悪魔の戦士
白い巨人の金色の目の輝きが増し、獣のような雄たけびを上げる。
紅の巨人と組み合ったままの状態で、街の中央縦穴の方に力任せに押して行く。
紅の巨人の足元の石畳が、その膂力と重量に耐え切れず捲れ上がり、巨大な溝が造られる。
瓦礫が飛び散り、白い土煙がもうもう吹き上がり、街の建物が白く染まっていくのが見てとれる。
縦穴の近くまで数十m程押し勝った処で今度は紅の巨人が吠え、その瞳が赤く輝き、赤いオーラの様な魔力が立ち昇り始めた。
紅の巨人から立ち昇ったそれは、足元から水面に石を投げた時に起きる波紋のように広がり、街の建物をも巻き込んで膨れ上がり、それに触れたものを分解、あるいは燃え上がらせ、辺り一面を焦土に変えていく。
「アハハハハハハハハハハ、た~のしいね~」
紅の巨人からまだ若い女性と思われる人の声が聞こえる。
その声は少しばかりの狂気と、溢れんばかりの愉悦を含み、聞く者の心を苛立たせる。
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『俺はこの声を何処かで聞いたことがある』
アンブロシウスはその若い女の声を、何故か懐かしいと感じていた。
それにしても暑い。なんて熱量だ。
機体の足元の地面が溶けて、オレンジ色の液体に変って泡を立ててきている。
「ご主人様、巨人のパワーが足りません。このままでは敵の機体のパワーに押し返されます。機体表面温度が2000°を超えました」
何故かアリスの声に焦燥や苛立ちのようなものを感じる。
戦いは今始まったばかりだ。始めからそんなに飛ばしていては精神の方が持たない。
しかしアリスは苛烈にも、ヒールのカカトで俺の頭を蹴るという行動に出る。
この巨人のコクピットと呼べるものは、複座式に成っており、一つは俺の座るメイン操縦席で、もう一つは俺の真後ろ、頭部上方に副操縦席がある。
ドワーフ達がこの鉄の巨人を持て余し、封印したのには2つの理由がある。
一つは途轍もなく頑丈に造られたこの鉄の巨人の装甲は、当時のドワーフの鍛冶技術を持ってしても胸板一枚剥がせない程であり、この巨人の胴体部にある操縦席にはゲートや瞬間移動等、空間魔法を使えないと入る為の入り口すらないこと。
もう一つはこの鉄の巨人がこのような鉄の塊でありながらも「生きている」ということにあった。
ただ操られていない状態の時の巨人の動きは極端に遅く。命令をしなければその場で10年であろうと動かずにいる。つまり、石造と変らないのだが、あまりにも巨体過ぎて街中にあっては邪魔なのだ。
-ケイ素生物-
この世界における巨人族は俺達のような炭素生物ではなくケイ素生物、生きた鉱物なのである。
炭素生命体に比べ活動が極端に遅い彼らに目を着けたのは、今の人類が生まれる遥か前、旧古代文明人だと思われる。
彼らはケイ素生命体である巨人族をその技術力を持って改造し、自分達の手足のように操り動かしていた。まさしく、使い魔のように……。
「こら、蹴るな。ハゲたらどうするんだ」
「逆に刺激を与えたら増えるんじゃないですか」
「ヒールは無いだろう。あ、血が出てる」
頭に手をやると、指に少し赤いものが付く。
戦闘が始まって初めての負傷が相方のヒールで踏まれたからとは、情けない。
「もう、ご主人様もっと気合入れてください」
「やっているよ。しかしこのまま呼応してこちらまでパワーを上げれば、街が崩壊するぞ」
その時、街の各所で二体の鉄の巨人を取り囲むように、防御の魔方陣が無数に展開する。
コクピット正面にある巨人の目とリンクしたモニターに赤い法衣を着たヘルズ=ミッドガルドが、軍の服を着たエルフ達の部隊を率いて、指示している姿が映る。
「よし、これならなんとかいけるかも知れない。少しパワーを上げるぞ。ヘルズ、持たせてくれよ」
俺は椅子の左右にある白い球体に手を置き、闇の魔力を込め始める。
白い球体は、この巨人を動かす為のコンソールの役割を果たすものだ。
掴み合った巨人の両方の腕を螺旋下ろすようにして捻り上げ、頭突きを食らわせる。紅の巨人が少しバランスを崩したところでその頭に蹴りを放つ。
組み合った手を離し、真横に吹き飛ぶ紅の巨人。
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「いける」
兄様の白い巨人が、目にも留まらぬ速さで紅の巨人の側頭部を横薙ぎに蹴り飛ばす。
衝撃を伴った重い金属音が響き、紅の巨人の体が浮かび上がって左方向に飛んでいく。
軽いわけでもない紅の機体の足が浮いているのが分かる。
白い巨人の攻撃はそれだけでは終わらない。
蹴りを放ったかと思うと、すぐに地を這う獣の様な姿勢を取り、その白い機体が揺れて、残像を放つほどのスピードで空中に居る紅の巨人を追いかける。
何も無い空中に左手を掲げると、その手には白い槍の様な柄が伸びていき、現れた槍斧で地面を削り取りながら空中で身動きを取れない紅の巨人に襲い掛かる。
『後一歩、後一歩というところだったのに……』
槍斧の白刃が紅の巨人を捕らえようとした時、紅の巨人の左手及び足元に赤い魔方陣が展開し、まるで空中に地面が現れたかのようにその魔法陣を足場にし、間一髪で躱して空中に逃れる。
「FUUUUUUU、よくも…よくもよくもよくもよくもあたしを足蹴にしたなああああアアアアアアアァァァァ」
癇癪を起こした子供のような雄たけびを上げる女性の声が紅の巨人から響き。
空に舞う紅の巨人を取り巻く赤いオーラの様な魔力が禍々しく黒身を帯びる。
まるで広げた蝶の羽の様なその魔力が、熱だけではなく実体を伴って街の至る処に赤い雷となって落ち、稲光が走る。
その魔力の放出は、既にエルフ達が唱える防御魔法では防ぎ様も無いレベルに達している。
紅の巨人が、白い巨人がしたように、空中に手をかざすと、そこに途方も無く巨大な赤黒い剣が現れる。
いや、もう剣と言っていいものかどうかすら疑われる。
巨人が手に持つから敢えて剣と言うが、街中にそれが突き立っていれば巨大なモニュメントか柱にしか思えないだろう。
その赤黒い剣の根元に、これまた巨大な一つの眼が現れる。
血走ったその巨大な目を見るだけで、気の弱いものなら魂を食われてしまうに違いない。
巨人の背丈よりも遥かに大きなその剣は、紅の巨人より放たれる赤い稲妻を喰らい、岩を砕くような破壊音を立てて光り輝く。
「アハッ」
可笑しい、何故か笑いが込み上げて来る。
凄まじい光を放つ巨大な赤黒い剣を見ていると、何故かもう笑いしか出て来ない。
圧倒的な魔力、圧倒的な力。
その一振りで自分、いやこの街一つが、その存在が始めから無かったかの様にこの世から消えてしまうだろう。
馬鹿だった……少し前、任せろなどと大見得を切っていた自分が惨めでならない。
何が素手で戦うだ、何がそんなアニメを見た、だ……圧倒的な巨人の力を目の前にして、何と矮小な自分よ。
もう戦闘力の差等と言うレベルでは無い。戦いにすらならない。
これが巨人、これが悪魔の魔力だというのか……。
わたしの心が砕け、膝が笑い、目の前が絶望の色に染まろうとした時、兄様の声が周囲に響く。
「皆下がれ。できるだけ街から離れろ」
まだ戦うというのか。
いや、確かに兄様は白い巨人に乗ってはいる。
しかし乗ってはいるが、あの悪魔が放つ魔力を目の前にしては先程までの戦闘ですら児戯のようなものに感じる。
『勝てる……のか?兄様ならあの化け物に……』
笑う膝に活を入れ、身体強化を施し走り出す。
わたしは絶望と疑問を自分の心の中で天秤に掛けながら、その場を後にする。
建物の上から建物の上へ飛び走り、逃げながら僅かに振り向いたわたしの目に、兄様の白い機体の周りに闇が集まり、白い巨人の色が黒く染まっていくのが見えた。
膨大な黒い魔力の本流が街を舐めるように覆っていく。
兄様の機体がまるでブラックホールのように辺りの建物ごと渦を巻き引き寄せ始め、黒い竜巻となって立ち昇り始める。
人間の創造を超えた、遥かなる高みの戦闘がこの地上で起きようとしていた。
しかし、その戦いは唐突に終わりを見せる。
「ああ!?分かってるわよ」
紅の巨人の中から、誰かと怒鳴り合っている女性の声が響く。
「おい、そこの白いの。あら、黒い?まあいい。この戦闘はお預けよ。次に会った時にはあたしが必ずお前を殺すから、それまで首を洗って待っていなさい」
巨大な剣を兄様の機体に向け、悪魔の女の声が高らかに宣言する。
「あたしの名はアムネジア。戦士アムネジアだ。お前を殺す武士の名だ、努々(ゆめゆめ)忘れるな」
紅の巨人の女は、そう言うと剣を肩に担ぎ、空の彼方に去って行った。
兄様は動かない。
追いつけるような速さではないのか、それともまた別の理由か、収まった竜巻に巻き込まれた残骸が上空より雨のように落ちてくる。
兄様の黒い機体はその場でゆっくりと本来の白と金の色に戻っていくのが見えた。
周囲に静寂が訪れる。
とても無事とはいえない無残な街の状況。
ほぼ壊滅したといっても過言ではない。
カーン
堅い物体が金属に当たった様な音が響く。
「でていけ、俺達の街から出て行け」
何処に隠れていたのか、街の人々が何時の間にか兄様の白い機体を取り囲む様にして現れる。
皆は手に手に石を持ち、兄様の白い機体に投げつける。
「この、人殺しが」「出て行け」「子供を返せ、人殺し」
口々に怒りと悲しみの声を上げ兄様の機体に石を投げつける。
「何を!?」
わたしは激怒する。
兄様はこの街を守ろうとしたのだ。
褒められ、敬われるならまだしも、明らかな殺意や敵意を向けるなんて。
だが頭の一方では考え方如何に因っては紅の巨人がそのまま暴れ、何かしらの目的を果たして引き上げてくれていた方が被害が少なかったのかも知れないと思ってしまう。
紅の機体を怒らせ、本気にさせ、あまつさえ自分もそれに応じるかのような黒い魔力の放出。
それにより街の被害は甚大なものになったと言える。
街の人々からすれば兄様は余計なことをしてくれたと思われても仕方が無かった。
だけど……。
「やめてよ、兄様が悪いんじゃない。兄様は悪くない」
わたしは白い機体に駆け寄ろうとする。
誰かの手が駆け寄ろうとするわたしを制する。
何時の間にわたしの側に来たのか、師匠がそこに立っていた。
言葉は喋らないが、目で何を言っているのかわかる。
行くのはお辞めなさい……と。
「何故です師匠。お兄様は何も悪くない。悪いのはあいつら、そう悪魔よ」
「彼らに何を言っても変りませんよ。あなたが例え万の言葉を並べようと、彼らが失った家族や友人達が返ってくる事は永遠にありません」
「そん…な……何故です。兄様は街を守ろうとしただけではないですか」
「例えそれが人々を救おうとしたことから起こったことであったとしても、街を破壊し、死傷者を増やしてしまったのはあなたのお兄様です」
「そん…な、そんな~」
わたしの目に涙が溢れる。
「しかし、見ておきなさい。あの姿を目に焼き付けておきなさい。例え誰が彼に石を投げようと、人々が彼を忌み嫌い唾を履きかけようとも、あなたのお兄さんは負けません。悪魔を倒し、この世界を救う為に戦い続けるのです」
師匠は遠い目をして兄様の方を見る。
「それはかつて自分の身を犠牲にしながも私の国を病から救い、人々を導き、この世から戦争をなくしたお方。彼の人こそ、アンブロシウス=マキシスなのですから。
この行いを誇りなさい。そして目指しなさい。あれが、あなたの進むべき道です」
師匠はわたしを見て微笑む。
わたしは涙をぬぐって目を見開く。
わたしの両の眼にしっかりと焼き付けておこう。兄様のお姿を、そして人々の遣る瀬無い思いを。
正義とは決して報われるものではない、その行為が全て許されるものでもない。
ただそこに何かを救うという信念がある限り、人は強くなれるのだということを……。
ただ、このときのわたしは師匠の微笑みのもう一つの意味をまったく理解していはなかった。
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翌日
「で、わたしの部屋で何をしておられるんですか?お兄様」
わたしと兄は今一緒に住んでいる。
兄妹なのだから当然なのだが、もともとわたしの住んでいる離れは兄の屋敷で、元この国の姫と一緒に住んでいた建物だったらしい。
どういう経緯で一国のお姫様と一緒に住むことになるんだか……。
それにこの建物はおかしい。
聞いた話には姫と兄様が暴れるので立て直したと聞くが、石をおもいきり投げつけても石の方が砕ける窓ガラスのはめられた屋敷なんて……、一体何をしておられたのか甚だ疑問だ。
それはおいといて今は私の目の前におられる兄様についてだ。
「何って言われてもな~」
お願いですから次から次へと私の心を天から地にバンジーさせ続けるのをやめてください……。




