メイドのみやげ その1
わたしの名前は西島梓。ニューヨーカーである。
1999年7の月、日本に突然現れた悪魔は僅か10年で日本及びアジアの東の各国を制圧し、今世界で無事な国はここアメリカと、南アメリカ、ヨーロッパ、オーストラリアなど、まあアジアの東を除く160カ国程だ。
現在2014年。この5年程はそれ程進行も激しくなく、かなり情勢は落ち着きを取り戻しつつある。
といっても太平洋を挟んだこちらの国だけで、アジアの東に面する国々は常に戦争状態、落ち着きとはほど遠い現状にある。
わたしは丁度その10年ほど前、日本にある幼い頃通った空手の道場の師範が死んだと言うことで、弟のような存在の道場跡継ぎから連絡を受けて急遽駆けつけ、葬式に参列したところであった。
跡取りは学校を卒業後、祖父である師範の道場を継ぎ、町の子供達に空手を教えて生計を立てていた。
弟のような跡取りには当時既に婚約者がおり、落ち込んでいる跡取りを慰めている姿が印象に残っている。
とても若く同年代には思えないその容姿は、可愛いが中学生ぐらいにしか見えなかったのは跡取りの趣味、という訳ではなく、単に幼馴染なのだそうだが、まあそれはいい。
「梓姉」といつも呼んでくれた跡取りの消息は現在も不明だ。
葬式の後、仕事でこちらに直ぐに戻らなければ成らなかったわたしは婚約者がいれば大丈夫と思っていたのだが、まさか悪魔等と言うものが日本に現れ、二度と会うことも出来なくなるとは思わなかった。
連絡も途絶え、わたしが目にしたのはTVで連日放映される日本壊滅の見出しだけ……。
当然空港から日本行きの便が出ることも無く、わたしは何も出来ないまま今に至る。
無事でいてくれればいいが……。
まあ、実際あいつは殺しても死なないとわたしは思っている。
小学生にして山に入り、熊を倒してくるぐらいの漢なのだから悪魔になんかやられるはずが無い、とわたしは信じている。
「まずった……」
冬のニューヨークは兎に角寒い。
気温がマイナス20度を超えることもざらだ。
そんな中わたしはいつものコートをクリーニングにだした時に聖水スプレーをポケットに入れたまま出してしまった。
予備のスプレーは家の中。
「本当にまずった……」
人気の無い地下鉄の駅の構内でわたしは柱に隠れている。
柱の向こうからは人外の気配。
「グゲゲゲ、ドコニカクレテイル」
今世界で完全に安全という国は無い。
世界各地で時たまこうして悪魔が現れては交通事故のように人が襲われて死んでいる。何処から現れて何処へ去っていくかは分からないが、人を襲っては去って行く。
別に征服しに来たと言うわけではなく、突発的な暇潰しのような行いだと偉い学者さん達が言っていたのをTVで見たことがある。
よって人々は現在では常識になったバチカン発売「聖水スプレー」なるものを常備してその事実に対処していた。
本当に効くのかよ、って言いたいのは分かるがこれが結構効くらしい。
その聖水どうやって作られているかは不明だ。
わたしは仕事を終えていつものように買い物をして帰宅する途中、いつもは通らないのだがあまりにも寒く、冬場で雪の積もった人気の無いビルの間を早く家に帰ろうと近道をしてしまったのがいけなかった。
建物の影で何かを食べる音が聞こえ、除いてみると目が合った……。悪魔と……。
もうそうとしか思えないだろう。
食べていたのはおそらく人間、見た目はどう見ても犬のようだが目が赤く光っている。
急いでその場を離れたが遅かりし……。
犬の姿の悪魔の速さは尋常ではなく、距離をまったく稼げなかったわたしは近くに在った地下鉄の階段に飛び降りてしまった。
残念ながら現在工事中でこの時間は誰もいない駅の構内……ラッカースプレーによる落書きだけは、新構内だというのにすでに所狭しと吹きかけられてあった。
『どうしよう、やり合ってもいいが聞いた話によると物理攻撃効かないって話なんだよな……』
腕に自信が無いわけではない。
しかし如何せん相手は悪魔。物理攻撃が効かず、銃で撃っても効かないらしい。唯一彼らに対抗できる武器は聖水に浸したものだけ……。肝心の聖水は手元には無い。
『あれ、詰まった?』
「ナンダオマエハ……ギャーーーーー」
悪魔の悲鳴が構内に響き渡る。
柱の影から除いて見ると、そこには消え去る悪魔と白い髪にロングスカートの黒いメイド服を着た美女。
彼女の手には見たことも無いオレンジ色に輝く剣が握られており、悪魔はその剣で地面に串刺しにされ、消えていった。
「大丈夫ですか?」
『あれ?懐かしの日本語……』
わたしは警戒しつつも柱の影から出る。
見た目は西洋風の彫りの少し深い、白髪で右目を隠し左目だけを出しているメイド服の美女。
見える瞳の色は金色……カラーコンタクトだろうか?格好からしてどこかのスタジオで撮影中のドラマか何かの格好のまま出てきたように見える。
「ありがとうございます。助かりました。丁度聖水スプレーを忘れてて困っていたんです」
「梓姉?」
『わたしにメイドの知り合いはいない。でもその呼び方は懐かしい……まてよ』
「おい、その呼び方を誰から聞いた!その呼び方をするのは私の馬鹿な弟分たちだけだ!お前は誰だ!」
「誰って言われても……。あ、グアしまった~~~よりにもよってこの格好の時かよ」
『この喋り方』
「お前、まさかジローか?」
「一発でバレますか……流石梓姉勘が鋭い……」
メイド服の美女は顔を抑え、観念したようにわたしを振り向く。
「お久しぶりです姉さん。俺です山田金次郎です」
似合わない……まったく見た目と自己紹介がこれほど似合わないものをわたしは始めて見た。
――――――――――――――
「姉さんも壮健で、まったくお姿に変わりなく……ってか変らなさ過ぎでしょ、一体いくつになったんですか!?」
「その無遠慮な言い方、お前本当にジローか」
「そう言ってますが」
「会う早々女性に年を聞くかお前は……。まあ、前に会ってから15年も経つものな。ん、待て?そもそもわたし幾つだったかな?40までは数えてたんだが……」
真剣に悩んでいるようだ。
「自分の歳も思い出せないほどボケましたか……」
「失礼な!だいたいうちの家系は長寿なんだよ。もともと北海道の田舎の田舎、山奥の民でな。本当かどうかは知らないが何でも祖先は空を飛べたらしい。
わたしのばあさんなんか200を超えてもまだ生きているぞ?まあ、戸籍なんか持っていないから認定してもらっていないらしいが」
と言って笑う梓姉。
『人外くさいなこの人……昔からそうだったけど』
たった2つしか離れていない彼女に俺や大(大門のこと)が二人係りでもまったく歯が立たなかったのを覚えている。
熊を倒した頃でさえだ……。
『化け物め』
「お前、今失礼なこと考えてたろ。よ~し覚悟はいいか?」
いつもながら本当に勘が鋭い。
俺は今、梓姉の住まうアパートにいる。
『汚い……』
結構高級そうなアパートなのに部屋はもう荒れ放題……。
「まあ、そこら辺に座ってくれ」
「どこら辺ですか?」
「いやそこら辺だよ」
「だから、どこら……」
『いや、止めておこう。感覚が違うんだ。話がかみ合うはずも無い』
俺は仕方なくソファーか衣装ダンスか分からなくなっている椅子の上の服をどかし、そこに人一人分の隙間を作って座る。
『下着までほったらかしかよ……』
ちょっとは気にしろよ、と思いつつ実は一番気になるのは俺の服が座ると汚れそうな事だ。
上質なビロードの様な素材のメイド服なのに……。
「アチ、オトトトト、ヌオ!?」
キッチンルームの方から異様な声が聞こえる。
不安になってきた……、いやもう不安どころではない。
俺は堪らずキッチンルームに行く。
「なん…だ……これは……」
異様なごみの山。俺は思わず後ずさる。
よくこれでアパートから追い出されないものだ。
「ああ、ジローちょっと待てよ、今このあたりにあるはずのコーヒーを、いやこれは使いかけの洗剤か、いやこっちに」
ゴミの中をどうやら飲み物を作るための材料を探しているようだ。
プツプツと俺の鳥肌が立つのが分かる。
「……デテイロ……」
「ん?どうかしたか?」
「いいからコート羽織って、外に出ていろ!」
俺は堪らず叫んでいた。
5分後
「え、ここ何処?」
「何処ってあなたの部屋でしょう」
磨き上げられたように光り輝く綺麗な部屋。
床も壁も天井もまっさらの様だ。
整頓されて置かれた応接セットに、荷物の中に埋もれていたはずのTVも応接セットで見れるように綺麗に配置されてある。
何処に在ったのか大きな観葉植物の鉢植えもあり、さながら高級住宅街の邸宅の部屋の様な様相を呈してある。
『はて?観葉植物なんてわたしの部屋に在っただろうか?』
「ゴミは全て出しておきましたからね。後、洗濯物も全部洗ってアイロンもかけておきましたから」
応接セットの机の上には2人分の湯気を立てたコーヒーが用意されてある。
飲んでみる。
「旨い」
冷えた体が温まる。
「食料品は全滅でしたから、それは俺が買って持っていた分で入れましたから、安全ですよ」
「いや、そもそも危険なコーヒーってなんだよ」
「姉さんがさっき入れようとしていたものですが、何か?」
メイド服で立って上から目線で睨まれると、美人顔なこともあり、妙な威圧感を感じる。
「ハイソウデスネ」
わたしはジロー相手だと言うのに何も言えなかった。
――――――――――――――
まったく持って信じられなかった。
まさか掃除に身体強化だけでなく、「絶対王の空間」まで使わねばならないとは……。
まあ、戦いではないので自己催眠は必要なかったからいいのだが、帰りの魔力残量が心配だ。
え?絶対王の空間を何に使ったって?
まず、現実の時間との流れを変えて中の時間を100倍にしてゴミの焼却だろ、次にでかいタライを創造して化け物呼び出して洗濯させて、星空を太陽に変えて剣や槍のモニュメントに紐をかけて洗った服を干して、乾して、まあいろいろだ。
もし自己催眠でも使おうものなら我はゴミだけでなく全てを燃やし尽くしていたかもしれない。
え?洗濯しなくても綺麗になるように思えばいいって?
ばっ、馬鹿な、乾燥機が在るからっていい天気の日に外に干さずに乾燥機に入れるか?それはできない相談だ。綺麗になるように願ったからってどこまで綺麗になるか分かったもんじゃない。洗えるものは洗って干したほうが気持ちいいに決まっている。うん。(注2)
部屋を掃除したのは別同部隊。俺の絶対王の空間には随時1000人のホニャララ(死語かな?)が俺の為に待機しており、戦いでもなければ随時俺を出迎えてくれる。
洗った洗濯物を干したのも彼女らだ。これ以上は言えません。白い目で見られそうだから……。
「とりま、こんなものかな」
俺も梓姉の横、綺麗になった床に正座して座り、自分の入れたコーヒーを頂く。
「お前、伊達や酔狂でその格好をしているんじゃないんだな」
ハタと気が付く。そういえばまだメイド服のままだった。
着替えるの忘れてた。
「いや、まあ色々あるんだよ」
「そうか、でもその姿……やっぱり死んだんだなお前~」
泣きながら梓姉が俺に抱きつこうとする。
「いえ、死んでませんよ?」
俺は姉さんを制止しながらいう。
「あれ?だってお前こういう時は死んで女に生まれ変わったとかじゃないのか?」
「一体なんの本を読んだんですか」
「いや、最近こっちで流行のネット小説をチョット」
「へ~そんなものがあるんですか」
俺が向こうの世界へ転生する前にもネットはあったが、ネット小説は無かったな。俺が知らないだけかもしれないが。
「ところで梓姉。今この世界はどうなっているんですか?」
「どうって……」
梓姉の説明を聞くとアジアの東が制圧されてからこっち、悪魔の進行が止まっているらしい。(注1)
それも5年ほど前から……。
『丁度俺が向こうであいつと会って、こっちに帰ってきてからぐらいだな。切っ掛けは作ってやったが、なかなか苦労しているようだ』
取り合えず部屋を借りて着替える。
今日の服装は黒いジーンズに黒いタートルネックのセーター、こちらで購入したものだ。
「え、嘘。男だったの?」
「男ですよ。生まれたときからね」
「声も変ってるし……」
先程は高いソプラノ声だったのに。今は低いハスキーな男の声になっている。
「じゃあなんであんな格好を?」
「聞かないでください……。ところで梓姉、晩御飯の材料買って来てたんだね。俺が作るよ……」
「あ、待ってそれは……」
袋を開ける。
中には店屋物や弁当。ビールがぎっしり。
「・・・・・・・」
『まったく向こうに持って帰る為に買い込んだ材料が、次々と減っていく……』
トントントントン
コトコト
『いいわ~。さっきまで美人のメイド姿だったけど、こうしてみると超美形の男性。
そんな彼がわたしの部屋のキッチンで料理をしている。
男性がキッチンに立つ姿ってカッコイイ。
背も高いし、白い髪で片目を隠しているのもいいわ~』
ジュルリ『あ、涎が……』
「お腹がすいたんですか梓姉」
「いやいや別な意味です」
「はい?」
「気にしないで」
わたしは頭を振る。
「それにしても、前はこうもっとイカツイ悪ガキみたいな感じだったのに、すごいキャラチェンジね~。人間一度死ぬと皆そうなれるのかね~小説だね~」
「だから死んでませんって」
「それってさっきも言ってたけどどういう意味?」
「だから俺の身体は死んでませんって意味です。ちゃんと生きてますよ」
「じゃあその身体は借りの体……いいのよ!戻らなくていいんだからね!」
「なんでそこだけ必死なんですか。普通は知り合いが死んだかもって目の前に現れたら、なんとか生き返れるようにってするもんでしょうが」
「コホン。兎に角良かった良かった、無事その身体で生まれ変わって」
まあそこは反論しませんけどね。生まれ変わったのは当たってますから……。
二人でご飯を食べ終わった後、俺はある事に考えが及ぶ。
あ、ちなみに今日の晩御飯の献立はほうれん草のおひたしに鰹節をかけたものと、お味噌汁。ご飯に、メインはジャガイモの煮っ転がしでした。お漬物も当然あります。(注3)
(注1)
リーンがいう悪魔に滅ぼされた世界とは、日本、実はもっと小さな自分の住んでいた街のことを言っていただけでした。
自分の見知っている限りの世界と言うべきかな。
情報も何も入らない状況、そしてアキラが死んだのは残念ながら悪魔ディアブロが帰還する直前の出来事だったものですから。
(注2)
ちなみにアンブロシウスはかなりのA型です。
(注3)
アンブロシウスの作る料理は、前世でしかしたことが無いので和風です。
おじいさんと二人暮らしで、おじいさんが寝込み始めた晩年は家事一切をしていました。介護もです。




