動悸
山道を登って2時間が過ぎた頃、左手崖の上に遺跡の様なものが見えてくる。
その見えている遺跡の奥に、冒険者達がよく使うドワーフの地下迷宮への入り口がある。
今いる所から道なりに迂回して20分もすればその遺跡に行けるのだが、俺達はこの先に見えている分岐を遺跡とは違う方向に行く。
分岐を過ぎてしばらく歩くと、川に突き当たった。
木々の生い茂る川沿いの道を上流に向かって進むと、程なくして50mくらいの高さの崖に囲まれた広場に突き当たる。
その広場は、幅広の水が流れ落ちる滝と浅い水辺が広がる美しい場所だった。
「ジャンヌ様、迷宮に入る前に腹ごしらえをこのあたりでどうですか?」
道案内の手前、前を歩いていた俺は後ろを振り返り、問いかける。
「ああそうだな。汗もかいたし、水浴びをして来るから食事と着替えの用意を頼む」
そう言うと姫は俺の横を通り過ぎ、水辺に向かう。
俺は水辺の側で適当な岩場の影で巨大な荷物を置き、近くに落ちてある乾いた枝を拾って火を起こす。
火を起こしたのはもちろん精霊魔法でだ。こういう時に魔法はかなり便利だ。
姫の荷物とは別の袈裟懸けにかけていた自分のカバンから真鍮製のポットを出し、水の魔法で満たすと火にかける。
湯が沸くまでの時間に姫の着替えを用意だ。
「さて、アリス。」
「はいはい。」
アリスは荷物の上で今まで寝ていたが、俺の声で上から飛び降りる。
着地したときには人の姿になっていた。
今日の服装は空色のワンピースに白いショールを肩にかけ、頭には同じく空色の小さな丸い帽子を被っている。
思わず抱きしめてしまいそうなくらい可愛い。
まあ、残念ながら8歳の俺よりアリスの方が若干背が高いので、抱きついても年の近い弟が姉に抱きついている様にしか見えないだろうが。
もう少し背丈が欲しい……。
りなみにアリスは人型になるときに自由に服を変えることができる。想像しだいで自由自在だそうだ。
「一緒に探してくれるか?流石にこの中から姫の着替えを出すのは骨が折れそうで。」
「ん~かまわないけど、そんなに手間はかからないと思うんだけど。」
「え?そんなに上手に整理されてるのか?」
「空けてみれば分かるよ。確かにある意味すっごく整理されてると思うし。」
俺は荷物によじ登り、上で結んである紐を解く。登ったときに感じたのだがカバンの中はかなり堅い、大きな入れ物のような感触だ。
上の紐が解いてから一旦下に降り、カバンの裾を引っ張ると中に入っているものがあらわになる。
俺は殺意の波動に目覚めた。
フシューと体中から煙の様なものが立ち昇る。
カバンの中にはタンスが入っていた。
「どこの世界に着替え入ったタンス担いで冒険に出掛けるやつがいるんだよ!(←ここに)
あのゴリラには世の常識ってものを教える必要があるな。」
同意を求めるように振り向くが、アリスはお腹を抱え、涙を流しながら大爆笑中でした。
「これでこそ姫様じゃないの。常識教えちゃったらおもしろくないしね。」
こいつ知ってて黙ってたな。
アリスはおもしろいことには目が無い性格だった。
上の両開きの扉の中にはドレスが、下の3つの引き出しには上に下着、下二つには着物が和紙の袋に包まれて入っている。
とりあえず着替えを用意し、姫が水浴びをしている水辺に行く。
脱いだ着物が置いてある岩の上に飛び乗る。
チン
金属の鳴る音がする。俺は思わず自分の首に手を当てる。
血の気が引いた。『ふううう~~~~』足が震える。
「姫!?」
姫が抜刀術を使ったということは敵がいる。
慌てて岩場から下を見ると、そこには一糸纏わぬ姿の姫が左手に剣を持ち、その前には首を斬られた銀色の熊の死体があった。
「姫ではない。ジャンヌ様だ。」
俺は岩場から膝くらいまでの水場に飛び降り、熊の側に立つ。
「て、そんな場合じゃないでしょう。こいつは?」
「ん~昼飯?」
「シルバーベアですか。この背中の盛り上がった鬣の部分って高級食材でしたよね?」
「さあ?何でもいいが・・・」
裸の姫が俺に近づいてくる。
『あれ?俺何故か緊張してる?』
姫は体を隠そうともせず俺の前に立つと、顔を近づけてくる。
『姫!前を隠してください!揺れてます!俺の心とあなたの胸が!』
俺は心の中で叫ぶが声が出ない。
『嘘だろ。ヤバイヤバイ、俺ドキドキしてる。動悸よ静まれ!』
俺の目にはもう姫の薄紅色の唇しかみえない。
触れる程の眼前に唇、そして姫は俺の前髪辺りに近づけた鼻をクンと鳴らすと。
「汗臭いぞ。お前も水を浴びろ。」
突然外装と一緒に上の服を脱がされた。
「なっ!?なにするんですか!?姫には羞恥心ってものがないんですか!」
「阿呆うかお前は。子供相手に何故恥ずかしがらなければならん。」
なんだろう無性に腹が立つ。
「くっ、子ども扱いするな!」
「ふふ、それが子供だというのだ。まあいい、着替えご苦労。先にいってるぞ。」
背を向けて去っていく。
胸が・・・痛い。
「俺が・・・子供だと・・・・・・・」
俺は何故か愕然とする。何故俺は姫に子ども扱いされてこんなに憤っているんだろう。
俺は子供の振りをよく自分からする。
子供だとなめて接してきてくれるなら、油断した相手ほど操りやすいことはない。
その後相手は俺が決して只の子供ではないと思い知ることになる。
何時もそうだった。
だが、姫に子供扱いされて俺は何故か心の底で我慢ならないと言う気持ちを隠せないでいた。




