魔王登場
「ちわ~っス!」
俺は鋼鉄の城の中、前に来た王の間の扉を開けて入る。
気軽な挨拶は、どちらかと言えば自分の焦った気持ちを落ち着ける為に発したものだ。
荷物はバルコニーに置いてきた。
ヴァーミリオンは呼べば俺の手に現れるから置いて来ても問題はない。
部屋へ入ると同時に俺の手の甲から紫色の紋章が浮かび上がり、四散する。
契約が解除された、ということは……。
俺は部屋の中を見渡す。
そこにはいつぞやのウォーレンが奪い去ったものではなく、新しく禍々しい形の巨大な王座が設けられてあった。
そこに座る一人の男。
「始めは雰囲気、いや、魂というのか形が似てたと思ったのだが……」そういったウォーレンが見た白いローブのようなものを羽織った細い男。
そう、昔の俺、山田金次郎がそこにいた。
その男、魔人の王とは元の世界の俺だった。
白いローブとは病院の白い患者服だったのだろう。
今は白いローブ姿等ではなく、黒い革のズボンに白い装飾の施された貴族がよく着るようなシルクのシャツを着ている。
男の周りには三人黒いフード付きのマントをした魔人達が立っている。
巨大なのが一人と小さいのが二人。
「よく来たな、我の身体よ」
男、いや魔王というべきか?は立ち上がる。
「正確には俺の身体になる予定だったものよ。
この日を待っていたぞ」
魔王は俺に微笑みかける。
ただ、それだけ、ただそれだけのことで俺の全身の血が沸騰し蒸発したかのように呼吸が変な音を立て、喉が渇き、俺は声が出せなくなる。
なんという威圧感。なんという存在。
俺は堪らず膝を着いて喉に手をやる。
「それでいい。サルの分際で我を見ることは死を意味することと知れ」
俺は何も言葉を返せない。ただ、その体制から魔王を睨みつけるので精一杯だった。
「ん?まだそんな目が出来るのか。ならばおもしろいものを見せてやろう」
そういうと魔王が指を鳴らす。
後ろにいた巨大な3mはある身体をした魔人の一人が頷き、その身体を覆うマントをはだける。
頭がライオンの拳闘士のような身体。
胸と腹にかけての真ん中に、真っ黒い卵のような形の大きな穴が開き、それは先程のゲートのようにも見える。
その闇の真ん中で黒い鎖に繋がれた姫の姿。腰には黒雪を下げているが……。
「姫!?」
体に魔力を漲らせ、身体強化を掛けると呪縛が解ける。
俺は周りの状況もかまわず、思わず姫に駆け寄ろうとする。
が、俺の四肢は姫に届く前に2人の魔人達によって取り押さえられる。
俺は頭を鉄の床に叩きつけられる血を流す。
「ダメよん。そんな勝手なことしちゃ」
「そうそう、僕達の王の前では礼儀但しくね」
一人は青色の髪の毛をロール状にいくつも巻いた青い目の小さなゴスロリ少女のような魔人。
もう一人は少年のような服装と風貌だが、少し胸が出ているのを見れば少年ではなく少女だとわかる、同じく短い茶髪に赤い瞳をした魔人。
子供のような二人の魔人だが、俺の身体強化をしたスピードに難なく対処したところを見ると、いずれの実力もかなりのものと分かる。
「クッ、放せ!」
俺は力を込めるが、ウォーレンに抑え込まれたように全く微動だにしない。
「慌てるな。別に取って食おうって訳ではない。
むしろお前の為に連れてきてやったのだぞ?」
「俺の為?」
「そうだ、お前がこれから行くであろう処に一人では寂しいだろうと思ってな。
わざわざこの女を連れて来たのだ」
魔王は俺の目を覗き込む。
「俺は何処にも行かない!姫を返せ!」
「ククッ、慌てるなと言っただろう?
ん?言ってないか?まあいい。
お前にはまずしてもらわなければならないことがある。
それさえ済めばこの女を生きたまま返してやろう」
「なんだ?俺は何をすればいい!」
「我の魔力を返せ」
……俺が無限に魔力を持っていて、それを使えるのがおかしいってのは分かっていた。
だってそんなの人間じゃないだろ?
じゃあ、これは誰の魔力だろうかと考えた。
神様ならいい、でもその逆だったら……。
最悪だよ。予想通りのな……。
「どうすればいい?」
「簡単だ、我に魔力を付与しろ。
お前の得意な使い魔を作るときみたいにな。
ただ、我を使い魔にはできないし、お前が付与した魔力は永遠にお前の元には返らん。
それは元々我の魔力なのだからな」
「そうかよ……」
選択の余地が無い。
姫を人質にされ、その原因の一旦は俺にある。
普段の姫ならやすやすと捕まるようなことはない。
俺がここに来る前に気絶さえさせていなければ……。
魔王の命令で魔人達が俺を解放し、俺は魔王に手の平を向ける。
魔力を付与する為に……。
「よ……せ……」
「姫!?」
『気が付いていたのか!?』
この最悪のタイミングで……。
「例え…お前が魔力を与えたところで…そいつが私達を生かして帰す保障なぞない……」
「分かってる。けど!」
「私のことはいい……お前だけでも逃げろ……」
そうだ、俺は契約さえ解除できたらこの場から逃げるはずだった。しかし今はそんな状況ではない。
俺のせいで捕まった姫を置いて逃げるなんて……。
「黙れ……女」
姫を拘束している魔人の体から新たな鎖が現れ、姫の口に入り込む。
喉まで達しているのか、呼吸もままならずえずく姫。
「やめろ!!」
俺は思わず叫ぶ。
「魔力は返す!だから姫に手を出すな!!」
俺は意を決して手の平を魔王に向けて魔力を付与する。
無限にあった魔力は底なしの穴に吸い込まれるかのように俺から抜け出し、魔王の中に戻っていく。
「フハッ、フハハハハハハハハ」
高笑いを上げる魔王。
そして魔王に全ての魔力が吸収されたとき、魔王の体を魔力の渦が螺旋を描いて包み込む。
人間では不可能なくらい体を背面に折り曲げた魔王の体が黒い魔力に覆われたとき、目もくらむような閃光と共に鋼鉄の城の上半分が消失する。
俺達のいる王の間から上半分が無くなっていた。
ゆっくりと起き上がる魔王の体には先程までは無かった黒い棘のある鎖の巻き付いたサーコートを纏っており、その顔はまるでヘルメットのバイザーのようにつるりと目も鼻もない黒いマスクに覆われていた。
ただ口だけは、耳まで裂けたギザギザのアギトからのぞいているのが見える。
「復活だ。王のお力が戻られたぞ!!」「これで人間を滅ぼし、後は天のもの達ですわね」
「やった~僕早く人間殺したかったんだ」「ホホ、ワタシも待ちどうしかったですわ」
魔人達が口々に勝手な事を言う。
「俺は……まだ生きているのか……」
魔力を全て付与してしまったらどうなるか。
当然そこに待っているのは「死」だ。
魔法を使って魔力を使い尽くすのとは訳が違う。
魔力を残らず付与するということは魔力が完全に0になるということ。
この世界では魔力は虫ですら持っている血液のような存在。
それが完全に持っていない存在、0になるということはイコール「死」を意味する。
しかし俺は生きている。
「魔力が少し残っている。本当に僅かだが……」
「当たり前だ。それは我の魔力ではない。汚らわしいサルの魔力などいらぬわ。それは元来お前という存在が持つ固有の魔力だ」
「そうか……これが俺の魔力……」
強大な魔力の陰に隠れた俺本来の魔力……何と小さい……。
これでは身体能力強化どころか魔法すら使えない。
俺の魔力は鍛えてもいない子供の魔力になっていた。
そこには天武の才も無く……ただ本当に普通の子供の魔力……。
この日、俺は全ての力を失った……。
脳パソも維持できず、全てのデータが消失。
当然七万冊の蔵書データも失い、魔法の知識も失った。
身体強化も出来ず、剣を投げることも振るうことも出来ない体……。
肩で息をする俺の前に立ち、魔王は俺の首に手を掛ける。
「グガッ!?」
「おっと、あまり力を入れては死んでしまうな。難しいものだ」
俺の足が浮き、首を掴まれた状態で宙吊りになる。
俺は首に食い込んだ魔王の手を握り、なんとか呼吸を確保しようとするが上手くいかない。
「さて、魔力は戻った。最後に質問だ」
『姫を先に放せ!?』
俺は叫ぼうとするが喉を押さえられて上手く言葉にならない。
「我と入れ替わってその体の中にいるお前、この今の我の体の中にいたお前は、その時一体誰と契約した!」
『なんだ?何を言ってるんだこいつは!?』
俺の契約はこの部屋に入ってすでに解除されている。
契約などもう他にはしていない。
魔王が俺を放し、俺は床に崩れ落ちて咳き込んでしまう。
「な…なに……を(言っている)」
「解らぬか?ふむ、サルには難しかったか?
では簡単に言おう。
元、お前のこの体、死の呪いが掛かっている。
我でなければとっくの昔に死んでいた。
さあ言え!お前は一体誰と契約をした!!」
『なん…だって?』
考えもしなかった……。
魔法や魔力すらない向こうの世界でのまさかの「死の呪い」。
原因不明の不治の病だといって医者も見離し、俺は訳の分からない病気で死ぬんだ思っていたが、それが「死の呪い」だと?
俺に身内はもういない。
面倒を見てくれたじいさんは俺が病気になる直前に死んでしまった。
その死は完全に寿命だった……。
じゃあ一体誰が俺の体に呪いを掛けるような契約をした?
俺自身そんな記憶は……。
その時凄まじい地鳴りが地下帝国を揺るがす。
「「「王!?」」」
魔人達が王と俺のもとに駆け寄る。
先程の力の解放で、それでなくても地盤を押さえる柱を滅茶苦茶に掘りまくられた地下帝国は崩壊を始めた。
「時間がありません。このままではあちらの世界とのゲートの維持もできません」
セーレが慌てて魔王に報告する。
「仕方が無い。ならば後でゆっくりと聞くとしよう。オリアス!」
オリアスと呼ばれた姫を体の穴に吊るしたライオン頭の魔人が俺に近づき、巨大な手の平で俺を握る。
「そいつの体の穴は閉ざされた空間になっている。お前の大事な女と共にそこで大人しくしているんだな」
姫の鎖の拘束が解け、魔人の体の中で、闇に落ちていく。
「姫!?」
俺は自分の体に残った僅かな魔力を使い、使い慣れた身体強化でオリアスの腕から抜け出して姫に向かって手を伸ばす。
『掴んだ!?』
しかし、俺の身体強化は無残にも一瞬で消え、ただの子供の力で姫を引っ張り上げることもできず、一緒に闇に落ちてしまう。
ほんの一瞬、それは瞬きをする程の僅かな瞬間の出来事だった。
姫が俺の手を解き、胸元の服を掴んで引寄せられる。
姫の唇と俺の唇が重なる……。
一瞬のようでいて、そして永遠のような瞬間……。
「生きろ。アンブロシウス」
俺の胸に凄まじい衝撃が走る。
残念ながらキスをしたことによるものではない。
本当の意味での衝撃。
姫の抜刀術が俺の胸に叩き込まれる。
それも神速ではなく、峰を使っての力まかせの抜刀術。
あばらの何本かがいったようだが、その凄まじい衝撃で閉じかけた穴の外に吹き飛ばされる。
オリアスの体の穴が閉じる。
俺の体は王の部屋に留まらず、扉を通り過ぎ、通路の壁にまで吹き飛ばされ、叩きつけられる。
俺は一人だけ助かってしまった……。
『最後の言葉が「生きろ」だと……』
「それは俺のセリフだろうが~~~!!!!」
はるか昔に俺がアーネット姫に言ったセリフ……それが自分に返ってくるなんて……。
「ご主人様!!」「アンブロシウス!」「坊主!」
通路の向こうからアリスとウォーレン、ドワーフのじいさんが走って来るのが見えるが、意識が朦朧としているのかその姿が霞んで見える。
「坊主無事だったか?」「ご主人様ムチャしすぎです!」
アリスとじいさんが崩れ落ちる俺の体を支える。
ウォーレンは無言で、俺を守るように前に立ち、魔人達に巨大な剣を向ける。
「ガフッ!?」
突然に大量の血を口から吐き出す。
俺ではない。
血を吐いたのは魔王。
「「「王!?」」」
セーレが魔王の身体を支える。
「呪い……ですか?」
「ああ、魔力が戻ったのである程度抑えることはできるが、契約の条件が分からなければ解除できん。
口惜しいが此度はここまで、だな」
魔王が俺を睨む(目は無いがそう感じる)。
「我らは一旦向こうの世界に戻る。あちらの人間共も全て殺さなければならないのでな。」
「っ!ざけんな!」
俺はじいさん達を頼らずに一人で立とうとするが、体が言うことを聞いてくれない。
「こちらと向こうとでは時間の流れが違うのでな。
次にゲートを開き来れるのは、こちらの世界で10年程時間が掛かるだろう。
それまでお前の大事な女を預かっておく。
次に会うまでに契約について思い出しておけ!!」
魔人達の姿が闇に包まれていく。
「くそっ!!待てよ!金さん!!!」
ピクリと魔王の眉が上がる。俺はその動きを見逃さなかった。
「そう言えばサル相手になど名乗っていなかったな。
我の名はディアブロ。魔人の王ディアブロだ!!」
魔人達は闇の中に消えた。
同時に地下帝国を埋め尽くしていた悪魔達も、岩盤近くにある巨大なゲートに全て移動し終わったのか、ゲートが閉じる。
崩れ落ちる地下帝国。
「やべえぞ、早く俺達も脱出しないと生き埋めになっちまう!」
ドワーフのじいさんが叫ぶ。
「ハハッ、こういう時こそモグラの本領発揮だろうがよ、じいさん」
「ボロボロの死に掛けの体して冗談言っとる場合か!?」
アリスは精霊だから魔剣で切られるならまだしも、埋まったくらいでは死なない。
ウォーレンは不死であの力があれば自力で岩盤掘って地上に出るだろう。
じいさんも本当は地の精霊と契約してるから、一人なら埋まっても魔法で穴を開けて何とかなるだろう。
問題は俺か……。
残念ながら俺は地の精霊と契約していない。
正確には地の精霊と風の精霊とは契約できなかったのだ。
エルフの王ですら「こんなことは初めてだ」と言っていた。
俺は誰か、いや何者かに契約を封じられているらしい。
地や風の精霊と相性が悪い訳ではない。
いやむしろとんでもなく相性が良いらしい。
だが契約できない……。
俺が契約できたのは、どちらかと言えば相性の悪い水と火の精霊が僅かばかりだった。
まあ、それでも冒険には必需品である。
マッチやライターが無くても火は起こせるし、砂漠でもコップ一杯の水が出せるし、それに銃も使える……いや、銃はもう使えないな。
身体強化もせずにあんなの撃ったら俺の体がもたない。
参った……。
「俺を置いていけ」
俺は最後の力で俺を支えるじいさんの肩を突き飛ばす。
「ご主人様!」「何を言ってるんだ坊主!?」「死ぬぞ?」
口々に言うわざわざ悪魔の巣窟に助けに来たお人よしの馬鹿共にして大切な友人達を俺は見つめ、フラフラとした足取りで後ろに下がる。
「大丈夫、死にはしないよ。姫と約束したんでな」
俺は笑う。本当に心から笑えて来た。
「生きるってな!」
その時、巨大な岩盤が俺とアリスたちの間を塞ぐように崩れ落ちてきた。
「ご主人様~~~~~~~!?」
アリスの悲鳴のような声が地下帝国に響き渡る。
その声も空しく、アンブロシウスの姿は地底の闇の中に消えていった。
時にアンブロシウス=マキシス、9歳。
「シバリーンの神童」「幻獣の歌姫」「黄金の聖女」等と呼ばれた彼及び彼女が、再び表舞台に姿を現すのは、これより5年後のことである。




