑でしたから、多分元気にしてるんじゃないですかね?それに時折義理の母とは連絡が取れていたみたいですしね」
「義理のお母様?」
「はい。父は13人の妻を娶っていたので、私には実の母以外に12人の義理の母と、兄弟妹が10人いますので」
「あら、そんなにいますの。それでは寂しい何処ではないですね」
「ええ、それに義理の母の一人が私の師匠でもありますので、寂しいと感じる何処ではありませんでした」
「お厳しかったので?」
「それはもうとても……あいつ、いや失礼、あの人はいろいろと問題のある方で、腕は確かなのですが弟子の鍛え方の方法が漫画を真似して行なわれたので……」
「漫画?」
「はい。おかげで無茶なことを当然の用にさせようとするので、何度も死に掛けました」
そう言って顔を青ざめさせ、過去に行なわれた特訓と言う名の殺人行為の数々を思い出し震える。
彼の名前はアベル・ベイモルド(19歳)。
免許皆伝の折に義理の母の旧姓を与えられ、その名を現在でも名乗っている。
短く切り揃えた金色の髪の爽やかな印象の青年で、その瞳の色は紫。
「姫、あんまり私から離れないでください。危険ですよ」
姫と呼ばれた少女は、銀色の長い髪をポニーテールにし、薄い青みがかった瞳で振り返る。
彼女は天王国第二王女メープル・ニーニョ。
額には小さいながらも二つの角が見える。
「大丈夫ですよ。ここは我が王国御膝元の惑星モーリスのショッピング街ですよ?まさか昼日中から暗殺も無いでしょう?一応の御忍びですしね」
彼女は笑いながら白いワンピースを翻す。
「とんでもない。御忍びの時ほどその様な情報を得て暗殺者が動くのですよ?ほら、この様に……」
彼の紫の瞳の中に金色の十字架が浮かび上がる。
彼は肩に吊り下げてあった黒い布を紐を解くと、中からとても長い剣を取り出し、王女に向かって抜刀する。
その剣先が彼女の額に迫る。
少し離れた位置で王女のことを警護していたSP達が、慌てて銃を手に姿を現す。
彼が手に持つ長い剣の先が姫に触れるか否かのところで止まり、何処からともなく飛んできた紫がかったピンク色の光を剣先で受け止める。
それはレーザー銃の光線。
彼が魔力を流した剣先はレーザー光線を絡み取り、空中に漂うエネルギーのシャボン玉のようなものを作り出す。
そのシャボン玉は暫く空中に漂うとエネルギーを四散させ、静かに消えていった。アベルは姫を背に庇うように立つ。
「狙撃!?」
駆けつけた周りのSP達が、懐から金属のカードのようなものを取り出し、アベルを含めた王女の回りに電磁シールドを張る。
「慌てるな。私が行く。お前達は姫を護れ」
アベルはSP達に命じると、姫の側を離れ、狙撃者のいる場所へと向かおうとする。
「アベル!?」
アベルの事を心配する王女殿下だが、アベルは少しだけ振り返り、微笑みながら返答する。
「姫、ご心配なく。直ぐに戻ります」
それだけを言うとアベルは駆け出す。
アベルの体が薄っすらと青く輝き、SP達が張った電磁シールドをまるでそこには何も無いかのように通り抜ける。
惑星モーリスのショッピング街。
人が大勢行きかう昼日中の出来事。
周りが騒然となる中、アベルは邪魔な人垣を避ける為ビルの壁を重力を無視して走り、王女を狙撃した暗殺者のいるビルの頂上に走り登って降り立つ。
慌てて逃げようとする男の背が見える。
望遠機能付きのサングラスを掛け、カジュアルな服には不釣合いの黒い大きな光線銃を持った暗殺者の男。
暗殺者の男は逃げながらも、アベルに向けて持っていた銃を放つ。
瞳の中の十字架が輝き、アベルは長い剣を体の周りでクルリと回す。
王女を襲ったものと同じレーザー光線の光は、剣先に触れ、先程と同じくシャボン玉と化して宙に漂う。
「無駄だよ」
アベルの体に青い光が灯り、彼がビルの屋上の地面を踏みしめると青い光は電気のような稲妻を走らせながら暗殺者の男に向かって伸びていく。
慌てる暗殺者の男だったが空を飛べるわけでもない彼は、身を翻すも青い光の一部に触れ、正しく雷に打たれたように痺れて昏倒する。
アベルは剣を収め、動かなくなった男を肩に担ぐと元来た道を走り、王女殿下の下に帰ったのであった。
【水の惑星ローゼン】
アンブロシウスが発見し、現在は天王国領内にあるその星はそう呼ばれている。
アンブロシウスがここを経ち5年が過ぎた頃、艦隊を率いた天王国軍が現れ、この地を包囲した。
一方的な侵略行為。
ただ、そこに一滴の血も流されることは無かった。
水の惑星ローゼンの当時の王、カイン=マキシス(当時16才)の父より受け継いだ類まれなる交渉術と、天王軍と繋がりのあった宰相アーサー・フューム(元ヘルズ・ミッドガルド)が仲介に入ったこともあり、なされた結果だ。
一領国と化したローゼンだが、要求された人員や、星が含む希少な鉱石の産出及び納付が化されるも、星の情勢はそれ程の代わりも無く現在に至っている。
その折に人質も兼ねて王家より一人の人間が帝国に連れて行かれる事になる。
それが国王の次男であったアベル=マキシス(当時14歳)。
現在ではアベル・ベイモルドと名乗っている彼だ。
アベルは神国王都で暮らすもその実力が認められ、神国の騎士として召抱えられる事になる。
神国王宮で出会った一人の少女、メイプル=ニーニョ第二王女の後ろ盾が会った事もあり、彼女の護衛官を任されるほどになる。
【天王軍アスマン本星 神国王都アウシュビット】
年中厚い雲に覆われた一年中雪の降りしきる冬の国。
王都に帰ってきたアベルは警護の任務を負え、厚い雪の降り積もった石畳の道を歩き、石造りの町並みを越え、町外れにある自宅に帰る。
彼に与えられたのは王国の人質とはいえ、元王族に相応しいそれなりの庭付二階建ての屋敷。
屋敷に入ると数人のメイドが出迎えてくれる。
「「おかえりなさいませ旦那様」」
世話係とは名ばかりの監視役でもあるメイドたち。
それでもアベルは気さくに彼女達の挨拶に答える。
「アベル様。申し上げにくいのですが、お嬢様がまたお食事をなさりません」
「またですか……。分かりました、私が話をするので食事の用意をしておいてください」
「畏まりました」
彼女達をおいてアベルは2階にある少女の部屋に向かう。
ノックをするが返事が無いので、構わず鍵のかかっていなかった部屋の扉を開ける。
「エンフェルミナいるかい?」
声に反応してか、ベッドの上に在った白いシーツの塊がモソモソっと動く。
「エンフェルミナ?」
「フエルだもん」
それだけを言うとまたシーツがまたモソモソと動く。
アベルは溜め息をつきたくなるのを堪えながらベッドの脇に座る。
「どうしたんだい?フエル」
シーツをはだけ、フエルと呼ばれた少女が胸元に抱きついて来る。
【エンフェルミナ=リード】
短い黒い髪に紫色の瞳。幼い頃の記憶にある母に不思議なくらいとても似ている少女。
アベルが支配国である天王軍に連れて行かれる時、彼女はその出発する船にどうやってか潜り込み、密航してまでついて来た。
リーン叔母さん(本人の前で「叔母さん」と言ったら半殺しにされるが)が言うには遠い親戚に当るらしい。
子供の頃からよく遊んだ幼馴染のような彼女だが、密航してまでついて来るほどの関係ではなかったはずなのだが……。
出会った当時は年上のお姉さんだったのに、今では明らかに年齢が逆転しているように思う。
「アベルいない。美味しくない」
つまり僕が起きたら仕事に行っていなかったので、一人で食事をしても美味しくないと言う事だろう。(注:アベルは基本的に仕事のときは「私」。自分一人か身内の中では「僕」と言い分けている)
「僕は仕事があるんだから我儘を言われても困るよ。ここは僕達の星じゃないんだよ?」
「いや」
とうとうアベルは堪らずため息をつく。
「いいかいフエル。勝手に着いて来たのは君だよ?それなのに拘束されるどころか、一緒に屋敷に住まわせてもらって我儘を言っちゃダメだよ」
「でも……」
「でも、じゃないよ。ちゃんと使用人の方々の言う事を聞いて食事を取りなさい。あんまり我儘を言うのなら本国に送り返してもらうよ?」
彼女はそれは嫌だと言うように頭をフルフルと左右に振る。
「寂しい……」
「仕方が無いだろう……、こんな僕以外誰も知り合いのいないような星に来て寂しいのは分かるけど、だからと言ってちゃんと食事を取らないのはだめだよ。体を壊したらそれこそ本国に送り返すからね」
「ん。分かった……」
彼女は仕方なく頷く。
「なら食事にしよう」
アベルはフエルを促し、食事にするために二人で下の階に降りた。
【冥帝軍マガダン本星 冥国帝都プププルズ】
温暖な気候、常春の国である帝都では常に桜が咲き誇り、宇宙から見れば桃色がかった薄紫色に見える星。
宙域に漂う星雲にもその光が映り、幻想的な星である。
この星に初めて降り立ったアンブロシウスが何か懐かしいものを感じたのは、木造の建物を見て前世の日本を思い出したからか、それとも桜を見てこれまた前世の桜咲き誇る子供の頃遊んだ山を思い出したからかは定かではない。
「ああ、落ち着くな~」
うららかな春の日差しのある日、アンブロシウスは窓から差し込む光の中、メイド服を着て床を拭いていた。
少将になって与えられた桜の咲く丘の上に建つ屋敷を与えられた。
木造の大きな古い屋敷だが、趣と格式のあるいい建物だ。
数十人のメイドを雇って屋敷の世話をさせるところだが、アンブロシウスは誰も雇っていない。
自分とアーネットがいればこの程度の屋敷を維持管理する事など容易すかったからだ。
「ご主人様。床の拭き掃除が終わったらワックス掛けますから言って下さいね」
アンブロシウスはこの屋敷に来てからアーネットにはアリスの口調になってもらっている。
アーネットも思うところがあったのか違和感無くその進言を受け入れている。
「分かった」
「ところでご主人様なんでメイド服なんですか?うっすらと化粧までして……」
「ん~掃除と言えばこれが正装でしょう?清掃だけに」
「あんまり旨い事言えてませんけど?」
「ほっといてください」
「まあ昔と変らず女装をすればとてもお美しいから見た目的には構わないんですけど」と口に出さずアーネットは思う。
問題は来客が来たときにどう言い訳をするんだろうなと言うくらいだ。
何せ帝国少将がメイド服を着て掃除をしているなんて誰にも見せられない姿だろう。
アーネットはワックス掛けを待つ間にメイド服の上にエプロンをかけ、お昼の用意をしながらこれまでの事を考える。
自分はこの帝国から言えば未開の星から来た住人だった。
主人たるアンブロシウス様とは違い、学校と言ったものに通ったことも無かったアーネットは、士官学校とはいえ初めて学校と言うものに通うことになってとても嬉しく思ったものだ。
入学して後悔するまでは……。
何を言っているのか分からない。
言葉は冥王国領内の辺境の星に降り立った時にアンブロシウスが習得し、刷り込み済みであるので困ることは無かった。
だが学歴を査証して6年以上の義務教育を受けて入学と言う立場を得たものの、文字だけではなく物理や化学といったものが全然理解できない。
困り果てたアーネットだが、そんな彼女にアンブロシウスは自分の知識を少しづつコピーしてくれた。
アンブロシウスは貰ったその日に士官学校の教材を瞬く間に読み終え、この国の言語と共にその得た知識をアーネットの脳の記憶領域に刷り込んでいってくれる。
少しづつなのは余りに一度のデータ移行では脳が負荷に耐えられずパンクするからだという。
容量と言うより精神的に錯乱しないようにだと言って。
おかげで身体能力には自身のあったアーネットはアンブロシウスに続き、次席で士官学校を卒業することが出来た。
テストの点で満点ではなかったのは知識はあっても活用法の認識間違い等があったためだ。
セレトニーとは同点だったので、二人で次席という立場での卒業となる。
アンブロシウスに教わった胡瓜と若布の酢の物を付き添えにして、少しアンバランスだがパスタを中心とした昼ごはんの用意が整う。
アンブロシウスを呼びにいこうとしたとき、屋敷の呼び鈴が鳴り響く。
誰か来たようだ。
いそいそとエプロンを外して玄関に向かうアーネットだが既に玄関にはアンブロシウスがおり、来客と話をしていた。
「これはこれは何と美しいお嬢さんだ。こんな屋敷で働かせるのは勿体無い。どうだろう私の住む王宮の屋敷で働いてみないか?」
来客はセレトニー皇子殿下。
後ろにはエトランゼが立っており、さらにその後ろには御者付きの馬車が停まっている。
二人は軍服等ではなく私服。
セレトニーは当然王族であるので上質の大きな赤い派手な羽織物に、これまた赤い大きな帽子を被っている。
エトランゼもそれに似た青い服と帽子を着せられている。
セレトニーの仕業だろう。
「何をボケている。誰がお前の屋敷なぞで働くものか」
「これは手厳しい。整ったきれ長のお美しい金色の瞳。きりりとした薄紅色のお口からこの様な冷たいお言葉をいただけるとは、このセレトニーある意味勘当をいたし……金色の瞳?アンブロシウス?」
「それ以外の誰に見えるというんだ?」
「おのれ!世をたばかったな!」
「お前が勝手に勘違いしたんだろうが!それよりも何をしに来た?用がないならばエトランゼを置いて帰れ」
「いろいろと突っ込みたいところが満載過ぎて突っ込むところが分からんわ!ああ、もういい。引っ越し祝いと合わせて少将授与の祝いを持ってきたのだ」
「それはありがたい。では祝いの品とエトランゼを置いてお前はさっさとぶぶ漬けでも食べろ」
「ぶぶ漬け?」
「ん?分からなかったか?つまりとっとと帰れという事だ」
「お前な~俺はこの帝都の王族だぞ?「帰れ」どころか祝いを渡すにしてもお前を呼び出して渡すところを、こうやってわざわざ足まで運んでいるのにそれは無いだろう」
「頼んで等いないが……仕方ないな。入れ」
アンブロシウスはセレトニーを招き入れながら、先に屋敷の奥に向かって歩始める。
「なんでこう上から目線なセリフなんだ……お前だけだぞ、世にそんな事を言えるのは」
先を行くアンブロシウスが足を止め、背中越しに振り返って首を傾けて流し目を造りながら笑う。
「嬉しいだろ?」
それを見てセレトニーは思わず赤面してしまう。
心を読まれて恥ずかしかったのが半分と、その姿が男だと分かっているのに妖艶な姿で微笑む美女に見えたのが半分。
『こいつ!業とだな!でなければ妖怪か。
男のクセにそんな怪しげな微笑を浮かべられるなんて……。
世にそんな趣味は無い。が、おかしな世界に目覚めてしまいそうだ』
セレトニーは顔を抑えながらアンブロシウスを見つめて苦笑する。
「セレトニー様」
横に立つエトランゼに声を掛けられ慌てるセレトニー。
「いっ、いたのか!?」
「当たり前です。一緒に来てるんですから。それよりも王様や王女様に報告できませんからその様な怪しげな行動はお控えください」
「ん?世が何かおかしな行動をしたか?」
「男の方を見て赤面しておりましたが?」
完全に動揺したところを見られていてはいいわけも出来ず、咳払いを一つだけをするとセレトニーはアンブロシウスの後を追いかける。
「まあ、分からなくもありませんが……私はやはり男性時の姿の方が……」
馬鹿な独り言を誰にも聞かれないように呟きながらエトランゼも後を追う。
祝いの品とは“醤油”だった。
「お前が前にいっていた、醗酵した豆から作ったものだ。わざわざそのための工場まで作ったんだぞ。工場の利権ごとお前にやろう」
「おお」と口から言葉を漏らしながらアンブロシウスはセレトニーの手を取る。
眼前にアンブロシウスの顔のアップが迫り、再び赤面するセレトニー。
「俺は今日ほどお前という友人を持って幸せだったことは無い。ありがたく頂こう」
そう、この帝国には醤油というものが無かったのだ。
前にいた母星では、地球から持って帰ってきた造り方の載った本と麹で作らせて手に入れることができた。
しかしこちらでは王でもなんでもないので作らせることも出来ない。
その上宇宙勤務も多く、魔力の大半をファミリアーに使って補充も出来なかったアンブロシウスは転移で取りに帰ることも出来ないでいたのだ。
味噌はあるのに“醤油”が無い。
なんて勿体無いと常々思っていたところだ。
これを機に帝国領内にこの調味料を一挙に戦略販売に漕ぎ着けて……と、そこまで考えた所でアソロの顔を思い出し、止めた。
自分が食べられればいいかなと思う事にした。
その後、突然の来客にアンブロシウスはアーネットと二人で少しばかりのメニューを追加してお昼ご飯を造り(当然醤油を使った料理を含む)、皇子とエトランゼに僅かばかりのもてなしをした。
毒見係を伴わない暖かい食事にありついた皇子が気をよくして、また来ようと決意したのは言うまでもない。
それ以降、セレトニーは事ある毎に屋敷に顔を出す。
セレトニーがティッツェ皇女までも伴って来訪したときには、流石のアンブロシウスも少しばかり辟易したのは言うまでも無い。
それでも気を良くして訪れる二人の為(エトランゼを含めば3人の為)、アンブロシウスは屋敷の警備システムを独自に開発し、王宮以上の警備システムを配置した。
少将について前線に出る機会の少なくなったアンブロシウスの平和な日々は、こうして過ぎていったのであった。




