第84話 内緒の手回し
カレフィーネは、皇都南公設賭博場の経営者との会談から戻ると、すぐに私の部屋の扉を叩いた。
机に広げていた原稿をそのままに、私は椅子から立ち上がった。扉を開けると、彼女はまだ外出用の鞄を手にしている。
「賭博場の取材、許可してもらえたよ」
「やった!助かるよ。これで第二部の翻案も、しっかり進められそう」
ところが、カレフィーネは一緒に喜んではくれなかった。目を細め、にこにこしている私の顔をじっと見つめている。
部屋へ招き入れて扉を閉めても、その視線は変わらない。私も、浮かれていた顔を引き締めた。
「それは良かったんだけどねぇ。その前に、私に何か話す事があるんじゃない?」
どうやら、取材の許可が出るように、内緒で手を回した事に気づかれてしまったらしい。
――あっ、まずい。ちょっと怒っているみたいだ。ちゃんと謝ろう。
「ごめん。うまくいくかわからなかったし、カレフィーネは知らない方が、会談も自然に進むんじゃないかと思ったんだよ」
「ふーん。兄さんの部署が、ああいう人達に恐れられているのは知っていたけどねぇ」
カレフィーネは、まだ私から目を離さない。
「今日、兄さんの話は一度もしていないのに、帰り際に『お兄さんによろしく』って言われたんだよ。どうして私との関係まで知っていたのかなぁ?」
――うん。これはもう、素直に白状した方が良さそうだ。
エリが提案したのは、継譚商会には財務局調査室とのつながりがある、と賭博場の経営者に知ってもらう事だった。
エリによると、経営者自身は真っ当な事業家でも、賭け事を扱う以上、裏の世界との付き合いを避けきれないらしい。表立って説明しにくい金のやり取りもあり、財務局に詳しく調べられるのは、何より避けたいのだという。
そんな相手との会談に、調査室に勤める人の妹が同席する。兄が妹からどんな話を聞くのか、先方としては気になるだろう。こちらから怖い言葉を使わなくても、頼みを無下にはしにくくなる、というわけだ。
「実は……二人が出かけた後で、フェルディオさんに電話したんだよ。女性二人だけで、ちょっと怖そうな人に会いに行くのが心配だって……。お兄さんから一言あれば、先方も無下にはしないかなと思って」
「なるほどぉ。それで兄さんが、『妹が会いに行くのでよろしく』って連絡したわけだねぇ」
カレフィーネの推測は大正解だ。
電話を切った後のフェルディオの動きは、エリに聞いて確かめてある。私から話を聞くと、すぐに賭博場の経営者へ電話を掛け、まさにそのとおりの挨拶をしていた。
「だから、私に付いて行けって言ったんだねぇ。最初から、私達が出発したら兄さんに電話するつもりだったんじゃないの?」
「いや、どうしようか迷っていたけど、決めていたわけじゃないよ」
これは本当だ。先方がカレフィーネをフェルディオの妹だと気づいてくれれば、電話はせずに済ませるつもりだった。けれど、エリに確かめてもらうと、二人の関係までは知られていなかったのだ。
――だから、最初から決めていたわけではないよ。うん。
「本当かなぁ」
カレフィーネは、もうしばらく私の顔を眺めてから、小さく息を吐いた。
エリに確かめたところ、フェルディオから電話を受けた経営者は、その後に持ち込まれる「取材」の依頼について、色々と悪い想像をしていたらしい。財務局とのつながりをちらつかせて、一体何を調べるつもりなのか、と身構えてしまったのだ。
私が見たいのは、部屋の様子と紙札の模様だけだ。もしかすると、余計な警戒をさせたせいで、ルッシェリーナはかえって説明に苦労したのではないか。許可が出たと聞くまでは、それも心配していた。
「まあ、色々と良い経験はできたし、今回はもういいよ。でも、兄さんの名前を出すなら、私にも先に言ってよねぇ。相手が何を気にしているのか、知らないまま話すのは困るよ」
私が頼んで付いて行ってもらったのに、カレフィーネは、自分の役割を知らないまま席に着いていたのだ。うまくいったから良いでしょう、とは言えなかった。
「うん。何も知らないまま行かせたのは、ごめん」
「もういいよ。それでね、会談でルッシェリーナの小さい頃の話を、色々と聞いちゃったんだ――」
話題が変わると、カレフィーネの声もいつもの調子に戻った。その声を聞いて、私は少しほっとした。
賢者の石の能力を、カレフィーネに知られるわけにはいかない。そのため、相談できる範囲は、どうしても限られてしまう。でも、お兄さんから連絡を入れてもらう事については、先に相談くらいはしておくべきだったかもしれない。
今回、事前にカレフィーネに相談しなかった本当の理由は、フェルディオへの連絡に反対されると思ったからだ。
カレフィーネに反対されても、先方がどこまで調べたかによっては電話をしたかった。でも、その調査状況をどうして私が知っているのかは説明できないのだ。
――だから、また黙って動く事はあると思う。なるべく相談するつもりではあるけど……。ごめんね。
悪魔: カレフィーネとフェルディオの関係は、ベルサディウス達が自力で気づけた可能性も高い。ミリアナも、知らん顔を貫けばごまかせたはず。
悪魔の眷属: その「知らん顔」が、ミリアナさんには一番難しいんですけどね。
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