黒騎士
【ユーロン王国王城】
ここは王の寝室。
ベルク王は執務を終え、部屋に灯る枕元の魔法の明かりを消し、就寝に着こうとしていた。
その時、部屋の片隅に違和感を覚え、声を出す。
「誰だ!」
「お静かに。お父様」
「お父様?」
僅かな明かりの中目を凝らすとそこには見知った顔の一人の少女が居た。
「ア、アーネッ「だからお静かにと言ったでしょう」」
ベルクは咄嗟に叫びそうな口を少女の手で押さえられる。
「生きておったのか。よくぞ帰って来てくれた」
王は目に涙を溜める。
勘当はしたものの、その消息が不明と聴き、慌てて捜索隊を組んだが着物の端切れ一つ見つけることが出来なかった。
「もう、死んだものと思っておった……。母さんも心配しておったぞ」
「お父様。正確には私は生きておりません。今は魂だけ…身体は別のところにあります」
「何?では幽霊だとでも……」
王は娘の手に触れる。暖かい……。
「幽霊なものか、こうして生きておるではないか」
「その辺りはややこしいので説明はまたいつか。
それより今日はお願いがあって参ったのです」
「お願いだと?」
「はい、宝物庫にある私の武器をお返し頂きたいのです」
「あれか……、いや、ならん。その様な武器を持って何処に行くつもりだ。それよりもまずはお前が帰ってきた祝いをしなければ」
「お父様……ダメなのです。私は……事情があって、あるお方から離れては3日と生きていられない身体なのです。
そしてその方は強大な敵と戦っているお方。
その戦いはこれから益々激しくなる……。
…だから私の武器を返して頂きたいのです。
お願いですお父様、私の武器を返してください」
「お前は……」
王は娘を見つめる。
姿は昔と変らず、記憶にあるその姿。
それだけを見て取っても話が嘘でないことがわかる。
しかし、戦で心を病んでいたその面影はそこには無く、今目の前にいるのは決意を顕にした乙女の瞳。
『恋をしたか……。あの人を斬る事しか知らなかった娘が……』
「よかろう。持って行くがいい」
「お父様」
「但し…、必ず生きて帰って来い」
「はい」
王は自分の指にはめてあった宝物庫の鍵である指輪を渡す。
「これで結界を解き、鍵を開けるがいい」
「ありがとうございます」
「しかし宝物庫まで行けるか?」
「それはご心配なく。この身体はどのような場所にでも行き来できる力を持ちますゆえ。
ただ、結界の中に入って動けなくなっては困りますのでこの鍵が必要でした。
捜しても見つからないと思ったら、鍵はこの様な形をしていたのですね」
「それが鍵だと言うことは秘密だぞ。あと、宝物庫の中から欲しいものは全部持ってゆけ」
「いえ、私の刀「夜桜」があれば十分。お気持ちだけ頂いておきます。では」
そういうと親子の別れを惜しむことも無く、彼女はその姿を消した。
「こういう所は昔と変っておらぬな」
そう言いながらも、娘が生きていたことに顔が綻ぶのを止めることが出来ないベルク・リードであった。
―――――――――――――
大会前日
俺達は今、教国の街中を歩いていた。
王国が馬車を出してくれると数日前に話は会ったのだが、いろいろと用事もあり、転移やゲートの方が早いので辞退した。
おかげで俺達は教国の側の森にゲートでやってきて、歩いて街に入ることになる。
大会が行われるのは教国首都にある湖に浮かぶ巨大な建築物。
そう、以前にドワーフやエルフ、獣人達が立てたあのステージだ。
但し大会の話だけではなく、今街は北の森が無くなったと言う話で持ちきりだ。
悪魔の仕業だと言うことらしいが、草木の生えない死の荒野となっているらしい。
俺達は噂をする街の人々の間を悠々と歩いている。
「怖い話だ。悪魔とは恐ろしいものだな」
俺は真面目な顔でその話を聴き、口にする。
「ご主人様、私は突っ込みませんよ?それはご主人様のお仕事ですから」
「えっ!?突っ込みが俺の仕事なの?」
「違うんですか?これだけ話を続けていて、まだご自分のお仕事に気がついておられなかったので?」
「俺はてっきりボケキャラなのかと……」
「そういえばご主人様は両刀使いでしたね」
「いや、アリスさんそれは別の例えだよ!?俺は女の子専門だよ!怖いよその例え!」
「そう言えばそうでしたね。ご主人様は少女がお好きでしたものね、アンブロリウス様」
「ちょっと待った~~!?アリスさん何か俺の名前に今とんでもない単語が混じってましたよ!?」
「そうですか?ロリウス様」
「露骨にそこだけ取り出した~~!?」
「さあさ、馬鹿なことを言ってないで王城の側のシード選手だけが泊まれる宿屋に向かいましょう」
「そうだよ~僕も早く宿に行ってプラモの続きを組み立てたいんだよ~」
後ろから無言で着いてきていたアニーがここに来て初めて文句を俺に言う。
流石にエンフェルミナや家族の居る屋敷に悪魔を置いてくるわけには行かず、俺は同行させている。
昨日の今日だからまだ家族にはアニーのことを話していない。
「分かった分かった。ったく」
アリスの今日の服装は流石にメイドでは目立つので、普通の服である。
この辺りは中原にある王国と違い、季節的にも少し寒いので、セピア色のファーの付いた丈の短いコートに、ブラウンの赤と黒の線の入ったミニスカートに黒いハイソックスといういでたちだ。
『メチャメチャ可愛い……。おっといかん鼻血が……』
そして、アニー。
男物の服装を何時もしているので拘りがあるのかと思ったが、別にそうでもなく。
俺が昔母親に無理やり着せられていた少女用の白いワンピースに懐かしい白に金糸のコートを着せてある。
これまた可愛い……。
『ダメだ。俺、今晩理性を保てるか自信が無い……』
そんな馬鹿なことを考えていると、目的の宿の前に着いた。
【金の子馬亭】
名前の如く金色の馬の看板が立ったホテルだ。
このホテルに各国のシード選手が纏めて留まる事になっている。
リーンもここに居るかもしれない。
そういえば昨日のこと。
髪の毛の色が白く戻った俺を見てアニーが、
「あれ!?ニー?……のご姉弟?」
「そう来たか。うん、まあ、そんな者です」
「そうだったのか~何処と無く雰囲気が似てるね」
「ありがとうございます」
つい口調がメイドになってしまう……がアニーは頭の中がプラモデルの事ばかりで気がつかなかったようだ。
晩の内に屋敷に戻って、朝早くに出てきたのだが、屋敷を出る時におかしな事を俺に聞いてくる。
「もしかしてここってリーンの屋敷?」
「そうだが…なんでお前がそれを知っている?」
「ん~チョット…ね。お兄ちゃんってここで執事でもしているの?お姉さんがメイドだし」
「いや、ん~まあそうだな。そういう事だ」
「そうか~大変だね。リーン元気にしてる?後フエルも」
「あ、ああ、多分元気にしてると思う」
「多分?」
『そう言われても俺は最近家に帰っていなかった。
リーンにも殆ど会っていない。
それにフエルって…エンフェルミナの事か?
なんでお前が俺より親しく呼んでるんだよ!?
俺なんか……俺なんか本宅に出入り禁止で会うことも出来ないってのに!」
「と、兎に角急ごう。直接は皆を驚かすから、少し歩かねばならないしな」
これ以上突っ込まれると俺の方がボロが出そうなので、その話はそれまでにしてゲートを開いた。
金の子馬亭の中に入ると、正面に左右に分かれた豪華な階段があり、白い手摺りが見える。
その左奥に受付のカウンターがあり、俺はそこに足を向ける。
「いらっしゃいませ」
落ち着いた感じの白髪のタキシード姿の老人が綺麗なお辞儀の元に俺達を出迎えてくれる。
「ああ、すまない。王国代表のアンブロシウスだ」
「アンウロシウス様ですね。ではこちらにサインを」
俺は差し出された宿帳と思われるものにサインをする。
「お供の方は御同室で?それとも別に御用意なさいますか?」
「いや、一緒でいい」
「かしこまりました」
短い会話の後、係りの者に案内されて俺達はエレベーターで6階の客室に通される。
豪華な部屋……。
部屋の真ん中に噴水があり、見晴らしのいい大きな窓の側にはジャグジーの様な風呂。
部屋前面に金色の装飾品が並び、同じ部屋の中に2階と思われる場所へ行く、これまた手摺りが金色の階段……。
『すげ~』
ちょっと呆けてしまう。
これ程豪華な部屋は竜神族の島でも見たことが無い。
流石教国。
お布施をたんまり世界中から集めている国は違うね。
まあ、貴族の俺がこんな部屋で物怖じしていては沽券に関わる。
俺は堂々と部屋の中に入っていく。
「それではごゆっくり」
案内係の男が一礼して部屋の扉を閉めて出て行く。
「すっごいですね!ご主人様!」
「フカフカ、フカフカだ~」
アリスは部屋中を物色するかのように見て回り、アニーは踝まで埋まる絨毯の上を転げ回る。
「お前ら……」
残念ながら俺も我慢できない。
「本当だ、フカフカだ~~~~」
アニーの側を俺も一緒になって転げまわる。
その後2階のロフトの様な壁の無い、それでも30畳はありそうな大きなベランダ付きの部屋で、豪華なベッドを見つけて飛び込む。
「アリス♪」
「はい。ご主人様♪」
「カモーン!」
俺はベッドの上からアリスを誘うように両手で手招きする。
アリスの飛び膝蹴りを喰らいました。
チョット浮かれすぎていました……すいません……。
――――――――――――
ここは街の外れ。
森の浸食を受けてか、数年前から建物のいくつかが放棄されて寂れた街角。
一部スラムのようになっていて、あまり街のものでも近づかないこの場所に、今一人の女性と思われるシルエットをしたものが歩いている。
黒い金属板を縫い付けたコートを着て、顔には同じく黒い鳥のような形をしている口元の開いたマスクを着けている。
腰には長剣……、だが長い。
余りにも長すぎるその長剣はそのまま腰に帯びた状態では鞘から抜くことも出来ないであろう。
ここが危険な場所と知ってか知らずか、彼女は迷うことの無い足取りで、ある建物を目指して歩く。
当然それを見逃す程この辺りの治安は良くない。
「ヘイヘイお姉ちゃんどこいくの?」「俺達と遊ぼうぜ」
5人の粗野な男達が女性を取り囲む。
彼女は男達をゆっくりと見回すと、徐に腰から剣を外す。
「そうそう、素直にその剣をこっちに渡しな。そしていいことしようぜ」
女性は男の方に差し出すようにその長い剣を横にして前に出す。
男は受け取ろうと剣に触れようと手を伸ばした瞬間、彼女は剣の唾を親指で弾く。
横に向かってものすごい速さで黒い刀身を見せながら飛び出す剣。
彼女の姿は既にその鞘の処には無く、何時の間に握っていたのか、その剣の柄を片手で握り、クルリとその場で舞うように回転する。
鞘が地面に落ちる前に、彼女は一回転すると空中にある鞘を再び手に取り、空中に投げ上げる。
顕になった刀身は見事に落ちてきた鞘に納まり、彼女は何事も無かったかのように男達の間をすり抜け、再び目的地に向かって歩き始めた。
彼女の背後では、動かなくなった男達の首がズルリと傾き、鮮血が吹き上がる。
「ゴミが……」
彼女の名前はシズク・ベイモルド。
帝国一の剣士と言われたベイモルド伯爵の娘にして、唯一その剣を受け継いだものだった。(注)
(注)
ベイモルド伯爵が迷宮にその姿を消したのは、幼いながらも彼女が彼の剣と技の全てを承継する天才であった為、隠居したからという裏話でした。
ちなみに迷宮に黒雪を持っていった理由は、まあこの長さですかね。




