愛する者の裏切り(前編)
時は少し遡り、アンブロシウスが戦場で消息を絶ってから一月が過ぎた頃。
ここは水の惑星バビロン。
アンブロシウスが天地の星を捨て、第二の故郷として開拓した水の惑星。
アンブロシウスは久しぶりに故郷に戻り、自由を満喫していた。
草むらに寝転がり、空を見上げる。
空は青く何処までも高く、雲も無く澄み渡る。
マガダンの母星のような常春の国と違い、この星には季節というものがある。
今は冬の終わり。
アンブロシウスは防寒具として黒のロングコートを羽織っていた。
日差しが良いので思ったよりも寒さは感じられないが、時折吹く風は少しばかりの冷気を帯びていた。
「いい天気だな……。こんなにゆっくりするのは久しぶりだ……」
この星は王国アスマンの端に位置する。
本来は発見された時の科学力から言えば未開の殖民惑星の様相を呈することとなるはずだったが、今ではレアメタル鉱石であるエーテル鉱の採掘及び産出を担う優良企業惑星として重宝されている。
それは一重にアソロ財閥と、息子のカインの力が大きい。
星としても戦線からは遥か遠く、戦火の火はここまで及んではいない。
しかしアスマンやマガダン(こっちは秘密裏)より集められた孤児など難民を多く抱えているので、それが星の財政を圧迫し、飛びぬけて裕福な星であるわけではない。
しかし科学技術だけは日進月歩し、城より見下ろせば今では宇宙時代は画やと言う風体の街並みが広がる。
半重力の乗り物が飛び交い、三百階を越える半円形の高層ビルが数多く建ち並び、大気圏外にある宇宙ステーション(宇宙船用のドッグ)にまで伸びている衛星エレベーターも見られる。
そんな超のつく高層ビルをさらに眼下に見下ろすことの出来る空中に浮かぶ都市。
それがこの惑星の首都、メールシュタッドであった。
そしてアンブロシウスがいるのはその中心に位置する場所にある、飛びぬけて巨大な建物。
地球にある建築物で言えばケルン大聖堂を思わせる造形をしている。
その中にある天空のテラスと言われる空に一番近い場所にある庭園で、アンブロシウスは寝転がり空を見つめていた。
思えば士官学校に入り、マガダン軍に所属してからというもの自分というものを押し殺して生きてきた。
今は故郷に帰って完全に気が抜けているのを感じる。
何の気兼ねも無く、何の抑圧もストレスも感じない環境。
衣食住の心配はおろか、身の回りの全てのことをメイド達がしてくれる。
贅沢極まりない生活。
そういう生活に馴染まないようにと生きてきていたつもりであったが、年を重ねるとどうしても物臭になってしまう。
情けない話だとは思う。
この手にかけた大勢の人々にも申し訳ないとも思う。
自分の心が静まるにつれ、取り込んだ彼らの魂たちも少しばかりの安息を得たようで、今は静かに眠っているのを感じる。
本来は関わる必要の無かった戦争。
あのことを知るまでは関わろうとも思わなかった。
しかし関わって分かったのだが、そもそもあの戦争はおかしなものであった。
誰もその起源すら知らない戦争。
日常を護る為の戦争なのか、戦争の為の日常なのか、それを行なっている人々も分からなくなっていた。
誰の意思も感じられない戦争など児戯にも劣る行為。
それがゲームなのではなく、本当に人々の命を掛けて行なうことであるなら尚の事。
馬鹿馬鹿しいにもほどがある。
その力を別の方向に向けるべきである。
俺が小石を投じ、起した一つの波紋は広がる。
永遠に続くと思われていた戦争はその波紋によって大きく戦局を傾かせ、これからはマガダンの勝利として少しずつ収束していくだろう。
戦争による経済効果、人口問題や食糧問題など、もし戦争が終わってもその後に起こる問題は山積みであるかもしれない。
しかし終わった方が良いのだと思う。
無意味な戦争など無いほうが良いのだ。
例えそれが俺の目的のためから起こった事であったとしても、だ。
傲慢と笑うならば笑うがいい。
しかし俺には使命があるのだ。
【魔王との最後の戦い】
避けては通れない道。
相手が魔王だけならばここまでのことにはならなかっただろう。
しかし今、魔王の元には「俺」がいる。
【魔竜王アンブロシウス】
あいつは俺を倒し「銀河の征服者」「宇宙の覇者」「世界の王」呼び方は色々あれど、そんなものになろうとしている。
愚かとしか言いようが無い。
俺を倒して最強になれるとでも言うのか。
もし俺が仮に「最強」などという称号を持っているのならば、欲しいならばいくらでもくれてやるというのに……。
だがそれでもあいつは止まらないかもしれない。
もしかすればあいつは俺を倒すことで進化しようとしているのかもしれない。
この世の理は弱肉強食。
世界の争いが絶えない理由は簡単だ。
生物が生きていくという事は進化するということ。
進化するということは勝ち残ること。
確かにそれからすれば強いものが生き残り、弱い者は淘汰される。
それが神の決めたこの世界の生物が生きる上での絶対的法則。
だが、それが何だと言うのだ。
神の法則に反して弱いものを助けて生きてもいいのではないのか。
何故ならそれが出来ることこそが、俺は本当の意味での強者だと思う。
自分だけが生き残り、自分だけが強くある。
あいつがそう考えているならなんと器の小さいことか。
本当の強者ならば弱いものもひっくるめてその背に背負い、歩めば良い。
それは茨の道なれど、それが出来てこその強者ではないか。
進化するなら敵も味方も全員背負って進化しろ、と俺は思う。
自分だけでいいとか、自分の味方だけでいいなどというものに本当の意味での進化は訪れやしない。
それこそが弱者の考えだからだ。
『楽な道を選択するなかれ。もがき、足掻き、苦しみぬくことこそ進化の道と知れ』
とまあ長々と自論などを唱えながら俺はしばらく故郷で休息しようと思っている。
たまには休息もいいものだ。
話は変わるが、アーネットにも軍を辞めて帰るように言ったのだがテスタニア等が心配なのでしばらくは向こうの軍に残ると言う。
彼女自身は軍の空気というものに馴染んでいる。
俺と違って幼少の頃より戦場の空気を吸い生き続けていた彼女には軍の空気というものに馴染みを感じているようだ。
元々それで心の病を抱えた身であるので少し心配ではある。
ティッツェ皇女は(たぶん)暫く泣いて伏せってはいるだろうが、彼女の俺に対する気持ちは憧れ。
新しい趣が見つかれば俺の事など忘れるだろうと思う。
俺が行方不明で一番心を痛めているのはセレトニーとテスタニアだった。
彼らには悪いと思っている。
しかし分かってほしい。
俺は気の知れた彼らを、この戦いには巻き込みたくは無かったのだ。
「まあとりあえずは慌てない慌てない、一休み一休み、だな。いいよな~この開放感」
俺は身体を伸ばして自由を満喫する。
図らずも言葉遣いさえ昔に戻りつつある気がする。
「あっ!こんな所にいた!」
慌しい声と足音が聞こえる。
「「パパー」」
そう言って二人の美少女が、草叢に寝転がる俺の上に飛び乗ってくる。
ノーラとアビンクス。
彼女らはあの戦闘のあと、この星に戻ってきていた。
防衛部隊が全滅し、王女までもが死んだと思われている最中に自分達だけ先に逃げ出して無事なれば、流石に本隊には戻れない。
そういうことで娘達は故郷に帰って来ていた。
勝手なものである。
それでも二人の顔を見ると俺は全てを許してしまう。
これが親馬鹿というものなのかもしれない。
「こら、いい歳して抱きつかない。母さん達に見られたら怒られるぞ?」
何処に出しても恥ずかしくないどころか、何処に出しても引く手頭であろう美少女である娘達。
ノーラの美しいエメラルドグリーンの髪をすくい、同じくアビンクスの銀色の髪を愛でる。
口ではそう言いながらも俺は抱きつく二人の頭を撫で、少し、いやかなり嬉しいものを感じる。
自分の娘達でなければ嫁にしたいぐらいだ。
「パパ。お買い物行こうよ」
「行こう行こう。私新しい靴が欲しかったんだ。パパが良いって言う靴を買うから選んで欲しいな」
「あっ、ずるい!なら私は服を選んでもらう!」
この子達がまだ三、四歳の頃に俺はこの地を離れた。
たまに転移で帰って来てはいたが、今まではどうしても忙しくて一緒に遊ぶと言う事などなかなか出来ないでいた。
だからこの子達の誘いを断る事など俺には出来ない。
「仕方がないな」
「「ヤッター!!」」
「あれ?そういえばアベルはどうしてる?行くなら誘わないか?」
「ああ、アベル兄さんね。誘ってもいいけど来ないんじゃないかな?」
「だよね~。最近部屋に閉じこもってるし……」
「あいつ、まだ落ち込んでいるのか?」
「うん」「当分無理じゃないかな」
アベルはとある事で落ち込み、自室で膝を抱えて陰に篭っていた。
とある事とはメープル王女の恋物語の始まりであった。
もちろんアベルとのではない。
俺は怪我をした二人を連れてこの星に帰ってきた。
メープル王女とアベルの生存はアスマン軍には報告せず、まだ秘密にしてある。
当分それを表にすることはない。
滅び行くアスマン王国。
当然メープルは意識を取り戻してから何度も帰ろうとした。
しかし俺はそれを止めた。
帰るということは死にに行くのと同意語であるので、死んだことにしてここで身の振り方を考えよと説得した。
その説得の折に彼女は出会ってしまった。
俺の息子である長男のカインに……。
【バビロン王 カイン=マキシス】
彼は俺の後をついで十歳の時に王となった。
兄弟の中でもずば抜けて頭の良い子で、まあ、俺から見ても天才という人種であった。
親馬鹿だから言うわけではないぞ?
それに、彼がもって生まれた魔眼がこれまたかなりマズイものだった。
カインの魔眼。
それは【絶愛の魔眼】
純粋なる魅了の魔眼。
ただしそれは人ならず魔獣や悪魔、果ては無機物から運命すらも魅了する魔眼。
曰くカインに剣は通じない。
なぜなら剣自身が彼を傷つけるその前にその身を自ら打ち砕く。
曰くカインに魔法は通じない。
なぜなら魔法自身が彼を傷つけるその前に霧散して消え失せる。
カインの魔眼は常に発動しており、彼はいつも目を細めてあまり力が周りに影響を与えないようにと気を使っている。
カインの人柄自体がそもそも攻撃の意思を持たれない友好的なものであり、彼の存在自体が万人に愛される稀有なるもの。
そういう人物であり、さらにそんな魔眼の持ち主であった。
おかげで交渉事に於いてカインが失敗をすることは無い。
相手は彼に害をなす事などできず、最善策を捜し、自らをなげうってまでカインを助けてしまうからだった。
子供の頃から慣れ親しんだ家族である俺達にはある程度の抵抗力はあるものの、初めて会ったものは当然のように彼の虜になる。
そしてメープル王女はカインに出会ってしまった。
アベルが落ち込み、部屋に引き篭もる理由を察していただけるだろうか?
彼は彼女の心をカインに奪われ、初めて自分の中にあるメープル皇女への思いに気がついたのである(まあ怪我の功名という訳ではないが、カインのおかげで彼女は自国への帰還をあっさりと投げ捨てたのであったのだが…)。
アベルは落ち込んだ。
自分の命を投げうってまで彼女を助けた理由。
アベルは生まれて初めてそれが「恋」、いや彼女に対する「愛」だと気付いた。
しかし気がついた時には彼女の心は自分の兄のものであった。
「仕方の無い奴だな。今晩にでも部屋から引きずり出して剣の稽古でもつけてやるか。汗を流せば少しは気が紛れるだろう」
アンブロシウスはこんな時、何と慰めていいのか思いつかない。
はっきり言ってアンブロシウス自身、両手では数え切れないほどの女性と付き合い、十三人もの愛する妻がいる。
記憶にある限り、アンブロシウスは好意を持って近付いた女性に振られたことがなかったからだった。
「それじゃミレニアはいないのか?」
俺は長女のミレニアのことを二人に聞く。
「ミレねえはいつも教会で子供達の面倒見ているからいないよ?」
少し寂しそうにアビンクスが言う。
おかげで最近は中々遊んでもらえないので少し寂しいのだが、かといって自分が子供達のところに行くともみくちゃにされるので近付きたくないのだと言う。
まあ子供達はアビンクスの耳や尻尾に纏わりつくだろうな。
俺でも娘でなければきっとそうするだろう。
「ああ、そういえば買い物に行くならブネも連れて行こう!」
悪魔である妻達はセーレを筆頭に未だマガダンで暮らしている。
帰郷すると彼女達に声を掛けたのだが、ついて来ると言ったのはブネだけだったのだ。
彼女にしては珍しい行動であった。
【ゴスロリ少女(?)ブネ=マキシス】
元魔王の配下の魔人であり、俺の妻の一人。
ただ結婚した今でも何を考えているのか分からないことが多い。
行動パターンは常に集団行動。
いつも仲間であるセーレ達の側にいて、結婚する時も皆がするからという理由で俺と結婚した。
だが俺はそんな彼女を愛している。
初めての出会いは碌なものではなかったが、俺は魔王城で一緒に暮らしていたときに本当の彼女を知った。
彼女は感情を余り表に出さないが、かなりの甘えん坊であった。
人見知りではあるが、一度心を許した相手には結構従順である。
口調は時々きつい時もあるのだが、仲間想い。
人間で心を許したのは俺とアリスだけかもしれない。
おかげでセーレ達以外の他の妻との付き合いも薄い。
俺の娘や息子達ともあまり話をしようとしない。
まあそんな訳なので、この機会で仲良くなってもらおうと思う。
『可愛い物好きだからファンシーショップにでも連れて行けば、娘達との会話もはずみ、仲良くなれるだろう』
娘達が着替えて用意をしている間に、俺はブネの部屋に向かう。
彼女の部屋の前に着いたが、何やら中から声がする。
誰かと話をしているようだ。
「……ええ、そうよ。間違いないわ。分かっているわ。あなたこそ本当にあの方に伝えてくれるのでしょうね!ええ……それじゃ……」
深刻そうな会話。
部屋の気配を探ってもブネ以外の気配は感じない。
衛星間通信装置で話しをしているのかもしれない。
俺は部屋の扉をノックせずに扉を少しだけ開け、中を覗く。
鍵はかかっていなかった。
彼女の部屋の中は無数の人形やアクセサリーが至る所に並べられていた。
黒のレースのカーテンが部屋のあちこちにたれ下がり、彼女はそんな中でピンクのベッドに持たれかかり、溜め息をついている。
俺は気配を消して部屋に忍び込み、ブネの背後の立つ。
そして取り敢えず胸を揉んで見る。
「×○#△*+@!?」
うむ、いつもながらのAカップ。ブネである。
次の瞬間、俺は余りの痛みに悲鳴を上げる。
頭に噛み付かれました。
俺から離れ、毛を逆立ててネコのように威嚇するブネ。
「いっ、いつからそこにいるの!?」
「イタタ、少し前からだが?」
「聞いた?」
「いや、意味の分からない話をしていたのは聞いてしまったが、予想しようか?」
俺は聞いてしまった彼女の会話から予想される有力なパターンを模索しようか考える。
「やめて。分からないならそれでいいの……」
するなと言う事を無理にする気も無いので、俺は考えることをあっさりと放棄する。
「で、何の用?」
「おいおい、用が無ければ妻の部屋に入ってはいけないのか?」
「別に構わないけど、次はノックぐらいしてもらえる?」
確かに礼儀知らずではあった。俺は反省する。
「ああ、そうするよ。それより用事はあるんだ。ノーラ達が買い物に出掛けると言うので一緒に行かないか?」
「ブネは……」
彼女は少し思案する。
断られるかと思ったのだが、返ってきた返事はYESだった。
俺は三人を伴って眼下の街に買い物に出掛ける事にした。




