姫とアリス
ヘルズの計画は大きく狂った。
「もう、止めることも出来ないのか」
自分の力を持ってして魔人一体を刺し違えてでも止めてみせる、と言いたい所だが、巨人に乗った魔人2体が聖都上空を飛び交い、青い巨人が水の魔法、緑の巨人が風の魔法を放ち、一撃の元に数キロに渡って聖都が崩壊していく様を見るに、もうどうにも出来ないことを知る。
せめて巨人に乗らず、1対1で戦ってくれれば何とかなるかもしれないものを、と思ってみてもそれは叶わぬ夢。
聖都、いや教国は滅びる。呆然と佇むしかない。
余程気を抜いていたのだろう、突然に横合いから来た蹴りにも対処できず、無様に頭に蹴りを入れられ転がってしまう。
「何!?」
そこにはアンブロシウスがいた。
「この馬鹿が!何呆けてやがる!」
「何故あなたがここに、確か地下牢に……」
「俺のことはいいんだよ。
あのな、お前、悪魔と取引するまではいいさ。
それぐらい見逃してやるよ。
でもやり方が不味い」
「やり方?」
突然現れて悪魔と取引することはいいと言う。
「お前がしてるような自分の計画の為と、上辺だけの取引では悪魔と交渉なんかできないって言ってるんだよ。
相手は人間じゃないんだぞ?そんな口だけの交渉が何の役に立つ。
ご機嫌取りでもしたほうがまだいくらかましだ。
いいか、悪魔と交渉したければ悪魔が何に怒り、何を喜ぶのか見極めなければダメなんだよ。
でないと今みたいに易が無くなったら直ぐに力技でこられるに決まってるだろうが。
例えばだ、魔人セーレの最近のお気に入りはカフェラテだ!」
「はっ?お茶??」
『何を言ってるのだこの男は。悪魔がお茶などでどうにかなるはずが無いだろうが!』
ヘルズの心の声を知ってか知らずか、アンブロシウスは構わず話し続ける。
「高級なお茶のセットか豆でもやれば喜ぶし。
最近はまって読んでいる本は推理小説だ。
それに新しい魔法の知識でも喜ぶな。
あれで結構精神的な意味で潔癖性でな、お前のように口先だけの小ざかしいことをする奴が大嫌いだ。
魔人ジニーは可愛いものが大好きだ
人形とお揃いの服を喜ぶし、熊やウサギなど動物の可愛い人形もいいな。
嫌いなものは服の濡れる雨の日やゴミだらけの不衛生な場所や部屋。
アムネジアの部屋には近づきもしないな。
魔人アムネジアは戦闘好きだが、何故か漫画が大好きでバトル漫画には目が無い、が最近は少女マンガにもはまっている。
武器も収集していて、魔剣なども大好きだ。
新しい迷宮の情報でも喜ぶな。
嫌いなものはニンジンやピーマンと食べ物が多いな。
魔人アニーはまあプラモやフィギアが大好きだな。
嫌いなことは自分の趣味を馬鹿にされることかな」
「あなたはなぜそんな事を……」
魔人達とまるで仲良く暮らしていたかのような情報をスラスラと述べるアンブロシウスに、ヘルズは一体何処からその様な情報を得たのか興味を持つ。
「情報源は秘密だ。
それよりもそういう情報を手に入れても、もし本当に奴らと交渉したいなら、自分の身が安全な場所から上辺だけの付き合いなどせずに、奴らの懐に深く入り込まなきゃな」
「悪魔の懐にですか?」
「ああ、そうだ。
いいか、お前は自分の身を汚さずして上手く立ち回ろうとした。
だがな、俺にいわせれば「自分の身を犠牲にせずして利を得るな!」ってことだ。
悪魔と取引するならなら覚悟しなけりゃな。
例えそれが端から見たらどんなに馬鹿にされるようなことでもな」
「う、ぐ」
言い返すことが出来ない。
実際自分は交渉に失敗している。
それに比べてこの人は悪魔の一人を寝返らせてしまっているという事実もある。
しかし騙された挙句に教国が滅びようとしている今、その格言のようなものを聞いて今更どうしろというのだ。
「仕方ない。今回だけは助けてやる。まあ妹の為、この街の人々の為でもあるしな。
だが、次は無い」
アンブロシウスはヘルズを睨み、威圧する。
「ハッ、申し訳ありません。
弟子、いえリーン様を、教国をお救いください」
ヘルズは畏まって膝を着き、頭を垂れる。
アンブロシウスは崩れた部屋の壁の前に立ち、アリスを呼ぶ。
「いくぞ、アリス」
「はい、ご主人様」
アンブロシウスの呼び声と共に何処からかアリスが現れ、側に寄り添う。
アンブロシウスとアリスは、その身を崩れた壁から宙に投げ出した。
巨大な黒い闇の塊が二人を包み、その中からアマテラスが現れる。
城の壁をバックにして落下するアマテラス。
クインドの街ではアムネジアの乗るヤグトルシンが飛び去る時、追いかけようにも追いかけられなかった。
何故ならアマテラスは空を飛ぶようには出来ていなかったからだ。
だが今は違う。
俺はアマテラスを使い、唱えた呪文を結晶化させる。
アマテラスの足元に白い呪文の文字が実体化して魔法陣が形成され、その身を落下から上昇へ転じさせる。
「憶えたぞ!」
アンブロシウスは笑うと、聖都を破壊する青と緑の巨人に向かって魔法陣に乗ったアマテラスを飛翔させるのであった。
アンブロシウスが飛び出した後、部屋に残されたヘルズの背後に一人の黒服に褐色の肌を持つ獣人が立つ。
「馬鹿なことをしたものだな。ヘルズ」
「シュバルツ、いやシン・シス」
「あの方に歯向かうなど、殺されても文句は言えんぞ」
「歯向かう?いや、まさか!?あの方は私が暗殺者を差し向けたことを知っておられるのか!?完全な未遂だったのだぞ?」
『知っているはずが無い。あの方は襲われる前に屋敷に帰宅してしまったのだから……』
「知っておられたみたいだぞ?」
愕然とするヘルズ。
「一体、あの方は何時から私のしている事に気がついておられたのだ?」
「さあ?わたしはあの方程頭が良くないからな。
途中からか、最初からか……それより、ずっと前からそうなると知っていたのか。
凡人の我々には知る術もないな」
ヘルズは力なく溜め息をつく。
「あの方こそ、本当の意味で神に選ばれたるものなのかも知れないな」
――――――――――――――
「巨人!?」
リーンは闘技場から見える街の上空に飛翔する2体の青と緑の巨人を目にして叫ぶ。
驚きの余り、二人の戦闘体制を解いた悪魔から気を逸らしてしまう。
「グッ」
衝撃と共に背中と腹部に激痛が走る。
見ると自分の腹から見慣れない黒い鉄の塊が生えていた。
いや、背後から刺し貫かれたのだ。
背後を見る。
「お前っ!?」
刺しているのはアムネジア。
赤い髪が揺れて、その間から血のような瞳がのぞいている。
「魔力を頂くよ。人間のお前からでは、回復で少しばかり減った分ぐらいしかもらえないだろうがな」
『不味い!このまま横になぎ払わらられれば胴と体が二つになってしまう!そうなると回復も出来ない!』
「あれ?何故だ?魔力を吸えない……」
一瞬の戸惑い。
その機を逃さずにリーンは槍の柄を真っ直ぐに背後にいるアムネジアに叩きつける。
数歩程後ろに後退したアムネジア。
同時にリーンは前に飛ぶ。
「ッア、グ」
なんとか胴を裂かれずに剣を抜くことが出来た。
だが傷は浅くは無い。
悪いことは続くもので、リーンの体に大きな影が落ちる。
上空を見上げると、緑の三角頭の巨人が、杖のようなものを持ち、緑の魔法陣の上に乗ってリーン達を見下ろしていた。
「手伝いなさいアム。この都、滅ぼすわよ」
緑の巨人から女性のものと思われる声が闘技場に響く。
「分かったよセーレ。今行く」
アムネジアはそう言うと赤い巨大な雷の球体に包まれ、そこから紅の巨人に乗って表れる。
「漆黒の巨人……ベイモルドの一族のものか?」
セーレは闘技場に立つ漆黒の巨人を見てそう独りごちる。
「セーレ様。私ですシズク・ベイモルドです」
「ああ、懐かしいその名前。確かベイモルド卿の娘でしたね」
「はい」
そう返答しながらシズクはセーレを向いて跪く。
「ならば問う。お前は人間の側か、それとも我らの側か」
今まで姿を見せず、ここにきて現れた悪魔の一人、シズクに問いただすセーレ。
「我らが魔王の為に」
シズクは迷わずセーレに答える。
「ならばあなたも手伝いなさい。もうじき我らが王がこの地に顕現し、人間を滅ぼすでしょう」
「ハッ!」
シズクは跪いたまま、右腕を胸の前にしてその命を受ける。
それを見てセーレは満足したのか、闘技場上空を後にする。
飛び去って行くセーレ。
その後を追うようにアムネジアのヤグトルシン、シズクが乗ったモーゲンルードがそれぞれの色の魔法陣に乗って飛び去って行く。
すでに二人の目には、リーンなどと言う力も魔力も持たぬ小娘など入ってはいなかった。
「おまたせ~、ってあれ?チョット遅かったかな?」
突然にリーンの側の空間に黒いゲートが開き、そこから翼を生やした銀色の巨人が現れる。
その手の平には今リーンに声を掛けたオレンジ色の髪をした少女、アニーが乗っていた。
「アニー!?」
リーンは腹部からの血を左手で押さえ、新陳代謝の強化と魔法で癒しながら、残った方の手で槍を構える。
「ああ、違う違う。敵じゃないよ。
僕はお兄ちゃんに言われて来たんだよ」
「兄様に?」
「うん。僕はお兄ちゃんの計画でわざと捕まって、厳重な結界のある城の地下、そこにあるこいつを盗んでリーンに持って来たんだよ。
まあ、殆どアリスが結界を剣で破壊しまくってこいつの封印を解いたんだけどね。
でも僕が操って持ってきたんだよ!」
何とか自分の手柄を褒めて欲しいというかのように胸を張って最後だけ強調して言うアニー。
アニーはリーンの側に降り立ち、槍を構えながらも戸惑うリーンの腕を取る。
「来て」といって銀色の巨人の中にアニーは二人で転移する。(注1)
「ここは?」
流石に一人乗りの巨人の中で、少女二人といえども少し狭いが、なんとか無事に転移して入る。
「動かし方は分かる?」
リーンは邪魔な槍を納め、アニーを見る。
「アニー…、何故私を助けるの?わたしはあなたに、あんな酷いことをしたのに……」
「ん?宿でのこと?別に気にしてないよ。
僕は悪魔だからね。
人間は僕らを皆そうやって嫌うからさ。
何時もの事だよ」
「……」
私の脳裏に兄様の言った言葉が浮かぶ。
『悪魔だろうが人間だろうが、信念に基づく行いが善行か悪行かであって、種族や人種による善悪なんてものは無いんだよ』
つまり、兄様はこう言いたかったのか…「お前は悪魔だからと憎むのか、それとも憎い悪魔がいるだけなのか」と……。
私は悪魔が憎い、でもアニーの事はもう憎めないかもしれない……。
ああ、心のぶれる自分が何か嫌だ。スッキリしない。
いっそ全ての悪魔が悪い奴であれば憎み続けていられたのに……。
アニーは操作の仕方など言うだけ言ってわたしの言葉も聴かずに転移して何処かに消えてしまう。
わたしは巨人に神力を流し、一つになる。
銀色の巨人ルーンフォルツの背にある石の様な翼から光が溢れ、それが銀色の巨大な翼となって闘技場一杯に広がる。
「リーン・マキシス、当年とって5歳!いろんな意味で若輩者ですが、行きます!!」
魔法陣を展開することなく、ルーンフォルツはその銀色の翼をはためかせ、その巨体は空高く舞い上がるのであった。
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時を同じくして、街の上空で暴れる青い巨人の側に、白い巨人アマテラスに乗ったアンブロシウスが近づく。
「そこまでにしろ!ブネ!」
自分の名前を人間になど名乗ることなどまずないブネは、突然現れた白い巨人が自分の名前を叫ぶことに少し戸惑いを覚える。
「あなたは誰ですか?気安くブネの名前を呼ばないでくださる?」
そう言うとブネは青い巨人のランスの様になっている(マニュピュレーターなど付いていない)巨人の両手を上空に掲げる。
そこに巨大な水で出来た輪が円錐状に重なり現れ、分裂したそれはチャクラムの様な形になってアマテラスに襲い掛かる。
空中制御にまだ慣れていないアマテラスの動作をサポートするアリスが、魔法陣から落ちないように必死に背後で操作している音が聞こえる。
俺は落下することも構わず取り合えず躱すことに専念する。
「ご主人様!それムリです!」
アリスの努力むなしくアマテラスは魔法陣から落ちて落下を始める。
落下している途中でブネの機体の側に、セーレ、アムネジア、そして見慣れぬ漆黒の巨人が合流するのが見えた。
「兄様~~~!?」
聖都の街の上空にリーンの声が響く。
銀色の翼を羽ばたかせて、リーンの巨人が落下するアマテラスの腕を掴む。
「役者はそろったな」
開け!
【封鎖されし空間】
何も無い、白い石畳だけが無限に広がる空間。
空には星も無く、ただ闇が広がるのみ。
別に大したものではない。
現実の世界で闘えば被害が甚大ではないので、戦いの為だけに創った空間だ。
空を飛んでいたはずの6体の巨人は今、白い石畳の上で向かい合って立っている。
「ここは……亜空間に創られた異世界?」
セーレは冷静に現状を分析する。
「お兄様これって(わたしの魔法に似ているけど何にもない空間)」
俺とアリスはアマテラスから白い石畳の地面に降り立つ。
「ここは時の止まった別世界。
悪いがここには精霊なんかいない。
いくら魔力を放とうが魔法は使えない。
皆降りて巨人なんかじゃなく、生身で決着をつけないか?」
「馬鹿!(敵がまだ巨人に乗っているのに自分が先に降りるなんて!)」
リーンが叫ぶ。
「愚かな……」
漆黒の巨人が俺に向かって巨大な長剣を振り下ろす。
その剣は石畳を砕き、アンブロシウスを潰したかと思われた。
「兄様!?」
「リーン心配するな。試しただけみたいだ」
漆黒の巨人の剣は俺の側数センチのところに振り下ろされていた。
「余程の馬鹿か、あるいは豪傑か。おもしろい」
シズクは巨人から降りてアンブロシウスの前に立つ。
「瞬き一つしないとは、お前はおもしろい男だな」
セーレが降り、それを見てブネとアムネジアも降りてくる。
「アリス……それに、ニー?
アムどういうことか説明を」
「あ、え~とその~」
アムネジアは自分が半分女装をしろと言ったようなものなので返答に困っている。
「分かったわ。始めから知っていたのね。ニーが男だって……」
「フッ、お前も分かっていたんだろう?」
「そうね、別に優秀でさえあればその趣味まで問わないわ」
「趣味……勘弁してくれ……」
「兄様!」
リーンも降りてきて俺の側に来る。
「本当にいいの?生身で。私達は悪魔だから別に精霊魔法が使えなくても別の固有魔法を持つのよ?
あなたは知っているのでしょう?
どちらかといえばまだ巨人達に乗って戦った方があなたたちに勝機はあるかもよ?
まあそれでも4対2だけどね」
セーレのいう事も尤もだが、目的が違う。
「俺が普通でないのは知っているだろう?
俺の妹も、そしてアリスも、それにあいつもな」
アリスが何かを言いかけるが、俺は先にもう一人を紹介する。
アマテラスの影から現れる一人の男。
現れたのは竜神族の仮面をつけた黒髪の戦士。
リーンが俺の服の袖を引っ張って尋ねてくる。
「兄様、あれ誰?知り合い?」
「な・い・しょ」
『兄様、全然可愛くないですけど……』
俺は無視して話を進める。
「時の止まったこの閉鎖空間ならお前達の作戦にも支障は無いだろう?
それに向こうの世界に戻ってやるなら、悪いが邪魔をさせてもらうしな。
それで作戦に支障が出たらマズイだろう?」
俺はセーレに問いかけるように尋ねる。
「あなたの言うことにも一理あるわね」
「なら話は早い。
丁度4対4だ。
時は武闘大会真っ最中の出来事。
お互いの戦闘の邪魔になっても面倒だからな、ここで俺達だけで武闘大会をしようぜ!
勝った方が負けた方に従う。これでどうだ?」
「いいでしょう」
この場にいる悪魔の指揮官たるセーレが承諾する。
「ブネは別にいいけど……」「あたしは構わないぜ!」「御衣」
ブネ、アムネジア、シズクも了承する。
「4対4ってご主人様…やっぱりわたしも人数に入っているのですか?」
「そりゃそうだろう。わざわざ剣を取りに行ったんだろう?」
アリスは肩を竦め、幻術で隠していた腰の夜桜を取り出す。
「本当、ご主人様に隠し事ってできないものですね」
「ハハ、“動く”からだろ。俺に隠し事がしたけりゃ“何もしない事“だな」
世界各地に繋がったファミリアーの脳内モニターはある。
しかし、昔のように管理用の脳パソを維持し続けるような無駄な魔力消費をすることは出来ない。
ただ大事なモニターだけを常に意識を向けずとも監視する簡単な方法がある。
そう、一人で監視するのではなく、動きがあったときだけ知らせてくれる簡単な行動をする俺の分身が何人かいればいい。
ただそれだけの話だ。
おかげで俺の頭の中には、ディフォルメされた俺の精神の分身がウロウロしているのでチョット邪魔な時もあるが……。(注2)
アリスはアムネジアの前に、リーンはブネと、俺の前に竜神族の仮面の男が割り込みシズクを指で手招きして挑発する。
「ほう、私の相手はお前か」
仕方なく俺はセーレの前に立つ。
アリス VS アムネジア
リーン VS ブネ
竜神族の仮面を被った男 VS シズク
アンブロシウス VS セーレ
さあ戦いの幕が斬って落とされる。
(注1)
普通転移は一人用のもので、転移術が得意なアニーしかこんな事はできません。
(注2)
アンブロシウスが創り出す分身や絶対王の空間の生物の「体(肉体)」「記憶」「魂」についてはまた後日解説させていただきます。




