愛しきものの死(後編)
「そこまで!」
蒼白と言っても過言ではない色白の肌を持つ一人の青年が城より現れ、その場にいるもの達に制止の声を掛ける。
濃い灰色の髪の毛は彼の肌の白さをより際立たせ、装飾の施された落ち着いた紺色の丸い帽子に、裾の長い豪華なコートは彼の品位を物語る。
アンブロシウスはその声を聞き、銃口の上から地面に降り立つ。
「ノイエ様!?危険です!お下がりください!」
周りにいる兵達が彼を守るように立ち塞がり、アンブロシウスとの間に壁を作る。
「ああ。いいのだ。彼は襲撃者などではない。そうだろう?アンブロシウス少将殿」
兵士達が目を見開き、驚愕の顔でアンブロシウスを見る。
それもそのはず。行方不明になり、死んだと思われていた人物が目の前にいるのだ。
この帝国で彼の名前を知らないものはいない。
小さな子供ですら彼の名を聞けば英雄と口にするくらいだ。
今や伝説とまでなりし男。
兵達はあらためて今まで戦っていた男を見る。
色眼鏡と言う無かれ、兵達は言われてみて初めて落ち着いた目で彼の事を見、にじみ出る風格のようなものを感じたのだ。
今まで彼の事を賊と見ていた兵達は、自分達の行動がいかに軽率であったかを知り、自然と頭を下げ、仕える皇子との前に道を開けた。
アンブロシウスはそんな兵達を前に一歩進み、膝を折り、ノイエ皇子を前にして礼を取る。
「お初にお目にかかります。閣下」
「ああ、畏まらなくてよい。英雄に膝を折らせるほど私は偉くはないのでな。立ってもらえないか」
アンブロシウスはその言葉を聞き、立ち上がる。
「して、こちらの可愛いお嬢さんたちはそなたの知人か?」
ノイエ皇子は裂かれた服を着て佇む二人の少女を誰かと問う。
アンブロシウスは彼に対して嘘偽り無く話す。
「私の娘達にございます。閣下」
「閣下などと言わずノイエと呼べ。そなたのことは弟や妹からよく聞き及んでいるのでな。あまりに聞きすぎて、私の中でもお前は友のように感じるくらいだ」
あらためてノイエは二人の少女を見る。
状況が落ち着いたこともあって少しばかり羞恥心を思い出したのか、ノーラとアビンクスは破けた服の裾を押さえ、赤面する。
「聞いていた話では結婚はしていないと言うことであったが、どうやらいろいろと弟たちの知らぬこともあるようだな」
ノイエはそう言うと城に使えるメイドたちを呼び、湯殿と着替えを用意するよう言い渡す。
ノーラとアビンクスはそんなメイドたちに誘われ、一足先に城に入っていった。
「生きていたのか」「あの方が?」「あの軍神なのか?」「本当に?」「英雄アンブロシウス…」「スゲー俺投げ飛ばされっちゃったよ!」「後でサインもらおうぜ」
とうとう我慢できなくなった周りの若い兵達が、興奮を抑えきれず、ヒソヒソと不謹慎にもざわつき始める。
気にせずアンブロシウスはノイエ皇子に気さくに話しかける。
「ところで、ノイエ殿下」
「ノイエ、だ」
これでも結構気を使いながら気軽に話しかけたつもりだったのだが、ノイエ皇子はさらに呼び捨てにしろと言う。
アンブロシウスは周りの兵の目もあり、かなり心苦しいものを感じるが、仕方なく呼び捨てにする。
「ではノイエ。すまないが隠れている兵の銃口も下げてもらえないだろうか?」
「ほう、気付いていたか」
そういうとノイエは手を上げる。
城の城壁の上、木の上、森の中、地面の中。
各所に在りながら姿を見せないでいた複数の気配が消える。
あるものは光学迷彩を施し、あるものは魔法でと、様々な隠形技を駆使し、姿を隠していたもの達。
城の兵達とはまったく違う異質な気配。
おそらく魔導士や強化兵だろう。それもかなりの手練れたちだ。
森の中には稼動音もさせていないが魔導機兵も潜んでいるようだ。
アンブロシウスは天を指差す。
「悪いがついでにあれもなんとかしてくれ。この星に来たときからずっと狙っているんだ。いい加減、殺気で頭が痛い」
遥か上空は成層圏。
そこには一機の小型潜航艇が高度を維持し、旋回しており。
開いた側面ハッチからは長い銃口が伸びる。
狙うはセンサーに捉えられし惑星への侵入者。
いつでも撃ち殺せるようにとスナイパータイプの魔導機兵テュエルブが待機していた。
大型のライフルを構え、体躯は細身で機体の色はブルー。
人型ではあるが、頭部は猛禽類の嘴を思わせる形をしている。
丸みを帯びながら尖った嘴の先に光るはモノアイ。
「冗談だろ?こちらに気付いているのか?」
それに乗る操縦者のハストラーは驚きの声を上げる。
スコープの先に映りしターゲットは八十キロは先の標的。
魔導機兵の望遠レンズを覗いてやっと視認できうる標的が、驚くべき事にこちらに向かって微笑み、手を振る。
よく見ると、なにやら口を開いてこちらに喋りかけているようだ。
特殊部隊のスナイパーであり、元工作員でもあるハストラーは【読唇術】でそれを読む。
「なになに「ゴ・ク・ロ・ウ・サ・ン」だと?ふざけやがって!」
明らかにこちらに気がついて語りかけたセリフ。
「この化け物が!」
トリガーを握る手に力が入る。
しかし侵入者である男の側にはこの宙域一体の領主であり、帝国の皇子がいる。
このまま撃てば巻き込む可能性は大。
命令無しに撃つわけにはいかない。
そんな時、通信装置から連絡が入る。
『警戒レベル4から2に移行。待機せよ』
「了解」
通信装置にはそう言いながらもハストラーは舌打ちをし、仕方なく銃に安全装置を掛ける。
「命拾いしたな。運のいい奴だ」
そう言ってコックピットの背もたれに頭を着け、目をつぶる。
しかしハストラーは知らない。
もしその銃のトリガーを引き彼に敵と見なされたならば、その男から逃れられる安全な場所など成層圏どころかこの宙域にはなくなるという事を……。
―――――――――――――
所在変わってこちらは帝都はアンブロシウスの屋敷。
そこでは今、正にアーネットがセレトニーに絨毯の上に引き倒され、陵辱されようとしていた。
「セレトニー?」
アーネットを押し倒し、その勢いのままセレトニーは彼女の体の上に覆いかぶさってくる。
押し倒された時に夜着の裾が捲れ上がり、彼女の白い下着が見えてしまっている。
足のつま先から太ももの根元まで見えてしまっているアーネットの鍛え上げられながらもスラリとした長い足は、神の創りたる芸術作品のように美しい。
アーネットはここに来て初めて自分の置かれた状況を理解する。
『あれ?もしかして私は今、襲われているのか?』
アーネットは魔法使いでなく「魔戦士(クロスレイヤー)」。
元いた星で言うところの魔法使いとは宇宙ではきちんと分類され「精霊使い(シャーマニクス)」となる。
宇宙で言うところの「魔戦士」とは自らに備わった「魔力」「霊力」「神力」を使い、身体強化を自らに施し、常人よりも遥かに優れたる能力を発揮することができるものたちの総称である。
魔導機兵を操ることのできるエリート兵のその殆どが魔戦士で、わずかに細胞強化を施された強化人間がいるのみである。
ちなみに時間や空間の魔法を操るもの達は「魔導士(バイオリーニクス)」というくくりに入る。
これは大きな大別であり、流派、特化魔法、所属する団体、組織、国、信奉する神などによってその総称は細分化されていく事になる。
アーネットは魔戦士以前に達人クラスの剣士である。
彼女が軍の士官学校にある測定器で判定された称号は「剣の王|(ソードクオリティ:最高位の剣士の意)。
信奉する神でもおり、その組織にでもいれば「剣聖|(ソード オブ クルセイド)」と呼ばれる立場。
セレトニーも魔戦士の一人ではある。
ただ彼の戦闘力はアーネットに比べるまでも無く、称号は「帝の槍(エンペランス)」。
資質の重きが「君主」にあるので、戦闘力は二の次である。
まあこの辺りはただの称号であるので、本人の能力を左右する能力を得られると言うものではない。
ただ、称号といえどそれは本人の持つ力の上下関係を明確に表す。
魔戦士としての格は明らかにアーネットの方が上。
というか、そもそも歴戦の勇士であるアーネット相手に力づくなどが通じるはずも無い。
アーネットが本気で抵抗し、身体強化を施せば。いつでも彼の腕を跳ね除けることができた。
しかし……。
家族を失い、愛するものを失い、未だ一人で生きる道を見出せないでいる皇子。
幼い頃から戦場にいて学校と名のつくものに通ったことの無かったアーネットにとって、士官学校とはいえ、セレトニーは初めての友人と呼べる人物であった。
『私を抱くことで気が済むなら好きにすればいい』そう思う自分がいる。
アンブロシウスとは違い、恋愛ごとにはうといアーネットではある。
しかし、セレトニーの心が自分に向いていることぐらいは薄々気がついていた。
皆と共にいるとき、時折振り向くと何故か彼と視線が合う。
そんな事が何度も繰り返されれば、いくら鈍いとはいっても気がつくというもの。
ただ、自分にはアンブロシウスがいる。
それ故彼は気を遣って今まで表立ってのアクションを起してこなかった。
しかし今やそのアンブロシウスはいない。
行方不明になって早一ヶ月以上が経つ。
彼の中では失った家族と共に、既にアンブロシウスも亡くなったものとして落ち着いているのかもしれない。
抵抗するでもなく体の力を抜こうとした時、アーネットの中のアリスが叫ぶ。
『馬鹿なことは考えない!私のご主人様はアンブロシウス様だけです!』と。
アーネットはその声を聞いてハッと我に戻り、身体強化を施し、覆いかぶさるセレトニーを突き飛ばす。
ガチン
何か堅いものが打ち合わされる音が響く。
少し力を入れすぎたのか、セレトニーは壁まで突き飛ばされ、背中を強かに打ちつける。
ただ、彼がしようとしていたことを思えば同情の余地は無い。
「セレトニー、目を覚ませ!私はお前と傷のなめ合いをする気はない!」
そうキッパリと断る。
アンブロシウスが死んでなどいないことは百も承知のアーネットではあるが、彼の許可も無くセレトニーに真実を打ち明けるわけにはいかない。
そう思って発した言葉であった。
セレトニーが、ゆっくりと立ち上がる。
驚くことに彼のその目は赤く光り、その口には長い牙が二本生えていた。
「なっ!?」
コンマ数秒で頭から同情や恋愛ごとなどを捨て去り、アーネットは戦闘体制を取る。
先程突き飛ばした時の異音。
それは、どうやらセレトニーがアーネットの首筋を噛もうとして失敗し、牙を打ち鳴らした音のようであった。
『後少し遅れれば自分は噛まれていたやも知れない』
そう思うと血の気が引く。
構えて腰に手をやる。しかしいつもの様に剣の柄を握ろうとした手が空しく宙を漂う。
霊刀冥月は寝室にあった。
最近対人戦というものから離れ、艦隊戦ばかりしていてどうにも気を抜きすぎているようだ。
自分を殴りつけたい気持ちを抑えながら「取りに走るか?」とそう考えた時、セレトニーが体を押さえて苦しみ出す。
荒い息を吐き、長い牙で閉まらなくなった口からは涎が垂れて見える。
彼の姿に普段の高貴さの欠片も無く、それはまるで野生の獣のようであった。
「アーネット……俺を殺してくれ。俺は悪魔と契約をしてしまった……」
自分の中にある魔性を押し殺し、くぐもった声でセレトニーは必死に「自分を殺してくれ」と懇願する。
「馬鹿を言うな!セレトニー!気をしっかり持て!」
『お兄様!』
そんな時、窓の外から彼を呼ぶ声がする。
どこかで聞いた事のある女の声。
セレトニーは四つん這いになり、腕力と脚力、四肢の力だけで跳躍し、窓ガラスを破って外に飛び出す。
その動きは人というより正しく野生の獣のようであった。
破られた窓に走りより、身を乗り出すようにしてアーネットは外を見る。
赤い血のような色の月がそこにはあり、辺りを朱に染め、木々が不気味に歪んだ暗い影を地面に落とす。
そこには人影が三つ。
一つは四本足でこちらを振り返るセレトニー。
一つは黒い傘を持ち、黒いゴスロリ服の少女。
「ティッツェ皇女!?」
赤い月を背後にし、顔ははっきりと見えない。
見えるのは不気味に光る真紅の瞳。
しかしアーネットが見間違うことはない。
そのいでたち、その仕草。
バラバラにされて殺されたはずのティッツェ皇女。
彼女はまるで生きているかのように、生前そのままの姿でそこにいた。
そしてその隣にいる一つの影。
ティッツェ皇女と同じく黒を基調としたゴスロリ服の美女。
「ブネ……か?お前、ブネなのか?そこで何をしている?」
アーネットが悩んだのも無理はない。
そこに立つのは妙齢の美女。
出るところは出て、しまるところはしまる。
見事なプロポーションを持つ美女がそこにはいた。
その姿は幼女などではなく、佇み微笑むティッツェ皇女と並べば、その服装もあいまってまるで姉妹のようであった。
しかしその顔、髪型、服装、目鼻立ち。
どれをとってもブネが大人になったとしか思えない容姿。
「ブネ」と呼ばれた美女は微笑み、言葉を返す。
「ブネ?違うわ。私の名はクーデリカ。魔王軍弐六師団の長クーデリカよ」
「魔王!?」
アーネットは「魔王」という言葉を十数年ぶりに聞き、来るべき時が来た事を知る。
アンブロシウスが「帰って来い」といったわけ。
とうとう彼らが動き始めたのだ。
「今宵は挨拶。それと決別ね。今、あなたを殺さない。しかし、いずれあなたには選ばれたる極上の死を与えましょう」
クーデリカとティッツェ皇女。
二人の女の笑い声が闇の中響き渡る。
そうして彼らは闇の中に消えて行った。
残されたアーネットは砕けた窓にもたれかかり、一人溜め息をつく。
「……挨拶だろうが、「死合い」だろうが構わない……。でも、……折角無事だった屋敷をわざわざ壊していかないでもいいじゃないですか!それにこれ、誰が片付けると思ってるんですか~~~っ!!」
途中から口調がアリスになっているのにも気がつかず、怒りに震えながら叫ぶアーネットであった。




