古代都市の真実
彼は名前をナタテスと名乗った。
ナタテスに連れられて俺達は街の外れの教会に案内される。
馬車とかではなく歩きだ。
遠間から見ると分からなかったが、途中出会う人々の目はまるで死んだ魚のようだった。
「こちらへ」
俺はアムネジアを振り返るが杞憂だったようで、彼女はまったく気にした風も無く教会の中に入っていく。
『こっちの世界じゃ、悪魔って教会大丈夫なんだな』
俺とリーンも続いて中に入る。
そこには半死半傷の人々が溢れかえっていた。
病気のものもいるようだ。
「これは……」
リーンが俺の背中に手を掛ける。
顔色が悪い。
「ああ、すみません。ここではなんですので奥の方へ」
俺達はかなりの異臭がする中を進み、奥の部屋に通される。
途中通った通路も同じように人々が倒れている。
おかしいのはそんな人々を治療する者達がいないことか……。
奥の小さな部屋に入ると、そこには先程のような怪我人などはおらず、応接セットと見られる簡易な机と椅子があるだけの部屋。
「今、お茶を出しますね」
ナタテスは俺達を置いて、部屋から出て行ってしまう。
「ニー様。ここは?」
「ああ、天国ではなさそうだな」
迷宮の封印の扉、その中にある世界。
晴れ渡った青空とは裏腹に、この街は何か良くない空気に包まれているようだ。
アムネジアはというと俺達とは反対で、心地良いとでも言うかのように笑っている。
悪魔か……。
「お兄ちゃん達、誰?」
振り向くとナタステが出て行った扉とは別の、通路ではなく隣の部屋に繋がる扉を少し開け、一人の少女がこちらを覗いている。サラサラとしたストレートの黒髪に紫色の瞳。
「もしかしてナタテスお兄ちゃんの言っていた勇者様?」
そう言って扉を開けてこちらの部屋に入ってくる。
大きなウサギの人形のようなものを持ち、白い簡素な夜着を着た少女。
顔色は悪いが、将来絶対美人になるであろう美少女だ。
「君は?」
「私はエンフェルミナ。ユーロン王国の王女よ」
―――――――――――――
ユーロン王国の王女と名乗る少女エンフェルミナ。
確かに王家の特徴である紫の瞳をしている。そこはかとない気品も感じる。
しかしユーロン王国には現在王女と呼ばれる人は一人しかいない。
俺はアムネジアを見る。
ならこの少女は誰だ?
「ああ、エンフェルミナ様いけませんよ。寝ていないと」
ナタテスがお茶を持って戻ってくる。
「さあ、奥の部屋に行きましょうね」
「寝てばっかりは嫌なんだけどな……。バイバイお兄ちゃん達」
俺は手を振る。
俺達にお茶を出した後、ナタテスは少女を伴って隣の部屋に寝かし付けに行ってしまう。
「退屈だな、つまんないぞ」
2分と待たずにアムネジアが痺れを切らす。
「何処へ行かれるのですか」
「強い奴を捜してくる」
そう言ってアムネジアは部屋から出て行ってしまう。
俺は溜め息をついて、仕方が無いのでリーンに頼みごとをする。
「リーンすまない。ナタテスの話を聞いて俺に教えてくれ」
俺はフェルトで自分の髪の毛を数本切って、鞘ごとリーンに渡す。
「兄様、捨て置いたらどうですか。あんな悪魔なんか」
「そうもいかないだろう。ほって於いたら何をするか分からないしな」
―――――――――――
兄様はアムネジアを追いかけて行ってしまう。
一人残されたわたしはお茶をすする。
結構おいしい。緑茶っぽい味がする。
「すいません、お待たせして」
隣の部屋からナタテスが戻ってくる。
「お二人は行ってしまわれたのですね」
「兄様と連れが、本当にすいません」
わたしは頭を下げる。
「いえいえお気になさらず。訳も伝えずにこちらに案内したのが悪かったのですから」
「それでわたし達をこちらに案内したわけはなんですか。怪我人の治療ですか?」
わたしは思ったことを口にする。
「いえ、彼らは皆「待ち人」です。治療は必要ありません」
「待ち人?」
「はい、永遠の死を待っている者達です」
一体どういうことなのだろう?教会へ来て治療もせずに死を待っているとは。
「この街にいるものは皆死人なのですよ」
「アンデッドと言う事ですか」
「いえ、モンスターなどではなく、一度死んだ者達なのです」
ナタテスが詳しく説明してくれる。
この街にいる人々はここに来るまで、普通に王国等で生きて生活をしていた人たち。
それも現代から過去に至るまで、あらゆる時代に生きた人々。
そんな人々が数十万人程がこの街で暮らしているらしい。
「私達は自分達が死んだ事を知っています。中には死の記憶の曖昧な者も居りますが、殆どのものが自分が死んだ事を知っています」
「そして、ただここに生き返ったと言うのではなく、死人と言ったように生きているなら必ず訪れる死を私達は持っていません。ああ、そう言うとどちらかといえば「生き人」と言うのが正しいのかもしれませんけど……」
「死を持たないって事は不老不死?その割にはかなりの人が病気や怪我をしていたみたいですけど」
わたしは半信半疑で疑問を投げかける。
「不老不死ではありません。唯単に死ぬとこの街に来た時の姿に戻るだけです。私が死ねば丁度7歳くらいの姿に戻ります。彼らも死ぬ少し前まで元気で無事に生きていたのなら、あのような姿にはならなかったでしょうね」
「それは……どういう」
背筋に嫌な汗が流れる。聞いてはいけないのではないか。
そんな声が頭の中で警告を発する。
「私達は死ぬ数刻ほど前の姿でこの地に蘇るのですよ。怪我をしていたものは怪我をして、病気だったものは病気で、そして私達に死というものは無い。ここでは死んでも時間が経てば、また同じように死ぬ数刻前の姿で蘇るのですよ」
お茶の入った御椀を持つ手が震える。
「そ、それって考えようによっては地獄なんじゃ……」
「そうですね、だから彼らは「待ち人」としてここに来て、神に祈っているのですよ。早くこの人生など終わらせてくれ、とね」
顔色が青くなるのが自分でも分かる。気分が悪くなる。
「あなたは?」
「ああ、私は先程言ったように死ぬ直前までは五体満足でしたし、最近死んでませんしね。どういう選定基準かわかりませんが、殆どのものは崖から落ちて死んだものや、怪物に食われて死んだものとか、直前まで元気だったものが多いのですよ。まあ寿命で死んでくるものはここにはいませんね。ここ以外に同じような町があるのなら、分かりませんが……」
ハタと気がつく。
「あ、先程の少女は、あの娘は大丈夫なんですか?」
「彼女は……残念ながら「待ち人」です」
御椀を落としてしまう。
「あ、ごめんなさい」
「いえ、気になさらずに」
「本当……なんですか。今の話……」
持っていたハンカチでこぼれたお茶を拭きながら、もう一度尋ねる。
「はい、全て本当です。私達はその運命から逃げることも、この街から出て行くことも出来ない。街から出て行こうとしても、またいつの間にか街に戻っているのですよ。どんなに頑張ってもこの街からは出られない。死のうと思って自殺しても蘇る。私達が唯一自由になれる方法は唯一つ。この街以外の世界、つまり地上で誰かが死んでくれることを待つだけなんですよ」
「地上で……この街が地下(迷宮)に在ることをあなた達は知っているのですか?」
「ええ、うすうすは。地上にこんな街があればそれは知れ渡るでしょうね。死者が生きて動いている街なんて……。
そんな話は聞いた事も無ければ、誰も外から人が訪れることも無い街。在るとすれば地下、ここはあなたが仰った地獄なのでしょう」
「地上は……今は戦争がなくなってやっと平和になってきているって言うのに、あなた達は地上での人々の死を望むと言うの?」
「それしかないのですよ。待ち人の祈りとは神の救いでもなければ他者の幸せでもない。ただ誰かが死んでこの地にくれば、誰かが解放される。それを待ち望んでいるのですよ。自分が幸運にも選ばれて、この地獄から開放されることをね」
「酷い、そんな、それは余りにも……」
涙が出てくる。何故こんなことになっている。誰がこんなことをしている。神か?いや悪魔だ。
こんなことをするのは悪魔に違いない。
神に祈るどころか教会で他者の死を望む人々。
弱い人々の心に漬け込んだ卑劣なる行い。
『許せない』
心の底から怒りが溢れてくる。
『悪魔なんか皆殺しにしてやる。父さんや母さんを殺した悪魔。絶対に許さない』
まず手始めに……あの悪魔の女の顔が頭に浮かぶ。
わたしは椅子から立ち上がって兄様達の後を追おうとする。
ガタン
隣の部屋で大きな音がする。
わたしとナタテスは急いで隣の部屋に駆けつける。
先程の少女、エンフェルミナがベッドの脇で血を吐いて倒れている。
わたしはすぐさま駆けつけて、少女に治癒の魔法、そして病気を治療する魔法を掛ける。
荒い息を吐いて少女が息を吹き返す。
目を開けるエンフェルミナ。彼女は青白い顔で、血の着いた口を拭く力も無いのにわたしに語りかける。
「お姉ちゃん、ありがとう。なんか楽になったよ」
駄目だ。涙を止められない。この娘の前で泣いちゃダメだって解っているのに止められない。
「って待って!?治癒魔法効くんじゃない!なんで誰もこの娘に治癒魔法を掛けないの!外にいる人だってそう。治療すればここでだって死ぬまでは楽に生きられるじゃない」
「そうですね。5年程前まではそうでした」
「5年前?」
「はい、この地に……悪魔が現れるまでは……」




