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石と悪魔と平凡な私 〜世界を越えてカタチを変えて少女は〈物語〉を届ける〜  作者: 銀天儀
第3章

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第81話 祝いの食卓

 二つの卓には、色とりどりの野菜を盛った小皿や、薄く切った肉の前菜が並んでいた。

 全員の飲み物が行き渡ったのを確かめて、カレフィーネが杯を手に立ち上がる。


「じゃあ、いくよ!」


 私達もそれぞれの杯を持ち上げた。


「セルヴィンの成人を祝って!祝杯(かんぱい)!」

「おめでとう!」


 声を合わせると、向かいのセルヴィンと目が合った。彼は嬉しそうに笑い、手にした小さな酒杯を少し高く上げた。中に入っているのは米酒だ。


 異世界の物語では、こんな場面で〈乾杯〉という掛け声を使う事が多い。皇国の「祝杯」と使い方は同じだが、杯を乾かす、つまり飲み干すという意味らしい。

 皇国では、酒を飲めるようになるのは成人してからなので、成人祝いの席には酒杯を用意するのが習わしだ。ただ、酒精(アルコール)に弱い人も多く、飲み干すよう強いられる事はない。少しずつ口にして、自分がどれくらい飲めるのかを知る機会でもある。


 この顔ぶれでは、ディアネリス教授と、すでに成人しているアンデレジオスが葡萄酒(ワイン)を選んでいた。

 セルヴィンは米酒をほんの一口だけ含み、慎重に飲み込んだ。


「どう?初めてのお酒は」

「……思っていたより、喉が熱くなるな」


 そう言うと酒杯を置き、水の杯へ手を伸ばす。

 あまり酒精に強い方ではないのかもしれない。少なくとも、いつもの食事のような勢いで飲むつもりはなさそうだ。



 カレフィーネはその様子を見届けてから、改めて声を掛けた。


「それじゃあ、ご両親からどんな字を贈られたのか、発表してもらえる?」

「ああ。わかった」


 セルヴィンは席を立ち、店の奥へ進んだ。全員の顔が見える場所で、軽く姿勢を正す。


「今日は、俺のためにこんな祝いの席を設けてくれて、みんな、ありがとう。それから、ディアネリス教授。お忙しい中、贈字者として成人登録に立ち会っていただき、改めてお礼を申し上げます」

「おう。堅い挨拶はさっさと済ませて、料理を食べさせな」

「はい」


 教授に促されても、セルヴィンは慌てる様子もなく、背筋を伸ばした。


 この男は、人の注目を集める場面に強い。先日の説明会でも、熱のこもった司会ぶりで会場を盛り上げていたと聞いた。

 私だったら、あんな大勢の前へ立つだけで、何を言うつもりだったか忘れてしまいそうだ。


――適材適所って大事だよね。


「俺が贈られたのは、『拓』の字だ」


 セルヴィンの声がよく通り、みんなが顔を上げた。


「自分で新しく始めた事業を、しっかり育てていくという願いを込めたそうだ。両親の手紙には、『すでにある道を行くのではなく、誰も通った事のない場所に、新しく道を通す。そんな人物になってほしい』と書いてあったよ」


 新しく道を通す。その言葉に、私は小さく頷(うなず)いた。


 次々に新しい物語が生まれる世の中にしたい。そのために始めた継譚商会では、漫画のような、皇国で知られていなかった表現方法も広めようとしている。資金のやりくりや人集めを引き受け、思い付きを実際の仕事へつなげてくれるセルヴィンには、ふさわしい字だと思った。


――うんうん。これからも、物語を広める道を切り拓いてね。私が後ろを歩きやすいように。


「俺はまだまだ未熟で、周りの助けを借りる事も多いと思う。それでも、この字にふさわしい男になれるように努力するよ。これからも、遠慮なく叱って、足りないところは助けてくれ」

「もちろん!」

「よっ、商会長代理!」


 カレフィーネの返事に、アンデレジオスの声が重なった。ほかのみんなからも次々に声が掛かり、セルヴィンは少し照れたように笑う。

 異世界の物語なら、ここで〈拍手〉が起きるのだろう。皇国には両手を打ち合わせて祝う習慣がないので、代わりにこうして言葉を贈る。



 彼が席へ戻るのを待って、ネマリエさんが厨房から出てきた。

 大きなお盆の上に、四角い箱が載っている。


「成人のお祝いですもの。今日は、少し特別なお菓子を作ったのよ」


 セルヴィンの前へ箱を置き、そっと蓋を持ち上げる。

 中身が見えた途端、あちこちから感嘆の声が上がった。


 白く丸い菓子の上に、ひと回り小さな菓子が重なっていた。全体を滑らかに覆っているのは、泡立てた乳脂(クリーム)だろうか。縁には小さな白い飾りが隙間なく並び、その一つ一つに細い筋まで付いている。

 一番上には、薄く切った果実が花びらのように開いていた。段になった形と細かな飾りが、物語に出てくる白いお城のようだ。


――うわぁ、凄(すご)い!これ、きっと異世界のお誕生日に出てくる〈デコレーションケーキ〉だ。実物を見られるなんて!


「先代の女皇陛下が、お誕生日に召し上がっていたお菓子なの。今日のは、少し簡素にしているけれどね。以前お話しした気泡焼菓(スポンジケーキ)に、泡立てた乳脂を塗って、果物を飾ってあるのよ」

「これでも、簡素なんですか?」


 隣の卓で、カレフィーネが目を丸くした。

 ルッシェリーナは席を立ってこちらへ来ると、縁の飾りをしげしげと眺めている。


「一つずつ、同じ形に揃えてあるのですね。まるで細工物のようです」

「この白い飾りも、全部食べられるのか……」


 セルヴィンも、目の前の菓子から目を離せないようだった。


「食べるのがためらわれるくらい、きれいですね。なるほど、あれだけの冷蔵設備があれば、こんな柔らかい飾りも、崩さずに用意しておけるんだ」

「ええ。だから、皆さんに見ていただいたら、食後まで冷やしておきましょうね」


 ネマリエさんは箱へ蓋を戻しかけて、私に微笑(ほほえ)んだ。


「お食事の方は、ミリアナちゃんの手料理が主役だもの」

「まさか、ミリアナからの贈り物って、手料理の事だったのか?!」


 セルヴィンが勢いよくこちらを向いた。途端に、ほかのみんなの視線まで集まってくる。


「それはもう、凄く気合を入れて作っていたわよ。楽しみにしていてちょうだい」


 ネマリエさんはそうセルヴィンに笑い掛けると、箱をお盆へ載せ直し、厨房へ戻っていく。


――ネマリエさん、そのお菓子を見せた後で、そんな事を言わないで!そんなに期待されても困るよ!


 私も盛り付けを手伝うため、慌ててその後を追った。



 ご飯に掛けた熱々の香辛煮羹(カレー)をお盆に載せて厨房を出ると、さっきまで菓子の話をしていたみんなが、こちらを向いた。


「ずっと良い匂いがしていたのは、それだったのか」


 セルヴィンが身を乗り出す。

 まずは今日の主役の前へ皿を置いた。厨房では自信があったのに、いざ食べてもらうとなると、急に落ち着かなくなる。


「香辛煮羹という料理だよ。香辛料を使った煮込みで、ご飯と一緒に食べるんだ。少し辛いから、最初は少しずつね」


 セルヴィンが匙(さじ)を取り、ご飯と煮込みをすくった。

 口に運ぶのを、つい手を止めて見守ってしまう。


「……うまい!」


 大きな声に、思わず肩が跳ねた。

 セルヴィンはもう、次の一匙をすくっている。


「最初は辛いけど、噛んでいると肉の味と甘みが出てくるな。これは、ご飯がいくらでも食べられそうだ」

「良かった。まだあるから、足りなかったら言ってね」


 ネマリエさんにもお墨付きをもらった味だ。それでも、こうして目の前で喜んでもらえると、やっぱり嬉しい。

 私は残りの皿を配り、ネマリエさんが運んできた分も卓へ並べた。


 私が席に着く頃には、あちらでもこちらでも匙が動いていた。

 男子達は次々にお代わりを頼み、セルヴィンなどは、空になった皿と厨房の方を交互に見ている。


「ミリアナ、前よりおいしくなってるねぇ」

「ええ。香りが強いのに、食べ始めると気にならなくなるのが不思議です」


 カレフィーネとルッシェリーナの言葉に、顔が緩んでしまう。最初の試作品を食べた二人にも、違いがわかるらしい。

 空いた皿を下げに来たネマリエさんが、私のそばで足を止めた。


「喜んでもらえて良かったわね」

「はい。おいしく作れて、大満足です」


――ふふふ。これは高得点間違いなしだね。



 食後には、先ほどの菓子が切り分けられて出てきた。

 断面には、淡い黄色の生地と白い乳脂が層になっていて、その間にも果実が挟まれている。


 匙の先で切ると、生地がふわりと沈んだ。一口食べた途端、しっとりした柔らかさに驚く。優しい甘みの乳脂がほどけ、その後を果実の酸味が追い掛けてきた。


――おいしい……。これは、少しずつ食べたくなるよね。


 一切れを食べ終えるのが惜しくて、ちびちびと味わっていたという母の気持ちが、よくわかる。

 私も匙ですくう量を少し減らし、残りを大事に口へ運んだ。



 食事を終えても、漫画や投影機の話で談笑は続いた。


 隣卓の会話から、ふと「賭博場」という言葉が耳に入った。ちらりとそちらを見ると、ルッシェリーナがアンデレジオスの話に頷(うなず)いていた。


 こちらの卓では、おとなしいタルシェリオも、初めはぎこちなかったカーンバルトも、得意な話題になると口数が増えた。次第に私も気軽に話へ加われるようになり、セルヴィンの友人達との距離が少し縮まった気がした。


 ◇ ◇ ◇ 


 寮の自室へ戻ると、私は鞄を置くのもそこそこに、机の引き出しを開けた。

 耳当て式受話器(ヘッドホン)を付け、その穴へ指を差し入れる。帰り道からずっと、聞きたくて仕方がなかった事がある。


「エリ、どう?今回の〈カレー〉は、かなり良い点数だったんじゃない?」

『先ほどの〈カレー〉は95点』

「よし!エリが作るよりも良い点数だよね?」


 思わず拳を握った。

 前回から20点も上がったのだ。これなら、文句の付けようもないはずだ。


『……点数は上回っている。ただし、今回の料理はネマリエの貢献が大きい。ミリアナ単独の成果とは認められない』

「ちょっと、自分は〈カレールウ〉を使っておいて、何よ!不当判定だよ!」


 どうやら悪魔も、意外と負けず嫌いのようだ。


悪魔(エリ): これはAIによる客観的な判定結果。決して、負けず嫌いなわけではない。

悪魔の眷属(エーアイ): でも、料理の成分しか入力していないのに、誰の料理かなんて判定できますかね?


リアクションをいただき、ありがとうございます。

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