夢見がちな皇女殿下
出撃まで二日。
その日の朝、俺が家を朝早く出て、時間差でアーネットが後から出勤すると言う芸を見せようとして外に出た時のこと。
「こまった~、う~ん困ったぞ」
俺の家の前を早朝から右に左にとうろうろしながら困ったを連呼するセレトニー皇子がいた。
「おっ、おはようございます殿下」
「おおっ、アンブロシウス偶然だな!こんな朝早くから出会うとは世も運がいい」
「どう考えても偶然じゃないだろうが!ここは俺の家の前で皇居じゃないんだよ!」
つい突っ込んでしまう。これは体質か。
申し訳なさそうな顔で後ろに控えているエトランゼが俺と目が会うと頭を下げる。
「で?何が困ったんだよ」
「おお、そうか聞いてくれるか。さすが我が友よ」
「一応聞くだけだぞ?俺は2日後には出撃するんだからな!」
「え?何処に行くんだ?」
「いい度胸だな。思い出させてやろう」
俺は拳を鳴らす。
「冗談だ、冗談!だが困っているのは本当だ!」
「何を朝っぱらから玄関口で騒いでおる。近所迷惑だぞ」
家の中からアーネットが現れる。
シーツだけを身体に巻いた上体で……。
「お前!来る前に服着て来い!」
俺は慌てて中に押し戻す。
早着替えは戦場の常と一瞬で素早く着替えて出てくる。
未だドレスとか着るのは一人で出来ないのに軍服とか鎧を着るのはとても素早い。
「で?なんだセレトニー朝っぱらから」
「いや、それ俺のセリフだから」
俺は姫を制しながらセレトニーに訳を聞く。
「それがな、実はまた妹の発作が出た様なのだ」
「また、ですか……」
実を言うとこのセレトニーの妹、つまり皇女殿下は大の戦好きでストレスを溜めては宮殿を抜け出して御付きのものと近辺の惑星に出向き、その星にある秘境や迷宮の探索に出掛ける。
本人曰く『冒険だ!冒険がわらわを呼んでるのじゃ!』と言って。
付き合わされる御付きのものは何時も胃を壊して退職や転職に追い込まれていく。かといって逆らうことも出来ず引っ張られていくのだ。彼女はそういうエネルギー満載の姫なのだ。
皇女殿下の名前は、ティッツェ・ド・バイモン。
第3皇女にしてセレトニーとは腹違いの妹である。
「またか、あの戦闘狂の馬鹿皇女が!」
『お前が言うな!』心から叫びたかったが俺はなんとか我慢する。
俺はセレトニーの友人で宮殿にも何度かいったことがあり、何故かその時知り合っただけ皇女から滅茶苦茶気に入られており、彼女が発作を起こしては連れ戻す大役がこれまた何故か俺の元に来る。
まあ、後半は何故かじゃないんだが。
なにせ「迎えを寄越すならアンブロシウスを寄越すのじゃ!出ないとわらわは帰らぬ!」とティッツェ皇女が駄々を捏ねるかららしい。
「先程も言ったように俺は2日後には出撃しますよ?で?今度は何処に行ったんですか?」
「実は惑星ゴーストに……」
「はあっ!?ここからワープ使っても2日もかかる処じゃないですか!お断りします」
「そう言わずにアンブロシウス、この通りだ。出撃と指揮は私が代わりになんとかする。作戦決行まではまだ目標地点に到達するまで2週間は掛かる。それまでにチャチャっと連れ戻して高速艇を飛ばせば。なっ!」
頭を下げ、懇願するセレトニー。
俺は別に出撃してからも暇というわけではない。
作戦も練り直し、シュミレートも後数百回は繰り替えさなければならない。
例え皇子に頭を下げられようと断るつもりでいた、が、
「それに実はあの辺り、かなり不味い事になってきていてな」
「といいますと?」
「あの辺りの宙域を指揮しておるのはヘッケラー中佐でな」
「ああ、あの万年腰痛の年寄老いたヒゲおやじですか」
「そうだ、あいつはまあ年と比例して経験だけは豊富であの辺りを任されていたのだが、とうとう長年の無理が祟ってな。入院したらしい。で代わりに今あそこを統括しているのがバーメル中佐でな」
「あの……ですか?」
「そうだ、あの、だ」
「あの~話が見えないんですけど?バーメル大佐がどうかされたのですか?」「そうだぞ、二人だけで分かってるみたいだが話が見えんぞ?」
あのあの言う俺達の言葉に耐えられなかったのか、エトランゼと姫が会話に入ってくる。
「まあ、簡単に説明するとニクス中将の腰巾着と言われている男でな。簡単に言えばゴマ擦り以上の能力を持たない無能な男だ」
余り大きな声では言えないような内容だが、俺では無くセレトニー皇子の口からが簡潔に説明し、二人は納得したようだ。
「あの宙域は別に安全というわけではない。逆に今まで侵略されていないのがおかしな位の激戦地でな。それもこれもヘッケラーの能力で持っていたというわけだ。それが突然にバーメルなぞに変ったらどうなる?」
「まあ、当然に戦線を後退せざるを得なくなるかと……」
「そうだ、その場所に行ったのだ。我が馬鹿な妹はな。知らなかったとはいえその身が心配だ。かと言ってお前の身に危険が迫っているから帰って来いと言っても……」
セレトニーが言葉を詰まらせる。
俺が彼の後をついで、皇女の性格から次に取るであろう行動を述べる。
「逆に喜々として前線に参戦しに行くでしょうね」
「我が妹ながら困ったものだ……。
まあ、まだ戦線を後退するような戦況にはなっていないからもう暫くは大丈夫なんだろうがな」
「確かにそれでは直ぐにでも連れ戻さなければなりませんね」
俺は溜め息を一つつく。
「仕方ない……」
「行ってくれるか?」
「皇子の頼みと言うのもありますし。馬鹿と言えど皇女は皇女。その依頼受けましょう」
「お前、何気にアッサリと馬鹿扱いするが自分の国の皇女に対するセリフとは思えんな」
「あなたが言ったんでしょうが!馬鹿な妹だって!
「あれでも馬鹿は馬鹿なりに可愛い妹なんだぞ!世が言うのはかまわんがお前に言われたくはないぞ!」
「はいはい、この馬鹿な皇子にして馬鹿な妹ありきかな。シスコンも程々にしてくださいよ皇子」
「今お前さらりと世のことも馬鹿だって言ったな!」
「いえ?言ってませんよ?」
俺は白をきる。
「い~や言ったぞ!ちょっと妹に好かれているからと言って調子に乗りすぎだ!いいだろう今日こそ士官学校での決着を着けてやる」
早朝とはいえ流石に長話をしていたので周りにはちらほらと人の行きかう姿も目立ってきている。
それにこれだけ騒いでいれば何事かと各家から除いている人々もいる。
そんな中、皇子は俺に向かって腰の赤い長剣を抜き放つ。
【魔剣ビースター】
王家に伝わる魔剣の一つで、斬られるとその切り口が一ヶ月はどのような治療を施そうとも塞がらないと言う厄介な剣だ。
「おう、俺もいい加減お前の馬鹿さかげんに些か腹が立ってきていたところだ!突然人を大佐(仮)になんぞしやがって!良いぜ決着を着けてやる!」
俺も腰から夜桜を抜き放つ。
「「いいかげんにしろ!!、しなさい!」」
姫とエトランゼが俺とセレトニーにいつの間にか持ってきていたバケツでそれぞれの頭に水を掛ける。
「エトランゼ!」「アーネット」
口にしてから俺達二人はずぶ濡れになりながらお互いを見て笑い合う。
「冗談だったんだがな?」
「だな」
「「調子に乗りすぎだ!、です!」」
『まあ確かに朝から刺激の強い冗談過ぎたな』俺は少し反省してセレトニーにこちらの出撃の事を任し、着替え家を出る。
高速艇ではもし敵艦に会ってはひとたまりも無いので高速巡洋艦である「牙」での単独行動の了承を得て惑星ゴーストに向かうのであった。
当然と言うかアーネットも副長として着いてくる。
本部の承認を得ているからアーネットが既に代理艦長なので、どちらかと言えば俺が客人的扱いになるのかもしれないがな。
くちゅん
「誰かわらわの事を馬鹿にしたものがおるぞ」
「え?そんな事が分かるんですか?姫様」
ここは惑星ゴースト。
鬱蒼とした森と平原が続く星。
海が無く、あるのは毒の海や湿地帯のみ。
空は何時も曇り、おどろおどろしくもあり、観光にも開拓にも余り適さない星。
そんなところに一隻の豪華な赤い駆逐艦サイズの船が降り立ち、そこから一人の黒いドレスを着た灰色の髪のゴスロリ少女と後ろには黒い衛兵服に銃を持った部下達が降りてくる。
少女の耳は少し他のものとは違い、長く尖がっている。
皇族に見られる特徴だがセレトニーは目立つほどではない。
ティッツェ皇女はそれが顕著に出ている。
黒いレースの付いた傘を差し、まるでピクニックにでも来た様に少女は平原を森に向かって歩いていく。
彼女の後ろにピッタリと着くようにブラウンの髪を肩までで切り揃え眼鏡をかけた秘書のような女性が少女の声に反応し、怯えながらも質問する。
少女の名前はティッツェ・ド・バイモン。
付き添う女性の名はアマリリス・クーンといい、彼女のお目付け役件、秘書である。
見た目と一緒でおっとりした性格の上、臆病で、何時も少女の後ろについて歩くだけで、全くお目付け役としての職務は果たせていない。
しかしそれでも首にならないのは彼女以外その役に就きたいと願い出るものが一人もいなかったからだ。
「帰りましょうよ~姫。ここ怖いです~」
「何を言って居るのじゃ!今来たばかりであろうが!それにわらわはまだ肝心の魔法を試してはおらん。帰るにしても魔法を試してからじゃ」
『それに』
彼女は思う。
『こうしておればお兄様の命でアンブロシウスが迎えに来るからの。こうでもせんとあやつは忙しくてわらわのところに顔などださんしの』
ティッツェは初めてアンブロシウスに会ったときの事を考える。
「カッコイウイーー」
その一言に尽きた。
白く少し銀色に光る長い髪で片目を隠し、整った顔立ち。
それに黒と金のオッドアイ……。
まるで物語の主人公のようであった。
それも彼女がよく好んでみるダークサイドよりのアニメの主人公。その主人公にそっくりだったからだ。
黒く長い軍服が又よく似合う。一目で恋に落ちた。
「まあ、その側に何時もついて来る、あのネコミミの女は気に喰わんがな!」
お兄様の友人だと言うが怪しいものだ。
あのネコミミもアニメの主人公の側にいたメイドを真似ているとしか思えない。
きっとアンブロシウス様を狙っているに違いない。
少女は思う。
もしこの事を聞いていたか、そのアニメの事を見て知っていたならばアンブロシウスはその日の内に髪の毛を切り、金の瞳には黒のカラーコンタクトを入れ、爽やかな白い服に着替えていたに違いない。
「これではまるで俺が中二病に侵された馬鹿な男みたいじゃないか!」と言って。
本人は気がついていないことがせめてもの慰みといえよう。
そのアニメの事に逸早く気がついたのはセーレ。
というかそのアニメ会社のオーナーをしているのがセーレ。
彼女は晩年小説に飽きてアムリタ(アムネジア)の影響を受け、漫画やアニメにはまっていたからだ。
そこで軍部の研究で手に入れたお金で小さいながらも会社を設立。
今まであった出来事をアンブロシウスから聞いていた彼女は、それを適当にアニメ化して放送。
それがたちまち冥帝国中で馬鹿売れし、今では大会社とまでなった。
手に入れたお金でいろいろな会社を買収し、軍部での研究は趣味で続け、母星から密かにアソロを連れてきて引き込み、将来はコンテェルンと呼べるまでになるが、まだその魔の手を冥帝国中に展開している途中だ。
アンブロシウスはその事を全く知らない。
正しく恐ろしい魔性(族)の女であった。
そんな事など露知らぬアンブロシウスは今、巡洋艦「牙」を駆り、惑星ゴーストの大気圏外にいた。
ティッツェ皇女の乗る船の位置を確認し、高速艇で単身惑星に下りようとしていた。
「やはり私が行こうアンブロシウス。何時までも甘やかしては、今回のような大事に至る可能性もあるし、作戦にも影響が出る恐れもある」
皇女を迎えにアーネットが行くと言うが、
「で?お前が行ってどうやって説得するんだ?」
「もちろん力づくで!」
「却下だ!怖いよお前は!相手は一応だが皇女だぞ!それにお前が行くと本当に殺し合いになり兼ねん」
そう説得して今回ばかりは時間が無いこともあり、アンブロシウスは高速艇に乗って惑星に降り立つ。
惑星周辺の警護をアーネット代理艦長に任せてだ。
その折にテスタニアに後のことを任せるのと、一つの伝言を伝えてある。
ティッツェ皇女の船の側に高速艇を着け、残った兵達に控除の行き先を聞いたアンブロシウスは皇女の後を追いかける。
追いかける途中であることを思い出し、足を止めて地に手を翳す。
「丁度良かった」
大地から黒い渦が巻き起こり、苦痛に顔をゆがめながらもアンブロシウスは右目に魔力を吸収する。
丁度少なくなっていた魔力を充填する事が出来た。
ダイダロスなど惑星でもないステーションにいては、地の魔力など無く。
アンブロシウスは魔力を吸収できない。
おかげで近年宇宙での生活をするに至ってはほぼ魔力を持たない普通人のような状態であった。
「これで暫くは持つかな」
中クラスの都市であれば10個ほどを壊滅させうるだけの魔力を吸収したアンブロシウスは皇女の捜索を再開する。
森の中に入り、衛兵によりか切り分けられた焼け焦げた道のようなものを発見し、その痕跡を身体強化を施して追う。
僅か数分で皇女の一団と見られるもの達を発見した。
一団は森の中の湿地帯のような開けた場所におり、彼らの前には巨大な骨の巨人の化け物とグールにスケルトンに他もろもろの大軍勢。
「何やってるんですか!皇女!」
「おお、アンブロシウス来たか!丁度良かった。今からわらわの大活躍を見せるところだったのじゃ!」
俺を見て彼女は破顔すると、傘を折りたたみ化け物の軍団に向かって突き出す。
「わらわは大魔法使いティッツェ様じゃ。我が師、大魔神セーレ様より賜りし魔法でお前達を打ち滅ぼしてくれよう!」
「セーレ?」
「ん?お主知り合いなのか?」
「まあ、ちょっとだけだが(まさか十三人いる妻の一人だとは言えない)」
「実はわらわは大魔神セーレ様より強力な魔法を授かったのじゃ!今回はそれを試しにきたのじゃ!」
『セーレさん!一体何をやってるの!?』
「何せ強力すぎて自分の星では危ないので使うなといわれたからの~」
『それでこんな人のいない未開の惑星にわざわざ着たのか……』
「さて、それでは死ぬデス!」
『「いや皇女よ、相手はアンデッドだから既に死んでますけど」って突っ込みて~~~!』俺は心の中でもだえ苦しむ。
「我が師、大魔神セーレ様から授かりし大魔法をとくとみるのじゃ!」
そう言うとティッツェ皇女は呪文を唱え始める。
「闇よ我が名の元にここに集え!」
【魔王の深淵~~】
シーン……
「あれ?出ないの~?ならばこれはどうじゃ!」
「全てのものを喰らえ!」
【黄泉の金字塔~~】
シーン……
「あれ?これも出ないのじゃ。おかしいの~?
ならば適当じゃ!魔王ブラスト~~~!!」
「適当って何だよ!魔法に適当なんてあるか~~!!」
我慢できずに突っ込んでしまう。
『セーレの奴、絶対遊んでいるな!魔力もあんまり強くないこいつにそんな魔王クラスの魔法が使えるはず無いだろうが!』
それにしても不味い。アンブロシウスは横からティッツェ皇女の魔法を真似ている姿を見て思う。
『魔法も使えない人間に魔法を真似されるとああなるのか。自分の魔法じゃないとはいえ……恥ずかしい。ちょっと魔法は当分控えようかな』
しかしその目論見は脆くも一瞬で崩される事になる。
今まで黙ってみていたほうが可笑しいのだが、アンデッドの軍団が一斉にこちらに襲い掛かってきたからだ。
「危ない!」
俺は慌てて魔法を唱え始める。
「発動」
【絶対王の空間】
精神的に優位に立つわけではない。物理的に暫く抑えられれば、その間に逃げることが出来ればいい。
俺は空間を変えずにヴァーチャロードを発動し、大地を踏みしめる。
黒い鎖が地面から無数に出現し、眼前に立つ全ての敵を地面に這い蹲らせる。
「今の内に逃げるぞ!」
「超絶カッコウイイイイ!!」
キラキラと輝く瞳でアンブロシウスを見つめ、あまりのアンブロシウス(ティッツェ皇女曰くマイ ダークヒーロー)の格好のよさに悶絶しそうになりながら、ティッツェ皇女はその場を固まって動かない。
俺は仕方なく皇女を肩に担ぎ、側にいるアマリリスと衛兵を促して船まで走って帰った。
「何時もありがとうございます。アンブロシウス大尉」
「いや、気にしないでいいよ。まあ、何時もの事だからね」
俺は礼を言うアマリリスに社交辞令的に返事を返す。
「ああ、それと今は一応大佐だから。今度からはアンブロシウス大佐と呼んでくれ。でないとこういうのは間違うと周りの目が厳しいからね」
「えっ!?もう大佐に御なりですの!?」
彼女は目が落ちんばかりに見開いて口に手を当てて驚く。
それはそうだろう。前に在ったのが皇女が発作を起こしたのが3ヶ月ほど前、その時はまだ大尉だったし、それから僅か3ヶ月で大佐になってるなんて思いも寄らないだろうからな。
皇女殿下はまだ固まっている。
ウフフゲヘヘと奇妙な声を上げているところから察するに、自分のインナースペースでおかしな物語を展開しているのだろう。
「あれは当分戻ってこれないな……」
俺は諦めて彼女を他の衛兵達に任せ、「ここは戦場になるかもしれないから急いでこの宙域を離脱するように」とだけ言って自分の高速艇に戻る。
その頃、大気圏外で俺達のことを待っているアーネット代理艦長率いる巡洋艦「牙」にとんでもない事が起きていた。
「三時方向より敵襲来!その数巡洋艦を含め7隻!」
オペレーターの慌しい報告により、アンブロシウスを待っていた巡洋艦「牙」のクルー達に緊張が走る。
そう、恐れていた事が今正に起ころうとしていたのだ。




