幻獣の歌姫プロローグ
-教国メイアース-
教主ロンザック・ヒュームが治める宗教国家である。
至高神ナーブル・ワンズを掲げ平等と自愛を説くが、どこで教えを取り間違えたのか平等は教国の人々の間だけであり、自愛も教国の人々の間だけに存在する。
自分達は神の子であり、他の国の人々や他種族のものにはその教えは当てはまらないと勝手な事をいい、他国の人々やこの国に長く共存していた獣人達を奴隷にするようになった。
といってもこれは近年教国内で起きたある事件から始まったことで、それ程長きに渡るという程根の深いものではない。
その事件とは「疫病」である。
教国内はモンスターのいない地下下水施設が発達しており、ネズミの数が他国に比べ異常に多い国だ。
3年程前、気候の変化で大量のネズミが発生した年に、黒死病に似た病が発生した。
それに気がついたアンブロシウス(当時5歳)はすぐさまファミリアーで病原菌を持つネズミを集団誘導で駆除したのだが、時既に遅く……。
教国の魔法に頼りすぎる文化が仇となり、患者に対する適切な対処の方法等が確立していなかったことから、爆発的に被害が拡大した。
教会の魔法使い達が、治療の魔法を掛けても掛けても、後から後から病にかかる人が増え続ける。
アンブロシウスが各都市を周り、患者の身の回りを清潔にすること、病のものが吐いた血に直接触らず、拭き取ったものは地下深く埋め、アルコールで汚れた場所を消毒する等、対処の方法を広めたことと、膨大な魔力を使って患者を数千人単位で治療して回ったことで被害は沈静化していくが、この年と次の年は働き手等の減少により飢饉に陥り、貧困から来る政治不信を教国政府は他国や多種族に向けてしまった。
此度の病は彼らの起こしたことだと濡れ衣を着せてしまったのだ。
悪手といえる政策だが、アンブロシウスは病気の排除等でそれどころではなく、要人を操り抑えるのが遅れてしまった。
まあ幸か不幸か疫病の衰退が早く、アンブロシウスによる貴族の要人遠隔操作で内政と交易に力を入れ、減った働き手と物資確保の穴埋めに行われた戦争はなんとか終結に向かったのだが……。
ここは教国の南にある小さな街ポート。
「魔獣だ~~魔獣の群だ~~!」「逃げろ~~!」
街中に響く阿鼻叫喚の声、逃げ惑う人々。
この日、この街に駐在する騎士ギルウィスはついていなかった、非番であるはずなのに朝から人手が足りないと呼び出しを食らい、先日書類を誤魔化していたことがばれて上司には叱られ、馬の糞で転び、兎に角着いていなかった。
そして魔獣の襲来だ。
人々を避難所に誘導し、自分も仲間の下へ駆けつけようとしたとき、街の嫌~な金持ちの家を破壊する魔獣にばったりと出くわしてしまったのだ。
剣を振るうが全く歯が立たず、壁に吹き飛ばされてしまう。
手からは剣が離れ、頭を少し強く打ったのか意識が混濁して立ち上がれない。
そして巨大なあぎとを開き、魔獣が近づいてくる。
『ああ、俺はこんなところで死ぬのか……』
ギルウィスに最後の瞬間が近づく。
それは街の中央広場の方から聞こえてきた。
魔獣に襲われているというのに頭の奥、いや、魂に響くような美しい歌声。
『これは……、天使の歌声か?』
なんとなく納得してしまう。
自分は死ぬのだと。だからこのような状況で歌声なぞ聴こえるのだと……。
今まさに巨大なあぎとを開き、ギルウィス食べようとしていた魔獣の動きが止まってみえる。
いや、事実止まっていた。
不思議に思うギルウィスに目もくれずに、覆いかぶさろうとしていた魔獣は静かに彼の上からその身を翻し、街の中央、歌の聞こえる方へと去っていった。
街の中央、歴代の王達の銅像が中央にある広場に今、続々と魔獣たちが集まってきていた。
その目には先程まであった凶器のそれではなく、ただ、何かに魅了されたような静寂のみがあった。
その広場の中央には一人の少女が設置してある石の長椅子のようなものに腰掛けて歌っていた。
肩まである美しく流れるようなプロチナブロンドのストレートの髪、前髪を髪留めでとめているので額が少し見えている。
そしてその瞳は金色。
透けるような肌に薄紅色の花のような唇が色を添えている。
白いロングコートを羽織り、ヒレのある白いチュニックを着ている。
絶世のと言う言葉すらも陳腐に思える程の美少女がそこにはいた。
彼女は歌いながら、集まった魔獣達に近づく。
その姿は神話に出てくる幻の獣ユニコーンに連れそう乙女のようにも見える。
彼女は何かを取ってきてとお願いをするかのように西の方を指差す。
その方向には魔獣達が住まうサザラーンの森がある。
国土の7割が森林地帯の教国で、誰も近づかない教国西側を覆うように縦断する最大の秘境にして魔獣の森。
彼女の指はその方向を差しているように見える。
魔獣達はまるで何かに導かれるように、彼女が指差す方向に去って行った。
全ての魔獣が街からいなくなり、街に静寂が訪れる。
しかし次の瞬間、大歓声と共に街の中央に人々が駆けて行く。
少女の姿はその衆人の波に飲まれ、見えなくなった……。




