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リーンの受難

 わたしは今海の上を走っている。

 正確には走らされている。

 もう立ち泳ぎの域ではなく、足から腰にかけては半分水の中だが、両手両足を交互に振って水を足の裏で蹴り、少し前傾姿勢。

 完全に短距離の走り方で海の上を走って渡っている状態だ。

 わたしは素早く足を動かす。

 右の足が水を踏みしめ沈む前に左足を前に、左足が水を踏みしめ沈む前に右足を前に。

 そうやって水の上を師匠せんせいの乗る高速小型船の後を追いかけて走っている。

 師匠せんせいの言うには「あなたのお兄さんは水の上を走って湖を渡ったことがあるそうですよ。それも大きな荷物を持ったまま。だからあなたは海の上を鎧を着て走って渡れるようになりなさい」だそうだ。

 無茶ですが頑張ります、師匠せんせい


「それにしても何故水着なんですか?服の方が将来的にも訓練になるのですが?」


 小型船の上からわたしに声をかけてくる師匠せんせい


「はい先生、読者サービスで「そこで腕立て伏せ」、はい師匠せんせい


ガボガボガボ


「プハッ、無理です師匠せんせい、水の上で腕立てなんて!」


「馬鹿なことを言っているからです。大体あなたにはまだ白のビキニ水着を着るような歳でもないでしょう。どうせ着るならもっと効率的な競泳水着の様なものにしなさい」(注1)


 船を止めてわたしの横で尤もなことを言う師匠せんせい


「でも師匠せんせい。その水着じゃお約束のポロリというのができません!」


 深い溜め息をついて頭を抱える師匠せんせい


「ハァ、それがあなたの言うサービスと言うならお門違いです。読者の誰も胸板を見たからと言って眼福などとは言いませんよ?」


 次の瞬間私は水の上を完全な状態、水面にはぜる小石のように全く体を沈ませることも無く走り、水面を蹴ってジャンプし、船の甲板に降り立って師匠せんせいの背後から神槍ロンギヌスを突きつける。


「誰の胸がだって?もう1回言ってもらえますか?」


「まったく」


 師匠せんせいは呆れたような顔をする。

 すると何がどうなっているのか、わたしの体が目に見えない力で持ち上げられ海の中に掘り込まれる。


「そういう無駄な力は訓練に生かしなさい」

『やる気さえあればスペックは無駄に高いんだから、それを常時出せるようにしなければ意味が無い』

「それより、今回の目的を憶えていますか?」



 再びわたしをその場にして小型船が走り出す。

 私は慌てて走って追いかけながらその質問に答える。


「はい師匠せんせい。今回私達は民族間紛争を解決すべく、竜神の島、南の島、楽しい楽しいバカンスに向かっているところであります」


「はい、そこで腹筋」

「はい、師匠せんせい


ガボガボガボ


師匠せんせい水の上では腹筋ができません」


「あなた、途中で目的が本音に変っていましたよ」

 再び小型船を止めてわたしを叱る師匠せんせい


「すいませんでした、師匠せんせい。根が素直なもので!」

 わたしは何故か立ち泳ぎをしながら手だけで敬礼をする。


「自分で言わなくて良いです。まあ、そこがあなたの長所・・ですからね」


師匠せんせい今なんか長所と言う言葉に含みを感じましたが?」

『もしかして馬鹿って言いたいのか、こんにゃろ』


「気のせいです」

再び師匠せんせいの乗る船にほっていかれる。


 わたしは走りながら今回の事件を思い出す。

 竜神の姫君が持つ大事なものを、人魚の姫君が奪い取ったということで争いになっているらしい。

 一体何をとられたんだか……。

 普通であれば「くだらない出来事」と一生に伏せば良いのだが、この姫君達、国の中でもとても大事にされていて、私兵だけでなく軍すら動かす権限を与えられた姫君同士、このままでは民族間の紛争に 発展しかねない……らしい。

 そこでわたしの出番。

 そう、この多種族連合の事務局長たるこのわたしが直接乗り出し問題を解決すべく、“出張”してきたわけだ。

 相手が姫君達だし、下手な部下達には荷が重すぎるので仕方なくだ。

 そう仕方なく…出張…。経費は全て連合持ち。


『クフフフ、小遣い今月ピンチだったんだよね~。贅沢しちゃるぞ~~~~オーーー!』


「はい、そこででんぐり返し」(注2)


「はい、師匠せんせい


ガボホほゲホ、ゲホッ


「ケホケホ、鼻に水が入りました師匠せんせい


 わたしは咳き込みながら抗議する。


「よく考えたらなんで突然でんぐり返しなんですか!私何も悪いこと口に出して言ってませんよ!」


「ああ、何か良くないことを考えている顔をしていたもので、つい」

『メチャクチャするどいです師匠せんせい


 私は自分で馬鹿なことを考えていたことを知っているので、それ以上文句も言えず、無言で走り始めた。



 南国の竜神パラダイスの無限に続くかと思われる白い砂浜に着いた。

 しかし突いた矢先、そこは超が付くくらいの修羅場だった。


「あの方こそ我が人魚族の王に相応しい、高貴で、勇敢で、男の中の男であるお方。きっと海の民の猛者達を統率し、私達をまだ見ぬ世界に連れて行ってくれる、王の中の王となられるお方です」


 人魚姫?と思われるディープブルーの濃く青い長髪に真珠を散りばめた、何故か二本足で立っている美女。

 おそらく彼女が人魚族の姫、セレスティナ姫に違いない。

 二本足だけど……人魚??


「い~え、男らしく何者をも寄せ付けない、畏怖と気高さを持ったアンブロシウス様こそ、竜神族を束ね、ゆくゆくは世界の王となられる素晴らしいお方です」


 もう一人はエメラルド色に輝く長い髪を二つの毬のように頭の上で結上げ、額から真上に向けて伸びる古木のような2本の角、煌びやかな赤いチャイナドレスを着た竜神の姫。

 こちらがエターニャ姫だろう。


 白い砂浜、青い海。

 世界はこんなにバカンスバカンスしているのにこのあたりだけは黒い雲がかかり、心なしか雷の音すら聞こえる。

 二人は白い砂浜をバックに海の民、竜の民と思われる私兵を引き連れ向かい合っている。


「え~と、最初からクライマックスじゃ手の施し世が無いです、師匠せんせい!」


 わたしは背後に立つ師匠せんせいにお伺いを立てる。


「なんとかしなさい」


「うわお、丸投げでスイカ(すかい)」

『あ、久しぶりにスイカ食べたくなっちゃった』


 どうしたものかと考える。

『ん?そういや竜神の姫の口からなにやら聞いたことのある人物の名前が出ていたな』


「あの~」

 わたしは勇気を振り絞って二人の姫の間に割って入る。


「「「なに!」」


『怖いよ~』

「すいません。わたし連合からこちらに派遣されてまいりましたリーン・マキシスと申します」


「それが?」

「いいえ、待って。今マキシスって言いましたわよ?」

「あら?マキシスといえば、もしかして」


「はい。アンブロシウスは兄になります」


「やっぱりですか。そういえばどことなくお兄さんに、いえ本当に似ていますわね。まるで若い頃のあの方のよう」


 懐かしそうに竜神の姫がわたしを見つめる。


「そうですの?私は最近のあの方しか知らないもので…」


 至極残念そうに目を伏せる人魚(?)姫。


フフン

 まるで勝ったと言わんばかりに竜神の姫エターニャが鼻歌を鳴らす。


ムカッ

 眉間に怒りのマークを浮かべ、肩をワナワナと震わせる人魚姫。


「そういう態度がムカツクのですわ!」


「あ~ら最近知り合ったばかりの泥棒猫、いえ泥棒魚になど言われたくはありませんわね」


「なんですって!」


「なによ!」


 再び雰囲気が逆戻り。

 これでは収拾が付かない。

 わたしは二の句が告げないでいる。


『どうしたらいいものか……』


 喧嘩の理由は分かった。どう考えても兄様が原因だ。

 あのひとは一体全体わたしと知り合う前は何をしていたのか……。

 そこでわたしは思い出す。

 そういえば、まだわたしは兄様の魔剣をまだ持ったままだった。

 小さな袋に入れた兄様の髪の毛も一緒に亜空間に入れてある。

 早速わたしは魔剣フェルトと兄様の髪の毛の入った小袋を亜空間から取り出す。


「あ~テステス。こちらリーンですオーバー」

 通信の向こうで兄が慌てている気配がする。


『ビックリした~なんだよ突然オーバー、じゃなくて場所が場所だけにサンダーかな?』


『サンダーって、今一体どんな状況なんだろう……まあいい、こちらも緊急事態だ』


「あ~兄様。突然ですが…コホン」

 わたしは咳払いを一つしてから声を荒げる。


「さっさとこっちきて何とかしろやこら!

 あっちこっちに女つくって逃げ出すからややこしいことになってるんだよ!

 兄様は戦争起こすきですか!」


『すぐに行く!』


 次の瞬間わたしの横に転移して現れる兄様。


『あれ?わたし場所も何も言ってないのによく来れたわね?』


「えと……」


 兄様が来たと思ったのだが、やって来たのはエプロン姿のメイド服の美女……。


「誰?」


「誰って、お前のお兄さんだが?」


「いえ、わたしにはメイドの兄はいません」

 正確にはメイドの姿をするような兄だが……。

「成程、そういうご趣味があったのですか……」


「ああ。いやこれはだな」

 あたふたと説明をしようとする兄。



「アンブロシウス……様?」


 突然に現れたエプロン姿のメイドに驚いたのか、竜の姫と人魚姫が二人してこちらを見て、今の会話を聞いていたようで、オズオズと疑問子を掲げながらも、わたしの兄に名前を問う。


「そうだけど、これは一体全体どういう状況?」

 俺は全く意味が分からない。

 俺は三時のおやつにとケーキを作っている途中で突然呼ばれて、アリスにリーンの場所を念話で聞いて転移してきてみれば、リーンの側にはエターニャとセレスティナが武装した兵をお互いに引き連れて向かい合っている。(注3)

 俺の手には未だ泡立て途中の卵白の入ったボールと、泡だて器が握られたままだ。

 本当に何があったんだ?



「……」

「……」


「あら、私何か勘違いいたしましたようで、彼こそ正しく畏怖堂々とし気高く、竜神族の王に相応しいお方ですわ」


「いえいえ、私くしこそ勘違いいたしてましたわ。彼こそ正しく海の猛者達を率いる、男の中の男として立派な人魚族の王になられるお方ですわ」


「いえいえ」


「いえいえ」


「「……」」


「えと、わたくし今海の神殿が崩壊するという白昼夢を見ましたので急いで帰らねばなりません。次に会いますときは此度の無礼、償わせていただきますわ」


「いえいえ、わたくしこそ今何故か父が危篤になっている想像が働きまして早く帰らねばなりません。

 もうじきこの竜神の国の10周年祭ですので、式典にはぜひいらしてください。

 招待状をお送り致しますので。

 こちらこそお詫び代わりに歓迎いたしますわ」


「オホホホホ」


「ホホホホ」


「「では」」


 二人の姫はまるで何事も無かったかのように、それぞれの軍を連れて帰っていってしまう。



 残されたのはリーンと俺、そして後ろから冷ややかな視線を投げかけているヘルズの3人のみ。


「ありがとう、兄様。どうやら戦争は回避されたようですわ」


「え?何なんだ。これは一体どういう……」


「流石兄様、ツボを心得ていますわね。

 さあ先生ホテルに帰りましょう。おっと、その前に屋台でトウモロコシ買っていいですか?経費で!」


 リーンとヘルズが俺を無視して二人でなにやら話しながら去って行く。


 波の音の聞こえる白い砂の海岸で一人残された俺は、ボールと泡だて器を持った状態で佇む。


「一体なんなんだよ~~~~」


 竜神族が人魚族からこの地を正式に譲り受けてからもうすぐ10年。

 その祭りの華やかな喧騒が遠くに聞こえる中、アンブロシウスの悲痛な叫び声だけが白い砂浜にいつまでも木霊するのであった……。

(神の声:御愁傷様です、アンブロシウス。でも身から出た錆びですよ)


(注1)

 競泳とかこの世界にあるのか?等に突っ込まないでください。

(注2)

 前転のことです。

(注3)

 アリスのアルテミスで捜してもらいました。

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