赤い髪の戦士
「天国のじいさん。俺早まっちまったよ」
現在、現実逃避中。
俺の目の前でリーンがキングゴーレムと対峙している。
ミスリルという魔力の篭った鉱石で出来たゴーレム。
その中でも頭が冠のような形をしていることからその名がついた金色のミスリルゴーレム。
リーンの両手にはパールの輝きを放つ半透明乳白色の刀身の剣が2本。
俺を真似てか二刀流だ。
対戦フィールド。
ゲームの様なこの迷宮での強力なモンスター(BOSS)と戦うときに発生するフィールド。
今なら分かるが、これは目に見えていはいるが亜空間のフィールドのようなもの。
どれ程強力な魔法を使おうとも迷宮、つまりハードディスクが破壊されないように発生する迷宮の自己防衛システム(魔法)だ。
今の俺なら穴を開けて中に乱入することもできるが、その必要はなさそうだ。
リーンは余裕なのか、こちらを見て手を振っている。
ミスリルゴーレムの魔獣さえ押し潰してしまいそうな拳をなんなく躱し、襲い来る蹴りを手に持つ細身の剣で流れるように軽やかに受け流し、その足を切り落とす。
そういえば父さんが言っていたな。
リーン(こいつ)が3歳で剣や魔法をマスターした天才だって……。
かたや俺の剣は我流……人様に教えられるものでもない。
あれ、俺こいつに何を教えようとしてたんだっけ?
あっさりと68階層のボスを倒し、リーンは笑いながら俺の下に駆け寄ってくる。
「兄様、見てくれましたか」
俺は亜空間から昔、姫が被っていた金色の舞踏会に行くようなマスクを取り出す。
『変身』(装着する)。
立ち上がり、コートを翻す。
「ああ、君の事は君の兄に代わり、このニー・サマーが見ていたぞ。ちなみに君の兄は今別の惑星に修行の旅に出た。今からは俺が代わりに君と旅をしよう」
「何を仰ってるか分かりません。それに一緒に旅ってここ迷宮ですけど」
「ああ、そう言えばそうだったな。い、いや、まあ取り合えず、なんだ今の戦い方は!」
「え、何処かいけませんでした」
「何処も彼処もダメダメだ。そんなことじゃ、ウルトラグレートにカッコよくそして世界一強い君の兄のようにはなれんぞ」
(アンブロシウス)『何を言ってるんだ俺は~、自分でハードル上げてどうするよ!』
リーンはキョトンとした顔の後、笑って俺に杭を打ち込んでくる。
「はい。私なんてまだまだお兄様の足元にも及びませんものね。もっと頑張らなきゃ」
(アンブロシウス)『さらにハードル上がった~!お願いだからもうこれ以上頑張らないで~!』
リーンがキラキラと輝く純真な瞳を俺に向け、微笑んでいる。
(アンブロシウス)『ああ、痛い。その真っ直ぐな疑いの無い瞳で俺を見るのはやめて。自分で言っといてなんだけど、お前の兄さんは伝説の剣士とかそういう設定じゃ無いからね』
どうして俺の周りにはこう化け物じみた女性達が集まるんだ。
姫といい、リーン(こいつ)といい、もうちょっと普通で良いからね。
でないと俺の立場無いからね。
おれは自分の立ち位置をこれからどうしようか真剣に悩んでいると、俺より先に歩いていたリーンが俺を呼ぶ。
「兄様、こっち!」
「俺はニー・サマーだ。どうした?」
「これ……」
そこにはまだ廃棄処理されていないデータの怪物の死骸の山。
誰かがここを通って、モンスターの素材を剥ぎ取りもせず放置して先に進んだ後のようだ。
俺達以外の誰かが、先にこの迷宮に挑み、普通の冒険者では到達できないこの階層に単身で到達しているらしい。
独りと推測した理由はモンスターの切り口。
これは明らかに同一の者が斬った痕だと見える。
壁や柱ごとモンスターを切り刻み、あまつさえ切り刻んだモンスター達を踏みにじった痕すら見える。
これをした者が人間であるとするならかなりの凶気を含んだ人物に違いない。
「兄様」
リーンが不安そうに俺の袖を握る。
「しつこいぞ、俺はニー・サマーだといっている。心配するな。このニー・サマーがついてる。だが油断するなよ。身体強化は常に掛けておけ。それと武器は一番使い慣れたものに換えておくんだ」
リーンは無言で頷いて、2本の剣を亜空間に納めて、1本の槍を取り出す。
俺の武器はそのままだ。
言い忘れていたが俺の今日の武器は昨日まで装備していた2本の黒い剣ではなく。赤い刀身に青い水晶のようなものが刃の根元についた剣を持っている。
昨日まで装備していた剣は強いには強いのだが如何せんパーティ戦には向かない。
その能力は狂化。つまり装備しているものを強制的に狂戦士化させるというもの。
エンドルフィンが出まくって筋力や敏捷性、野獣性が増す。
単身で戦うならまだしも、パーティでその能力は足枷にしかならない。
まあ、俺の場合狂戦士化してもなんとかギリギリの処で意識を保っていられるので、身体強化の補助に使っているだけだが。
そして今持っているのは魔剣フェルト。
名前は前の持ち主の名前を貰ったものだ。
これは斬ったものの位置を所有者に教えてくれるという一風変った魔剣だ。
迷宮から出られないモンスター達を斬ったところで何の意味も無い。
ただこの剣のおもしろいところは、斬った相手の位置を知らせるだけでなく、切った部位を持って話せば、その元の持ち主と話し(念話)が出来るようになるというところだ。
まあ俺が剣と部位を持っている間だけだから、相手側にとってはちょっと不便な携帯電話みたいなものかもしれない。
だがまあ髪の毛一本だけ切らせてもらえば、いつでもその相手と話が出来るという優れものだ。
ファミリアーを掛けるより手間も魔力も要らない。
ちなみに倒したモンスターとは交信できないし、位置も分からなくなる。
斬った相手が死んだらその効果は切れるのだ。
それは髪の毛にも言える。
もし斬ったとしても、その切り口を斬って落とされれば、同じく効果は切れる。
効果を切られたくないのなら、相手の身体の切り離せない部位を切り落とし手に入れること。これしかない。
まあそれでも傷を抉る様に身体から切り離せば効果は切れるのだが……。
普通ならそこまではすまい……。
もし迷宮で離れ離れになるなど、いざという時の為にリーンの髪の毛を何本か切らせてもらって、懐の小さな布袋にお守りのように貰ってある。
携帯電話のような風の魔道具があるこの世界では意味が無いと思うかもしれないが、取り出して耳に当て無ければならない道具と違って、これは切った部位を身に着けているだけで相手と念話が出来る。
その秘匿性は押して知るべし。
迷宮のモンスターが倒されてしまっていることにより69、70階層と殆ど敵と戦うことも無く下る。
70階層大神殿の間。
やはりここも倒されてしまっている。
「ニー様……」
(アンブロシウス)『やっと呼んでくれたか』
「近いな」
倒されてからそれ程たっていないのか、ボスにあたる大きな蜘蛛の化け物アタランテからは、まだ鮮血が流れ出ている。
「先に進もう」
俺は不安がるリーンの肩に手を置き、先導して先に進む。
「後ろを頼む」
「分かった、ニー様も気をつけて」
俺達は先に進む。
この先は昔来たときと同じように、縦に続く巨大な穴のような部屋がある。
俺達はその部屋の壁から突き出した足場を伝って、下方を目指す。
「っ!」
誰かいる。いや正確には足場の一つで誰かが倒れている。
俺とリーンは目配せすると、その倒れている人物の側にテレポートする。
「大丈夫か」
そこには見たことも無い幾何学模様のように目の模様の描かれた黒いスーツに身を包んだ、赤い髪の少女がいた。
年の頃は17~8といったところか。
その手には血が付いている。
俺は慌てて少女を抱き起こすが、どうやら杞憂だったようだ。
「怪我じゃなく返り血、か?」
明らかに顔や口の周りに着いたそれは少女の血ではなく、モンスターの血であると観て取れる。
人の血とは違う、獣の血の匂い。
色も少し人間のそれと違うし、間違いないと思われる。
そしてそれを証明するように、少女は気持ちよさそうに寝息を立てていた。
「ん、んん~~~っ」
突然抱き起こされた為か、少女は目を覚ます。
それにしても大胆な。
こんな地獄のような迷宮70階層で熟睡するなんて……、まさに裸でウロウロしていた姫に負けず劣らずの豪胆さ。
まあといっても、姫の場合俺を助ける為だったのだから、そんなことを言っては罰が当たる。
「あれ~おにいさんたちだれ~?」
少女は寝ぼけているのか見た目とは裏腹に幼い声を出す。
「俺はニー・サマー。こっちはリーン、俺の弟子だ」
「よろしく」
リーンが俺の後ろから声を掛ける。
少女は目をこすりながら俺達を見る。
血の色のような赤い瞳。
「どうして、こんなところで寝てたんだ?」
「ん~あのね~……」
少女の話からするとこの直前の部屋で怪物を倒したはいいが、走ってこの部屋に飛び込み、穴があるとは知らずに落ちてしまい、何とか出っ張りに手を掛けることは出来たが持っていた剣を落としてしまったらしい。
で、よじ登ったはいいが、お腹一杯で眠くなったので寝たらしい。
なんか要領を得ない少女の解説をするのは久しぶりだ。
落ちるという単語で、俺は昔の自分を思い出す。
はい、俺も落ちました。
まあ俺の場合身体強化で勢い付けすぎて、どこにも掴まれずに死にそうになりましたがね。
今生きていられるのも姫のおかげです。
「とりあえず一緒に降りるか?」
俺は少女を誘ってみる。
帰るにせよ武器が無ければどうにもなるまい。
見たところ、代えの武器を持っているようには見えない。
少女は頷き俺達の後についてくることを承諾する。
足場から足場に飛び移る為、かなりの身体強化を施した状態でなければ俺達については来れないので、俺は少女を背中に背負い、下を目指す。
「アハハハハハハおもしろ~い」
何がおもしろいのか俺の背中で笑い声を上げる少女。
でも俺はそんなことを気にしている場合ではなく……。
『当たってるよ、思いっきり背中に当たってる』
ピッタリとした少女のスーツ越しにダイレクトに感じられるそれは、年齢よりも遥かに立派なもので、俺の背中にものすごい弾力のある物体が二つ、足場から足場に飛ぶごとにポヨンポヨン跳ねていた。
『いかん集中集中、いやいや集中したらダメだ。無心無心』
ここで前かがみになってしまっては俺の人生の股間に……いやいや沽券に関わる。
横で俺を見つめるリーンの目が冷たい。
「鼻の下伸びてる」
「うそっ!?」
おれはつい手をマスクの下の鼻に手を持っていく。
よく考えたら見えるわけが無い。マスクの下なんだし……。
「やっぱり……、ニー様代わりましょうか?」
「え、いやいや男たるもの初志貫徹と言ってな、一度始めたら終わりまではしなけりゃいけない生き物なんだよ」
「イキモノじゃなくて男はケダモノの間違いでしょ」
「上手いこと言うな。座布団10枚」
「いらない。まったく男ってそんなに胸が大きいほうがいいのかな」
リーンはどうやら自分の胸を気にしているようだ。
『お前は5歳なんだから気にすることなんて全く、完全、全然ないんだがな。どちらかと言えば「5歳限定胸大きいよコンテスト」というものがあれば優勝できそうな気がするが』
「いや、女性の胸が小さくても俺は全然平気だぞ」
「ニー様は嘘をつくと右耳がピクピク動く」
「マジッ!?」
俺は思わず右耳を触ってしまう
「やっぱり、嘘なんだ……」
『計ったな妹よ。動いてないじゃないか……』
そうこうしている間に底が見えてくる。
「アハッ、あったあった」
無事底についた俺達。
そこは巨大な部屋の中。天井部分に今下りてきた穴が開いている。
俺達は転移やゲートの魔法を使えるのでまったく問題は無いが、普通の冒険者では降りたはいいが、これでは戻ることが出来ない。
俺の背中から少女が飛び降り、近くに落ちていた自分の武器を拾う。
黒い鞘の刀……。
「そういや、まだ君の名前聞いてなかったな……」
嫌な予感がする。俺は身構え、冷や汗を流しながら少女に声を掛ける。
「あたし?あたしの名はアムネジア」
少女はスラリと刀を抜く。先程とは顔つきも変っているような気がする。
「悪魔の戦士、アムネジアだよ!」




