襲い来る魔王軍(前編)
アンブロシウスはノイエに誘われるままに城に入る。
中世ヨーロッパ風の城ではあるが内部の各所はオートマチックになっており、各種センサーから戦艦にも使われる魔法防御も壁の内部に組み込まれている。
実際城の門をくぐった辺りから念話等もジャミングされて使えないようになっていた。
調度品も一流のものばかりで絵画や彫刻、置物などはどれ一つとっても普通人なら一生遊んで暮らせるほどの値段になるに違いない。
流石皇族の城といったところか。
しばらくして最上階近くの大きな屋外テラスに案内される。
そしてそこには思わぬ人物がおり、アンブロシウスは足を止めて立ちすくむ。
「冗談だろ…何故あの人がこんなところにいるんだ?」
「なんだ、知っていて来たんじゃないのかい?」
ノイエはごく自然にそう言うが、アンブロシウス自体ここに来たのは娘の占術に従った結果であり、こんなことは予想もしていなかった。
「なるほど。あの特殊部隊……女帝ブレンダ。あれは彼女の警護だったのか」
霊の国ファンクルの女王にして、女帝ブレンダ=E=スノー。
ファンクルは女性上位の国家である。
軍隊はその殆どが女性で占められている。
いわゆるアマゾネスの軍。
ただ、驚くべきことにその科学力はこの宇宙においてもマガダンやアスマンの数千年先をゆき、マガダン側に身を置きつつも裏ではその技術力をアスマンにも提供していると聞く。
よく言えば技術大国。
悪くいえば、死の商人ともいえる国であった。
白地に赤と金の炎のような装飾を施したライダースーツに、遠山の金さんよろしく方袖を脱いだような(というかはじめから片袖しかないない服なのだが)ど派手な羽織り物を着こなしている。
身体の回りに揺らめく炎はセントエルモの火のようなものだろうか(注1)。
胸元には王家の紋章が掘られた半透明の琥珀のような色のブローチ。
黒っぽい金色の髪の毛はライオンのように逆立ち、その中にとがった獣の耳が見える。
霊の国の民のほぼ九割が獣人。
彼女も当然のように獣人であった。
彼女の第一印象は捕食者。
剛胆な美女ではある。
しかし流石のアンブロシウスもここまで迫力ある方に恋愛の有無は求める気は起きない。
人から言わせればアーネットも彼女と同じように近寄りがたい存在らしいのだが、幼い頃から一緒にいるアンブロシウスは、妻でもある彼女にそのような印象を受けたことは無かった。
女帝ブレンダ。彼女を怒らせること、それは即「死」を意味する。
彼女は恐ろしいお人なのである。
ブレンダがアンブロシウスをチラリと見やり、椅子に座ったまま手に持ったティーカップを口にする。
足を組み、牙を見せて威嚇するように笑い、指を曲げてアンブロシウスを誘う。
「誰かと思えば破壊者の坊やか。そんな所にいないでこっちへ来て一緒に茶でも飲め」
「ご辞退させていただきます」と言いたいところをグッと堪え、アンブロシウスはノイエ皇子を見やる。
残念ながら彼もそんなアンブロシウスに助け舟を出せるほど命知らずではなかった。
「お初におめに…「まあ座れ」」
挨拶しようと膝を付こうとするが、にべも無くそれを止められ、彼女は自分の座る横の席を指差す。
挨拶もさせてもらえずにアンブロシウスは彼女の言うとおり、横の席に腰かける。
城の女中が、冷めたノイエ皇子の飲み物を入れ替え、一緒にアンブロシウスの前にも湯気の立った温かい飲み物が出る。
茶色い髪のかわいらしいメイドの少女も、心なしか女帝を前にして緊張しているようだ。
アンブロシウスが礼をいい、微笑みかけると少女は頬を染めて勇み足でその場を退出していく。
いれてもらったそれはプロメテウス産の一等級の紅茶だった。
「で?お二人はここで何をなされていたのですか?」
「カカ、なかなかいい度胸をしておるではないか。それを聞けば一生牢の中に閉じ込められるやも知れぬぞ?それでも聞くか?」
迫力のあるハスキーボイスでブレンダはアンブロシウスに脅しをかけてくる。
「この場にお誘いいただいた時点でそれは無いでしょう。逆に言えば私に聞きたいことでもあるのでしょうか?」
「ふむ、なかなかに話が早い」
彼女は笑い、そして真剣な顔になってアンブロシウスを睨みつける。
「だがうぬぼれるな。別にお主に聞きた事などはない。あるとすればお主に対する文句ぐらいだな」
殺気に近い圧迫感。彼女はアンブロシウスを威嚇する。
アンブロシウスはその気をさらりと受け流して飄々と応える。
「さて?初めて出会うあなたからの文句とは……。まあ、ないとはいいませんが…」
「そうだとも。いや、そうであろう。まったくお主という男はいろいろとよく破壊してくれる。我がどれほどの迷惑を被っているか、いや、わが国にどれ程の損失をかかえたさせたか判っておるのだろうな?」
アンブロシウスは何処吹く風でカップを手に取り、紅茶をすする。
そんなアンブロシウスに気を悪くしたのか女帝は文句を言い続ける。
「お主のしたことによってわが国は大ダメージを受けた。潰れた会社は数千社に上り、数十万人、いや数百万の社員が路頭に迷っておる。何も兵器関連の会社だけではない。それに関係する一般の下請け会社まで含めればその数は倍になるだろう。どれほどの被害なのか現在も算出させてはおるが見当も付かん。特にだ!」
彼女は座ったまま身を乗り出してアンブロシウスを睨み付ける。
胸ぐらを捕まれそうな勢いだ。
「「雷神」と「風神」。あのステーションの維持管理もわが国のものであった。その約七割が倒産だ。わが国では路頭に迷い自殺する者も増え続けておる。ここに来る前もメディアが一家心中した親子のことを報道して騒いでおったわ」
「それで?」
アンブロシウスだって馬鹿ではない。
そんなことは百も承知である。
ただ、軍に所属していた彼を表立ってソーシャル的な立場から非難するものが周りにはいなかっただけである。
軍内部において彼は英雄なのだから当然のことではあるのだが…。
「「それで?」だと!壊すな!暴れすぎるな!この愚か者め!程々という言葉を知らんのか!」
アンブロシウスは飲んでいた紅茶のティーカップを戻し、ため息をついては彼女を逆ににらみ返す。
「盗っ人猛々しいとはこのことじゃないのですか?「自殺者が出た」だ?死の商人が何を言っている!確かに戦争を長く続けていれば、それで生計を立てるものも多く、そういう社会にならざるを得ないのでしょうが、ここらでいい加減「大きな改革」をされたらいかがですか?戦争相手の商売は終わりにして荒れ地に花でも作って売ればいいでしょう?」
「綺麗事をぬかすな!この偽善者め!」
彼女は机を叩き、とうとう立ち上がって声を荒げる。
迫力はある。
しかし……アンブロシウスは逆にとても冷めていく自分を感じる。
周りにまたあの特殊部隊の殺気を感じる。
彼女の号令一つでアンブロシウスを殺す気のようだ。
アンブロシウスは「やれるものならやってみろ」と、逆に静かな怒りを覚える。
「知っておるぞ。孤児を集めて助けておるらしいの。わが国の死にゆくものには知らぬ顔をするくせに、一部のものだけを助けて満足か?そして当のお前は軍から行方をくらまし、英雄気取りとはいいご身分だな。此度の帝都襲撃もお前がもたらした結果の一つよ。まあ、あの頑固爺が死んでくれて清々はするがな」
「まあまあブレンダ様それくらいで……」
ノイエがヒートするブレンダと、それを無視して茶を飲むアンブロシウスの間に入る。
ブレンダが言った台詞は彼女でなければ極刑にも値する言葉。
殺されたこの国の王にして父たるものを侮辱されても怒らないとは、ノイエ皇子はある意味出来た人なのかも知れない。
まあ皇族に家族愛なんてものがあればの話だが…。
ブレンダもそんなノイエの顔を立ててか席に腰を下ろす。
ノイエは養生と称してここにあり、戦には参加しない。
しかし彼は本当の最前線で一人戦い、帝国を維持していたようだ。
ブレンダがここにいるのがその証拠であった。
帝国は広い。それもアスマンを含めると銀河の三分の一にも及ぶ。
表立っての戦争など、社会を維持する上ではほんの一部の出来事。
小競り合いでしかなかった。
軍を動かすのは「人」。
人が生きるは「社会」。
封建国家といえどそれは変らない。
確かに軍には短絡的な破壊力はある。
しかしそれを維持する為にはその何倍もの人の労力と経済力がいる。
技術力や物資の面で全体的にサポートする霊の国との交渉はその戦局を左右する。
ノイエはこうして霊の国近くの領土で養生と称し、マガダンとファンクルとの折衝を計る隠れた功労者であった。
「軍隊なんてものは戦力=消費力。物資や技術力を産業の生業としているあなたの国としてはお怒りはごもっともなことです。経済を維持するには両方の国のミリタリーバランスが最重要ですからね。戦局が傾きすぎれば、そのバランスを戻すのには大変な労力がいるでしょうね」
アンブロシウスは心にもない台詞を言い、同情半分で彼女の肩を持つかのようなセリフで場を納めようとする。
しかしまたもや驚くべき事をブレンダは口にする。
「まったくよの。こんなことにならないように、お主にはモスプログのあと何度か暗殺者を送ったのだが、よくもまあチョロチョロとゴキブリのようにしぶといものよの」
滅茶苦茶な話である。
彼女が言うとおりアンブロシウスの屋敷にはたびたび賊が入っていた。
それはどうやら霊の手のものだったらしい。
ただ、アンブロシウスは自分を狙っての暗殺など気にしてもいなかったのだ。
何せ不死身である。
逆にどうやって殺そうとするのか興味深いものがあった。
「私の屋敷の警備システムは帝国一ですからね。良いデータを採取させていただきました」
帝国一の警備システム。
セレトニーたちの警護を兼ねたシステムだったが、本当はいちいち賊を相手にしてもいられないとアンブロシウスが配備したものだった。
パッタリと暗殺者がこなくなったおかげで、ある人から文句を言われたほどだ。
「遊び相手がいなくなってつまらん!」と。
「お主の側にいる化け物女は別にして、屋敷に出入りするのは皇族の坊ちゃん嬢ちゃんだけ。絡め手すら使えん。過去を探るがとっかえひっかえいろんな女に手を出す以外何も出てこない……。本当にとんだ狸だ。で?責任も取らずに逃げ出したお前が今更何の用だ?」
彼女に化け物女と言わしめたアーネット。
そう、警備システムが出来上がるまでは彼女一人で暗殺者を撃退していた。
「手伝おうか?」と言ったのだが、「なら代わりにお前が私の相手をするか?」と言われれば、おとなしくお任せするしかあるまい。
他に魔人の妻たち、セレトニー皇子と彼の副官エトランゼ、ティッツェ皇女それ以外のものは屋敷に呼んでいない。
安全の為にとテスタニアすらアンブロシウスは屋敷に呼ばなかった。
御膳試合の祝勝会に呼んでやりたかったのだが、可愛そうだがそんなわけで彼女には我慢してもらっていた。
『まさかセーレ達を誘拐したのは……』一瞬そう考えるアンブロシウスであったが、すぐにその考えを否定する。
『もしそうであるなら、わざわざ賊をはなったのは自分だと交換条件もなしに公言する馬鹿でもあるまい』
「こら!?勝手に入っちゃいかん!」
テラスに続く大きなガラス扉の前で警護をしていた兵士が、中に入ろうとする二人の少女をとめようとする。
華やかなピンクのドレスのノーラと青のドレスをまとったアビンクス。
美しい娘たち二人。
アンブロシウスは思わず自分の娘たちであるのに見とれてしまっていた。
『本当に娘でなければな~』と、女性関係では自重すると誓ったばかりであるのに、そんなことも忘れて馬鹿な台詞が心をよぎる。
「パパをいじめるな!」
「パパは頑張っているんだぞ!それに義母の…「アビンクス!」」
『それ以上はいわない!』と娘を睨む。
一瞬ビクッと毛を逆立てて硬直するアビンクス。
「だって!」「パパ!」
まだ何かいいたげな娘たちを制し、アンブロシウスは外で待っているように二人に言い聞かせる。
「失礼しましたブレンダ様」
娘たちの無礼を謝りながら席に戻るアンブロシウス。
「いや、構わぬ。あれは本当におまえの娘達か?妻はわが国のものか?」
娘たちは獣人と竜人。
そんな二人を見てブレンダが問うてくる。
「…いえ、私の妻達は同郷のもので、別に霊のものというわけではありません。もしかしたら祖先はそうであったかもしれませんが……」
「そうか……」
娘達が待つ部屋の外を見やるブレンダ。
竜人であるノーラロールを見つめ、なにやら思うところがありそうな雰囲気を伺わせる。
特に娘たちが俺の弱みと知ってなにかするという気配も感じない。
先程は「絡み手を使ってでも暗殺させようとした」という人物とは到底思えないが、それは事実であった。
「ブレンダ様。確かに私は軍から逃げ出しました。今更戻っても何も言う資格は無いでしょう。だから将としてではなく、セレトニーの友人として彼を助けたいのです。恥ずかしながらその助力を請いにここに来ました」
アンブロシウスは包み隠さず自分がここへ来た目的を告げる。
別に彼女に何を頼むわけでもない。
しかしそれを問われて「後でノイエ皇子とだけ話します」と言うわけにはいかなかったからだ。
それに別に隠すほどのことでもない。
「亡くなったもの達には心から悪いとは思っております。ただ、それでも私はあなたに謝るつもりはありません」
「ほう、何故だ?」
「あなたが本当に私がしたことで心を痛めている、というなら私はあなたに謝りましょう。しかしあなたは実際そんなことはどうでもいいのでしょう?あなたの怒りは、そう、おそらく自身への怒りだ」
「……何故そう思う?」
「人は長く生きすぎると、得るものの代わりに失うものも多々ある。生きすぎると得るものより失うものが増えすぎることもある。違いますか?」
彼女は体を小刻みに身体を震わせ、顔を上げたと思ったらこれは参ったとばかりに大きな笑い声をあげる。
「カカ、まったく女に年の話で説教するとはな……若造が、か…。まあよい。我は帰る。後の事はノイエとでも話せ」
その言葉とともに突然にテラスに巨大な影が落ちる。
見上げるとテラスに覆いかぶさるように金色の巨人がゆっくりと姿を現す。
【金冠の霊峰 ドミニオン】
それは霊の国の女帝が操る機体。
通常の魔導騎兵が数千騎集まろうとも触れることすらかなわないという伝説の機体にして現存する神器の一つ。
そしてドミニオンは宇宙最強の生物と言われる【エンディング】と戦ったことがあるという機体。
頭には八本の角を生やし、それが冠のように見える。
肩や背中から剣のような棘を長く背後に向かって生やし、彼女に似合ったど派手な金色の機体であった。
【神器】
人の手で作り出した魔導騎兵や神機兵と違い、神代の時代から伝わるという伝説の機械のことで、アマテラスもその内の一つである。
今その瞬間まで全く気配も何も無かったものが、突然、彼女の帰ると言う言葉に反応して現れたのだ。
【空間迷彩】
光を屈折させるのではなく、空間自体を屈折させて目の前にいるブレンダを護っていたのだろう。
でなければ気配もなく、音もなく、これほどの巨体が転移すらもせず現われるとは考えにくい。
転移でない理由は簡単で、転移は一瞬にして他所に現われる技であり、今目の前に現われた巨人のように、幻の如くゆっくりと実体化などはしない。
そもそもおかしいと思っていたのだ。
こんな狙われやすい屋外のテラスで、それもこれほどの超がつく重要人物がのんきに茶を飲んでいるなどと。
屋内の壁越し、いや建物越しにレーザーで撃ち抜かれる可能性から考えれば、屋外で、しかも空間を曲げることの出来るこの巨人の側での会見の方が遥かに安全といえよう。
これなら例え戦艦のレーザーが来ようとも、空間を曲げることのできるこの機体であればどうということは無いのだろう。
『……これはファンクルの技術力によるものか、それとも神器の持つ力か…』
現れた巨人の手の平にヒラリと飛び乗るブレンダ。
そのチョットした動作からでも獣人特有の身体能力の高さをうかがい知れる。
「アンブロシウス!これは無礼を言った詫びだ!」
そういって彼女は胸元のブローチを取り、アンブロシウスに投げてよこす。
アンブロシウスはそれを受け取り慌てる。
「これは!?待って下さい!こんなとんでもないものいただけませんよ!」
「一見して価値が分かるか。なら説明はいらんな。好きに使え!」
ファンクル王家の紋章が石の中に浮かぶブローチ。
それ単体の値段だけでも星が一つ買える程の値段。
そしてその付加価値はと言うと……天文学的数値になるかもしれない。
簡単に言えば霊の国限定の水戸黄門の印籠のようなものだった。
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その夜。
アンブロシウスは湯気の立ち上る豪華な風呂の湯に入り、くつろいでいた。
ライオンのような彫刻の口から湯がこうこうとそそがれ、白い大理石の床に同じく石柱が立ち並ぶ。
アンブロシウスの手にはブレンダより賜ったブローチ。
それを指ではさみ、天井の光にすかし見る。
「本物……だな」
彼女が投げてよこしたブローチ。
【秘石 ロンツァール】
最強の生物エンディングの殻から魔導士数千人掛かりで作り出したと言われている。
それは霊の国の女帝が持つ秘宝の一つ。
はっきり言って個人で受け取れるようなものではない。
何を思って自分に託したのか…アンブロシウスは途方に暮れる。
胸の真ん中や手の平、手の甲とそのブローチを強く押し当てるとどういう原理かその宝玉は身体と一体化する。
それを身に着けたものがそのまま死ねば、宝玉もまた消えうせる。
そして外せるのは着けた本人だけ。
伝説によれば、これを着けたものはエンディングと意思を交わすことができるという秘宝であった。
ただ彼女が本物であったかというと……おそらく彼女は影武者。
こんなところに本物の女帝が少数の精鋭だけ連れ、お忍びで来るとは考えにくい。
見た目は確かに雑誌などで見た女帝ではあった。
しかし口にする事がやけに芝居がかり、陳腐すぎた。
そして決定的なものが一つ。
それは彼女の魂の年輪。
彼女の魂はあまりにも新しすぎたのだ。
アンブロシウスは最近になって気が付いたのだが、目をこらせば相手の魂を見ることが出来るようになっていた。
人の魂には年輪というものがある。
魂はエネルギー。
エネルギーは螺旋を描き、その溝に情報を織り込みながらクルクルと回転している。
DNAの螺旋とは似ているようでいて異なる情報物質。
まあ簡単に言えばレコードのようなものであった。
女帝は数千年の時を生き、霊の国に君臨し続ける王の中の王。
彼女の年輪はそれほど長きに渡り生きているもののそれではなかった。
それに……、
『俺を怒らせることが目的としか思えないあの言動の数々……』
アンブロシウスは途中でその事に気がつき、彼女の「怒りの演戯」とは裏腹に、終始冷静に話をしていたのだった。
「ねえパパ。なんでレイナ母さんのお話をしなかったの?」
アビンクスがアンブロシウスに抱きつきながら問いかけてくる。
引き締まった健康的な肌の色の身体。
腕に当たる、いや、押しつけられた豊満な胸。
結構着やせするタイプなのかも知れない。
アビンクスは先ほどの口止めのことをいっているのだ。
【アソロ財閥】
アンブロシウスの妻の一人であるレイナ・アソロ(マキシス)とその息子が経営する企業であるが、 それは今やアスマンの一角を担う大企業として成長し続けている。
その企業は惑星開発という分野で大いに発展し、大規な事業を展開。各星々の雇用問題に貢献しているのだった。
人の住むことの出来ないといわれる惑星にナノマシンを散布し、人の住める惑星へと開拓する。
そしてその星ではまず食料問題を解決するため、各惑星から雇用してきた人たちを住まわせての大規模な農耕事業が展開されるのだ。
空気があり、水があり、食べるものさえあれば人はそこで生活圏を生成する事が出来る。
そういう星をいくつもつくり、惑星間を結ぶゲートシステムで行き来を可能と出来たならば、子どもだけではなく多くの人命を救うことが出来る。
当然そのシステム自体の考案者はアンブロシウス。
しかしナノマシンの開発者は別におり、これまた天才の名を欲しいままにすることができるはずが、できないでいる一人の青年科学者。
アンブロシウスの息子の一人、サージ・アソロの功績であった。
残念なことに彼の名前が歴史の表舞台に上がることはまず無い。
何故なら彼の魔眼がそういう能力であったからだ。
【忘却の魔眼】
その魔眼のせいでアンブロシウス以外の、それも実の母ですらたまに彼の存在を忘れることがある。
母親ですらそうなのだから腹違いの姉妹であるノーラやアビンクスは彼の名前を思い出すことはまずない。
目の前におり、彼に声を掛けられて初めて思い出すことができる。
でなければ目の前にいることにすら気がつかないのだ。
その魔眼はある意味カインとは真逆の能力であった。
アンブロシウスが母星を離れる時に最後まで気にしていたのは彼のことであったぐらいだ。
彼が天才であったために四歳でその時は来た。
アンブロシウスは彼が自立して生活できるようになったのを見計らって宇宙に出たのだ。
アビンクスはそんな財団の事業のことを女帝ブレンダに言おうとしたのだ。
女帝がアンブロシウスとアソロ財閥を結びつけることが出来なかったわけは10年がかりで徹底的に過去を偽造しまくり軍に入ったアンブロシウスの手腕と、もともとアンブロシウスが住む星が辺境の地であること、財団の現在の代表が名目上サージであったため。そしてレイナが仕事上は旧姓のアソロを名乗っているためだった。
サージが代表なのは理由としては簡単で、アソロ財閥の跡取りである一人娘のレイナがアンブロシウスの嫁として家を出、代わりに家名を継いだのは生まれてすぐに祖父の養子となったサージであったためであった。
ただ、彼が代表であると色々と問題が山積みな為に、レイナがアソロの名を未だに名乗ってオーナーを務めているのが現状ではあるのだが……。
「それはね。そういうことを自慢しないことが、今は無き地球(人の星)の日本という国の美徳なんだよ」
「パパは地球という星の人じゃないのに?」
「……まあ、な」
「それはいいけどアビンクス。あまりパパにくっつかない!」
ノーラがアビンクスの抱きつく反対側に座り、アンブロシウスに執拗にくっ付いて離れない彼女をいさめる。
そういうノーラもアンブロシウスに寄り添うように肌をくっ付けにきてはいるのだが…。
透き通るような白い肌のノーラだが若干、いや、かなりアビンクスより胸は小さい。
ただ形は申し分なく美乳であるので問題なし。
本人も余り気にしてはいなさそうだった。
いつの間にか裸の(まあフロなのだから当然なのだが)二人の娘が左右に一緒に湯船につかっているこの状況にアンブロシウスは嬉しいようでいて、少し心配になる。
「娘たちの貞操観念はどうなっているんだろう」と。
「年頃の娘が俺と一緒にフロに入るのはどうかと思うんだが?」
「「?」」
「え?まさか裸で男性と風呂に入る趣味でもあるのか?」
「そんなわけないでしょう!?あなたが父親だからです!」
「そうだよ~パパ以外の男の人には絶対に見せないよ!」
「いや、それもどうかと…」
実の娘相手に自制心を試されているような気がしてならないアンブロシウスであった。
風呂から出て寝室。
与えられたのはフカフカの赤い絨毯が敷き詰められた大きく豪華な部屋。部屋の真ん中にはキングサイズの天幕付のベッドが置かれてある。
アンブロシウスはここでも再び娘たちと一緒に寝ることになる。
二人の娘たちは別の部屋を用意してくれているというのに、わざわざ断ってまで一緒のベッドにもぐりこんでくる。
おかげで城のメイドたちに何やらヒソヒソと噂話までされる始末。
「娘とかって言ってるけど、あの娘たちきっと愛人よね」「湯浴みもご一緒だったそうよ?」「キャーやっぱりお噂どおり数え切れない程の愛人がおられるんだわ」「じゃあ私も…」「あっ、ズルイ私も!」
アンブロシウスは自分の自重がいつまで続くのか、かわいいメイドたちやかわいい娘たちを前にして風前の灯のような気がするのであった。
「別に一緒に寝るのはかまわないが、お前たちは何故裸なんだ?」
「寝るから?」
「いつも裸で寝てるもん!」
『ほんっとにこの娘たちの貞操観念はどうなってるんだ?親の顔が見たいわ!って俺か……それじゃ仕方ないな』
「節操の無さでは右に出る者はそうそういないだろう!」と自負するアンブロシウスは、自分で言っておきながらそう納得する。
それでいて『王侯貴族の娘は一般庶民の感覚からは理解できんところがあるな~』と、貴族であり王であったアンブロシウスは頭の片隅で今更ながら地球人の感覚で物事を考える。
そろそろそういう考え方もやめるべきと思うのだが、如何せん魂に染み付いた庶民感覚から抜け出せないでいるのだった。
娘たちが静かな寝息を立て始めた頃、城の警報が突然にけたたましく鳴り響く。
警報がなる直前、アンブロシウスも嫌な気配を感じて目を覚ましていた。
「何かが来る!」
(注1)本当は狐火です。




