リーン・マキシス
程なくして出発したリーン達一行は教国聖都メサイアを目指す。
魔物の活発化する夜に出発するのには訳がある。
まず一つは目立たないようにとの事。
彼らは魔獣に襲われるというよりも魔獣と共に行動している。
リーンのファミリアーの力により、秘境いや魔獣の森の殆どの魔獣が彼女(?)の支配下にあり、襲ってくるものどころか、彼らを荷物運びや足代わりに使役しているからだ。
さながら百鬼夜行のような風体。
それを見られるわけには行かないという事。
そしてただ使役しているのを見られては不味いということではなく、魔獣を使役しているということは近年、魔獣の活発化により教国で起こっている混乱の原因がリーン達にあるということを知られてはならないということ。
こちらの方が問題だ。
何せ彼女達の作戦というのは、
1.魔獣達に襲われている街を助けることによりこちらの要求を街の権利者に聞いてもらうこと。
2.街で過酷な労働に着かされている奴隷を火事場泥棒よろしく、混乱に乗じて魔獣に襲われたと見せかけ、獣人族ゲリラと協力の上逃がすこと。
にあったからだ。
2についてはあくまでも過酷な扱いを受けた奴隷限定で、全てではない。
そんなことをすれば明らかに獣人達と魔獣達の関係を勘ぐるものがでてきてはマズイからだ。
だから将来的には全ての奴隷を解放するにしても今は最低限に抑える必要がある。
獣人達にとっての重要人物であるか、過酷な状態で生死に関わる獣人たちの解放が主である。
誰を助けるかの判断は事前に全ての街をファミリアーで散策して打ち合わせ済みである。
そんな訳で魔獣を使役しているのがリーン達自身だと知られれば全ての作戦が破綻する。
それでも魔獣達を足代わりに利用するにはそれなりのメリットもある。
空を飛ぶ魔獣達を足代わりにすれば秘境奥地からでも人材と資材を一瞬で聖都近くまで運んでしまえること。
このメリットは大きい。
エルフや獣人達は人にその姿を見られる訳にはいかない。
秘境から地上を伝って聖都まで行くのには、早くとも1週間はかかってしまう。
それまでどうしても荷物を運ぶ為に街道を通らねばならず、人の街を幾つか通ることになり、彼らの姿を衆目にさらす危険がある。
それは避けたい。
エルフは言わずと知れた地上にいるはずの無い幻の民だし、獣人達は見つかれば当然諍いが起きる。
フード等で隠してはいても街を通れば税関等でこれだけの人数が通過すればどうしても正体がばれてしまうことになる。
よって夜のうちに秘密裏に聖都に空を移動していくことになる。この移動であれば魔獣の翼力であれば晩のうちに聖都に一番近い町との間くらい、税関を通らなくても良い場所に移動してしまえる。
聖都は聖誕祭1週間前からは門を解放状態にしてあり、税金等は課さないし、よほど怪しい行動をしない限り正体がばれることは無い。
ドワーフとフードで耳を隠したエルフに同じくフードで耳を隠した獣人達を混ぜて、幾つかの班に別けて入れば問題なく通れるだろう。
そして1で言った権利者に対して要求することは2つ。
彼らにとって街を救った英雄のような存在の頼みで、自分達にも多大なメリットがあるとなればそれ程交渉には困らなかったのだが。
1つは歌姫リーンの歌を聖誕祭の催しイベントの一つに推薦してもらうこと。
推薦することにより、それがすばらしいものであれば街の推薦した権力者にはそれなりのメリットがある。
もう1つは街の中央に巨大な水晶の魔具を設置させてもらい、リーンがファミリアー契約したエルフを媒介に水晶にリアルタイムで聖誕祭のもようを映し出し、街の人たちにその様子を見てもらう事。
当然ファミリアー契約したエルフの事は内緒で、彼らには高価な遠見の水晶の魔具を設置すると誤魔化している。
当日はファミリアー契約したエルフが各街にフードで姿を隠して待機し、リーンがエルフを媒介に水晶にリアルタイムで魔力を付与して聖誕祭の状況を映し出す予定だ。
これらの準備に1年近く掛かった。
中にはリーンのファミリアー化を畏れ、秘境を追われた魔獣達が本当に教国の町や村に溢れ、慌ててリーン達による退治劇がいくつも展開されたのは不徳の致すところだ。
そのおかげか計画は無事に進行し、魔獣に襲われたといっても死人一人出すことなく、歌姫リーンはいくつもの街からの推薦で無事催しに出席できるようになった。
また各地での獣人のゲリラ活動や、魔獣達のサクラによる襲撃が功を奏し、教国が他国との戦争を再び開始するまでの時間稼ぎもできた。
後は作戦の最後の締め、聖誕祭イベントを残すだけとなった。
そもそもこんな事をしなければならない状況になったのは1年と数ヶ月前のこと。
リーンが教国に放っていたファミリアー達が全て解除されてしまったのだ。
ファミリアーの事を教国に知らしめたのは一人の男。
神官ラヴォーロ。
突然現れたその男は教主を含む要人達に取り入り、ファミリアーを呪いと称して解除してしまった。
解除魔法が発動したことから自分達が何らかの魔術を施されていたことに気がついた教国要人達はそれからというものお互いに挨拶代わりに解除を掛け合う始末。
これではいくら裏から手を回してファミリアーを掛け直しても全く無意味となってしまった。
このままでは戦争が再び再開される可能性が出てくる。
そこで考えたのが今回の作戦という事だ。
仕上げは御覧じあれだ。
『あれ?なんか忘れているような気がする……』
リーンはグリフォンの上で一人思案にふける。
そう、ここまでくれば皆さんはお気づきだと思われるが、リーンとはアンブロシウスその人である。
話は遡ること1年と少し前……。
-回想-(アンブロシウス)
南国でのバカンスを終えて無事帰国した俺達は、改築された離れの屋敷で過ごしていた。
離れの屋敷は俺の創造よりもまったく普通の建物であったが、いくら使ったのか想像もしたくないが、建物自体に魔力が付与されていた。
この建物一つが丸々魔道具のようなもの……本当魔術師何人雇ったんだろう……。
まあおかげで姫が黒雪を抜きさえしない限りは、中の調度品は兎も角建物自体が壊れることは無かった。
そんなある日それは起こった。
教国で全てのファミリアーが突如解除されてしまう。
「そこでだ」
俺は全員を会議室と称する居間に集めいかにして教国との戦争を回避するかについて作戦を話す。
全員とはアリス、姫、ウォーレンだ。
本来なら王城で王を交えて話さねばならないような国の存亡に関わる話だが、内容が俺のファミリアーの事だけに気の知れた仲間以外に話すことは出来ない。
「教国は教主を中心とする一神教だが近年国力の低下により行った政策のより、その信仰も少し揺らいでいる。そこで彼らとの戦争を避ける為に、その揺らいだ信仰を利用したいと思う」
「具体的にはこうだ」
俺は説明する。
信仰心の薄れた人々に、信仰より派手に人々の心を捉えるカリスマ的人物を創り出す。
そのカリスマ的存在が民衆を扇動して教主と対面し、教主と手を結べば民心を捉えたカリスマの発言力は絶大で、教主を思うように操れるようになる、というものだ。
民衆の心を捉えるカリスマ的存在……アイドルっしょ(笑)。
「ということでアリスさんお願いします!」
俺はアリスに頭を下げる。
「イ・ヤ」
にべも無く断られる。
「え~じゃあ他に」
辺りを見回すがウォーレン……ないな。
後残るは……。
「姫?」
「死にたいのか?」
「二人に断られたら他に……」
『ティアさんにお願いするか?いや、ターニャか……あれだけハデなら……。アソロ……ないな』
「ご主人様~、丁度うってつけの人がいるわよ?」
「え!?本当!?」
「歌が途轍もなく上手くって~。それでいて美人」
「誰々?」
俺はアリスの話しに食いつく。誰?その完璧な人材は。
アリスはおもむろにウォーレンに支持を出すと、ウォーレンは何故か俺を羽交い絞めにする。
アリスは近くにあった水差しの水を俺の頭にかけ、どこから取り出したのかブラシで俺の髪を整え、髪留めで前髪を上げておでこを少し出してくれる。
「ほら、ここに」
アリスは俺を指差す。
俺は自分の身に何が起きているのか突然で頭が真っ白になって対処できなかった。
「あああああああああああ」
俺はウォーレンの腕を解こうとする。
『なんて馬鹿力だ!』
身体強化してるのにウォーレンの腕はビクともしない。
姫が俺を見て口に手を当て、ヨロヨロと後ずさる。
そして後ろを向き壁にもたれかかり、胸に手をやって肩で息をつき、何故かハアハア言っている。
笑っているのか?
「離せウォーレン!!」
『くっそ~~~~~~!だから嫌だったんだ!!』
そう覚えているだろうか?俺は不覚にも第1話で自分の容姿のことを可愛い……といいかけてしまった事がある。
普段は少し汚れたボサボサのどこにでもあるブロンドの髪で目の殆どを隠し、顔の造形が解らない様にしている。
また都合の良いことにこの物語は俺の一人称で語られていることもあり、俺が鏡等を見て自分の容姿について語らない以外はばれることが無いと思っていた……。
そう、俺は母親似なのだ。
それもおかしな言い方だが生粋の母親似。
顔も母の子供の頃にそっくりなら声まで若い頃の母にそっくり。
父に似たかったか?と言えばそれも絶対に嫌なのだが……。あんなヒゲもじゃの神官みたいなのも嫌だ。
でもだからと言ってこれはない。
部屋にある姿身の鏡に映るウォーレンに抑えられている自分の姿はまさに絶世の美少女。
サラリと流れるストレートの肩までの金髪に切れ長の大きな目、その中に輝く金色の瞳。どこの妖精国の王女様かよって感じだ。
『でも、違うんだ!皆も知ってるとおり俺はワイルドな男なんだ!!』
大人になったら霧の掛かった埠頭で、コート着てタバコふかしながらグラサンをして無精ひげを生やし、口の端にニヒルな笑いを浮かべる売れない探偵のような男。
『ワイルドだろ~~』
それが俺のハズなんだ!!
声だって確かに今は喉仏もなく、声変わりもしていない。全く持ってありえないくらいのソプラノ声だが、声変わりしたら池○秀一みたいな声になるはずなんだ!!
最悪、顔が可愛いままでも声さえ変わればカブトガニマスクを被るという選択肢もある。
だから大人になるまではボサボサの髪で容姿を隠し闇に隠れて生きていく……、ハズだったんだ……。
それなのに、ああ、それなのに……。
ガックリと肩を落とし、力が抜けた俺を哀れと思ったのか、ウォーレンが手を離す。
俺は崩れ落ちながらもふらふらと立ち上がり、近くにあった机の上の果物篭のナイフを手に取る。
『ああ、そうだ。顔に十字の傷をつけよう。そうすればきっとワイルドに……』
俺はフフフと笑いながらナイフを顔に近づける。
左頬にナイフを突き立てようとしたその瞬間、俺の腕を姫が掴む。
「何をする!止めろもったいない!
いいんだ、お前はそれで良いんだ!!
いや、もうそれでなきゃダメだ!!」
何故か俺を見る姫の顔が赤い。
「なんでだよ~~!後生だ~離してくれ~」
俺の姿は端から見れば金髪金目のおでこを少し出したものすごい美少女。
それが目に涙を一杯溜めながら上目使いに、何故か乙女座りで座り込んで姫を見つめる。
姫が突然俺から顔を背け、俺の腕を押さえていた方と違う手で鼻を押さえている。
あれ?姫の鼻を押さえた手から血が……。
俺が持ったナイフの腕を押さえようとして、咄嗟に姫に当たって切ってしまったのかな?
俺はナイフを見つめるが、血が付いている様子は無い。
フウと肩をすくめアリスが俺に近づいてくる。
「ご主人様。私の目を見てください」
「目?」
俺は何の疑問も持たずに言われるままにアリスの目を見つめる。
このとき、俺は正常な思考が出来なくなっていた……。
この瞬間こそが、後の俺の黒歴史と呼ばれるものの一つの始まりであったと言うのに……。
「は~い、あなたは今から私の言うことききたくなりま~す」
「ききたくなる?」
「は~いききたくなりま~す」
「ききたく……なる……」
「はい、というか聞かなければなりませ~ん」
「きかなければ……はい……」
「あなたの名前は、ん~そう、お母様の名前から取ってリーン、リーン・マキシスで~す」
「俺の名は……リーン……母の名から……リーン・マキシス……」
「そうで~す。そして、自分の事は「俺」ではなく「私」といいま~す」
「俺が……私……」
「「私」で~す」
「私……」
「そう、「私」で~す。
そしてここからが大事です。あなたは「男の娘」で~す」
「男の娘……」
「そう「男の娘」」
「男の……娘……」
「は~い、そして私が手を叩くと目を覚ましま~す」
パン
そうして「私」は目を覚ました。
「私は……何を……」
「いやだな~ご主人様。今から教国に行く作戦の為に、ご主人様のアイドルメイキングしてたところじゃないですか~」
「メイキング?」
私は聞きながら何故か持っていた果物ナイフを机に置く。
さらに私の腕を何故か掴んでいた姫が私を放してくれる。
「はい」
「そう……でしたか。あれ?それにしては何故このような男の格好を?」
私は自分の姿を姿見の鏡で見る。
長ズボンにノースリーブの露出の高いシャツ。
肩や胸の上部をモロに出している。
「衣装の一つですよ~」
「そう、でも何だか恥ずかしいね。着替えるわ。私のスカートはどこ?」
姫は引きつった顔をアリスに向ける。
「私はどんな魔獣よりもお前が一番恐ろしい……」
こうして「私」は誕生した。




