帰宅と帰還
死の街リドマスを遠くから見つめる一人の少女がいる。
年の頃は17~18くらいだろうか。
遠くといってもありていの遠さではない。
その距離約10km。
それ程離れた距離にもかかわらず、少女は確かにそれを観ていた。
街中で行われる戦闘、街の周囲を警戒する兵士。
その赤い瞳が何を見つめ、何を考えているのか誰も知らない。
少女が立っているのは赤い鉄の塊、いや紅の鉄の巨人の肩の上。
フルフェイスの全身鎧を着た戦士のようでいて、明らかなフォルムが人のそれではない細身の巨人。
少女は鬼のような顔のマスクをした頭に、もたれ掛かるようにして小さな街を見つめている。
彼女が着ている服はこの世界では異質。
全身に目のようなものが描かれた黒いライダースーツ。
その目は幾何学模様のように順序良く整列されており、細くしなやかなその身体に模様を描いている。
赤く長い髪を右手でうっとおしいものでも払うかのように後ろになびかせ、少女は左手を巨人の頭につける。
するとそこに黒い穴がポッカリと口を開き、少女の身体は紅の巨人の中へ消えた。
紅の巨人の目が光る。
三重の螺旋を描いたような瞳が赤く輝くと、巨人の足元に赤い巨大な紋章のようなものが展開し、巨 人の体がそれに乗って宙に浮く。
そして紅の巨人は慣性の法則すら無視したように、音も立てずに空の彼方へと消えていった……。
――――――――――――――――――――――
夕刻、わたしが屋敷に帰って来ると、中央の屋敷の方がやけに騒がしい。
わたしは自分の住まう離れの方の屋敷でシャワーを浴び、着替えてから中央のお父様とお母様が住まう屋敷に出向く。
『なんか今日は疲れた。突然の兄の出現に、戦闘。どちらかといえばその後の師匠の3時間にも及ぶお説教が効いているのかもしれない』
屋敷に入りメイド達が慌しくしている中、それを無視してお父様とお母様のいるであろう居間に入る。
「ただいま帰りました」
「おお、リーンおかえり」「おかえりなさい。リーン」「お帰りなさいませ、お嬢様」「よっ、遅かったな」
お父様とお母様、シュバルツそして最後の一人を見てわたしはずっこけた。
「なんであなたがここにいるのよ!?」
そこには白髪のあの兄と名乗る男がいた。
「さっきの会話はなんだったのよ!!」
白髪の男は、さもそこが自分の席ですみたいにお父様とお母様の間に座って寛いでいる。
「なんでってもな~。結局街の宿に留まろうにも俺、金持ってなかったんだよな~ハハハハ」
「それだけか!それだけの理由でか!!
あやまれ!!わたしの先程のあなたに対する気遣いにあやまって、返せ!!」
「謝るのはまだしも、返せってもな~」
そこで何故か区切って顔をキリリとしてわたしを見つめる。
「もう、君の元に返って来た。なんてな~ハハハ」
ムカッ!うまいこと言ってるつもりか!?この男!
見た目はカッコいいのに中身はダメダメだ!
こんな駄目男がわたしの兄であるハズが無い!
……あれ?でも何故か懐かしい感じがする……過去のわたしもこんなダメ人間をよく知っていたような?
「リーン落ち着きなさい。お兄様の前ではしたないですよ。
お兄様がこうして無事に帰って来られたのです、お喜びするところでしょう。
ああ、嫌だわ。こうしてはいられない。無事帰ってきたお祝いの準備をしなくてはね。
シュバルツ、手伝って」
「はい、奥様」
そう言って母とシュバルツは部屋からイソイソと出て行ってしまった。
「リーン、お母さんの言うとおり、少し落ち着いて座りなさい」
「お父様!この男は先程わたしと」
「知っているよ。勘違いだったんだろう?」
「それは・・・まあそうですけど・・・」
「座りなさい」
わたしはその男から一番遠い席に腰掛ける。
と言っても机を挟んで斜め前に座っただけなのだが…。
お父様と白髪の男は並んで座っている。
「改めてお前は初めて会う、ではないのだろうがお前の兄のアンブロシウスだ。
お前には弱っていたお母さんの手前、あまりお兄さんについては話をしていなかったので知らないだろうが、お前のお兄さんはこの国、いや世界の為に貢献してきた素晴らしい男なんだよ」
「父さん、それは……」
お父様は何か言おうとする兄を手で制し、語り始める。
お父様の話によるとわたしの兄は(くやしいがお父様とお母様が認めるならそうなのだろう)国を救う為、また世界から戦争をなくすため闘ってきたのだという。
そしてわたしは理解する。
何故自分が今、多種族連合事務局長という役職に就けたのかを……。
兄の威光。
様々な種族の王たちと知り合い、彼らを助け、そして今のこの平和な世の中を作り上げた兄。
世界を裏から操り戦争をなくし、エルフ達の人口問題を解決し、竜人族達の貧困を救い、獣人達に文化を学ばせetcそうして出来上がった兄を中心とした巨大な多種族ネットワーク。
そのおかげで今の世の発展があり、そのおかげでわたしや人々が戦争にも行かなくて済んでいることを……。
「そんな、それじゃわたしの存在って……」
『悔しい、悔しすぎる。
それじゃわたしはただの兄の身代わり?
ただの兄の七光りの威光を笠に着ただけのお人形?
ただ、見た目が似ているというだけの、ただそれだけの存在。
今まで優しく接してくれていたエルフやドワーフ達の皆がわたしを見て、わたしを選んでくれたのではない。
わたしを通してわたしの兄を見ていただけという事実。
「馬鹿にするな!」
わたしはそう叫ぶと部屋から飛び出していた。
分かっていた、何故皆がこんなにわたしに良くしてくれるのか疑問に思っていた。
だけどそれがこんな簡単なことだったとは……。
『わたしじゃない、誰もわたしなんか見ていなかったんだ!』
先程のお父様とお母様の間に座る兄の姿が思い出される。
『誰もいない……。
見たこともない天井を目にするところから始まった異世界。
ここにはわたしを見てくれる人なんか何処にもいない…』
父さん、母さん……。前の世界の父と母の顔を思い出す。
『こんな世界嫌だ!誰かわたしを見てよ!
元の世界に返して!誰か返して!
あの平和で、皆が生きていた頃のあの世界に!』
わたしは屋敷から飛び出し、ただ闇雲に走ってきた。
周りには木々が生い茂っている。
月の光もあまり届かない闇……。
どこかの森にでも迷い込んでしまったのだろうか。
わたしは森の中の少し開けた丘の上で倒れこむ。
ここは少し月の光が木々の間から漏れて明るい。
涙がわたしの頬をつたってとどめも無く流れて落ちてくる。
何もかもが嫌になった……。
「もう、なんでもいいや……」
どれくらいたっただろうか……周りに何かの気配がする。
低い唸り声。
「獣か……それもいい……」
わたしは身体強化も何もせずただ、自分に訪れるであろう運命を全て受け入れるつもりでいた。
「なにがいいんだよ?」
周りにいた獣達の気配が、新たに現れた凶暴な野生の気を受けて消えていく。
闇の中から一人の男が現れる。
その男の気に当てられた獣達がいそいそとこの場から逃げ出していったのだろう。
「何しにきたのよ!わたしのことはほっといてよ!
貴方にだけは、会いたくないのよ!」
「ほっとけるわけが無いだろう?大事な妹だ」
「大事な…妹?」
わたしは起き上がり男を睨みつける。
「ハッ、大事なのは身代わりでしょ!
あなたがいない間の代わりが欲しかっただけでしょう?
誰もわたしなんか必要としていない!誰もわたしなんか見ていないんだ!」
分かっている。別にこの人が悪い訳ではない。
わたしが役職に就いたのも、皆がわたしに親切にしてくれていたのも、別にこの人が命令してやったわけではない。
そんなことは分かっている。
でも……感情を抑えられない。
「そうだ、とでも言って欲しいのか?」
わたしは肯定の言葉を聴いてドキッする。
「勘違いするなよ?
俺は慰めの言葉も、お前に優しい言葉もかけてやるつもりは無い。お前が何を思い、何に苦しんでいるのかも知らないしな……。
ただ……、俺はお前が大事だ!
俺のただ一人の妹なんだからな!」
大事、ただ一人の妹……だから大事……。
他の人は皆、わたしを見てこの人を思う。でもこの人はわたしを見ても……。
この人はわたしのことを見てくれている?そしてわたしのことを妹だから大事だって……。
わたしの中からスッと憑き物が落ちたような気がした。
「兄……さま……?」
わたしはヨロヨロと兄の側に近づく。
「ああ」
兄は優しく微笑む。
「兄様!」
わたしは兄に抱きついて泣いた。
力一杯叫んで泣いた。
兄はわたしの頭を優しく撫でてくれる。
本当は「兄さん」って呼びたかった。でも今私が呼べる精一杯の呼び方は「兄様」。
いつか呼べるかもしれない……。
わたしはこの異世界で「家族」と呼べるものを初めて手にしたような気がした。




