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石と悪魔と平凡な私 〜世界を越えてカタチを変えて少女は〈物語〉を届ける〜  作者: 銀天儀
第3章

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第89話 不当な契約

 その後、私達は各自の推薦作品を突き合わせ、ほかの入賞候補も選び終えた。


 モレティアさんの作品は、3作とも候補に残すべきだという点で、全員の意見が一致した。同じ作者から入賞できるのは一つだけだが、今はまだ絞り込まず、明日の採点で比べる事にする。

 プリガネトと部長さんには、まず契約の懸念を伝えずに、ほかの候補作と一緒に点数を付けてもらう。その集計を終えてから事情を説明し、各賞を決める前に、扱いを相談する事になった。



 選考作業を終えて部屋に戻った私は、早速、賢者の石を耳当て式受話器(ヘッドホン)へ収めた。

 自分の声が外に漏れにくいよう、扉と窓を閉め切る。部屋には暑さが籠(こも)るが、ここは我慢だ。

 机に向かって受話器をかけ、左の耳覆いの穴へ指を差し入れる。


「エリ、モレティアさんが報時新聞社と結んだ契約について教えて。連載している作品以外にも、何か制限があるのかな?」

『契約期間中は、別の作品でも他の新聞への掲載を制限。別名や匿名での掲載も認められていない』


 別作品なら支障はない、という返事を期待していたが、残念ながら、そうではないらしい。


「そっかあ。まあ、あれだけの作品が作れる人なら、新聞社が囲い込みたくなるのもわかるけど……」


 ただ、そうなると、『風渡りの行商人』の公募に応募してきた理由がわからない。受賞作は、産業日報に掲載する予定なのだ。


「モレティアさんは、なんで応募してきたんだろう?契約の内容を、ちゃんと理解していないのかな?」

『単発の公募は例外。応募前に報時新聞社の承諾を得れば、審査・受賞・賞金の受領を認める契約。モレティアは、今回の公募への応募について承諾を得ている』

「うん?なんで、公募だけは認めているんだろう?」

『受賞により、報時新聞に連載している作者名「モレティア」が知られ、連載作品の評価も高まると期待していると推定』

「つまり、宣伝になるから応募は許しているんだ。なるほど。じゃあ、受賞した作品を産業日報に載せるのも大丈夫なの?」

『公募条件に他紙への掲載が含まれる場合は、応募作品の掲載許諾も例外として認められる。今回の応募作は、報時新聞社への登録資格の譲渡対象からも除外されている』


 それなら、契約の内容と応募への承諾を確認できれば、今回の受賞や掲載には支障がなさそうだ。

 ほっと息をついて、打ち合わせの予定も確認しておく事にした。


「モレティアさんは、カレフィーネが打った電報を受け取ったのかな?」

『電報を受け取り、先程ルッシェリーナと電話で会話。明日の10時から、彼女が居住する寮の面会室で打ち合わせる事に合意』

「おっ、もうそこまで決まっているんだね。じゃあ、午前中にルッシェリーナが契約を確認できれば、午後の最終選考には間に合うね」

『ルッシェリーナが契約内容を確認する事は困難』

「えっ、どうして?」

『契約内容を、継譚商会や他新聞社など、関係者以外へ開示する事は禁止されている』

「ええっ!」


 思わず上げた声に、自分で扉の方を振り返った。窓まで閉めておいて良かった。

 どうやら、そう簡単にはいかないらしい。


「でも、モレティアさん自身に契約書を確かめてもらえば、応募や掲載に問題がないか、答えてもらえるんじゃないの?」

『締結時には「契約は関係者外秘」と強く念押しされている。また、モレティアは契約内容について「よくわからないけど……」と発言。本人の回答だけで、ルッシェリーナが問題なしと判断する可能性は低い』

「うーん。それだと、手の打ちようがないんじゃないの?」

『本人が依頼した、守秘義務を負う弁護士への相談は可能』


 秘密を守る義務のある弁護士なら、契約書を見てもらえるらしい。

 ただ、賞に選ぶための確認なのに、作者さんに、そこまでお願いしなければならないのか。


「モレティアさんに、自分で弁護士を探して雇ってもらうのは難しいよね?」

『継譚商会が紹介する弁護士に、モレティアが依頼する方法もある。ルッシェリーナは、弁護士の手配をセルヴィンに依頼済み』

「そっか、こちらから紹介すれば良いんだ。じゃあ、少し時間は掛かるかもしれないけど、今回の応募作は受賞対象にできそうだね」


 相変わらず、ルッシェリーナは対応にそつがない。

 明日の打ち合わせに弁護士が間に合うかはわからないけれど、モレティアさんが相談に同意してくれれば、確認を進められるだろう。



「でも、受賞しても、産業日報の連載はお願いできないんだね。契約を見直してもらうのは、難しいのかな?」

『報時新聞社に見直しを求め、同社が応じれば変更は可能。モレティアに依頼しても、本人の判断だけでは変更できず、結局は同社の同意が必要。期間途中の解約も、モレティア側には同社の承諾が必要だが、報時新聞社側は本人の承諾なしでいつでも解約可能』

「あれ?新聞社の方は、一方的に終わらせられるの?契約の内容を、もう少し詳しく教えてくれる?」


 その違いが気になって聞いてみると、後に続く説明は、もっとひどかった。


 報時新聞社は、モレティアさんへの依頼を打ち切っても、別の人に、同じ登場人物や舞台で続きを描かせられるという。本人には、それを断る権利もない。


「モレティアさんが考えた作品なのに、勝手に他の人へ続きを任せられるの?しかも、新聞社の都合で契約を終わらせても、作品を返してくれないだなんて!」


 報時新聞向けに提出した漫画は、新聞社に登録資格を譲る契約になっている。契約が終わっても、その譲渡は取り消されず、作品をどう使うかは、引き続き新聞社が決めるのだそうだ。

 作者自身が別の新聞に載せたり、作品集にまとめたりするにも、許可を取らなければならない。


 さらに、原稿料が支払われるのは、最初に新聞へ掲載された時だけだった。作品集や商品で利益が出ても、追加の報酬はない。

 連載の保証もなく、新聞社が原稿を求めておきながら、載せないと決めれば、お金は支払われないという。


「それで、載せてもらえない間も、他の新聞では描けないんだよね?」

『契約が続く限り、他紙への掲載制限は変わらない』

「仕事を制限しているのに、掲載も収入も保証しないなんて、ひどいよ!」


 机に置いていた手を、思わず握り締めた。

 あれだけ質の高い作品を作るには、多くの時間と労力が必要なはずだ。どんなに才能があっても、試行錯誤もせず、いきなり完成するわけではない。


 今日読んだ3作を思い出す。絵の見せ方も、台詞の置き方も、一つ一つ考えて描かれていた。

 そんな作者さんに、描き続けられる保証すらないなんて。


 報時新聞の契約は、モレティアさんの努力を踏みにじるものだと思った。漫画を発展させたいのなら、作者に対する、こんな扱いを見過ごしてはいけない。


「途中でやめられないなら、次の契約を断る事はできるんだよね?」

『契約は3か月ごとの自動更新。更新を望まない場合は、満了の1か月前までに書面で通知する必要がある。現在は、まだ通知期限前』


 それだけは幸いだった。このままずっと、同じ条件で描き続けなければならないわけではない。


「よし!作者の権利は、ちゃんと守ってもらわないと!モレティアさんを説得して、契約の見直しを勝ち取るぞ!」


 ただし、更新を断って終わり、というのは避けたい。条件を良くして、連載は続けてもらう方向で。


――だって、あの漫画はまだ読み続けたいからね。


悪魔(エリ): 皇国にも、令和日本の下請法や労働基準法などに相当する法律は存在。

悪魔の眷属(エーアイ): ただ、著作権がありませんからね。モレティアさんと新聞社のこの契約には、内容に違法な点はありません。


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