日常 その1
その日、俺は髪の毛を切った。
長い間リーンとして過ごしていたせいで、少しばかり俺の意識が変わったのかもしれない。
俺はおでこを隠さないで髪の毛を出来るだけ短くして、ボーイッシュな美少女に生まれ変わった。
美少女はもうどうでもいい、ボーイッシュというのが気に入った。
長い髪のままではどこからどうみても唯の美少女になってしまうので、どうせなら髪の毛を短くすることによって「ボーイッシュな」とせめて形容詞を付けて認識してもらえればいいと考えを改めた。
「うん、さっぱりした!頭が軽くなったわ!」
ここは屋敷の居間。
俺は髪の毛を切る為に体を包んでいた白い布を取り払い、イスから立ち上がって居間の姿見の鏡に向かってポーズを決める。
俺の今日の服装はゆったりとした文字の書いた白いトレーナーに黒のキュロット(半ズボン)だ。
最近秋も深まり結構寒くなってきているからね。
何故キュロット?と突っ込まない。
そこは子供は風の子だからとしかいいようがないからな。
「ご主人様、それ以上頭が軽くなってどうするんですか?わたしは面倒見切れませんよ?」
髪の毛を切ってくれていたメイド姿のアリスがハサミを片付け、箒を手にしながら俺を馬鹿にする。
「うむ、最近どうもお前の態度が悪くなったような気がする。教育的指導が必要なようだな」
俺はアリスの後ろから両方のこめかみをグリグリしてやる。
「イタタタタタタタタ、イタイニャ!ご主人様!」
俺はアリスを解放し、髪を切ってサッパリとして気分がいいので出掛けることにする。
「アリス。久しぶりに街中におもしろいことを探しに行こうと思う」
「いってらっしゃいませ」
「あれ?おもしろいことだぞ?いかないのか?」
「ここの後片付けをしなければならないですし、その後ご主人様のお母様と出掛けるご予定がございますので」
俺は少し驚く。滅多に外に出掛けない母が外出とは、珍しい。
まあ、最近は体調もよろしいらしく、やたらと俺に絡んでくるぐらいだ。
良いことだ。
「母とどこにいくんだ?」
「ん~、秘密です」
そう言って笑うアリスの顔を見て、あまり俺にとって聞いて楽しいものではなさそうである事に気が付き、それ以上追求せずに一人で屋敷を出る。
今更だが貴族のお坊ちゃんである俺が護衛もなしに出掛けるのは心もとないので、というか今まで護衛を連れて歩いたことも無いが、腰には新しい武器を携帯している。
それはモグラのじいさんからもらった金属の黒い筒が付いた飛び道具。
前の世界で言うところのスミス&ウェッソンみたいなものと言えば解るだろうか。
長さが30cm程もある銃身から発射される弾は、厚さ10cmの鉄板を10枚以上は貫くまさに小さな大砲。
普通の人間であれば撃つだけで手が痺れてペンも持てなくなるだろうそれを、俺は身体強化を使い難なく撃ちまくることが出来る。
使うのは火薬ではなく火の精霊。小さなエクスプロージョンを起こして弾を発射する。少数だが火の精霊と契約している俺は詠唱も魔力も使わずに弾丸を放てる。
この時代にはそぐわないものだが、剣術のケの字も習っていない俺は下手に長剣などを持ち歩くより、こっちの方がよっぽど頼りになる。
まあ、どちらかというと空手の方が得意なんだが、子供の体ではリーチもさることながら鍛えてないので殴ったら手が痛い。
それ以前にこの世界では街中で普通に防具を着た無頼漢もいるので、あまり素手で殴りたくも無い。
前の体ならな~と思うこともある。
鍛えた拳はコンクリートブロックを破壊しても痛くも無く、腹筋も8つに割れていた……それが今や女の子のようなこの体……。
でもな、魔力で身体強化なんか出来てみろ、体鍛えるなんてバカらしいことやってられん。
体なんて健康でありさえすればいいさ、身体強化すれば片手で鉄の槍斧も振り回せるし、ジャンプすれば10m近くも飛べるし、目にも留まらぬ速さで動くことも出来る。
いくら体鍛えても到底出来ない芸当が簡単にできてしまうのだから、鍛えるのなんか馬鹿らしい真似やってられん。
俺は天武の才なんて持ってない。
どうせどんなに鍛えても、姫のような天才剣士になれるわけでも、ウォーレンのように不死な上、身体強化した俺を押さえ込めるような力を手に入れられるわけも無く、唯一張り合えるのは身体強化した体で魔剣を使うことぐらい……だった、今まではな。
見よ!この手にした輝く近代兵器。
『ククク、例え鋼鉄のフルアーマーを着てようとも近代兵器の前には手も足も出まい』
俺は意気揚々と街中に向かう。
……そして夕方。
俺は無事帰路に着く。
何事も無かった……。
「お約束のテンプレはどうした!?何で何も起きない!?俺は主人公のはず!街中歩けばトラブルが向こうから花束抱いて襲ってくるハズなのに!」
起きた出来事といえばナンパされて足元に銃弾ぶちかまし、その音に驚いて逃げ出した男共がいたくらいだ。
おかしい……。
街中歩いてたら子供が誘拐される事件が起きて山賊のアジトに乗り込んだり、美しいシスターに出会って教会でイチャイチャしながら何故か悪魔や死霊が化けた神父と戦ったり、腐った貴族に手篭めにされそうな年老いて病気がちな父親を持った貧乏な家の美女を助けたり、何かしら事件が起きるはず!と、思って出掛けたのだが……、結果は何もなし……。
普通に昼飯食べて帰ってきてしまった……むなしい……。
「ゲームのようには行かないもんだな~。なんてままならない人生……」
屋敷に帰り、玄関の扉を開ける。
……。
そこは、修羅場だった。
「ホホホ姫様!いいかげんその男勝りなところを調教しようと思っていたところでしたの!」
アリスが金色のムチでピシリと床を叩き、猛獣使いよろしく姫にムチを向ける。
「獣に調教される程、人から落ちぶれてはいない!それに私は十分に女らしいぞ!!」
対する姫は俺以外では初めてみるが、黒雪を抜き放ち、アリスのムチを凌いでいる。
ちゃんちゃらおかしいと肩をすくめてアリスが問う。
「あ~ら?一体どこら辺が女らしいと?」
「胸だ!」
姫は即答する。
「あきれた。胸だけなら太った殿方にもありますわ。やっぱり女らしさについての調教が必要ですわね!」
アリスが手に持っているのは篭柄というレイピア等の装飾を施した取っ手、そこから金色のムチが伸びている。
黒の軽魔術師ノワールとして北の街を襲う魔獣を倒す為に、俺がアリスに与えた魔剣、レーヴァテイン。
鞘に差した状態だとパッと見には金色に輝く細身の剣に見えるが、鞘から引き抜くと伸縮自在の金色のムチになる。
目標を捕縛し、捕縛した敵をそのまま切り裂くことも出来る魔剣だ。
しかし俺が持っていても鞭術など使えないので無用の長物だったのだが、何故かアリスに渡すと手足のようにムチを使いこなす。
「何故そんなにうまく使えるんだ?」と聞くと「ホホホ淑女の嗜みですから」と答えが返ってきた……意味が解らん。
飛び交う家財道具、きらめく武器の火花。
「なんだ、俺抜きで家の方で勝手にイベントが発生してたのか~」
俺は納得し、扉を閉めて外に出る。
あの修羅場に入る勇気は無い……そして……。
『俺っていらない子(主人公)なんじゃ……』
俺は肩を落としてトボトボと街に向かって歩き出した。
「お腹すいたな……街で暖かいご飯でも食べよう」
俺はモブキャラよろしく話しに加わることなくそこから退散した。




