地下迷宮再び
ここは王国首都にある地下迷宮70階層。
『あたしは何故ここを知っているのだろう』
戦いの途中でアミーに退却を命じられ、苛立ちを隠せないあたしはウップンを晴らす為に記憶にあったこの場所に転移した。
『懐かしい』
記憶が無いのにこの場所が懐かしく感じる。
精神的ストレスを感じたときにいつもここへ来ていた気がする。
だが記憶の中にあるあたしは、何時も小さな少年を伴ってここにいたような覚えがある。
あれは誰だったのか……名前すら思い出せない。
適当に50階層辺りに転移してからここまで、何百匹もの魔物を斬り殺してきた。
そして今70階層にある神殿のような大広間にいる。
ここには蜘蛛の化け物がウヨウヨしていた。
右から襲い来る蜘蛛の化け物を切り裂き、左から飛び掛る奴は魔力の篭った血の色のように長く赤い髪の毛で切り裂く。
残るは目の前にいる巨大な人間の女の上半身をもったような親蜘蛛。
あたしが持つ黒い刀はしっくりと手に馴染み、大理石の柱ですらバターのように切り裂く。
怪物を切り裂く時は、切り裂いた敵の魔力が私のものになるという便利な刀だ。
魔人である私の命の源は魔力。
それを斬るだけで補充できるのだからまさしく鬼に金棒、無限サイクル。
といっても傷や疲れは魔力で回復できるが、空腹だけはそうも行かず、目の前で倒れた親蜘蛛の人のような腕を千切り取り、口に運ぶ。
ぬるりとした生暖かい血が口の中一杯に広がり、堅く筋張ってはいるがタンパク質であろう肉を咀嚼する。
腹は満たされ、喉の渇きも癒えた。
「もっとだ、もっとあたしを殺しに来い」
あたしは迷わず最下層を目指し歩を進めた。
――――――――――――――――
「まったく、何をそんなに怒ってるんだか」
俺は妹のリーンに殴られた頬を摩りながらぼやく。
俺はとある用事から妹の部屋を訪ね、扉を叩く。
返事がないので、仕方なくドアノブに手を掛けると鍵が掛かっていなかった。中には誰もいない大きな部屋。
昔、俺が朝稽古をする道場代わりにしていた一番大きな部屋にリーンはベッドとタンス等を持ち込み、自分の部屋にしている。訓練も出来て使いやすいのだろう。
出掛けるとは聴いてなかったのでトイレにでも行ってるんだと思い、そこで妹を待ってる間、昨日の戦闘で疲れて眠かったから大きな妹のベッドの端に寝っ転がっていた。
寝てたくらいであんなに怒ることもあるまいに……反抗期か?
兄妹ってのは難しいもんなんだな……。
俺は取り合えず部屋に帰ってきた妹に用事を伝える。
「今から出掛けるぞ」
――――――――――
わたしの部屋に勝手に入った上、わたしのベッドに勝手に寝ていた兄様。
鍵を掛けていなかったわたしも悪いのだが、今までこの屋敷はわたし一人で住んでいたので鍵を掛ける習慣が無かった。
兄妹とはいえ、この間までは全く会ったことも無かった男性が自分のベッドに寝転がっている。
怒って当然だ、……と思う。
というか余りに慣れ親しんだ態度を取られてもわたしの方が困る。
気にしすぎだろうか……。
「今から出掛けるぞ」
「どちらにいかれるのですか」
「着いて来れば分かるさ。あ、後そこにある食料の入った袋、1つはお前のだから」
わたしのベッドの横に5日分ほどの食料が入った皮袋が2つ用意してあり、わたしが一つ、兄様が一つ持って、わたしは兄様に続く。
兄様はわたしの部屋の何もない壁の方に立つと、そこに手を着く。
兄様の手を中心に壁に大きな黒い穴が開き、兄様は迷わずその穴の中に入っていった。
「兄様?」
わたしは不安ながらも穴に近づく。
「門……」
空間に穴が開き、その穴は何処かに繋がっているようだ。
こちらの世界の住人ならもっと驚いて叱るべきだろうが、向こうの世界の記憶を持つわたしは、なんとなくこんなものもあるんだと簡単に理解してしまう。
兄様の後に続いて穴に入る。
暗闇の空間。
出口と思われる光の漏れる入り口が直ぐ側にあり、そこに入る。
穴を出るとそこは白い大理石の敷き詰められた、巨大な門のような入り口がある洞窟。
「ここは……」
兄様は門の入り口に立つ兵士になにやら挨拶をしているようだ。
「兄様」
呼びかけると振り向き、こちらに歩いてくる。
「おう、驚いたか」
この場所のことか、あるいは兄様のゲートのことか、どちらについて言ってるのか分からないが前者の方を取る。
「ここは?」
「王国地下迷宮の入り口だよ」
「ああ、ここがあの有名な」
わたしは納得する。
生まれて5年のわたしは剣の修行等して師匠に連れられて各地を周ったりはしているが、基本的に迷宮といったものに潜ったことは殆どない。
この間の「命の花」を取りに潜った迷宮が初めてと言ってもいいくらいだ。
お城へ行く途中の坂道にこの場所があるのは知っていたが、基本的にお城に行く時は王様等に呼ばれて行くので、馬車が迎えに来る。
城に行く途中でチラリと目にする以外、この場所で立ち止まったことはない。
昔の兄様と違い、国政に関わらないわたしはお城に行くことなどまずないので、数える程しか目にしたこともない。
「へ~、ここがそうなのですか」
思ったよりも感動が少ない。
そもそも何故ここに来たのかすら分かっていないわたしは、気分的には突然に美術館に来て遺跡の模型を見せられた程度の気持ちしかなかった。
別にドワーフが丹念に造った迷宮でもないので、壮大ではあっても荘厳という訳ではない入り口を見てもあまり感銘を受けない。
男の子の場合はこういうものでも何かしら燃えるものがあるのかも知れないが、残念ながら女性のわたしにとってジメジメと薄暗く、空気の悪い陰湿な怪物のいる迷宮など、目的もなければさして興味はない。
「ところで、何故ここに」
わたしは兄様に疑問を投げかける。
――――――――――――――――
俺とリーンは王国地下迷宮の入り口にいる。
アリスは屋敷で留守番だ。
「前にも言いましたがめんどくさいです。ホコリッポイ迷宮に入ると掃除したくなりますから遠慮しておきます」ということだ。
俺がここに来た理由。
それは戦闘経験の少ないリーンを迷宮攻略させることにより、少しでも戦闘に慣らそうというのだ。
そして目的は其れだけではなく、この地下迷宮最下層に眠ると思われる巨人の回収。
俺が白い巨人を持つと知ったその日、リーンは乗せろとしつこく、風呂に入っている ときや厠の前で待ち伏せてまでごねる始末。
最後はとうとう「わたしもロボット欲しいの。可愛い妹の一生に1度、いえ3度のお願いの一つ。あのロボット頂戴」とまで食い下がってくる。
そこで少し無理してでも巨人をもう1体手に入れようとしている。
俺の白い巨人、アマテラスは少し変わっていて、時々俺に他の巨人が眠る位置を教えてくれる。
言葉というよりもそこにいる巨人の声を伝えてくれるのだ。
そしてこの地下迷宮の奥底から巨人の声が俺の頭に微かに届いたので潜ることに決めた。
「ん?お前があんまりにもしつこいから取りに行こうと思ってさ」
「え?何をですか」
「何って、お前それで昨日の晩、散々俺を追い回したろうが」
「さて」
「えっ、一晩立ったらもう忘れてるの?その程度、その程度だったの。一生のお願いとまで言ってたのに」
本当に忘れているようだ
首をかしげている妹に向かって俺は答えを口に出す。
「巨人、お前に言わせるとロボットだよ」
「ああ、そういえばそのようなこともありましたね」
『大丈夫かこいつ』
俺は心の中で本気で心配する。
『あれ、そう言えば何故こいつはロボットなんて言葉を知っている。それは向こうの世界の言葉じゃ……』
「おい、リーン」
俺は何故その言葉を知っているのか聞こうとする。
「兄様、取り合えずわたし着替えますね」
リーンはそう言って足元に食料の入った荷物を置く。
「あ、ああ」
俺はそう言って後ろを向こうとする。
リーンは何も無い空間から白い鎧を取り出しているのが見えた。
鎧を着けるだけなんだから見てても悪くないんだろうが、先程のこともあるので後ろを向いて、振り向かないでおく。
ああ、そういや何処に行くとも言っていなかったから武器も用意させていなかったな。
忘れてたわ。
まあ、と言っても亜空間を使えるなら今取り出した鎧と一緒で、何本か武器を持っているだろう。
俺のように……。
まあ、無かったとしてもいざとなったら俺の剣を何本でも貸してやれる。
俺も今は武器を装備していない。
100本以上の武器を全て亜空間にしまってある。
海竜の死と共に、海竜の巣が守るものがいなくなって安全ではなくなったので、見つかる前に全て回収して亜空間に仕舞ってあるのだ。
海竜たちが何故死んだのかはまあ、また外伝で話そう。
俺は前のような無限と思われるほどの魔力を失ってから、身体強化を常に維持することが出来ない。
だから重たい荷物等は全て亜空間に仕舞って、持たないようにしている。
全く使えないのかと言えばそうではない。
普通人のように意識的になら少しの間だけ身体強化を施すことができる。
少しと言っては語弊があるかもしれない。
訓練した普通人が身体強化すれば、大体数秒、力も普通時の三倍程度が限界だ。
火事場の馬鹿力と呼ばれるものに近いかもしれない。
前の俺であれば通常時の200倍から300倍以上の身体強化を、常に維持し続けられた。
今は常にとまでは行かないが、同程度の強化を数時間なら維持できる。
その魔力を何処から得ているのか。
答えは視力を失った右目にある。
この中に闇の魔力を自分の魔力に変換して溜め、その力を利用して身体強化を行っているのだ。
まあ、使用制限のある一種の貯水タンクのようなものだ。
補充することは出来るのだが、纏めてでないと常時回復する気にはならない。
痛いのだ……。
自分の魔力でもないものを身体に取り込み、あまつさえそれを身体の中で昇華し、自分の魔力に変換して右目に無理やり押し込む(エンチャントする)。
途轍もない痛み。
右目を抉り出したくなる。
そんな痛みを随時補充して味わうのは嫌なので、完全に使い切ってから補充するという出来るだけ少ない回数で済ましている。
闇の力はかなり危険で、あまり使いすぎると俺自身が闇に飲み込まれそうになる。
普通人であればとっくの昔に、いや、使っただけで闇になってしまうかもしれない。
この力はそれ程危険なものなのだ。
闇とは大地の魔力。
星が生きているとはよく前の世界でも耳にしたが、こちらの世界では正しく星が生きており、魔力を持っている。
闇、とはこの大地が持つ魔力なのだ。
人の身体の中には大地の気と繋がる門がある。
その存在に気づいた俺はその門を開け、闇の魔力を身体の中に取り込むことを憶えたわけだが、ティターニャ等、人ではない強力な肉体と魔力を持つ種族にこの力を試してもらったところ、使うことは出来ても自身の持つ魔力の3倍程度が限界。それ以上は使うたびに気力を奪われ、下手をすると死に至るそうだ。
ただ、何故か俺は大地の気と相性がよく、その力を無限に使うことができる。
無限にとは言っても先ほど言ったように闇に飲み込まれる可能性はある。
気力を奪われるのではなく、俺の場合は意識を乗っ取られるといったほうが近いかもしれない。
闇の気は、魔の気に近く。それを使い続けると俺の意識や考え方が負の方向に走ってしまう。
そのまま暴走すれば……考えたくも無い。
魔王を倒す為身につけた力で、俺が魔王になってしまっては本末転倒だ。
そしてこの迷宮というもの。
ドワーフの地下迷宮とは違い、太古からある自然に生まれた迷宮。
これは大地が魔力で創りだした積み重なったハードディスクのようなもの。
俺が脳パソを作って頭の中に記録を保管したように、大地もこの地に生きる生物や貴重な財宝を記録しており、それが迷宮という名のハードディスクの中に形となって現れる。
データ生物。
生物としてはなんら変わりなく動き、泣き、笑い、怒る(そういう感情のある生物なら)。
「生きている」と言えるのだろうか。
いや、突き詰めれば俺達だってそうなのかもしれないが。
DNAという情報物質の塊。
それに肉が付き、俺達は命があると思っているだけなのかもしれない。
まあとにかく迷宮の中にいるモンスター達は、皆この星が記録し、壊されても壊されても何度も再生するデータに過ぎない。
データを宿す素体は、空気中や地中にある元素を使っているようで、倒した後は迷宮から持ち帰ることは出来るが、迷宮では砕けた素体は時間がたてば、壊れたデータとして廃棄され、新しいデータとして蘇る。
データが再生され、活動できるのはその迷宮のデータのある階層だけ……。
まあこう言っちゃ悪いが、これってゲームだよな……。
命を持て遊ぶゲーム。
データに命があると言うなら、この行いが許されるものなのかは分からないが、ただ未だ一つ分からない事がある。
それはこの星の人間(エルフほか)が何故再生されないかという事。
星の意思なのか、迷宮で再生されるのはモンスターばかり。
死んで散った人間のデータを闇が再生しないのは何か理由があるのか、それか再生されても直ぐにモンスターに食われているのか……。
だが今まで死んだはずの人間が生きて迷宮にいるなどという話しは聴いたことがない。
アンデッドならまだしも……。
着替えを待っている間にいろいろなことを考え、俺は先程リーンに質問しようとしていたことをすっかり忘れてしまっていた。
着替え終わったリーンは何時もの白い鎧に、腰には2本の白い長剣を差している。
俺はリーンを見つめ、大人として、いや先人として迷宮における格言とも言えるご高説をたれる。
「いいか、迷宮に潜る時の三大鉄則!
一つ、迷宮に衣装箱を担いで入るべからず!
二つ、予備の武器を必ず持って入ること!
三つ、モグラのじいさんはあてにするな!
以上だ。分かったか」
「いえ、兄様その2以外意味が分かりません」
リーンは半ば口を開けた状態で、生意気にも俺に意見を述べる。
「フッお前もまだまだだな。だからヒヨッだというのだ。俺のように長年冒険者をやっているともなればいろいろな経験をする。これはその経験から言っているのだ。間違いない」
「え?そもそも、その1なんてありえるんですか」
「世の中は広い、そういうこともあるんだ」
「はあ、そうですか。ご苦労様です」
「なんか馬鹿にしてない?」
「いえ、兄様はわたしの目標ですから。馬鹿にするなんてとんでもないです」
「じゃあ、何事も経験だな。まずはタンスを用意して「お断りいたします」」
「さあ、行きましょう。わたしが前を行きますから、お兄様はわたしより3歩下がってわたしの影を踏まないようにしてくださいね」
「え、それってどういう意……」
「いきますよ、荷物を持って、グズグズするな!」
「はい!」
『あれ?立場逆じゃない?』
何故か俺は自分の荷物だけで無く、リーンの荷物まで持たされて後を追う。
「あれ~?なんか違うんじゃないかな~?お兄さん、これなんか違うと思うな~」
「そうですか?迷宮にタンス持って入ろうというような、ど素人は荷物持ちをするぐらい当たり前では?」
「だよね~」
俺は危うく納得しかける。
「いやいや違うから!お兄さんそんなことしたのずっと子供の頃だからね、今はしないよ」
「そうですか、流石ですね兄様。タンスの代わりに重要な食料の入った荷物を持つなんて、成長しましたね」
「だろ~俺ももう15だ。それぐらい分かるよ」
「じゃあ立派に成長して頼りになるお兄様に、大事な大事な私の食料もお預けいたします。落とさないよう大事に持ってくださいね」
「まかせとけ!俺はほれ、あれだ。大事な荷物を持たせたら右に出るものはいないってくらいの頼りになる男だ。大船に乗った気持ちで任せろワハハハハ」
そうして俺はリーンの後について地下迷宮に潜り始めた。
『あれ~なんか違うような……』




