第91話 説得の糸口
最終選考を終えた夜、私は昨晩と同じように、耳当て式受話器に賢者の石を収め、エリに話し掛けた。
「まずは、星乃とどき先生の採点を教えて貰えるかな?」
ルッシェリーナからは、入賞候補になった作品を全て渡されていたが、実際には封筒から出す必要もない。だって悪魔は、いつでもどこでも見る事ができるのだから。
案の定、エリはすぐに採点結果を伝えてくれた。
〈電子メール〉で問い合わせたと聞いた時点で諦めてはいたが、今回は私への伝言はなかった。いただいたのは、作品ごとの採点結果と簡単な講評だけだ。
評価を全て紙に書き留め、筆を置くと、今度はモレティアさんの事を考えた。
契約を見直してもらうには、どうすれば良いのだろう。
受賞に向けて弁護士に契約を確認してもらうよう、継譚商会からは既にお願いしている。けれど、不平等な条件そのものを見直そうという発想は、今のモレティアさんには全くないだろう。
なんとかして、契約に問題があると気付いてもらわなければ。そのためにも、もう少し事情を知っておきたい。
――そもそも、モレティアさんの漫画は、どうやって新聞社に持ち込まれたんだろう?
自分が物語を新聞社に持ち込もうとしていた時の事を思い出す。カレフィーネやルッシェリーナの助けがなければ、何から始めれば良いかもわからなかった。
漫画を描いていれば幸せだというモレティアさんが、あんな短期間に、自分で新聞社へ売り込みを掛けたとは思えない。
「先日の説明会の後、モレティアさんはどうしたのかな?漫画が新聞社に持ち込まれた経緯を教えてくれる?」
『説明会の後、モレティアは自宅で、食事も睡眠もろくにとらず、3連休の間、漫画の作成を継続。連休明けの出勤後も、洗濯屋の受付で、空いた時間に漫画を作成』
――うわぁ、やっぱりあの後ずっと漫画を描いていたんだ。
さらに尋ねると、洗濯屋の受付は忙しさに大きな波があり、暇な時間も多いらしい。モレティアさんは以前から、その時間を使って絵を描いていたという。
漫画を知った連休明けも、いつもの受付台で、夢中になって描いていたそうだ。
そこに現れたのが、常連客である報時新聞社の社員だった。
その社員さんは、見た事のない技法で描かれた面白い絵に興味を持ち、『風渡りの行商人』の漫画公募について聞いた。
そして、描いていた漫画と、モレティアさんが洗濯屋へ持ってきていた公募の説明資料を借り受け、新聞社に持ち込んで、関係する部署へ紹介したのだという。
「じゃあ、あの酷い契約書を彼女に提示したのは、その社員なの?」
『モレティアと新聞社との契約に、その社員は無関係』
「あれ、そうなの?じゃあ、誰があんな契約内容にしたのかな?」
私は、報時新聞社内でのやり取りを詳しく聞いていった。
漫画を借り受けた社員さんは、以前からモレティアさんの絵の腕前を知っていた。それを活かした仕事をしてみないかと、声を掛けていたらしい。
モレティアさんが美術・意匠専門校へ見学に行き、偶然、公募を知ったのも、その勧めがあったからだそうだ。
「そっか、モレティアさんは、美術・意匠専門校に通っているわけじゃないんだね」
社員さんが、社内でモレティアさんの絵を活かせそうな部署を探して、漫画を持ち込んだ先が文芸部だった。
報時新聞の文芸部は、産業日報が『風渡りの行商人』で成功している事に、強い危機感を持っていた。新しい技法を使った公募についても、情報を集めていたところだったという。
そこへ持ち込まれた漫画と説明資料を受け取ると、悪いようにはしないからと、その後の交渉を引き取ったのだ。
文芸部長は、この漫画があれば産業日報を出し抜けると大喜びで、モレティアさんの採用を決めた。
ところが、打ち合わせに呼んだ本人が、契約内容に無頓着だとわかると、「極力我が社に有利な契約にしろ」と、社内の弁護士に契約書を書き換えさせたらしい。
最初は、他社に作品の利用を許可する事も、全面的に禁じる内容だったという。
ただ、「この継譚商会さんの公募への応募も、しちゃだめなの?」とモレティアさんに聞かれると、文芸部長は少し考え込んだ。弁護士と損得を話し合った結果、公募だけは許可する条項を追加したそうだ。
「諸悪の根源は、その文芸部長だね。作家を踏みにじるその行為、許すまじ!」
いつか目にもの見せてやるぞと、私は心に深く刻み込んだ。
「でも、モレティアさん、よく公募の事を思い出してくれたよ。危うく、送ってくれた作品も無駄になるところだったね」
ほっとすると同時に、ルッシェリーナから聞いた言葉が思い出された。
ここまでの話では、最初に漫画を受け取った社員さんは、純粋に親切心から紹介してくれただけのようだ。
「もしかして、モレティアさんが言っていた『信頼できる人』って、この社員さんなのかな?」
『モレティアの発言や過去の行動から、洗濯屋の常連客である報時新聞社の社員を、深く信頼していると推察』
それなら、その人に相談しても、弁護士への依頼を反対されずに済むかもしれない。
「モレティアさんが、受賞のために弁護士へ依頼したいって相談したら、その社員さんは賛成してくれそうかな?」
『その社員の過去の言動から、賛成する可能性は高いと推定』
その答えを聞くと、契約の見直しにも光が見えた気がした。
「じゃあ、契約の内容も相談したら、不平等な条件を見直すのに手を貸してくれそう?」
『その可能性も高い。報時新聞社の社員であるため、関係者として契約の閲覧資格も有する』
「おお!それは良いね。それならなんとかなるかも」
私が知るはずのない契約の内容は、話せない。
けれど、信頼しているその社員さんに、契約書を見てもらうよう勧める事ならできそうだ。どう話せばモレティアさんに届くのか、ようやく糸口が見えてきた。
――陰から人を動かして解決するなんて、まるで物語の黒幕みたいだね。
まだ誰にも動いてもらえていないのに、私はひとり悦に入るのだった。
悪魔: ……黒幕を気取るには、ミリアナは腰が軽すぎ。
悪魔の眷属: どちらかと言えば、裏方で走り回る「黒子」ですよね。
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