結婚
武闘大会1週間前。
俺は今、自分の屋敷に久しぶりに帰ってきていた。
リーンは師匠であるヘルズと共に一足先に開催地である教国に行ってしまったそうだ。
エンフェルミナという少女はリーンが帰ってくるまでは本宅の方で、母と一緒に暮らすそうで、今この離れの屋敷には俺とアリスの二人きり。
「なんか、お前と二人になるのって久しぶりだな」
「そうですね。いろいろ忙しかったですしね」
帰って来て初日。
朝から始まった日課のようなアリスの屋敷の掃除も一段落し、俺はアリスと肩を寄せ合って座り、お茶をしているところだ。
魔王城ではかなりの緊張と、そして男であることがばれないように気を使っていたこともあるのか、俺は自分の家に帰って来てかなり気が緩んでいた。
そうして、何故かしみじみとアリスとの長い付き合いを思い出してしまう。
アリスとは俺がこの家に生まれ堕ちた時よりの付き合い。
こいつ(アリスのことです)程俺を分かってくれているもの等この世にはいまい。
前世ですらじいさん以外でこれほど長く苦楽を共にしたものもいない。
家族のような存在。
いや、こいつは俺の家族以外の何者でもない。
こいつ程気心の知れたものは、これから先もできるような気がしない。
俺の命より大切な存在、今ならハッキリとそう言うことができる。
今まで口にしたことなど無いが……。
「そういえば最近身体の方はどうなんだ?」
「おかげさまで調子は悪くないですよ」
「そうか」
やっぱりそういうことなのかな?
俺は最近アリスに霊力の供給等していない。
アリスは月を創ってからこっち、身体を維持する為に俺の霊力を吸って生きていると言う状態になってしまった。
この星の生き物は基本的に魔力の他に、僅かであるが霊力というものを持っている。
俺は特にそれが顕著で、魔力は基本的に普通人並だったが、霊力だけは普通人の何十倍も持っていた。
転生者であることが関係しているのかもしれない。
おそらく俺の魂は霊力の塊みたいなものなのだろう。
おかげでアリスの霊力の供給には困らないのだが。
魔王城に行くまでは3日に一回は霊力をアリスに与えていなければならなかったのに、魔王城に行ってからは一度も与えていない。
それなのに平気でいられる訳とは…、おそらく俺から霊力を吸わなくても維持できる別の供給源を見つけていたからに他ならない。
「そういうことなんだろうな、本当に……」
「なにかいいましたか?」
「いや、何も」
ティーカップを置くアリス。
俺はそのタイミングを見計らってアリスをソファーに押し倒す。
「アンブロシウス様!?」
「久しぶりに二人きりなんだし、いいだろ?」
「ダメです。私先程まで掃除してたんですよ?シャワーも浴びてな・い・・」
俺はアリスの口を自分の口で塞ぐ。
「もう、堪っておいでなので?」
「まあ、半月も女装で、それも女だらけの魔王城暮らしだったからな。堪りもするさ。
特にセーレの風呂上がりの体拭きなんかもさせられてい・・」
今度は俺が下にいるアリスに唇を塞がれ、言葉途中になる。
「人を押し倒している最中に他の女の話なんかしないでください。
あと…、せめてベッドに行きませんか?ここじゃ……」
顔を赤らめるアリス。
『あ、ダメだよそれ。俺の理性が……』
バン
「アンブロシウス!」
「はいっ!」
父が突然扉を蹴破る勢いで俺達の憩いの場に入ってくる。
俺はあわててアリスの上から飛びのき、何故かソファーの上に正座してしまう。
「おお、いたか」
「ええ、父さん。な、なんですか?突然」
『くっそー、父よ、せめて後1時間、いや2時間ください!久しぶりにいい感じだったのに……』
「大変だ!リーンが、リーーンが~~」
「父さん落ち着いて。どうしたんですか」
「ぐれてしまった」
「はい?」
・・・・・・・
『何がぐれただ』
父さんの話によると、リーンが教国の正式な代表になったことが各国に伝えられたらしい。
その報を聞いた父さんが俺のところに慌てて駆け込んできたわけだが。
「もう、父さん。それはぐれたんじゃなくて、ただ大会の出場権を得ただけでしょう?
あいつ出たがっていたから、まあヘルズ辺りのコネじゃないですか?」
「あいつめ、娘の師匠だと甘く見ておればよくも我が娘を誑かしてくれたな!」
「誑かすってそんな、別にヘルズに5歳の子供に手を出すようなマニアックなど趣味無いでしょうに」
「そうですわ、旦那様。そんなご趣味があるのはご主人様だけです」
突然とんでもないセリフで、俺と父の会話に飛び込んでくるアリス。
「おいアリス!俺にそんな趣味は無いぞ!」
「えっ!?」
「こら、さらに「自分で気がついておられないのですか?」みたいなそのリアクションもやめてくれ」
「酷いわ、ご主人様。アリスが幼女姿の時はあんなに愛してくださったのに!
好きではないのに抱いていたんですね、ヨヨヨ」
アリスは泣き崩れた真似をする。
「おおおおいいいいい!何で今そんな話をするんだよ!父さんの前だよ!」
「アンブロシウス!いかんぞ。ウラヤマシイ。わしも男だから分からんではないが、そういう趣味は秘密にしておくものだ」
俺の肩を叩く父。
父よ、何故か小さなセリフで本音のようなものが聞こえましたよ。
それに秘密も何も、俺が暴露したわけではない。
ましてや間違ってもそんな趣味は無い。
「違うって父さん!これは、その、あの」
それなのに何故か俺はしどろもどろになってしまう。
「それに、アニー様やブネ様に接する時の目が飢えた狼のようでした。それも演技だったとでも言うのですか!」
「俺はそんな目をした憶えはない!てめ~アリスいいかげんにしないと……」
「何ですか、騒がしい。外まで聞こえていますよ」
「母さん!」
またややこしい時にややこしい人が……。
「聞いてください、奥様!ご主人様ったら私との事を遊びだって、それにあんなに俺は小さな女の子が好きなんだって言ってしたのに、今さらそれを秘密にしろって言うんですよ!」
俺が何かを言うより先に、アリスが母の元に駆け寄り、あらぬことを言いやがる。
おっと、口汚くなったな「言われる」。
「アンブロシウス、あなたそんな趣味が……」
「いや、ちょっと待て!ねえ、これどこに向かってるの?収拾つくの?」
「それに、旦那様もその趣味は俺も分かるが秘密にしとけって……」
「わし!?」
突然の飛び火にオロオロする父。
「あなた」
「ハイッ!」
静かな声で父を呼んだだけだが、その声で直立浮動する父。
「チョットいいかしら」
笑って手招きする母の背後に阿修羅が見える。
父は死刑囚のようにどす黒い顔色でフラフラと母の元に歩いていく。
「アンブロシウス」
「ハイッ!」
俺も何故か直立浮動してしまう。
「本館にはフエル(エンフェルミナのこと)がいますからね。あなたは今後本館への立ち入りを禁じます」
「ちょっと待って!?母上それはあまりにもっ!」
「いいですね」
反論は一切許さないと母が俺を睨む。
母のこのひと睨みであれば、多分魔王ですらひれ伏すであろうそれに俺は逆らうことが出来なかった。
「ハイ」
俺はその場では蚊の鳴くような声で返事するしかなかった。
―――――――――――――
その夜……。
「なあ、アリス」
「なんですか?ご主人様」
俺達は今ベッドの上。
1枚のシーツだけを二人で羽織り、アリスは俺の腕の中にいる。
まあ当然服など来ていない。
昼のことを後で聞いたら、父にいいところを邪魔されて腹が立ったので、チョットした悪戯心だったらしい。
まあ、俺もあの程度の事など別になんとも思ってはいないが……いやチョットは痛かったかも……。
青い月明かりが窓から差し、ランプをつけなくてもお互いの顔が見えるぐらいは明るい。
「それにしても、またなんで小さな子供の姿なんだ?昼の続きか?」
「お嫌ですか?」
クスクスと笑うアリス。だが幼い顔で笑うアリスもなんだかとても可愛い。
「別に?嫌、と言う訳ではないが……まあアリスはアリスだしな」
「嫌でなければいいじゃありませんか……。それにあのロリっ子悪魔達、本当に可愛かったですものね」
「えっ?本当にそんなところに対抗心燃やしてるの!?」
アリスが半身を起こして俺の上に乗り、そっと俺の唇にキスする。
「フフッ、冗談です。姿を維持するのはこの体の方が楽なんですよ」
俺は下からアリスを見つめる。僅かに膨らんだ彼女の胸が、俺の肩にあたっている。
「もう、か?」
魔王城から帰って来てまだ1日程しか経っていないのに、早すぎる……。
俺は少し不安になってしまう。
「いえ、まだ大丈夫です。ご主人様こそ大丈夫ですか?」
「俺のことはいい。欲しければ気にすることはないからいつでも言えよ。
お前がいなければ俺は生きていけな……」
アリスがそっと人差し指を俺の唇に当てる。
「ダメですよ、それ以上言っては……。
私はただの精霊です。あなたは王国の三大貴族の跡取り、身分が違います」
俺は起き上がりアリスを押し倒し、上にかぶさる。
「お前、昼に言ってることと違うぞ!
あの時は言わなかったが、俺はお前との事を遊びだなんて思ってない!
それに俺はとっくの昔に家なんて捨てた身だ。誰とどうなろうと文句は言わせない」
起き上がった勢いでシーツがはだけ、二人の間には何も無い。
おかげで一糸纏わぬアリスの幼いが美しい体が全て見える。
「昼のことは冗談です。私との事は遊びですよね?
周りの方々は皆そう思っていますよ?
あなたは生きてここに帰ってきた……お立場をお考えください」
アリスは冷静な瞳で俺を見つめ、まるで言いくるめるかのように自分との事は遊びだと認めろという。
「それに姫はどうするのですか?あなたにはアーネット姫がおられる。彼女を助けるのではないのですか?」
「それは……」
俺は返答に詰まる。もしかしたら心の奥底でこのままでもいいと思っているからかもしれない……。
俺はアリスのことが好きだ。愛している。
しかし……5年、そう5年もの間姫は俺の代わりに敵に囚われていた。
そして次に会った時は悪魔に身体を奪われている有様……。
姫のことを考えると胸が締め付けられる。
彼女は俺の使えるべき主なのだから……。
だが、もし姫が戻ってしまうと……アリスが消えてしまうかもしれない。
俺は最近やっとそのことに確信を持ち始めていた。
ずっと目を背けていたその事実に……。
俺は弱い人間だ、例えどんな力を手にしようとも心まで強化できるわけではない……。
ああ、そうだ自己暗示を掛ければ出来ないことはない。
でも例え出来たとしても、本心を偽る為に自己暗示なんか掛ける気もない。
「卑怯……だよ……」
俺は何とかその言葉を搾り出す。
俺に姫かアリスかのどちらかを選択しろと言うのか……。
「卑怯でもかまいません。
ですが私は死ぬまで、いえ、消え去るまでずっとあなたのお側におります。
でもそれは恋人ではなく、ただ主とそれに付き従う使い魔という関係……ただそれだけです」
アリスの言うことは正しい、いや正しいのだろう。
それが世間一般であるところの考え方。
俺が取るべき道。
一国の姫と精霊を天秤になど掛けるまでもないということ……。
俺は姫を奪われ、魔力を失った。
助けられなかった自分、力の無い自分、何も出来ない自分、その時は知らなかったにせよ、俺は焦燥感からアリスに慰めを求めた。
最初はそうだったにしろ、だが今は……。
「逃げないでくださいね」
俺は……その後の言葉をつむげなかった。
俺は彼女の上から離れ、横に寝転がる。
「厳しいな……君は……」
『そして俺なんかよりよっぽど強い……』
俺は自分の弱さを恨みながら眠りに落ちた……。
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俺は夢を見る。昔の夢だ。
昔と言っても過去の地球ではなくこの世界での昔。
懐かしくもアリスと姫と3人での始めての旅のこと。
姫が銀色の毛の熊を倒す。
当時、俺はまだ子供で、肉体に魂が引っ張られてでもいたのだろか。
事あるごとに姫を挑発し、何故かそれがとても嬉しく。
そう、あれは小さな男の子が好きな女の子にチョッカイを出して気を引こうとする様な行為。
今更だが17歳のレディに対する態度ではなかったと思う。
精神的にはもう30代半ばにもなっていたであろうに……。
姫が俺に向かって何かを言っている。
この時、姫は俺に何と俺に言ったのだったろうか?
『……子供だと言うのだ……』
『ああ、そうか…… 』
俺は今になってやっと理解する。
そうだ、俺は子供だった……。
世界は俺の為にあり、世界は俺を中心に回っている。
あの当時の俺は強大な魔力を持ち、そんな気持ちを心のどこかに持った、馬鹿で愚かで傲慢などうしようもない子供だった。
そんな俺が一体何を救えると言うのだ……。
本当に馬鹿でどうしようもない子供。
何もかも失って、そして今になって初めて思いだす。
「愛」とは何かを……。
『そうだったな。【愛】とは重くて苦しいものだったんだな……』
情けない。今頃かよ……。笑えてくる。
ああ、あの頃に戻りたい。皆で馬鹿なことをしてたあの頃に……。
『いや、違う!』
そうだ、あの頃が幸せだったというのなら変えればいい。
今をあの頃のような幸せな世界に変えればいいんだ!
例えどんなに悔やんでももう戻れるはずが無いんだから、なら今を変える努力をするしかないだろうが、俺よ!
そうだ俺は変えてみせる、姫の身体を取り戻し、アリスも絶対に失ったりしない!
幸せだったあの頃に、皆で馬鹿をして楽しく暮らしていたあの頃に世界を変えてやる!
この時、自分の弱さを恨んで眠っているはずだった俺の顔は笑っていたに違いない。
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次の日。
アリスがいつものように玄関ホールを掃除している。
今は子供の姿ではない。普通の姿でホウキを持っている。
魔王城でもそうだったが、背が低いと掃除がしにくいから、らしい。
俺はアリスの前に立つと一方的に話しかける。
「ということで俺は考えた。結婚しよう」
「は?」
開いた口が塞がらないと言った顔で、アリスは掃除の手を止めて固まってしまう。
「馬鹿なんですか?いえ、前々から思っていましたが、本当~~~にご主人様は馬鹿なんですか?」
「いや、待て待て、俺の話しを聞け!
俺は考えたって言ったろう?だから結婚しよう」
「意味が分かりません。掃除の邪魔ですからどこかに行ってください」
俺は掃除を再開しようとするアリスのホウキを奪い取り、投げ捨てる。
「聞けって。いいか?俺は貴族だぞ。それも三大貴族の一人になる予定の」
「そうですね」
「だから貴族って言えば第1婦人だけでなく第2婦人第3婦人だっていてもおかしくない」
「それで?」
「それでってお前……」
「昨日も言いましたが私は精霊です。いくら結婚してもあなたの子供なんて作れません!
もう、掃除の邪魔をしないでくださいよ」
ホウキを取りに行こうとするアリスの腕を掴んで引き寄せる。
「分かってるさ」
「分かってません!貴族が妻を娶るってのは遊びではないんですよ!
子孫繁栄に領地拡大、権力増大いろいろな取り決めの下、契約を行う儀式のようなものです!
私のような何の後ろ盾も無い娼婦みたいなものを娶ってどうするんですか!!」
「いい加減にしろ!俺はアリスのことを娼婦だなんて思ったことは一度もない!!」
俺はこれ以上何も言わせまいとたたみかける様に話し出す。
「いいか、俺はもう決めたんだ!アリスと結婚する。そして姫とも結婚する!ああもうついでだティアもレイアもエターニャも兎に角全員俺の嫁にする!決めた!」
「ハアッ、もう、姫様以外全部ご主人様と種族も年齢も違いすぎですが?」
「ムッ?そうだな……あれ?俺って人間の女性とってあんまり付き合い少ない?」
「そうですわね、しいて言えばアソロさんぐらいですか?」
「いやゴメン、そこはチョット怖くて意識的に避けてた。というか忘れてた……。てな訳で結婚しよう」
「問題外ですわ。なんの解決にもなっていません。むしろ状況が悪くなっ……」
俺はアリスの口を自分の口で塞ぐ。
「離してください、駄目なものはダメです!」
アリスが俺の腕の中で抵抗する。
「アリス、世間一般の常識では結婚できないんだよな?」
「そうです。分かっているなら離してください!」
「なあ、アリス。お前、俺を誰だと思ってるんだ?」
「ご主人様ですが?」
「そう、お前のご主人様は今までどれだけの世界の常識を変えてきた?
エルフが滅びの民だ?獣人は獣と変わらない?戦争は終わり無く続く?
否!否、否、否!!
何が常識だ!世界が何だ!
世界が俺達を引き裂こうってんなら、俺が世界を代えてやるって言ってるんだ!
だから結婚しろ!! 」
俺の腕の中で唖然とした顔で目を見開き固まるアリス。
「あなたっていう人は……」
『この方は私が本当は誰だか分かって言ってくれているのだろうか?
聞いてみたい「それでもいいの?」と……。
もし姫を本当の意味で取り戻したのなら、私は……』
「分かりました。その話しお受けいたします」
「本当!?」
「ただし、当然ですけど姫様を取り戻してからですよ?」
「分かってるよ」
「本当に?」
「本当に」
俺はアリスに微笑みかける。
『失ってなるものか。俺は姫もアリスも必ず助けてみせる』
「なら、よろしい。では掃除の邪魔なのであっちいっててくださいな」
「あれ?違うくない?その前にさ」
「なんですか?」
俺はアリスを強く抱き占める。
俺達は見つめ合い、お互いの意思を確認するかのように口付けを交わすのだった。




