悪魔と天使
話は2週間程前に遡る。
アリスの月が一つの白い隕石を捉えた。
隕石自体は珍しいものではない。
しかしこの白い隕石は、大きさ的には大気圏で燃え尽きる程なのにそれを超え、あまつさえ地表付近で翼を広げて減速をし、姿を消すという隕石だった。
そんなものはありえない。
姿を消した頭の無い天使の形をしたものの動向を俺は各国要人に頼み込み、捜索させていたのだ。
「天騎兵がなぜここに!?
ニー、説明なさい!」
「俺だって詳しいことは知らないよ!
だが、あれがお前達の天敵だってことは分かるさ!」
『そもそも隠れてこそこそする奴にろくな奴はいない』(注1)
俺達が話をしている間にも天騎兵と呼ばれたそれは白い両腕を俺達に向かって伸ばす。
左右の五本の指が俺達に向かって伸びてくる。
唯の指かと思われたそれは小さな腕の集合体のようで、幾つもの手を伸ばし、俺達を捕まえようとする。
「なんだよこれ!」
ヤグトルシンに乗るアムネジアは迫り来る白い腕を赤い稲妻を放ち、取り出した剣で切り落とす。
俺はセーレとその場を後退し、迫り来る腕の範囲から逃れる。
ブネは巨人よりも大きい熊のヌイグルミを召喚し、その腕を押さえ、シズクはその白い手の全てを切り落としている。
アニーはブネの背後にジャンケルを隠す。
「チョット、アニー!この裏切り者!ブネの後ろに隠れてないであなたも僕出して防ぎなさいよ!」
「あ、しまった。ついいつものクセでブネの側に来ちゃった。
でも僕は今、異空間で全て修理中で使えないんだよ!」
「全てって…10万体全て?」
「うん」
「あなた一体どんな化け物と戦ったのよ!?」
リーンは空高く羽ばたき後退し、俺達の側に来る。
俺はあらためて敵の姿を見て驚愕する。
「なんだ、あの捕まっている人間達は……」
そう、天使の腹、内臓が本来ある場所には半透明の袋のようなものがいくつも垂れ下がり、その中には人の姿が見える。
「いや、あれは人というより、悪魔達か?」
人の姿を取っているが、皆一様に人とは違う姿をしている。あるものは角を生やし、あるものは三つ目、性別も様々で女子供の姿も見える。
「セーレ、あれは何だ!何故悪魔達が捕まっている!」
「彼らは魔王についてこれなかった力の弱い悪魔達。人に化け、人里離れた所でひっそりと暮らすものや、あるいはシズクの様な混ざり物(ハーフ)ね」
セーレは俺の問いには答えながら、錫杖を振り上げると呪文を唱え始める。
「鏡の世界より来たれ!
【鏡面月下】」
天使の周りに幾つもの丸い鏡の様なものが出現し、そこからクリスタルの刃が現れて天使を突き刺そうとする。
しかし現れたクリスタルの刃は体を覆うように広げられた天使の翼に阻まれて逆に砕け散る。
「やめろ、セーレ!何を考えている!お前達の仲間だろうが!」
「ああなってはもう遅いのよ!
捕まっているものの体に刺さっている、天使に繋がる銛みたいなものが見える?」
アマテラスのモニターを拡大して確認すると、確かに捕まっている者達の体には一様に槍の様な物が生えている。
「ああ」
「あれに襲われて捕らえられると、体にあれを刺し込まれ者の体と融合するの。
無理に抜くと死に、もし抜けたとしても膨らんだ風船にストローを刺したようにあの銛の刺された痕から魔力が一瞬で抜けて死んでしまうの。
彼らを助ける方法はもうないわ!」
『何か方法は無いのか』
「わたしがやってみる!」
「リーン!」
そういうが早いかリーンは白い腕の指をかいくぐり天使に近づく。
【私がすべての法律空間】
空は蛍光ピンクのような雲に覆われ、足元の湖は一面の色とりどりのビーズで埋め尽くされる。
『これは、俺の絶対王の空間と同じものか!』
この異様な空間に引きずりこまれても、怯むことなくリーンに襲いかかる天騎兵。
「止まりなさい!そしてその人達を解放しなさい!」
命令等してもそもそもあれに生物としての意思があるのか怪しい、いやそれ以前に弱っているわけでもない強力な力を持つ天騎兵は止まる様子も無い。
リーンは巨大な拳の形に変形した翼によって打ちのめされ、地面に叩きつけられる。
「ウッ、なぜ!?」
「リーン、空間を解け!この力は捕らえられている者達の恐怖を実体化するぞ!」
アンブロシウスの意思により、リーンは慌てて魔法を解くが時既に遅く、天騎兵の体から先程の白く神々しい光ではなく、どす黒く濁ったおぞましい光が漏れ始める。
その光はやがて実体を伴い、黄泉の生き物かと思われる巨大な蛆のような生物が天騎兵の体から湧き上がり、その姿をより大きく醜悪なものに変える。
「うっそ!?」
リーンは半分悲鳴のような声を上げながら後退してくる。
『どうするよ、俺!』
アンブロシウスは自問自答する。
攻撃を躱し続けるにも限界がある。
かといって皆で全力で攻撃すれば確実に捕まっているもの達は死ぬ。
「考えるまでも無いわ!叩き潰さなければ私達が殺される!」
セーレが叫ぶ。
天使だったものの体は膨れ上がり、増殖し続ける黒い蛆虫と一体となって今やもう原形をとどめない腐臭漂う翼を生やした化け物の様な姿なってきている。
『あんなになったのはわたしの責任。わたしがなんとかしないと』
リーンは意を決する。
その時、リーンの乗る機体ルーンフォルツがリーンに語りかけてくる。
「…その手があったか。
兄様!私のルーンフォルツができるって!
あいつに張り付いて捕まっている彼らを守るからその間にあいつを倒して!
あいつが倒れたらわたしはその瞬間に魔法で彼らの時を止めるから!」
「成程、それなら行けるかもな。でも本当に大丈夫か?俺達の攻撃にお前の機体で耐えられるのか?」
「それ以前の問題よ。あなたは先程から見るその光の翼といい、天の一族でしょう?
何故悪魔である私達を助けようとするの?」
セーレが俺達の会話に割り込み疑問を投げかける。
ルーンフォルツが翼を広げ飛翔する。
「わたしにだって、分かんないわよ!」
しかしリーンは捕らえられていものに近づこうにも、翼と指の腕そして巨大な蛆が邪魔をして一向に近づけないでいる。
「全てのものを喰らえ、
【黄泉の金字塔】」
今まで何処に居たのか、一人だけ巨人に乗っていない竜神族の仮面を被った男がリーンに襲い掛かる指の腕の一つを、巨人にも乗らずに巨大な黒い闇の次元の塊で消し飛ばす。
男の仮面の下から血が滴る。
「行け!」
男はリーンに援護する意思を示す。
『この声…どこかで聞いた事のある。懐かしい声』
思い出している暇もなくリーンはルーンフォルツの中で頷き、天騎兵に向かう。
再び別の触手がリーンの乗るルーンフォルツを掴もうと襲い掛かる。
「しゃ~ね~な。
【雷撃紅波】」
巨大な紅の雷の様な一撃がリーンを捕まえようとしていた指の腕を消し飛ばす。(注2)
「あたいも、手伝うよ!」
アムネジアが何を思ったのかリーンの援護を申し出る。
「まあ、妹ばかりに格好をつけられるのも癪ですしね。
秘剣、
【大蛇薙ぎ】」
何時の間にか天使の横に移動していたシズクが、モーゲンルードの長剣を振るい、天使の右翼よ斬り飛ばす。
グオオオオオオオオ
何処に口があるのか分からない天使から確かに怒りの声のよなものが上がる。
「じゃあ僕と」「ブネも」
アニーとブネは二人で魔法を唱える。
「星空より舞い落ちろ」「夜の街で踊れ」
【【玩具の協奏曲】】
オレンジ色の星が瞬き、天の川のように天使の周りにその橋を架け、その上を滑るようにブネの人形達が踊りながら突撃する。
それにより複数の指の根元に当たる左腕が吹き飛ぶ。
セーレは震えていた。
天使を見て怯えたのではない。
マスクの下から血……黒髪の男、そしてあの技。
「あなたは、いえあなた様はもしかして、ディ『黙れ!』」
セーレは堪らずマスクをした男の名前を叫ぼうとするが、その男からの念話と思われる言葉で沈黙させらされてしまう。
マスクをした男がセーレの機体フィーリーンを睨み、指を立てて振る。
『我のことは黙っておけ。それよりも今はあの憎っくき天使の先兵を破壊する方が先だ』
『なんと言うことだろう、私はあの方がこんな側にいて気がつかなかった。何故かは知らないがあの方は自らの意志でここに居り、戦っている。
ならば、私も全力で戦わねば!』
セーレはフーリーンを駆り、錫杖を掲げる。
「次元の鏡よ、
【狂いし時の鏡】」
天使の横にそれを超える巨大な鏡が現れ、その鏡には巨大なフーリーンが映し出されている。
鏡の中のフーリーンが錫上を掲げ、振り下ろす。
鏡から巨大な錫上が飛び出してきて振り下ろされ、天使の左翼が千切れ飛び、天使は両方の翼を無くしてしまう。
最大の攻撃と防御を誇った翼を失ったことで天使の懐へ飛び込みやすくなったリーンは、残った捕獲用の指の腕をんんとか躱し、天使の腹、囚われた悪魔達の元にたどり着く。
ルーンフォルツの翼を展開し、天使の腹を覆うリーン。
「今よ、兄様!」
「やるぞ!仮面の男、え~とD!」
アンブロシウスはセーレが叫びかけた名前を受け継いで仮面の男と長くて呼びにくいので即興でディーと命名する。
「お前こそしくじるな!」
「分かっている」
「闇よ我が名の元にここに集え!」
「真理の扉よ開け!」
【魔王の深淵】
【聖戦の宝刀】
アンブロシウスの巨大な剣の形をしたエネルギーの一撃が天使の上半身を、ディーの巨大な闇のエネルギーの砲撃が天使の下半身をそれぞれチリ一つ残さず破壊し、リーンはそのタイミングで持って【私がすべての法律空間】を発動。
自分とルーンフォルツ、そして捕まった悪魔達を抱えたまま別の次元に消える。
『後は上手くやってくれるだろう』
アンブロシウスは悪魔を憎み続けていた妹が、自分から悪魔達を助けるといったその行動を信じることにした。
戦いの痕も激しい空間を閉じる。
アンブロシウス達は元の聖都、メサイアに戻ってきた。
巨人より降り立つアンブロシウスとアリスの元に、アルブム、ティア、シンが駆けつけてくる。
「ご命令通りに街の住民は予め脱出完了しております」「捜索より漏れて残った住民は現在捜索中でございます」「聖都を取り囲むように我らの軍の兵の配備完了いたしました」
各々が状況を俺に報告する。
エルフ、獣人、ドワーフ達の手を借り、多種族連合の名を少しばかり借りて住民達の避難を事前にさせていたおかげでセーレ達による聖都の人的被害は最小限にとどまっていた。
「ご苦労。シンところでヘルズはどうしている?」
「それが……」
シンの話によると目を離した隙にヘルズはその姿を消してしまったという。
行方は全く不明。
これ以降、俺がヘルズに会うことは永遠に無かった。
同じく巨人から降り立った魔人達はセーレを筆頭に仮面の男ディーの側に立つ。
仮面の男はセーレを見つめると何やらあいづちを打ち、一瞬だけシズクを見るとこちらを振り向きもせずに転移して消えてしまった。
辺りに一瞬の静寂が訪れる。
「ねえ、あれ」
その静寂を打ち破ってブネがセーレの袖を引っ張り、空を指差す。
セーレはブネの指し示す方向を見る。
次の瞬間、セーレはアンブロシウスを振り向き、慌てて自分の口を押さえる。
「嘘つき!」もうちょっとでセーレは駄々を捏ねる小娘のようなセリフを言ってしまうところだった。
セーレ達が見た空にある昼の月は、あの空間に行った時と同じ位置。
つまり月は全然動いてはいなかったのである。
今からでも魔法陣を完成させればゲートは開く。
セーレ達が誘われたあの世界は本当に時の止まった空間だったのだ。
セーレは一人考える。
何故目の前にいる男は私にあんなことを言ったのか。
“時間稼ぎ”それはきっとアニーが来るのを待っている時間(止まっている空間で待っている時間というのもおかしいのだけれど)ことだったのだろう。それはいい。
確かにそれで私は勘違いし、あの空間から脱出しようとしてしまったのだが……おかげでもう少しであの方が居られる戦いの場から逃げるところだった。
それを考えると背筋が寒くなる。
だが問題は『どうせ今から戻ったところで間に合わないさ。次の満月までお前達はゲートを開けない』というあのセリフ。
あのセリフで一瞬、私が怒りで我を忘れ攻撃しようとしなければ私はあの空間から脱出してしまっていた。
もしそんなことをすれば通常の時空間に戻った私は二度とあの止まった空間に戻ることは出来ない。
なら何故あの男は普通に言い訳をしなかった?
「時間が止まっているのは嘘じゃない!俺を信じろ!」と。
そこでセーレはハッ気がつく。
『わざと!?』
もしあの場であの男がその様なセリフを言ったなら私は信じたか?いや信じまい。
きっと無視してゲートをくぐってしまっていたに違いない。
恐ろしい……今から考えればこの私がまるであの男の手の平で踊らされているかのように、行動を読まれてしまっている。
なんという智謀、いやそれとも神算というべきか。
あらためてアンブロシウスを見つめるセーレ。
アンブロシウスがこちらを振り向き何故か意味も無く微笑みかけてくる。
セーレは自分の頬が赤くなり、鼓動が早くなるのを感じる。
『何?悪魔の私が風邪でも引いたのかしら?』
「??」
分からないといったそぶりで頭を悩ませるセーレ。
「どうするセーレ?大会の続きをするかい?月はまだ真上には来ていないぜ」
「わ、私達の負けでいいわよ!」
何とか平常心を心がけるが、セーレは何故かどもってしまう。
「え?いいのか?」
「アムは負け、ブネは私が途中で試合放棄させた。それに……私はあなたに負けたんだから仕方ないでしょう!」
実はそれだけではない。
先程仮面の男ディーが去る前に念話でセーレに言った言葉……『ゲートはもういい。我はこの数日で魔力を回復させた。開こうと思えばいつでも開ける。それよりも常にあの男の側にいて、あの男から契約のことを聞き出せ』。
ここで我を張ってゲートを開かねばならない意味はもう存在しない。
「君が俺に?」
分からないという様子でアンブロシウスは首をかしげる。
アリスはその様子を見ながら耳をピクピクさせ、アンブロシウスの近づき、ハイヒールの踵で思い切り足を踏みつける。
「痛ってーーーー!なんだよ、アリス!突然!」
「知りません!」
アンブロシウスの前で頬を赤くしているセーレと、それに何故そうなっているか気がつかない自分の婚約者にしてご主人様を横目に、アリスはそっぽを向く。
こうして聖都における俺と悪魔、いや天使との戦いは幕を閉じた。
アンブロシウスは思い出す。まだやることが有った。
「セーレ、魔王の血をもらえるか?」
「いいですけど、何をされるの?」
そう言いながら差し出すセーレから俺は血を受け取る。
聖都には今住民は避難している。
俺は構わず聖都の真ん中、大地に大きな穴を開ける。
そして迷わず血の入ったビンを掘り込む。
「「「「あっ」」」」
4人のシズクを除く魔人達がそろって声を上げる。
大地がうねりを上げ、今まで魔人達が仕掛けてきた大きな穴を結ぶ様に大地に光が走る。
それは上空から見れば世界の半分を覆うほどの魔法陣。
「アリス!」
「はい。月よ!」
アリスの命により、上空にある本当の月と重なるようにアリスの分身の月が移動する。
強大な魔力の奔流が魔法陣により、上空にある月に向かって放たれる。
だがそれはこの星の監視惑星であり、ゲートである月ではなく、アリスの分身である月が受け取る。
月はその魔力を受け、その形を変え始める。
月は質量を増やしながら横に伸びて行き、とうとうそれはこの星、天地星を一周する指輪の様な形になり、星を包む。
「あれは……何ですの?」
問いかけてくるセーレに俺は答える。
「ソロモンリング。
悪いがお前達が作ったゲートを開く魔力を使ってこの星の防衛システムを作らせて貰った。
あれは星の全てを監視し、もしこの星に隕石のような外敵が侵入しようとしても防ぐ為の結界システムも備えている」
セーレの手が、心が震える。
『なんて事を思いつき、なんて事を実行するのこの男は!?考え付きもしなかった。こんな未開の星で、その星を守る為の防衛システムまで構築するなんて……』
「……呆れた、あなたは一体何者なの?」
「俺か?そう言えばお前達にはまだ本名を名乗っていなかったな。
俺はアンブロシウス、アンブロシウス・マキシス当年とって15歳だ!」
(注1)
当然自分も含めて言っています。
(注2)
剣を取り出したときもそうですが、この雷は魔力の塊がアムネジアの持つ属性を帯びたものであり、風の精霊魔法ではありません。




