結婚式 前夜
ご主人様が姫を抱いて去ってゆく。
追いかけようとするアニー様やリーン様の首根っこを押さえて何とか止め私はご主人様の後姿を消えるまで見守った。
ズキン
何故か胸に痛みが走る。
行ってしまわれたご主人様と姫。
何故か胸が痛い。
本当の事を言うと私は記憶などなくても良かった。
確かに私という存在が消えてしまうのは怖い。
でも何故私はここにいるのだろう。
抱きかかえられ、ご主人様の腕の中にいるのが何故私ではないのだろう。
そう、思ってしまう。
ズキン
姫ではあるけど私ではない。
記憶などなくてもご主人様の腕の中にいるのが私でさえあれば良かった。
そう思ってしまう。
ご主人様はおモテになる。
あの御性格、御強く、賢く包容力があり、それでいて大貴族であらせられるご主人様。
ご主人様が他の方と逢瀬を重ねておられるのを見ていた時もこんな気持ちは起きなかった。
相手が自分であるが故に許せない気持ち。
ご主人様の姫に対する想いの大きさが他の女性に向けられるそれよりも遥かに大きく、揺るぎ無いものであることに、女として嫉妬しているのかもしれない。
相手は自分、でも私ではない。
ズキン
『ならばどうする?』
頭の中に声が響く。
これは私の心の声だろうか?
『わからない……』
ズキン
アリスは気が付いていないが、側にいるシズクの目が、静かに赤く光る。
『あの姫と言う女を殺せばいいのではないか?』
『それはできない。姫を殺せばご主人様が悲しむから』
『ならばどうする?』
再び私の心に疑問の声が響く
『アンブロシウスを殺せばいいのではないか?』
何故私の心の声はその様なことを言うのだろうか。
『何故?何故ご主人様を殺せばいいの?そんな事は望んでいない』
『お前はいつか必ず気付く。お前は人ではない。あの男と女が幸せな人の生を送り、逝ったとしても、お前は生きねばならない。お前は人では無いのだから』
『……私だけが生き残る……』
心の片隅に僅かにあったその考えが、今は大きく重くのしかかる。
ズキン
『そうだ、お前だけが独り生き残る。お前は耐えられるのか?』
『私は……』
『殺せ。どうせいつか死ぬ人の生であるならば、お前のその手で殺し、永遠にお前のものにするがいい』
『殺せば私のものに?』
ズキン
『そうだ。殺せばあの男は永遠にお前のものだ』
『永遠に……私のもの……』
『ただ、あの男は用心深い。私が殺せる時を教えてやろう。その時こそあの男は永遠にお前のものになるであろう』
『永遠に……私の……殺せる時……』
ふと気が付く。
「あら?私は今何を考えていたのかしら?」
「離してよアリス!」「そうよ!」
自分の手の中で抗議するアニーとリーン。
「はいはい。でもアンブロシウス様とアーネット姫を追いかけてはだめよ。そっとしておいてあげましょう」
「「は~~い」」
――――――――――
シズクはひっそりと誰に気づかれることも無く微笑む。
あの日、そう大会の日の前日。
シズクはある男に会っていた。
聖都のスラムに行き、会った男。
魔王。
あの男、アンブロシウスは魔王様の体を乗っ取ったにっくき男。
最初は魔王と名乗る男に半信半疑だったがシズクだが、セーレとの会話を魔王と名乗る男に聞かされ信じるに至る。
セーレ様にはあの様に言ったが、魔王様は契約等もうどうでもいいと言われる。
そして私に出された勅命。
《暗殺》
それも最も心の隙を衝きやすく、最も残忍な手による方法で。
そう、愛するものの手による死。
私は機を伺っていた。あのアリスという何時もあの男の側におり、寵愛を受けている女の心の隙を……。
上手くいった。
これで後はあの男を殺す為の機を覗うのみ。
魔王はああ言われたが、シズクはある意味愛するものの手に掛かり死ぬことが幸せなのかもしれない、と一人思い、微笑むのであった。
―――――――――――――
数日後。時間は昼前。
セーレ達やリーンはそれぞれ買い物や島の観光で出掛け、ホテルには俺とアリス、そして姫しかいない。
俺とアリスはロビーの高級ソファーに座り、ホテルの従業員に入れてもらったコーヒーを飲みながらくつろいでいた。
姫の体調もすっかり戻り、魂も完全に安定した。
俺は心より良かったと安堵する。
「アリス。体調はどうだ?」
「ええ、ご心配おかけしましたが、アリスはもう今なら魔王城の5つくらいなら毎日掃除できそうなくらい快調ですわ」
「それは良かった」
「そう言えばアリス。約束、憶えているだろうな」
「さ~て何のことでしたっけ?」
「と・ぼ・け・る・な。姫を取り戻したぞ!当然俺と結婚するんだろうな」
「忘れていませんよ、ご主人様。でも成人の儀を終えないと法的には結婚できませんよ?」
「ああ、それならもう一緒にしてしまおうかと思っている」
「一緒にですか?」
「そう、父と母が成人の儀をしたいと言っていたのでな、成人の議をして、その後すぐに結婚式をしようかと思っている」
「そう…ですか」
アリスはふと考える。
「ところで姫とのご結婚はどうなさるのですか?」
「姫?なんでそこで姫の事がでるんだ?」
「なんでってご主人様。ご主人様は私と結婚の約束をいたしましたわよね?」
「そうだが?」
「私はアーネットですよ?当然私と結婚するということはもう一人の私である姫とも結婚するということでしょう?」
「なんでそうなる?」
「あのですね、ご主人様は二人に分かれる前の私とご結婚をお約束をなさったのですから当然私達二人と結婚しなければなりません。違いますか?」
「それは……そう言う事になるのか?」
「当然です。私が結婚を了承し、又彼女も結婚を了承したのは事実。私達は二人で一人。どちらかだけとお考えならこの話は無かったことにさせていただきます」
「おいおい!?それは困る!」
「なんだ?朝っぱらから」
丁度いいタイミングと言うか悪いタイミングと言うか姫が起きてきて俺達の側に来る。
そして俺の後ろ、ソファーの背にもたれかかり、顔を寄せ、俺に微笑みかける。
薄い白のワンピースに下着が僅かにだが透けて見え、久しぶりの姫の大きな胸が目の前にあり、俺は目のやり場に困る。
「あ~それなんだが。アリスと俺、姫との3人の結婚式についてなんだが」
「結婚?誰と誰の?」
「だから姫と俺、アリスの結婚式について」
俺は分かりやすいように並び替えて言い直す。
「何のことだ?私とお前が結婚?」
「おい!アリス!話が違うじゃないか!姫が覚えてないんじゃ、これじゃいちからプロポーズしないとお前とも結婚できないぞ!」
「おかしいですね?初めて目を開けた瞬間から成長したご主人様を認識しておられましたし、記憶が少しはあると思ったんですが……」
「そう言えばそうだな」
「ねえ、姫。本当に憶えてないの?」
俺はジッと見つめる。
姫は目を逸らし、顔を赤らめながらソファーの背から手を離す。
「私は知らんぞ?結婚なんてそんな約束してはおらん」
そう言って腕を組んでソッポを向く。
「ねえ、姫」
「なんだ?」
「私達がご主人様と結婚の約束をしたあの時、私は約束したのよ?姫の身体を取り戻したら子供を10人は作ってみせるって」
「馬鹿!そんな約束していないだろ!子供なんか2人いれば十分だ!10人も作っては体がもたない!」
「と言うことです。ご主人様」
「成程」
「何が成程なんだ?」
「あの時、俺達の側には誰もいなかった。結婚のこともまだ誰にも話していないくらいだしな。なのに俺とアリスが約束をしていないってなんで分かる?」
「あっ!?」
口を押さえて後ずさりし始める姫。
「私は知らんぞ!何にも憶えてない!」
姫はそう言い放ち、走って逃げ始める。
「こら!逃げるな私!」
アリスがそれを追いかける。
「さてはて、俺本当に結婚できるのかな?」
そう言いながら冷めかけたコーヒーをすするアンブロシウスであった。
――――――――――――
全てではないが少なからずの記憶を持っていることを暴露した姫は、アリス(自分)の説得の元、俺との結婚を了承する。
当然そこまでいくのに一悶着ありました。
夕暮れのオレンジ色に輝く砂浜を俺は姫と二人で歩いている。
涼しげな風が頬を撫で、波の音が規則正しく音楽を奏でる。
「なあ、本当に私でいいのか?アンブロシウス」
ハイヒールを脱ぎ、裸足で波打ち際に立つ姫は俺を振り返り訪ねる。
「それは俺が聞きたいくらいですよ。姫は本当に俺でいいんですか?そりゃ俺は一応三大貴族の一人だし、家柄的には問題ないですけど、姫は今や大陸一の王国の姫ですからね。政略的な話で言えば教国や連合国の誰かとって言う話も無いわけでは無いだろうしね」
「ムッ!そう言う事を言っているんではない!私はほら、悪魔になっていたから一応肉体的には17のまま、というかどちらかと言えば15歳くらいに若返っている身体だが、一応精神年齢的に言えばもう20歳を超えているぞ?その……世間的に言えば行き遅れだ……。三大貴族のお前の第一夫人が行き遅れなんて格好がつかないだろう?もっと若い貴族の娘とかもいるだろうし……」
「そっちですか?」
「なんだよ!」
俺はつい笑ってしまう。
「精神年齢で言ったら俺なんてもう幾つになったか忘れましたよ」
「?」
「それに、こういう時はお互いに“気持ちの問題”が大事だろうっ!て言う所でしょうね」
姫も笑い出す。
「そう言えばそうだな。私もお前も家や身分の事を考えすぎだな」
「ですね」
「ではあらためて、アンブロシウス」
「はい、姫」
「その呼び方もやめてもらえないか?私はアーネットだ」
「失礼。アーネット」
俺は言いなおす。
「よろしい。コホン。ではアンブロシウス。
お前は本当に私でいいのか?」
「ええ、喜んで」
俺は姫の前に立つ。
「アンブロシウス……」
「アーネット、愛している」
アーネットは顔を赤くしてうつむく。
「バッ、馬鹿」
俺はうつむく彼女の顔を優しく手をやり、俺の方を向かせる。
「愛している。アーネット」
「私もだアンブロシウス」
俺達は口付けを交す。
夕暮れ時の砂浜に、アンブロシウスとアーネットの影が重なり、お互いの気持ちが一つになったことを感じさせる。
しかしその二人の影を見つめ、心に影を濃く落とすものがいたことを二人は知らなかった……。
――――――――
「という訳で、俺と姫とアリス、それに妹のリーンはちょっと用事があってこの島を数日空ける。その間の事はセーレに頼んでおくが、大丈夫だよな?」
「ええ、問題ないわ。この島での生活は快適だし、別にこれだけ人がいない島では諍いも起きないでしょうしね」
「頼んだ。もし何かあったらアニーに言ってくれ。俺とアニーは念話出来るからな」
俺とアニーはファミリアーの契約をしており、まだそれを解いていない。
それに俺は何かあった時のことを考えて、後のことを黒龍に頼んである。しばらくは大丈夫だろう。
「おにいちゃ~ん。僕も行っちゃダメなの?」
「ん~連れて行きたいのはやまやまだけど、各国の偉い方々が来られる席だしね。魔人のお前が来たら流石にね」
「そっか~」
しょんぼりするアニー。
「代わりと言っては何だが、ドワーフのおっさんに頼んで発売前の巨人のフィギア貰ってきてやるよ」
「本当!?」
「ああ」
「やった~僕賢く待ってるからね!」
「お~賢い賢い」
俺は頭を撫でてやる。
「じゃあ、行ってくる」
そう言って俺達4人はゲートを使って一路王国に帰る事になった。
そう言えばこの島に来てからまだ俺はエターニャに会っていない。他の竜神族のものには会っているのだが……はて?
まあそういう事もあるのかなと俺はこの時そう簡単に思っていた。
彼女、いや彼女達が慌しくあることの用意で忙しくしていた事に俺は気が付いていなかった。
――――――――――――
「父さん母さん、ただいま」
俺は五日後に誕生日を迎えるので、それに会わせて成人の儀と結婚式を同時にすると事前に家族にだけは報せてある。
珍しく昼間から城の業務もせずに家にいる父と、母に俺は帰宅した旨を告げに本宅に入る。
姫は先に一旦城に送り届け、姫を囲んで大々的な生還祭をすると意気込む王様達を横目に俺はリーンとアリスと共に家に帰ってきた。
リーンは俺と姫とアリスが結婚することを告げ、連れ帰ったのだが、屋敷に帰ると早々に仕立て屋に服を作りに出掛けてしまった。結婚式に出席する為の服を作るのだそうだ。
別に持っている服でもいいのに……というか散々向こうで俺名義で買った服があるだろうに……。
アリスはアリスで鏡の前でウェディングドレスをどれにするか、雑誌を見ながら変化していて、同じ部屋にいると「見ないでください」と追い出されてしまった。
で、仕方なく俺が父と母に帰宅の挨拶をしにきたわけだが……。
物凄く慌しい本宅。
出入り禁止を破って勝手に入った俺を咎める人は誰も無く、挨拶をしている俺を無視する始末。
「ねえ、なんでそんなにバタバタしているのさ?」
「なんでじゃと?」
俺の言葉を受けて、父が手元の書類を机に置いて近づいて来る。
「お前が突然に成人の儀式をするとか、さらに結婚するとか報せてくるからこっちはもうとんでもないことになっているのが分からんのか!」
「あ~すいません。ってなんでそんなに?成人の儀も結婚式も身内だけでいいって俺言ったよね?」
「そんな訳にいくか!!相手は一国の姫君じゃぞ!こっちは新郎側じゃから各国の代表の参列の為の招待状やら、式場の用意やら、引き出物の用意やら料理、はたまた宿泊するホテルやらもう後五日でどうせ~~~ちゅ~~んじゃ~~~!!」
途中から完全に切れていらっしゃる。
「あ~やっぱマズイ?」
「あ・た・り・ま・え・だ!」
角が生えて来るんじゃないかと言う形相で睨まれる。
「ハアッ、手伝うよ」
「アンブロシウス!」
「母さん」
「そっちはお父様に任せて、あなたは結婚式の服を仕立ててきなさい!国中の仕立て屋を別室に集めておいたから!」
「あ~はいはい」
『リーン、すまん。こっちにいるそうだ』
俺は心の中で仕立て屋に走ったリーンに誤りつつ別室で服を作ることになる。
そんなこんなでバタバタと数日が過ぎ、結婚式前夜。
俺は自分の屋敷のベッドの中でアリスと抱き合っていた。
「とうとう、明日だな」
「そうですわね、ご主人様」
「な~んか大事になっちゃったな~」
「仕方が無いですわ。むしろよく五日でここまでできたものですよね」
「だよな~。式の後パレードまでやるそうだよ」
「で?これも計算の内、ですか?」
「さ~て、何のことだか」
「わざとギリギリで御報せになってアーネット姫との結婚は兎も角、私との3人の結婚式である事に反対を述べる時間も与えない。そういう事でしょう?」
アリスは俺の上に馬乗りになりキスをして来る。
俺は笑いながら答える。
「反対はされたさ、一応…な。でもここまで推し進めておいてキャンセルも何も無いだろう?そこで言ってやったのさ。
もし反対するなら俺は家を出て、姫も攫って駆け落ちしてやるっ!てな」
「呆れた……」
俺達は笑い合う。
「だいたいそう言う世間体を気にするだろうから身内だけの結婚式で済ますつもりだったのに、人が言う前に招待状なんかを各国に配るからいけないんだよ」
「逆でしょうに。先に言わないから招待状を送ってしまったんでしょう?それも“計算の内“ですか?」
「ばれましたか……」
「アリスが何年あなたとこうしているとお思いですか?」
「俺はさ、コソコソ隠れて結婚するんじゃなくて、お前が精霊であろうがなかろうが堂々と俺の妻だと全ての人に見せてやりたかったんだよ」
「私は……ご主人様と結婚できれば誰に知られること無くても、それで構いませんのに……私はご主人様がそんな事をして国中の笑いものになる方が嫌です」
「誰に笑われるって?もし国中のものが君を妻にした事で笑うというのならば、俺は魔王にでもなって、そんな国は滅ぼしてやるさ」
「冗談でしょう?」
「いいや、本気さ」
アリスは俺を見つめ、俺の胸に抱きつくように顔を伏せる。
「アリスは幸せものです」
俺の胸を暖かいものが濡らし、アリスが泣いていることが分かる。
俺は優しく彼女を抱きしめ、頭を撫でてやる。
黒いネコミミが俺の愛撫と共に動き、気持ちよさそうにしていると思ったら、アリスは俺の上で寝息を立てていた。
俺はアリスをそっと横に寝かし、シーツをかけてやる。
「明日……か」
アリスの寝息を聞いていると俺もいつの間にか眠りに落ちていた。




