途中ですが姫と俺のむか~しばなし
~ アーネット=リード、通称「姫」 ~
齢7歳にして初陣を飾り、華々しい戦果を各地で立てていた姫は国民の羨望の的だった。
特に子供達から絶大な人気を誇った姫はどこの街にいっても子供達に囲まれ、また姫も戦場では同年代の子供と接することが皆無の為に、とても喜んでいたと言う。
当時から肥沃な土地に恵まれていた王国は、北は帝国、南は連合国、さらに西の教国からの侵略に悩まされていた。
姫が10歳で南の戦地に派遣されていたときのこと、帝国から大規模な侵攻があった。
将軍マダル・マキシス(俺の父)が軍を率い、なんとかその戦線を押し返したのだが、既にいくつもの街が落とされた後だった。
戦争において、侵略した街から奴隷として、住民が連れて行かれることはめずらしくない。
焼け落ちた街に住民の死体が少ないと言うことはさして珍しいことではなかった。
ただ街に残された死体の中、異様に子供の死体が少なかったのだが、誰もそのことを気にすることが無く、軍議にあがることも無かった。
それから3年が経ち、姫が13歳になった頃。
姫は再び北の帝国との戦線に配属されていた。
リドマス(王国の北の街の一つ)に帝国が侵略をしかけてきたとの報があり、偶然近くにいた姫の部隊がかけつけることになる。
6年の歳月で数々の武勲を上げ、「姫将軍」と呼ばれるまでになっていた姫は、慢心があったのかもしれない。
街の駐在軍と合流し、戦線を維持するために姫は精鋭数十人を連れて先行するが、
しかしそれは罠だった。
ついた街はすでに5日以上前に落とされており、そこに待っていたのは2000の帝国兵。
善戦むなしく姫以外の兵士達は全て倒れる。
一人生き残った姫は、敵を屠りながらある事に気がつく。
目の前にいる帝国兵達は皆若い少年兵であることに。
戦場において若年の兵が全くいないというわけではない。
しかし明らかに多すぎる。
そして気がつく、今自分が斬って足元に転がった兵の顔を見たことがある事に。
彼は姫のことを慕い、話をせがんでいた……3年前に侵略された街の子供たちであることに。
剣をひくように姫は叫ぶが、洗脳を受けているのか、槍を持ち、剣を持ち襲い掛かってくる子供達の目には光が無い。
唯一、殺気だけをみなぎらせて襲い来る敵に、姫の条件反射の域まで達した剣術が閃く。
チ、チ、チ、チ、チ…………
込み上げる嘔吐感を押さえきれず、吐きながらも姫は遅い来る敵をほふる。
そうしていつしか自分は剣なのだと言い聞かせるようになる。
唯、敵を切るためだけの国の剣。
そこには感情も何も必要無い……。
襲いくる子供達を斬る正当性を得るために……、そう思い込みながらも彼女の心は少しづつ壊れていった。
数刻後、援軍が駆けつけたとき、陥落した街中で唯一人生き残った姫は、死体の山の中、子供の骸を抱いてうずくまっていたという。
その後も戦争は無慈悲続く。
姫は将軍としての役目を果たし、剣を奮い先頭をきって前線に出る。
しかし戦闘が終わり、一度剣を手放せば、言われねば食事も取らず、言わねば寝ることもしようとせず、話しかけてもほとんど喋らない、ただ人形のように動かないでいる姿が多く見られるようになった。
でも、このときはまだ少しは部下の声に反応し、動くこともあったという。
「おかしい」と言うことは皆解っていても、剣を持っているときだけは何故か先陣をきって姫将軍としての役目をこなす。
そんな状態の姫を投入しないで戦争を乗り切れるほど、戦況は甘くはなかった。
それから1年後、状況が大きく変わることになる。
アンブロシウス=マキシス「シバリーンの神童」が国政に関わることになったのだ。
そして何故かそれと同時に今まで侵略を仕掛けてきた各国では、貴族の派閥争いによる内戦や、貴族の国政を揺るがす不正行為の発覚。王族の継承争いや住民の反乱等がおこり、内政に力を入れなければならなくなり、侵略どころではなくなった。
そうして半年も経たずに、王国は長期に渡る戦争硬直状態に突入した。
この頃、姫は14歳になっていた。
戦場を離れ、王族(姫)としての教育を今更ながら施そうということになったが、剣を手放した姫には、もう誰の声も届かなくなっていた…………。
俺が姫と初めて会ったのはそんな頃だった。
「姫様、冷えてまいりましたね。何かかけるものを持ってまいりますね」
ここは広大な城の中庭にある、お茶を飲む建物。侍女が姫に声をかけ、返答がないのは何時ものことなので気にせずに姫を残して城のほうに歩いていく。
ゆったりとした背もたれのあるイスに座っているのはアーネット姫。
しかし彼女はお茶を飲むわけではなく、ただ虚空を見つめ身動き一つしない。
俺は丁度会議があり、遅れそうなのでたまたま中庭を通っただけだった。
「ねえ、あれ」
頭の上のアリスが俺の視線を誘導する。
「あれは、アーネット姫か」
先の戦争で数々の武勲を揚げた英雄。姫将軍。
ただ、戦争の最中に起ちょっとした事件(内容は知っている)から、少しおかしくなってしまったと聞いていた。
誰も側にいないようだ。
俺はそ~と側に近づく。
「綺麗だな」
最初の感想は、唯、お人形さんのように綺麗だと思っただけだった。
でも、俺が近づいても視線一つ動かさない。
噂は本当だったようだ。
「なにをするの?」
俺が触れるぐらい側に近づくと、アリスが聞いてくる。
「チョット覗いてみないか?」
かなり驚いたようだが、アリスも興味があったようだ。
「ハイハイ。失礼しますね~」
彼女はそういうと俺の頭から飛び降りてアーネット姫の膝の上に乗り、その目を見つめる。
俺はそれと同期して姫にファミリアーをかける。
「記録操作発動」
アリスの固有能力で催眠術や魅了強化版のようなものがある。
これは相手の目を見つめることで相手の記憶を操作する。いわゆる「化かす」というものだ。
それと俺のファミリアーの能力のコンボ「記録(データ操作)」。
俺がファミリアー化した姫の中に入り、更にアリスの中にも入り、両方から一つの脳にアクセスすることで、あたかもその人の頭の中にいるかのように精神を実体化させ、記憶を自在に操作する。
アリスが捕まえたネズミにファミリアーをかけるのとは訳が違う。
この能力で各国の要人にファミリアーをかけ、その記憶からファミリアー化した事実を封じる。
自分がファミリアー化されていることを知らない要人たちは、解除をすることもなく、俺に様々な情報を与えてくれる。
そしてさらに、その封じた記憶をとあるキーワードをきっかけに視覚情報に再生、あたかも俺が目の前にいると錯覚(認識)させることにより、命令を実行させる。
これが各国を内政に勤しまねばならない混乱に巻き込んだ俺の力。
ファミリアーマスター(自称)たる俺の能力だ。
(アリスがいて本当に良かった。)
「嘘だろ。なんにもない」
アーネット姫の記憶の中、そこは真っ暗な闇。通常であればいろいろな記憶が混雑するはずの空間には唯、闇が広がっていた。
辺りをよく見回す。
「ん。違う封印されてる?」
手を伸ばすと見えない壁のようなものがある。
「しゃらくさい」
俺はその壁をこじ開ける。
そこにあったのは戦場を駆け巡るアーネット姫の記憶。
「これは……姫将軍の記憶か」
目の前に色々な映像が流れ、声が頭に記憶が流れ込んでくる。
『誰か、誰か私に栄誉ある死を!』
それは姫将軍の最新の記憶。危険な戦場に自ら飛び込み、自分を倒してくれる相手を探している。
自分に「栄誉ある死」を与えてくれるものを探しているのだ。
『自分に向けられる殺気が嬉しい。ああ、私はこれで解放されるかもしれない。幸せだ』
俺はそれを見て肩をすくめる。
「死にたがり、か……」
ん?こっちは……手を伸ばすとまだ壁があるようだ。俺はこじ開けようとするが……。
『ダメ!』
俺の目の前には、14歳のアーネット=リードその人がいた。
『それは開かないで』
俺は驚く、今までこんなことはなかった。記憶の一部なのかもしれないが、俺を認識し話しかけてくるなんて……。
「どうして?(開けてはいけない?)」
『私は生きちゃダメなの……私はたくさんの人を殺した。子供達も……だから生きちゃダメなの……』
この壁を壊したら彼女は自我を取り戻す(生きる意志を持ってしまう)ということなのか?
俺は壁に手をかけながら、
「戦争だったんだろう?殺さなきゃ君が殺されていた」
「……死ねばよかった。私が死ねばあの子達は生きられたかもしれない!」
顔を覆い下を向く。
「……仕方なかったんじゃないのか?」
俺は自分勝手な意見だと思いながら彼女に言う。
「君が殺されれば、その子達は助かったのか?例え君が殺されていても、その子達は別の戦場で使い捨ての駒として死んでいたんじゃないのか?」
『そうかも知れない……でもそうじゃないかも知れない!誰かがあの子達を助けてくれたかもしれない!そんな奇跡があの子達に待っていたかもしれない!!』
俺に向かって涙を拭こうともせずに顔を上げ、彼女は叫ぶ。
「でも、その子達には申し訳ないけど……、そんなそんな夢のような出来事は起こらなかったと思うよ。君と戦い、泣いてくれる君の手で逝けたことが……、もしかしたらその子達に起こった奇跡だったのかもしれない」
彼女は顔を下げ、沈黙する。
『私の手にかかることが・・奇跡?……』
少し考えた後、彼女は意を決して俺に聞いてくる。
『……あの子達は許してくれるのかな……』
「さあ?自分で聞いてみたら?」
俺は肩をすくめる。
『自分で?』
俺はうなずく。
「生きればいい。
生きて生きて、その子達の分もずっと長く生きて、そうしたら、もしかしたら生まれ変わったその子達に会えるかもしれない。
もし会えなかったら、死んだらあの世でその子達に聞いてみたらいい」
少し考えた後、彼女は涙を拭いて俺を見る。
『あなたって、私より小さいのに……あなたは……誰?』
「アンブロシウス=マキシス、5才!でも、生前の名は、あ~笑うなよ。山田金次郎ってんだ。俺が生まれ変われるかも知れないっていう見本だ」
『あなたが?』
彼女は俺を見つめる。
『そっか……、アンブロシウス。それとも金次郎さん?』
「その名前は勘弁して……」
俺は顔に手を当てる。あんまりその名前は好きじゃなかった。じいさんがつけてくれたらしいが、できれば「アキラ」とか「ショウ」とかそういうのにして欲しかった……。
彼女が微笑む。
『今はまだダメかもしれない……、でも、いつか私の心が強くなれたら……そのときは……』
ああ、彼女、こんな微笑みをするのか………………。
彼女の姿が消える。
俺は何時か彼女が自分からその壁を砕くであろうことを祈り、蘇らしてしまった姫将軍のデータ(記憶)の「死にたい」という気持ちだけを封印し、その場を後にした。
いつか、また、彼女に会いたいな……。
そして次に彼女が目覚めたとき、生きようと活動を始めるたようだが、
「姫様。お待たせしました」
侍女が城から毛布を持ってくる。
「だ~れ~?」
その侍女を振り返り、姫が「ここどこ?」って顔をする。
「え!?だだだ、誰か!誰か!!姫様が!姫様が!!」
侍女はとんでもなく慌てて、腰を抜かしながら人を呼ぶ。
しかし、「生きはじめた」彼女は、何故か当時の俺と同じ5歳の記憶までしか持っていなかった。
そして、刀を手にすると……、後はご存知の通りだ。




