新たなる戦場
【作戦名 ブリューナク】
アンブロシウスンの命令書、つまり作戦本部長直々の命令書を掲げ、アーネットが実行する。
文面が一部ラブレターの様になっている恥ずかしさは忘却する事にした。
それよりも作戦を成功させる方が大事だったからだ。
作戦の事を全く知らされていなかった大将ヴォルドは怒りに我を忘れて叫ぶ。
「アンブロシウス少将はまだか!回線を早く繋げ!それと風神を早く停めよ!」
しかし返ってくる返事はどれもこれも彼の命令にそぐわぬことばかり。
かたや単機出撃し、敵陣領域に単身で乗り込み通信妨害で連絡は取れず。
かたや風神は既に自動操縦で制御不能と言う。
出来ることと言えばアンブロシウスの指示通りに危険領域からの撤退のみ。
ここにきて彼は大将でありながら蚊帳の外の傍観者と化していた。
セレトニーは自艦の中で流石に今回ばかりは笑うことも出来ず、顔に手をやり、アンブロシウスの暴挙をどう自分が保護できるか考えていた。
結論。
見当も付かない。
「お前、流石にこれはやりすぎだ。軍法会議だけで済めばよいが……」
下手をすると階級剥奪の上に軍刑務所送りになる可能性もある。
そうなれば妹のティッツェ皇女が自分に縋りつき、泣き叫ぶ姿が目に浮かぶようであった。
「さてはて……どうしたものか……」
職務放棄、敵陣への単独出撃、大将の命令もなしの作戦の実行、帝国の重要拠点ともなりえる「風神」基地の独断稼動(おそらく破壊目的)。
数え上げればきりがなかった。
セレトニー皇族ではある。
しかしこれ程の不祥事を庇いだて出来るほど、軍部での権力までは持っていなかった。
「どうするつもりだアンブロシウス。もし作戦が成功してもこれでは……考えがあるのだろうな……」
亜高速で突き進む風神は崩壊した雷神の吐き出した反物質の炉に直撃する。
「超新星クラスの爆発が起こる!?」
と誰もがそう思い、その凄まじい爆発と衝撃に身をすくめる。
しかし一向にその気配はなく、風神はその宙域を通り過ぎ、惑星メテオドスへの直撃コースを突き進む。
風神が通り過ぎた後には、炉の全てが跡形も無く粉々になって消滅していた。
「反物質を積んでいるというのは嘘であったのか!?」
メープルは目の前であった出来事を見て、自分達は騙されていたのだと慌てる。
「確認していますが光波データは炉崩壊時に大量のプラズマ波を観測しています。反物質を保管していたものではないかとと思われます」
「では何故爆発が起きない!?」
作戦参謀であるマードックがメープルの言を受け、オズオズと憶測を口にする。
「メープル閣下。推測ですがプラズマシールドが反物質を包み込んだプラズマごと取り込んでいるのではないかと……」
彼は自信なさ下に口にするがそれはまさにこの状況を言い当てていた。
このあたりには太陽のような恒星は無い。
宙域温度はほぼ絶対零度地帯。
その中でプラズマエネルギーが優しく包み込むかのように反物質を内包し、それを更にプラズマシールドが飲み込む。
結果、巨大な反物質爆弾となった惑星サイズの風神。
それが彗星と化して護るもののいないメテオドス宙域を我がもの顔で突き進む。
もう誰に求められない。
これを止められるものなど存在しない
亜高速まで加速した巨大な物体。
その上防衛の要という事で設置された新型の巨大なプラズマシールド。
その中に取り込まれた反物質。
ここまで大掛かりで巨大で強力な爆弾は、アスマンマガダンの両歴史上存在しなかった。
別にアンブロシウスはこの事を見越して風神を使った作戦を立てたわけではなかった。
結果としてそうなっただけ。
本来反物質爆弾を無事にこの宙域にまで牽引してこれただけで作戦のほぼ全てが完了していた。
ここまでの航路で妨害に会わなかったことを踏まえると、アスマンには雷神を爆発させずに制御して取り戻す算段があるのではないかと考える。
もし取り戻されたときの事を考えて立てた作戦であった。
曰く、取り戻された雷神に風神をぶつけ、本来の爆弾としての使命を果たさせるというもの。
しかしアスマンは反物質爆弾のことを知らなかった。
だとしても雷神を爆発もさせずに止められてしまったのは確か。
次の作戦が発動したのだが……。
両軍が見守る中、歴史が動く。
人類史上最大級の人為的爆発。
彼らの目の前で彗星となった風神が惑星メテオドスに直撃する。
目も眩むような閃光が世界を包み込む。
突然に太陽が現れたかのように感じる。
直視すれば目を焼かれていたかもしれないほどの光。
メテオドスはそのエネルギー波を受け、ビリヤードの玉のように弾き飛ばされる。
行く先に待ち構えるは宇宙の黒い穴、ブラックホール。
そこに凄まじい速さで飛び込んでいく。
ブラックホールに飛び込んだメテオドスという星は、まるで風船の様に歪み、捩れ、圧縮されていく。
小さく小さくなっていくメテオドス。
一瞬の静寂。
ここまでが両軍の最新鋭の機器で認識、観測できた全てであった。
ジジ、ジジ
真っ暗な闇で赤いランプだけが点滅し、むき出しになった電気コードの束が幾重にも重なり飛び出し、火花を上げる。
そんな中、一人の少女が呻き声を上げる。
「アッ、ツッ、私は……生きている……のか……」
メープルは気がつけば床に倒れ伏していた。
足並みの揃わぬ中、遅れる戦艦たちを鼓舞するかのように最後尾で巨大戦艦を走らせていたメープル。
しかしそれでも光速の半分近いスピードではあったが、かなりの距離を稼いだつもりであった。
だがその爆発の凄まじさは予想を遥かに超えたものだった。
非常用のライトが点滅する中、メープルは辺りを見回す。
人よりも遥かに頑丈な鬼の遺伝子を持つ王族であればこその回復力。
それでも体中が悲鳴を上げている。
「よく生きていたものだな……」
顔に垂れ下がる髪の毛にはベッタリと血が付着している。
間違いなく自分の血であろうと彼女は思う。
今は衝撃で全身が痺れているので痛みは感じないが、もう少しすれば耐え難い痛みが体中を駆け巡るのだと思うと少し不安になる。
彼女の大型戦艦は外から見れば無残にもボロボロになり、形をとどめているのはブリッジ付近のみとなっていた。
生命維持装置が働いているのは奇跡のような風体。
彼女が率いていた三千の艦隊は全滅であった。
もしワープを使ってまで逃げていれば全滅は免れたかも知れない。
しかし彼女は最初の雷神のもつ反物質爆弾で、もしメテオドスが生き残ったならばこの宙域を死守せねばならなかった。
それゆえ退却は爆発を避けられるギリギリの極力近い宙域。
まさかメテオドスがブラックホールと対消滅し、融資観測以来最大級の爆発が起こり、予定宙域を全て飲み込んでの爆発が怒る等とは予想していなかった。
気がついたときには既に遅かった。
耐えうる事などできるはずもない爆発のエネルギー波の奔流。
ワープして逃げる間もなかった。
「誰か!誰かいないか!」
生き残ったクルーを捜し、声を上げるメープル。
唯一残された戦艦のブリッジ周辺。
凄まじい衝撃に耐えられるほどの肉体を持つものなど、ブリッジのクルーの中には彼女以外にはいなかった。
いや、もう一人いた。
彼女はぼやけた頭で一人の成年のことを思い出す。
「アベル!?アベルはどこ!?」
彼女の声に応える声は無い。
いつもであればすぐさま帰ってくる、あの心地よい声の持ち主からの返答は無い。
そうして彼女はぼやけた血の滲む目をこすり、再度辺りを確認する。
「!?」
彼女は声なき声で悲鳴を上げる。
アベルはいた。
彼は彼女の背後。
途轍もない硬い戦艦の鋼鉄の壁に、埋もれるような形でそこにいた。
爆発の起こる直前。
【先読みの魔眼発動】
彼の目に、彼にとって大切な女性、メープルが鋼鉄の壁に叩きつけられ、脳髄と腸を撒き散らし壁のオブジェとなって死ぬ姿が見える。
咄嗟に彼女と壁の間に身体を割り込ませる。
彼が意識を保っていたのはそこまでであった。
致死量の衝撃をアベルが身代わりになる事で彼女は助かる。
しかしその結果アベルは……その様な姿になっても死なずになんとか生きていた。
内臓破裂、全身の骨という骨が折れ、まがり、飛び出し、生きているのかどうかも分からない状態。
いや死んでいなければおかしい状況であった。
これで生きているのだから師匠であるアムネジアの漫画的修行も役に立ったのかもしれなかった。
彼がまさか生きているとは思っていないメープルは、その姿を見て叫び声も上げられず固まる。
その時、彼女の背後に黒い空間が開き、一人の白い髪の男が現れる。
「良かった。生きていたか」
彼女が目にしたのは先程の白い魔導機兵に乗っていた男。
アンブロシウスであった。
メープルは咄嗟に腰の剣に手をやる。
たったそれだけの動作にもかかわらず、彼女は痛みのあまり身動きが取れなくなる。
彼は彼女を無視し、アベルに近付く。
彼がアベルに触れる。
すると内臓をはみ出し、ほとんど血肉の塊となっていたアベルの姿が彼女の記憶にある彼の姿に戻っていく。
それはまるで夢を見ているかのような治癒魔法。
時間を撒き戻しているかのようであった。
「これでいい……」
そういうと彼はアベルを肩に担ぐ。
「悪いがもう魔力が底をつきかけていてな。君を治すのは後回しだ」
メープルは動かない体で、唯一自由になる口を開く。
「アベルを救ってくれたことには感謝す……る……」
彼女は意識を失った。
こうして惑星メテオドスの戦いは幕を閉じる。
アスマン軍、死傷者数百万(正確な数は今だ不明)。
マガダン軍、死傷者0、行方不明者1。
「雷神」「風神」を失うも、惑星メテオドス周辺宙域艦隊、そして惑星メテオドスとブラックホールという帝国最大の砦を篭絡。
数千年もの時をかけて行われてきたアスマンとマガダンという銀河の三分の一を掛けて行われてきた戦争。
二つの均衡はついに破られることとなった。
軍神と呼ばれた男、アンブロシウス。
彼が立案したたった三つの作戦。
「双頭の狼」「トールハンマー」「ブリューナク」
それは一年にも満たない短い期間であったが、彼の起した奇跡のような作戦は確実にマガダンという国に圧倒的な勝利をもたらし、戦争という歴史に大きな波紋を起したのであった。
マガダン軍が元メテオドス宙域を探索した結果、形が残っていることが奇跡と思われるようなアスマン戦艦の残骸を見つける。
しかし結果はやはり生存者、0。
そしてその側には軍神アンブロシウスと呼ばれた男の愛機、アマテラスの腕だけが漂っていた。
彼の生死は不明。
それによりマガダン軍の行方不明者1、と記される事になる。
彼の生存は絶望視された。
それから数ヶ月が経ち、彼の階級は二階級特進。
アンブロシウス=マキシス大将となる。
彼が立てた最後の作戦「ブリューナク」及び彼の取った行動の全てがマガダン国コンピューターフィアレンスが承認したものであることが発覚したのだ。
それにより彼の行動の全てが英雄的行為であったことが認められた。
ただ残念ながら彼の捜索は打ち切られ、死亡認定完了。
そして二階級特進と共にマガダン最高の名誉勲章「英雄桜星勲章」が彼に送られることとなった。
平民出の将校では歴史上初めて贈られる勲章。
英雄として皇居の墓碑にその名が刻まれ、未来永劫彼はマガダンの英雄として祭られる。
彼の死を弔う式は、マガダンの国葬として執り行なわれることになる。
その参列者数は数千万を超え、彼の墓に参る為と本国へのチャーター便はむこう十年予約で埋め尽くされることとなった。
その混乱を解消する為と、急遽、帝国中の各惑星に彼の慰霊碑が設置されると言う異例の事態が生じた。
どれ程広く国民に慕われた英雄であったのか。
彼が一般的に庶民に愛されたその陰には、彼の英雄伝をアニメから小説、果ては映画まで作り、広く国民に彼の英雄的行いを浸透させたS&Aという会社があったのだが、歴史に語られることは無い。
そうして二年の月日が流れた。
アスマン国はその国力を半分にまで落とし、マガダン勢力は益々その勢力を強くする。
そんな中、とある戦場で巨大な白い戦艦が十隻のマガダン軍戦艦と対峙していた。
白い戦艦の甲板に設けられた発射台に光が点灯していく。
「スサノオ部隊発進許可を求む」
そう言い放ち、操縦桿を握るはフルフェイスの鬼のような仮面を被る男。
マスクの下の左目だけが金色に光る。
彼が搭乗している機体は黒く、巨大な角を生やした四本腕の鉄の巨人。
機体の背中には巨人の三倍はあろうかと思える巨大な推進装置が取り付けられている。
ミサイルポッド、レーザー撹乱装置、大口径の戦艦クラスのビームライフル二門を搭載したバックパックのようなコンパクト推進装置。
ただ、巨人に比べて余りにも大きい為に、その本体が前部に取り付けられてある巨人なのか、それともそのバックパックにあるのかは疑問である。
彼の機体以外にも同じようなバックパックシステムを搭載した巨人が七機、その横に並ぶ。
「スサノオ部隊発進せよ!幸運を祈る!」
白い戦艦の名は神無。
今そのブリッジに立つ、角を生やした長い銀色の髪の少女より命令が下る。
「了解。スサノオ部隊出撃する!」
推進装置に火が灯り、巨人達が白い戦艦より飛び立つ。
今、新たなる戦いが始まろうとしていた。




