下僕
「悪魔の戦士、アムネジアだよ。人間!」
そう言って突然斬りかかって赤い髪の少女、いやアムネジア。
抜き放ったその刀の刀身は、黒。
「黒雪!?」
それは姫が最後に持っていた剣。
一瞬驚きで反応が遅れるが、間一髪のところで魔剣フェルトで受け止める。
「兄様に何をする!」
リーンがアムネジアに向かって、持っていた神槍ロンギヌスを突き出す。
アムネジアの髪の毛が数本千切れ飛び、俺の目の前に羽根のように舞い落ちる。
俺の目に映るその髪の毛は、アムネジアから分かれると黒く変色してしまう。
いや、これが元の色なのだろう。
『そうかよ、そういうことかよ』
俺は納得する。
『こちらの世界に送り込むにしても、とんでもないものを入れてくれたものだ』
先程までは感じなかったが、いざ戦闘になると彼女が内包する魔力を感じ取れるようになる。
正確には刀を持ったからかもしれない。
その魔力は魔王には遠く及ばないものの、この世界に生きる生物のどの魔力よりも強力なものを持っていると感じる。
出会ったことのある魔人達の中でも、まず間違いなくトップクラスに違いない。
リーンとアムネジアが俺の前で激しく斬り合う。
その攻防は凄まじく、普通の人間が見れば目にも止まらぬ達人同士の斬り合いと見れるかも知れない。
しかしウォーレンやヘルズがここにいれば、また別の見解を示すだろう。
アムネジアの攻撃がテレフォン状態になっている。
凄まじく早くて重い攻撃だが、達人のリーンから見れば簡単に予測の出来る大ぶりな斬りにしか見えないのだろう。
リーンはミスリルゴーレムの攻撃と同じように、その猛攻を涼しげな顔で簡単に槍で受け流している。
―――――――――――――――
『わたし、悪魔と戦えている』
目の前にいる悪魔はアムネジアと名乗った。
その名前は昨日クインドの街を襲った紅の巨人に乗る悪魔の名前と同じもの。
声からしても同一人物に間違い無いと思う。
わたしはあの時、悪魔の放つ魔力を見て恐怖した。
悪魔には人が太刀打ちできるものではないのではない、とも思ったものだ。
それがどういう訳か、今わたしはどちらかと言えば悪魔相手に優位に戦えている。
単調すぎて大振りなだけの分かり安すぎる攻撃。
普通人では捌けない手数だが、身体強化をする私には無意味。
余裕が出てきたわたしは兄様、いえ、ニー様に聞いてみる。
「ニー様。こいつ昨日の悪魔ですよね」
「ああ、そうだろうな」
「わたし手加減されてるんですか?」
「そういうわけではないと思うが、どうした」
「だって可笑しいじゃないですか。昨日は、魔力の放出だけで街が消し飛ぶかと思ったのに」
「ああ、それは単純に巨人の力だ」
「巨人?それはどういう……」
「巨人をなんだと思ってたんだ。あれは搭乗者の魔力を何千倍にも引き上げる、魔力の増幅装置だぞ」
(注1)
―――――――――――――――
『なんだこいつは。人間など魔物より弱い生物なのではないのか』
あたしの攻撃がことごとく受け流され、傷一つつけることが出来ない。
『嘘だ。あたしはこんなに弱かったのか?ありえない。こんな馬鹿なことが在ってたまるか!』
焦る気持ちでますます剣先が流れ、次の初動への動きが鈍る。
『違う、あたしはこんなに遅くない。もっとだ、もっと早く斬れたはずだ。違う、こうじゃない』
記憶の中の誰かがそう叫ぶ。
身体が泳ぎ、背筋が曲がろうとするのを誰かの手が押さえる。
『違うもっと……、そう、背筋を伸ばして。返しの腕を早くして!』
チン
「あ……ら?」
息が荒くなってきていた。誰かが今側にいたような気がしたのに、誰もいない。
速さを求めていると、何故か剣を収めてしまっていた。
目の前のとんでもなく速く動く人間を屠る為、自らの最速の斬り返しを追及したら、身体が 勝手に剣を鞘に納めてしまったのだ。
『何故?』
疑問が湧く。
これではまた刀を引き抜いて斬らねばならぬでは無いか。
『違う。これでいいんだ』
あたしの頭の中で別の声がする。
いや頭ではなく、身体がこれでいいと言っている。
肩の力を抜き、背筋を伸ばし、余計な力を一切入れないであたしは動きを身体に任せる。
そうだ何千、何万とこうして「刀」を抜いたではないか。
――――――――――――
アムネジアがハアハアと肩で息をし、頬を上気させて剣を収める。
降伏?と思ったが、彼女は背筋を伸ばし、肩の力を抜き、ソッと自分の刀に触れる。
ユラリと何か陽炎のようなものが見えた気がした。
「跳躍しろ!」
チ
数m後方に転移した私の右耳の下の髪の毛がハラリと落ちる。
『危うかった』
兄様が叫んでくれなければわたしの首と胴体が二つに分かれていたかもしれない。
今頃になって背筋に冷たいものが走る。
刹那のタイミングの遅れで間違いなくわたしの首が飛んでいた。
今までは余裕で躱してきた敵の剣が、初めてわたしを捉える。
わたしには後方に転移していたと言うのに、斬って剣を収めるまでの太刀筋が、一切見えなかった。
「ありがとう。お前のお蔭で私は強くなれた。感謝する」
悪魔の戦士アムネジアがわたしに向かって微笑む。
ゾッとした。
悪魔は人間と違って、こんなにも一瞬で強くなれるものなのか。
修練とか鍛錬といったものは必要ないのか。
いやもうこれは強くなったとかのレベルではない。
進化と言っても過言ではない程の剣技の変化。
嫌な汗が流れ落ちる。
先程までの優位性なぞまったく感じられない。
アムネジアの刀の長さは今の戦いの最中で把握してはいるが……。
チ、チ、チ
アムネジアがわたしのと間合いを詰め、剣戟を繰り出してくる。
彼女の間合いに入る直前に、わたしは何度も転移する。
しかし完全に躱しているはずなのに、鳥の鳴き声のような音が聞こえるたびに、わたしの髪の毛や服が千切れ飛ぶ。
追い詰められ、とうとう浅くだが皮膚が斬られて血が飛び散る。
私が持つ槍の方がリーチは長いのだが、下手に突き出し躱されてしまえば、間合いに入られた時に転移が間に合わないので突き出せないでいる。
「下がれ、リーン」
兄様の声が聞こえ、わたしは大きく後退する。
――――――――――――
「下がれ、リーン」
俺は言いながら前進し、脳内シナブスを焼ききれる直前まで強化する。
昔と同じであれば、これで対処できるはずだ。
俺は二人の間に体を割り込ませ、アムネジアと対峙する。
緊張が走る。
チ
バッと血の色の花が空中に舞い、俺は少し下がり、額を押さえる。
「兄様!?」
「来るな!」
『そうか、そうだよな』
昔の姫相手ならこれで容易に片が付いた。
しかし身体強化を駆使する姫相手ではどうだろう。
膨大な魔力を有するアムネジアは、俺と同じく身体強化を常に使っている。
能力が互角ならば後は技量だが……。
身体強化を施した肉体から放たれる神速抜刀術とはいえ、脳内シナプスを強化すれば捉えることができない訳ではない。
だが、達人である姫が放つ神速抜刀術。
それはただ単に速いとかそういうことではない。
相手の先の先、後の後を理解してか、敵の予想される移動先に刀の切っ先を置いておくという動きをする。
今のは俺の反応が思ったより悪かった為か、アムネジアの剣が俺より速く予想地点を通過した為この程度で済んだ。
俺の指の間から血が滴り落ち、左目に垂れてくる。
俺が遅くなった理由は手加減。
姫の身体を壊す訳には行かないからな。
「次は無い」
俺の行動を侮辱と受け取ったのか、言い放つアムネジアの剣気が怒りで膨れ上がる。
「参りました」
俺はあっさりとその場で土下座して降伏した。
―――――――――――――
悪魔に降伏が通じるのかはなはだ疑問だったが、効果はあったようで、アムネジアは剣気を静める。
「あたしは今気分がいい。強くなれたからな。何処へなりと行くが良い」
アムネジアはそう言うと興味を無くしたように、俺達をほって立ち去ろうとする。
「お待ちください。アムネジア様」
「まだ何か様か?」
「アムネジア様。失礼ですが私達を従者、いやそれがダメなら下僕にしていただけませんか?」
「下僕?」
―――――――――――――
また面妖なことを言うものだ。
今わたし殺されそうになっていたくせに……。
「人間であるお前を「下僕」としてあたしに何の得がある。それにそちらの女は納得していないようだぞ」
『口調がおかしい。あたしはこんな喋り方をしてただろうか?』
―――――――――――
俺は何とか彼女とのつながりを付けよう必死になる。
「いえいえ、彼女は私の弟子です。文句など言うハズがありません。それよりも「得」と申しましたが、アムネジア様は一体何の目的があってここにいらしたのですか?」
「あたしか?いや別にこれと言って用があったわけではない。敢えて言えば研鑽とでも言おうか」
「それでしたら他でもありません。この迷宮の奥底、私達の目的地だったのですが、そこに大いなる力が眠ると進言致します」
「大いなる力……それは強いのか?」
「もちろんですとも、大いなる力というぐらいですから必ずやアムネジア様を満足させ得るものに違いありません」
「様はいい」
「は?」
「アムネジアで良いと言っている」
「それは了承と取ってよろしいので?」
「好きにしろ」
こうして俺達はアムネジア様の下僕となって迷宮に挑むことになった。
――――――――――――――――
それからというもの、迷宮探索がかなり楽になった。
俺の出番なんてミリ単位も無い。
下僕にした俺達よりも前へ出たがるアムネジア。
彼女がいれば、そうれはもう鬼に金棒、虎に翼の無敵状態。
次から次へと現れる魔物達がウサギかヒツジの群に見える。
俺達はあっさりと地下迷宮最深部に着いた。
結局この迷宮、言われていたような666階ではなく108階までしかなかった。その内の30階程はあの落下した縦穴の部分で、絞められている。
もしかしたら隠し扉とかがあって、各階を周れるようになっているのかもしれない。
俺達は冒険者ではないので、そこまで捜索する気も無いし目的が違う。
ここが108階層だと分かったのは、あからさまに扉の前に書かれた文字。
最下層の巨大な扉の前にはここが最下層であるということと、この迷宮が108階層であることを記していた。
そして扉には王家の紋章……。
ここにきて封印、それも王家のもの。
一体誰がこんなところに封印を施したのだろう。
謎は増えるばかり。
ここまでのところ、リーンは胸に入れたお守りによる念話で説明してあるので静かにしている。
『考えがあるから、悪いが黙って事の成り行きを見ていてくれ。文句や質問は帰ってからタップリ聞くから』
と言ってある。
そのおかげか、何も言わずに黙々と戦闘をこなして着いて来ている。
不思議なことに、いざ戦闘になればアムネジアともお互いの領域を侵さずに、仲良くしているように見える。
「これは封印か?」
「よくお分かりですね」
「ああ、何故か見たことがある……気がする」
「この扉なんですが、確かに封印されていて開くことが出来ません。しかしアムネジア様なら封印が解けるかと……」
「あたしが?」
「どうぞ扉に手を当ててみてください」
アムネジアは少し躊躇いがちに、それでも何か思うところでもあるのか、意を決して扉に手を当てる。
一瞬、アムネジアの瞳が紫色に光ったのを俺は見逃さなかった。
『これは間違いないな』
扉は何の抵抗も無く、奥に向かって開く。
完全な暗闇。
俺はここで初めて下僕のお仕事、危険が無いか確認しながら先頭をきって中に入る。
目も眩むような光が辺り一面に広がる。
そこには巨人を祭る巨大な神殿のような部屋がある、と思ったが何故か外だった……。
―――――――――――――――
目の前に広がるのは白い石造りの街並み。
行きかう人々の服装は、簡易な布を身体に巻いたようなものや現在のものまで、バラエティに富んでいる。
「お待ちしておりました。勇者様」
俺達が今いるのは街中に設置されたモニュメントのような巨大な扉の前。
扉と言っても建物へのそれではなく、大きな石造りの扉だけが広場の真ん中に設置してある。
後ろを振り向くとそこは暗闇。
遅ればせながらリーンとアムネジアも暗闇からこちらに出てくる。
扉はゲートになっていたようだ。
その扉の前、俺に声を掛けてきたのは一人の青年。
年の頃は17~18ぐらいに見える。
どこからどう見てもそれ程美形でもなく、醜悪でもない唯の人。
「勇者様って……そういう場合は「巫女の格好をしたものすごい美女」か「某国の召喚魔法を使えるこれまた美女のお姫様」がお出迎えのパターンなんだが……」
俺は何故かテンプレを口走っていた。
「ニー様」
リーンが俺の肘をつねる。
「いえ、構いませんよ」
青年は笑って許してくれる。気にしてはいないようだ。
(注1)
リーンは、アンブロシウスの魔力が一定値であれば、巨人に乗って膨れ上がった魔力に気がついたかもしれません。
しかし普段から魔力の上限が変動する主人公なので、巨人に乗ったから増えたとは気がつきませんでした。




