海の魔獣
神殿の外側ををくるりと見て回り、外部から見る限りは何の変哲も無い、黒いだけの石造りの神殿だと分かる。
それ程大きいものでもなく、造りも質素なものだ。
正面と思われる数段しかない石段を登り、三方を囲まれた正面の入り口から中に入る。
まあ、もともと湖の底に在った神殿なのでトラップなどは特にないだろうと大胆に入る。
師匠はわたしがどのようにして捜索するのか後ろで見ていてくれる。
まあ、特に何も特筆すべきことも無いガランとした石畳の室内。
外壁と同じく黒い材質の石柱が適当に並び、中央と思われる辺りに石造りの丸いテーブルのようなものがあるくらい。
近づいてみるが何の変哲も無い、装飾一つない石の塊。
「師匠何も無いですね」
「そうですか?よく見てみなさい」
わたしは師匠に言われるままにもう一度辺りを確認する。
でも何も見つけられない。
「師匠やっぱり何も無いですよ?」
「ハアッ、仕方ありませんね。石柱をよく見てみなさい。普通神殿等建築物の石柱はこんなに乱立して立てられるものではありません。一見無秩序に見えておそらく中央のテーブルの様な柱を含めた一種の魔法陣を形成しているのでしょう」
「にゅう?魔法陣とな?」
わたしはもう一度見てみるが全然分からない。
「師匠具体的に何がどうすればいいんでしょうか?」
「あなたと言う人は……。何度も教えたでしょう。
魔法陣はその作成したものの意思を読み取り、この場合柱の方位、位置、大きさ、全体的な形状を頭の中で立体的に構築し、必要なもの以外の無駄な部分を抜き取り、残ったものを結ぶ。
そうして頭の中で描き出した魔法陣の起動位置を読み取り、そこに魔力、あるいは私達のような神力をエネルギーとして供給してやれば……」
そう言いながら師匠は柱の一つの前に立ち、その柱の中央付近に虚像の手の平の上に乗って浮かび上がったかと思うと神力を流し込む。
「あっ!?」
そこからまるで花が開くかのように赤い色の光が建物全体に広がって行き、中央のテーブルの様なものに集まっていく。
「そこ危ないですよ。こちらに来なさい」
師匠の側、虚像の手の平の上にわたしも乗る。
そして先程までわたしが立っていた床、いえ建物の中の全ての床がまるで幻であったかのように消え去り、乱立する柱だけが見えない暗がりの底に向かって伸びている落とし穴のような部屋になる。
「こわっ!これ一歩間違えたら奈落の底に落ちてしまいますね。トラップですか?」
「いえ、どうやらただの入り口のようなものですね。封印と言うわけではなさそうですし、こちらから開く時はかなり厳重に、もしかしたら中からはかなり簡単に開くのかもしれませんね。
古代の魔術師の隠された研究室等がこのような造りをしていた、という文献を目にした事があります。 建物の周り、この火口だけが精霊魔法を使えないようにしているところからしてもかなりの大仕掛けですね」
流石師匠だ。もう感心を通り越して呆れてしまう。
よくこんな複雑、と言うか意味不明な魔法陣をアッサリと理解して起動させることができるものだ。
なんか凄すぎて意味が分からない。わたしでは永遠に解けないのではないかと思う。
多分竜神族や他の誰が探索に来ても同じなのではないかと思う。
聞いた話によると師匠は、昔100年に一人と言われる天才と呼ばれたことがあるらしい。
悪魔祓い(エクソシスト)としての腕は右に並ぶものはないと言われ、特に魔法陣による結界や封印といったものでは魔法を伝えたエルフ達ですら適わないと思わせるほどの天才ぶりらしい。
わたしにはよく分からないが、魔法陣にも毛筆や硬筆のような描く美しさや描き方があり、その効果に途轍もない差を与え、師匠の描くそれは他のものの追随を許さない程とても美しいらしい。
わたしにはどれもこれも違いが分からないが、見るものが見れば分かる、そういうものらしい……。
ただ残念なことに師匠が世にこの人ありき、と名を轟かす事は無かった。
理由は簡単なことだ。
悪魔祓い(エクソシスト)の本懐たる悪魔がある時期を境にいなくなってしまったからだ……。
そう、丁度15年程前、地球に悪魔達が現れた時…。
当時師匠はまだ十代の半ばになるかならないかの新米悪魔祓い(エクソシスト)の頃で、修行中は何度か悪魔と戦ったらしいが、肝心の本業に就いたとたんに悪魔のあの字すら見当たらなくなってしまっていたらしい。
これ以上はなんか可愛そう過ぎて語れない……。
まあ、それで地方の教会で司祭等をしていた時に兄様と初めて出会ったらしいが……。
「誰がこの扉を開けたのかは知りませんが、湖の水を中に取り込んでしまっては研究の成果も全て、まさしく水に流れてしまっているでしょうね。残念なことです」
虚像が翼を羽ばたかせ、私達を手の平に乗せたままゆっくりと下降して行く。
周りの壁が見えない。
どうやら火口付近のすり鉢状の入り口とは逆の形、つまり山の中をドームの様に切り抜いてこの研究施設は造られているようだ。
降りていくにしたがって、底の方が明るくなっているのが見える。
ヴォオオオオオオオオオ
突然の獣のような唸り声、そして横合いの闇の中から巨大な腕のようなものが見えたかと思うと、師匠とわたしを乗せた虚像8レプリカント)に襲い掛かってくる。
すんでの処でその攻撃を躱し、飛翔する虚像。
「なななな、師匠なんですか、あれ!?」
「弟子よ。私は確かにお前の師匠ではあるが私は神ではないのだ。何でもかんでも知っている訳が無いだろう」
取り合えずこのまま空中戦とは行かないので師匠は足場を捜して急速に虚像を下降させる。
底が見えて来た。
底の方はとても明るい。
残念ながら底に当たる石畳の光る床には湖の水が満たされ、直接下りることは適わなかった。
辺り一面が湖と化していて、どうにか探し出した足場は床から生える石柱の上ぐらい。
それでもないよりはましとその上に降り立つ。
波が寄せるかのように足場となった柱に湖の水が当たり水しぶきを上げる。
目の前に現れた巨大な魔物の姿が、今やっと顕になる。
「これは…クラーケンですかね」
「クラーケン……。聞いたことがある。確かでっかいタコですよね?」
『なんかの映画で見たような……なんだったか……』
「いや、それよりも、やっぱり知ってるじゃないですか。師匠」
「知っているだけで見たのは初めてです。流石に何度も合えるようなものではないでしょうしね。こんな巨大な魔物となんて……」
『確かに。それにしてもでかい。山のよう……まさしく山の中にすっぽりと入っている山のような怪物』
「でもタコ……じゃないよね?」
いや、手足はタコなんだけど体は……海老?
鯱のように体を反り返らせた海老の様な姿で、四方に伸びる何本もの足は蛸かイカの様だ。
ギョロリとこちらを睨む巨大な海老のような丸い目……。
「あれ?かなり怒ってらっしゃる?」
それによく見れば体中の甲羅が罅だらけ……一部掛けている所まである……。
何故始めから手負い状態?
かなり危険なんですけど……。
『誰だ止めも差さずに、こんな状態で放置した馬鹿は!』
―――――――――――――――
クシュン
「あ~。なんだ、風邪かな?昨日から踏んだり蹴ったりだな……」
ここは悪魔城のキッチン。
何故かくしゃみが出るアンブロシウスであった。
――――――――――――――――――
「取り合えずどうします?師匠」
「どうするも何も、これも修行です」
「です、よね~~~」
変な発音で言ってしまった……。
「ハアッ仕方ない……。ん?って言うかまだ精霊力感じないんですが、師匠。魔法使えませんが?」
「なんとかしなさい」
「なんとかって!?」
喋り終わる前に巨大な触手の腕がわたし達が立っている柱に向かって振り下ろされる。
師匠は虚像で空に飛び立ち、わたしも咄嗟に回避しながらジャンプするが……、
『足場、足場は何処!?』
空中で辺りを見回すが見当たらない。
先程の足場も既に触手の一撃で脆くも崩れ去っているし……。
「うっそ、この服昨日買ったばかりなのに!」
だめだ、何としても服が濡れることだけは死守しなければならない!
わたしは咄嗟に考える。
『そうだ!ここへ来るまでの訓練!水の上を走ればいいじゃん。わたしってあったまいい!』
水面が近づいて来る。早速ものは試しと空中で足を動かし、水面に着く前に走り始める。
足が水に触れるか触れないかの瞬間。水の表面張力を利用して、今だ!
「こうか!」
ジャボン
……水の中に落ちました。
仕方なく立ち泳ぎ……。(注1)
「馬鹿ですかあなたは」
師匠が虚像で飛びながら私の側に来る。
「落下の状態から突然水の上を走れるわけないでしょう。水平方向に勢いを付けていたならまだしも」
「そうですよね……なんで出来ると思ったんだろう……ノリかな?」
「それよりも、あなた翼はどうしたんですか?」
ガーーーーーーーン
わたしは今自分の顔がとんでもない状態になっているのを感じた。
「そうだった~~わたし飛べたんだ!忘れてた~~!
なんで、なんで今頃言うんですか師匠!
もっと早く言ってくださいよ!そうしたら服を濡らさなくてすんだのに~」
「本当に馬鹿ですね。どうりで先程も…」
そう余りゆっくりもさせてくれない。
次の攻撃が襲い掛かってくる。
わたしは背中から光の翼を出して飛び立ち、師匠も虚像で更に高く舞い上がり、躱す。
この翼、最近死者の街で悪魔の行為に腸煮えくり返った時に発動したもので、神力の放出で出来たものみたいだった。
多分効率よくきちんとした形にすれば師匠のような虚像になるのかもしれない。
今は無駄に有り余った神力を出しまくっている感じでしか使えない。(注2)
そのおかげか、かなり疲れる。
そしてわたしは先生の言葉で更に余計なことを思い出す。
『さっきもこれ出していたらタンコブつくることも無かったじゃないか。精霊魔法じゃないから使えるんだし……。如何だんだん腹が立ってきたぞ!』
「もう、全部お前のせいだ!」
わたしは空を飛びながら魔獣クラーケンに怒りの矛先をぶつける。
グオ?
偶然か、訳がわからないと言ったような声を出すクラーケン。
「今から私のとっておきの必殺技を見せてあげるわ!」
今は魔法が使えない。
小さな槍一本でこんな巨大な魔獣にはダメージも碌に通らないだろう。
だから今使う。
私のとっておき。
死者の街で巨人に殴られ、ボロボロにされ、何故か思いついたとっておきの技。
あの巨大な魔力を秘めた巨人と再び戦うことがあれば、わたしは逃げずに戦えるだろうか?
否!
逃げるわけには行かない。
悪魔は私がこの手で根絶やしにしてやるんだから!
そうして天才のわたしが思いついた取っておき。
例え相手が悪魔でも、例え相手が巨人でも、この世界においては私が法律、私が神。
私が神力で創り出したる世界。
さあ、開け!
【私がすべての法律空間】
(注1)
鎧を着たまま立ち泳ぎ。
これはこれで凄いと思います。
(注2)
翼の話をしていませんでしたね。
これだけ無駄に高出力の神力だと魔力を持つものにも見えます。




