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次なる作戦

 ティターンが退却していく。

「今のはかなり不味かった……」

 目の前が真っ暗になり、意識が一瞬飛んでいたようだ。

「宇宙ではGが低いと言ってもこれは耐えられるもんじゃないな……」

 吐き気を押さえ込み、アンブロシウスは汗で顔に張り付く前髪を鬱陶しく思いながらつぶやく。

 右へ左へと肉体限界を超えるGが掛かってはいくらなんでも無茶であった。

 もしかしたら百を超えるGがかかっていたかもしれない、と思う。

 少しばかりの休息の後、自分が進軍の邪魔にならないようにその宙域を離れる。

 その戦場を離れ、冷静になって感じることがある。

 目に見えるわけではない。

 その雰囲気が自分に近いものであり、今までは気が付かなかった。

 「場を支配する空気」と言えば良いのだろうか。

 この宙域を包む雰囲気におかしなものを感じる。

「そう言えば先程の唄……もしかしてアビとノーラか?」

 どういう経緯で敵の軍に加担しているのかは知らない。

 しかしそうであれば合点がいってくる事がある。

 特異な能力を持つ自分の娘たち。

 思い返せば先の戦闘は何かがおかしかった。

 茶番のような戦闘。

 戦闘空域を見つめ、冷静になって考えるアンブロシウス。

「そういう事か……如何!?」

 アマテラスを最大加速で飛翔させ、アンブロシウスはテスタニアに通信を入れる。

 雷神はもう既に目の前にまで来ていた。

 そうして彼が向かうは敵軍のど真ん中。


「先程の白い魔導騎兵が単機でこちらに向かってきます!」

 通信士オペレーターの言葉を聞き、メープルは艦隊に迎撃命令を出そうとする。

 が、次の言葉を聴いて思いとどまる。

「敵機より入電!通信を繋げと言っているようです!」

 メープルは艦隊にバリアを張らせ、その通信を受信するように命じる。

 目の前のモニターに男の顔が映し出される。

 そして、それが先程までの凄まじい戦闘を繰り広げていた人物かと困惑する。

 映像に映る男。髪は白いがまだ若く、色男と言っても過言で無い美麗な男だったからだ。

 彼女が頭の中で想像していたのは老練の、顔に古傷を持つヒゲをたくわえた猛者のような男。

 目の前のモニターに映し出された男が、本当にあの魔導機兵の中に乗っている同一人物なのかと疑う。

「私の名はアンブロシウス。マガダン軍の少将をしているものだ」

「お前が!?あのモスプログを落とし、軍神と呼ばれている男か!」

「私の事をご存知なら話は早い。あなたはこの軍の指揮官か?」

「そうだ。私がメテオドス防衛艦隊総司令官メープル=ニーニョだ」

「ほう、あなたがあの鬼姫か。噂では身長二メートル以上の牙と角を生やしたアマゾネスという話だったが……噂とは当てにならないものだな。まさかこんなに可愛いお嬢さんだとは」

「お前は世間話をしに来たのか?」

「ああ、そうでしたね」

 つい可愛い女性を見ると思考回路が明後日の方向に向かうアンブロシウスであった。

「単刀直入に言わしていただく。私の話を信じてもらえるなら、この宙域から今すぐ撤退して頂きたい。いや、逃げろ。もう時間が無い」

「逃げろ?だと、何を言っている。気でも触れたか?お前こそこの状況が分かっているのか。投降するなら今の内だ。今ならばそれなりの待遇を持って捕虜にしてやろう。本来ならば今すぐにでも撃ち殺してやるところだが、私にしては寛大なるほどこしだと思うがな。どうだ?」

「本当に知らないようだな。あの雷神には反物質を詰め込んだ炉が山ほど詰め込まれてある」

「なっ!?」

『反物質だと!?聞いていないぞ!?もしあれを撃墜していたらこちらの軍は全滅していたではないか!?諜報部のやつらめ、居眠りでもしていたのか。いや、それとも私がここに派遣されたことは誰かの……』

 通信を聞いていた者たちがざわめく。

 防衛線どころではない。

 それが本当の話なら雷神は巨大な反物質爆弾。

 これでは防衛線の意味が無いからだ。

 それを知っていたならば前線をもっと先の地に設置し、それを迎え撃てたものが、これでは既に王手を掛けられたも同然であった。

 それがもうじきこの宙域全体にばら撒かれる事になるという。

 もしそんなものがばら撒かれれば、ここはブラックホールの側にある宙域。

 エンジンをつけることも出来ず、ブラックホールに吸い込まれるか。

 それとも反物質に触れて爆発して果てるか。

 選択肢はどちらにしろ絶望的であった。

「全速転進!全艦すぐこの宙域から避難しろ!!」

 悩むメープルの意見も聞かず、そう命令を下したのはアベルだった。

「アベル!勝手な事をするな!」

 話の真意も確認せず、王国の要である砦を放棄しようというのだ。彼女が思案するのは無理も無い話。

「アベル?」

 アンブロシウスはモニターに映るメープルの背後に一人の男の姿を見て驚く。

 「なんでお前がこんな所にいるんだ!?」と、声に出さなかったのは奇跡かもしれない。

「メープル様!時は一刻を争います!目の前にいる男は嘘を言う人ではありません。それだけは絶対に私が保障します。だから早くお逃げください!!」

 別のモニターに映るマガダン軍が、先程の戦闘宙域に差し掛かる姿が見える。

 そうしている間に、マガダン軍は防衛の為のシールドを解除、無防備な状態で四方八歩に逃げるさまを目にする。

 あるものはワープをし、あるものは最大加速でちりじりとなっていく。

 編隊も何もあったものではなく、まるで突然の退避命令で右往左往しているように思われた。

 この男の話を信じた訳ではない。

 しかしアベルは自分に嘘を言ったことなど、今まで一度も無かった。

 彼女は「先読みの魔眼」の進言を信じる事にした。


「全軍退却!責任は私が取る!」

 アスマン軍の全艦隊に命令が下り、防衛しなければならない惑星メテオドスの宙域を放棄して離れる事になる。

 しかし足並みが揃わず、その命令に対する動きが鈍い。

 一撃たりとも砲撃をすることもなく、敵を目の前にしての退却命令である。

 それも当然のことと言えよう。


 アンブロシウスはこの宙域を攻略することを諦めたわけではない。

 本来であればこのことを知らせずに、このまま彼らにはここで果ててもらっても良かった。

 彼らがこの宙域に留まることを良しとしなかった理由は、一重に自分の娘たちが彼らの中にいる事に気がついたからであった。

 まさか息子のアベルまでいるとは思っても見なかったのだが……。

 彼が人質になっていることは知ってはいた。

 が、それは政治的体面での事。

 それがまさか軍に入り、このような第一線で活躍しているなどとは夢にも思っていなかった。

 もし娘の唄で気がついていなければ、とおもうと少し血の気が引く思いであった。

 転進をする両軍。

 そうして彼らはその奇跡を目にする。

 

 アンブロシウスが戦った宙域に浮かぶティターンの破片。

 それら無数に散らばる破片は雷神にとっては僅か砂粒ほどの小さなものだった。

 たとえ超加速で当ったところで、軍事ステーション雷神の重装甲ならそれ程の甚大なダメージは受けないはずであった。

 その宙域を進む雷神に幾つかの光が突き刺さる。

 それは最後にティターンが放ったレーザー。

 それが遅れて到達し、雷神の巨体に小さな穴をうがつ。

 しかしレーザーコーティングされた何十にも厚い防御壁を持つ雷神は、そんな小さな穴ではびくともしない。

 その開けられたわずかな隙間。

 穴ともいえないヒビの様なものに、どのような角度を持ってか、砕かれたティターンの破片が突き刺さる。

 僅かなそのヒビはまるで薄いガラスにひびが入るかのように雷神全体に広がっていく。

 凄まじい速さで移動する雷神は、とうとう自重を支えられなくなって自己崩壊していく。

 中からは無傷の反物質を詰め込んだと思われる炉が赤いパイプに繋がり、連なって飛び出してくる。

 そのさまは遠く離れてみれば小さく、かつ徐々に、振動や騒音も無く、ただ波打ちぎわで崩れる砂の城のように感じられた。

 巨大な雷神が崩れていく。

 その中から雷神と言う生物の体の中に閉じ込められていた血管が飛び出してくる、そのように見えた。

「こっ、これは!?」

 メープルはそのさまを見て驚愕を隠せない。

「確かに今世紀最大のマジックだな……」

 惑星サイズの宇宙ステーションが砂の様に崩壊していく。

 何故か笑いが込み上げてくるのを押さえるのに必死になる。

 それはまるで夢でも見ているかのようであった

 こんな事がありえるのだろうか?

 アレを創るのに一体どれ程の歳月と予算、そして人員が必要だったのか計算するのも馬鹿らしいほどのもの。

 敵に奪われて爆弾代わりにされると聞き、奪還するのではなく破壊すると言う今回の作戦を立案した者は馬鹿ものだと思ったものだ。

 しかし、いざそれを破壊する作戦の指揮を取る事になり、仕方がないので華々しくほふってやろうかと思っていた。

 雷神を簡単に破壊できるというので先鋒を任せた。

 特異な能力を持つアベルの姉妹きょうだい達。

 たった二人の少女による、意味不明の行動。

 このような結末が待っていようとは思いもしなかった。


「夢幻の如く砂となりけり、か……」

 だが笑ってばかり入られない。

 あの男の言ったことが本当なら、あの炉の中にある反物質がこの宙域に拡散するのは目に見えていた。

 別に散らばるとは言っても空気のようなものではない。

 目に見えるタンクのような炉の中に納まる反物質の塊。

 しかしそれが一度あの中より放たれれば、秒速数万キロで四方に飛び出してくる。

 もしそれが戦艦の一つと接触する事にでもなれば…、いや、エーテルエンジンの飛沫と触れるだけでも大爆発を起こす。

 一つ爆発すれば連鎖的に全てが爆発し、この宙域の全てが吹き飛ぶ。

 もし惑星メテオドスがその中で生き残ったとしても、その周辺にいる我が艦隊は全滅。

 それだけは避けねばならなかった。

 こうなっては防衛戦も何もあったものではない。

 自軍は逃げることが出来るが、心配なのはゼピュロスタワー。

 爆発に巻き込まれて破壊されることにでもなれば、自軍ですらもこの領域でのこれからの活動は不可能になる。

 高密度の星に建つタワーの頑丈さは戦艦の非ではない。

 もしかしたら爆発の規模によっては何とかなるのかもしれない。

 そうすれば戦列を整え、こちらが有利のまま敵艦隊と戦える。

 そう安易に考えていた。


「風神に乗るクルーの退避完了しました!」

「これより遠隔操作に入る。風神、プラズマシールド展開。最大加速!」

 風神に取り付けられたエンジンが、焼ききれるのもかまわず最後の最大加速を見せる。

 徐々に加速する風神の速度は、最終的に亜高速に達する。

 そして風神を覆い包むように、紫や緑の半透明のプラズマシールドが展開する。

 風神には反物質などは積み込まれてはいない。

 積み込まれたのは新型の巨大なプラズマシールド。

 これから先の防衛の為にと取り付けられたものであった。

 宇宙に咲く美しい花のようになった風神。

 それが凄まじい速さで雷神が崩壊した宙域に飛び込んでいく。

「「馬鹿な!?何を考えている!!」」

 驚愕し、手を傷めるのも構わずコンソールに拳を打ちつけるのは両陣営の指揮官達。

 光速に近い最大加速で風神を射出するはアーネット艦隊。

 アンブロシウスの「次なる作戦」の開幕であった。

 すいません。今回はちょっと短いです。

 次回でこの戦いは決着します。

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