一時の休息
チリン
「平和が一番!」
体を伸ばして空に向かって両手を突き出し、俺は背筋を伸ばす。
「そもそも俺は前世は兎も角、今世は頭脳派なんだよな~。
それなのに最近は戦いばっかり、本当疲れた。
それに……もう、なんか力技の戦闘って厨二病というか、子供っぽいというか……。
できれば頭脳戦したいよな~。次生まれ変わるなら三国志の時代とかいいかもな~」
と馬鹿なことを考える。
俺はかなり気が緩んでいた。
チリン
「あれ?それにしたって何で俺はこんな荒野の真ん中にいるんだっけ?」
天気はいいし、風も涼しい。まったく持っていい気分だが。
チリン
「それにさっきから聴こえるこの鈴の音のようなものはなんだ?」
チリン
「本当に相当気が緩んでるわね。
でも、そのおかげでやっとあなたと逢えたわ」
俺は振り向く。気配は無かった。
いや、見渡した時にそこには誰もいなかったはず。
そこには淑女はこうあるべきと思われるような貴婦人が鈴の付いた傘と仔鹿のステッカーの貼ったボストンバックを片手に立っていた。
「ハロー、ジローくん」
懐かしい名前で俺を呼ぶ。
「あなたは?」
俺の記憶にはないが金髪の美しい女性。どことなく俺の母、メイリーンに似ている。
黄金の歌姫といわれた美女。天使のような微笑。
「私は神の使い…」
「ああ、皆まで言うな、まさかこのパターンはもしかして……おいおい今さらかよ。15年…。
15年だぞ!今さらここは夢の中で、おまえは神の使いで「あなたに魔王を倒す為に転生してもらった」とか言う気か!」
彼女はボストンバックを横に置くと傘を閉じ、淑女とはかけ離れた艶かしいポーズで生足を見せながら足を高らかに組んでその上に座る。
「え~と、何を勘違いしてるか知らないけど、わたしが言う神様はあなたがこの星に来た事にも魔王なんて呼ばれている陳腐なものにも興味はないわ」
「え?」
『あれ?違うのか。さっきまでつい転生の事を考えていたので勘違いした。夢の中の思考というのは何故こうも纏まらないんだろう』
「神はね、そんなに暇ではないの。星が一つ消えようが、宇宙が一つ消えようが、興味はないのよ。
たかが一つ。数多ある多次元宇宙の一つがどうなろうとそれはそういう運命だったってことよ」
「じゃあなんで俺の夢なんかに……、っていうか神っているんだ……ああ、まさしくこれは夢か」
「違うわよ、ここは夢であって夢でない世界。
私がその為だけに創り出したもう一つの世界よ」
「わざわざ?」
「そう、わざわざ」
「何の為にそんな無駄なことをする?用があるなら俺のところに来ればいいじゃないか、茶ぐらいだすよ?」
「行っても良いけど、その星が無くなってもいいの?」
「何!?」
「ん~何か勘違いしているようだけど、私はあなたが思っている“神の民”や““天の民”とかじゃなくて本当の意味での高次元の神の使い。
その中でも上位に位置する私が顕現するってことはそういうことよ。
私達は肉体を持たない高エネルギー体。
私くらいになると押さえても超新星どころではないエネルギーの奔流がその星に降りることになるわよ。いいの?」
「先程からの敬語も使わない会話すいませんでした~」
俺は頭を下げる。
「分かればよろしい。
それよりそろそろ本題に入ってもいいかしら?」
「なんなりと」
「私が今日ここに来たのは他でもなくリーン、いえアキラの事なの」
「分からないんですが」
「何?」
「いえ、リーンの名前が出て何故そこで懐かしいアキラなんて名前に言い換えるんですか?」
「呆れた……」
「?」
「あなたまだ気が付いてなかったの!?30話以上たっているのよ!?」
「30話?」
「あなたの妹リーンは前の世界のあなたの幼馴染みにして婚約者のアキラだって言っているのよ」
「はい?」
寝耳に水とはこのことだ
「それって・・・まさかリーンがアキラの生まれ変わりだと!?」
前の世界に行った時も俺は考えないようにして事がある。
15年もの間向こうに行く手立ては無かったし、今更考えてもどうにもならない。
もう向こうの世界で日本は悪魔の侵略を受けて、滅ぼされてから15年にもなっていた。
知っているもの達が生きている確率はそれこそ低い。
いや、無いといっていいだろう。
俺が向こうの世界に行って悪魔に支配された地に単身で助けに向かっても、それはいもしない人間を救う為のただの自殺だった。
だから俺は彼女、光路アキラの事を考えないようにしていた。
どうやって死んだか、など……。
「彼女と君の元の体が交わした契約のことなんだけど……」
「ああ、それは知っているよ。俺の分身が過去に戻って観て来たから」
「あら、そう。じゃあそれによってどんな効果があるのか知っているの?」
「効果……えっ?あれ?待てよアキラが生きているなら……。
え?効果?」
「いろいろと考えているみたいね。
とりあえず約束、いえ契約は何?」
「俺が聞いたのはほんの些細な約束……。
そう、俺はクッキーを貰う為にアキラと約束をした。
『10年後、俺はアキラの一生の下僕になる』と」
冗談のつもりだったのだ……。
「そう、それで彼女は了承して、彼女の力も知らずに契約をしてしまった。そこまではいい?」
「ああ」
「でも彼女との契約はね。彼女の一生の下僕となる。彼女にはおよそ寿命というものがないのよ?そんな事を唯の人間がすればどうなると思う?」
「寿命が無い!?」
「そう、あの子は私の姪にあたる存在。つまり本当の意味での神の眷属。彼女は死んでも必ず何処かに転生する。
そんな者と共に生きると契約したら人間のあなたは彼女の力によってどうなると思うの?
当然、不老不死となるわよね。
だからあなたの元の体は死に掛けているのよ。
人間としては一度死んで、そして人とは違う不老不死の別の生き物として蘇り、彼女と共に生きる為にね……」
「結婚……じゃないのか」
俺は勘違いをしていた。
20歳を過ぎても彼女がそのことを忘れずにいるので、彼女との約束がいつの間にか結婚する事だと思い、それが契約だと思っていた。
だけど彼女は死んだ。その契約は果たせない。
だからあの魔王の身体は契約を果たせずに死ぬしかないのだと思っていた。
だけどリーンがアキラなら話は変ってくる。
彼女の悪魔に対する意識が変って来ている今、もし魔王と(無理だろうけど)結婚したなら、魔王の呪いは解ける。
リーンがアキラだと聞いて、先程そう考えていた。
でも、
「一生の下僕……共に生きる……」
不老不死は良いとして、下僕になる等それをお互いに了承することがありえるのだろうか……。
「ハアッ、もう勘弁してよ。何でこんなに解けないような問題ばかりを俺に押し付けるんだよ。神様ってのが本当にいるんなら何とかしてくれよ!」
俺はガックリとうなだれる。
「それは無理ね。神様はおもしろがっているから」
彼女はそういって笑う。
「本当にあなたってこの世界での特異点よね」
「特異点?」
「ねえ、話は変るけど。
どう?私としてみない?ここなら誰もいないわよ?」
「何をですか?」
「何をって、ナ・ニ・ヲ」
彼女は俺と自分を交互に指刺す。
なんかこのシチュエーション何処かで観たような……。
「魅力的なお誘いですが遠慮しておきます。
流石に元、とはいえ婚約者の叔母に手を出すなんてそんなことをすればバレた時にどんな修羅場になるか……」
「あら、もう結構な修羅場は一杯経験してるんじゃないの?この間のことだって……」
「一体何処から見てるんですか!?」
「ふふっ、まあいいわ。あなたとの子供ならおもしろいものになるんじゃないかと思っただけよ。
じゃあね。姪のこと宜しく頼んだわよ」
彼女は傘を開き、鞄を持って立ち去ろうとする。
チリン
鈴の音が鳴る。
「あ、待ってくれ!名前!
俺はあなたの名前を聞いてなかった」
「あれ?言ってなかったっけ?
私はウィンディ、イホ・ウィンディよ」
チリン
俺は目が覚める。
いつもの自分の部屋。
横にはアリスとアニーが静かな寝息を立てている。
『アキラが神の眷属。だからなのか当時、肉体年齢が17くらいから変わらなかった。もしかしたら殺されて転生するまではあのままだったのかもしれない。
不老だが、不死ではない。
あの時のアキラとの約束。指切り。契約。
君も死んで転生していたのか……俺の妹として……』
「俺は明日からどうやって接すればいいんだ……」
『まったくだな』
俺の頭に念話が響く。
『黒龍か……。お前も見たのか?』
『ああ、きっと皆も一様に同じものを見ていたんだろうよ』
『そうか……すごい能力だな。
それにしても、お前なんだよあの血は、そして魔法は』
『ん?お芝居のことか?血はただ口の中に血袋入れただけのもの、魔法は観て覚えたんだが?』
『わざとだろう?あれ。完全に誤解してるぞ!俺はただ彼女らを安全なところに逃がしただけなのに、 まあ結局天騎兵が来て総力戦になってしまうし……まさか止まった時間の中を追いかけてくるなんてな……』
『結果良ければ全て良し。だろう?それにしょうがないさ、向こうも、今ゲートを開かれてもどうにもならん』
『まあ…な。こちらは1体だが。向こうは1000体は来たんだっけ?』
『1万だな。あれじゃ魔王軍は生き残っていてもボロボロだな。下手にゲートを開けるとこちらにも雪崩れ込んでくる。
まあ、向こうは魔王が何とかするにしても、軍を編成しなおすのに後5年は掛かるだろうな』
『当初の予定通りか……』
『ああ、彼女らにそれを知らせたら、どうにかして戻ろうとするだろうが……何人かは確実に捕まるか死ぬことになる。あれでいいのさ』
『ああ……まあ過ぎたことだしな。
それよりリーンだ。彼女と明日から俺はどうやって接すればいい?』
『知らんよ。それはお前の仕事だ』
そう言って笑い声と共に黒龍の念話が途切れる。
「おい!クッそ、卑怯者め」
「ん~ご主人様?どうしたんですか?」
「ああ、起こしてしまったか。なんでもない」
「そうですか?」
彼女は寝ぼけたままそう言って、再び眠りに落ちる。
「俺も寝よう」
明日は明日の風が吹く。
俺はもう考えるのをやめた。
――――――――――――――
次の日、朝。
朝食を用意する俺の屋敷のメイド達。
彼女らは少し怯えている。
俺の屋敷には新しい扉が一つ作られた。
その扉は俺とセーレで作り出した魔法の扉。
扉は魔王城へと繋がっていた。
「朝からスープにパンかよ~。肉もって来てよ肉~」
「アム、お行儀が悪いわよ。人間達が怯えているでしょう」
「そうだぞ、アム。私は姉として恥ずかしい。
マナーは大事だ。悪魔として恥ずかしい姿を人間に見せるな」
「そうだよ~。それに肉って、まるで僕らがお肉ばっか食べてるみたいじゃないか!」
「そうそう、ブネはお肉よりもお魚が好きだしね」
皆が一様にそろい、この屋敷の主人である俺が奥の席。
長い机にそって左にセーレ、アム、シズク。右にアニー、ブネが座って朝食を取っている。
アニーはもうなし崩しに元の鞘に戻ったようだ。
アリスはいいというのに、まだメイド服のままで給仕係等をしている。
正面にはリーンが座るはずだが、まだ起きてきていない。
「なんであたしばっか攻めるんだよ~。いいじゃんか、肉好きなんだから!肉~肉~」
駄々っ子のように暴れ出す。
俺は仕方が無いのでメイドに肉料理を頼む。
「すぐ持って来させるからちょっと待て」
俺はアムに言う。
「どうぞ」
まるでそうなることを見越していたかのようにアリスがアムの前にお皿に乗った肉料理を出す。
喜んで食べ始めるアムネジア。
「助かったよ。アリス」
「いえ、いつもの事ですから」
俺は一旦間を置き話し出す。
「食事が終わったら、全員に話がある」
「何々?」
今度はブネか……。
「ブネ、食事が終わってからといったでしょう?
食べながら話すのはお行儀が悪いのよ」
セーレが諌める。
「プッ、ククク」
俺は思わずセーレを見て笑ってしまう。
「何ですか?」
「いや、ゴメン食事中に。ついここが大家族の食卓で、お前の位置や言ってることが母さんに思えてな」
「本当に。ご主人様の右隣に座るのは奥様ですからね」
アリスが嫌味を言ってくる。
「怒るなよ」
「別に怒ってません。私はメ・イ・ドですから」
と言って水を汲みに行ってしまう。
『完全に怒ってるなあれは。後で言い訳しないとな』
横を見ると、セーレが何故か顔を真っ赤にしながらうつむいている。
「どうした?食べないのか?」
「いっ、いいっいただきますわ」
何故どもりまくる。セーレらしくないな。
『まさか怒っているのか?魔王城ではいつも座る席は俺が座っている家長の席だったしな。それとも、ひょっとして……照れてる?』
俺はそれ以上喋るのもマナーが悪いので黙して食事をした。
食後、全員を居間に集める。
後から起きてきたリーンにアリスも呼んでいる。
俺はまだ朝からリーンと目を合わせずらいのもあり、会話も碌にしていない。
「騒ぎを起こしていたお前達のほとぼりを冷ます、というわけではないが、しばらく俺達は大陸を離れて南の島で過ごそうと思うんだが、どうだ?ここじゃあ、皆が怯えているしな」
俺はセーレ達を見て話す。
「南の島……楽園……わたし行っきます!」
何故か悪魔を嫌っているはずの、当然一番に「こいつらとなんか行くわけないでしょう」と言う可能性を考えていたリーンが乗り出してくる。
「そっ、そうか。アリスは当然来るとして、肝心のお前らはどうだ?セーレ」
俺は一応魔人達のトップのセーレに聞く。
「いいでしょう。本来日のあたる場所など私達は行った事が無いので始めての経験ですね」
「やったー!僕らはセーレがいいなら他のものは問題……あっ、シズクは?」
「私はセーレ様や、アムが行くならどこでも……」
「決まりだね!お兄ちゃん!」
「だな、良しそうと決まれば明日から南の島のバカンスだ!」
「「「オー!」」」
約3人の子供がはしゃぐ。
もちろん、リーン、アニー、アムだ。ブネではない。
話が終わり皆がそれぞれの居場所に帰っていく。
居間に残された俺とアリス。
「ところでご主人様?」
「なんだ?」
「南の島に行くのはいのですけど、セーレ様たちが人間と諍いにでもなったら大変なのでは?
言いたくないのですけど開放的になった人間の貴族のお坊ちゃんとかも結構あそこには来ているから……」
「確かにな。ってそれ俺のことじゃないよな?」
俺は冗談を交えつつ会話を続ける。
「その点は大丈夫だ。考えてある」
「そう、まあご主人様なら抜かりは無いと思いますけど」
アリスは納得したのか俺を置いて仕事に戻っていく。
「いい加減メイドを辞めないのかな?まあ、個人的にはメイド姿をやめて欲しくはないが……そう個人的にね!」
何故か力拳を握る俺であった。




