第79話 祝日の相談事
説明会の翌日は望月の祝日だった。
ルッシェリーナが産業日報社の学園支部に顔を出すと、記者が一人、机に向かっていた。ほかの机には人影がなく、紙をめくる音がいつもより大きく聞こえる。
記者は戸口に立つ彼女に気づくと、手を止めて顔を上げた。
「おや、ルッシェリーナ嬢。おはよう」
「おはようございます。連休なのに大変ですね。今日はお留守番ですか?」
「そうなんだよ。外に出ている奴はほかにもいるけどな。そういえば、本社から継譚商会宛に伝言が届いているよ。そこの伝言帳を見てくれ」
「ありがとうございます。こちらですね」
示された机へ近づくと、記者は椅子の背にもたれた。
「電話を掛けてきた奴は、閲覧室に来る絵師連中の対応で、休日なのに朝から大変だってぼやいていたぞ」
「説明会の直後ですから、この3連休が一番混むだろうとはお伝えしていました。なんとか乗り切っていただくしかありませんね」
そう答えて伝言帳へ目を落としたルッシェリーナは、その内容に目を細めた。
昨日会場を借りたのとは別の美術系専門校から、説明会の資料を分けてほしいと問い合わせが来ている。
先方は継譚商会にも電話を掛けたが、休日で連絡がつかず、公募の公告を載せた新聞社へ問い合わせたらしい。用件の下には、担当者の名前と連絡先が控えてあった。
先週日曜の新聞には、『風渡りの行商人』を題材とした短い絵物語を募集する公告を出している。新しい漫画という表現方法の見本として、タルシェリオに描いてもらった四枠漫画も載せた。
新聞に自分の作品が載るかもしれない事や、『風渡りの行商人』の先を読める事は、専門校の生徒達を中心に話題になっていた。けれど、新しい技法そのものについての問い合わせは少なく、応募を考えている者から、説明会で見本の漫画を貰えるのかと尋ねられる程度だった。
公告に小さく載せた見本だけでは、描き方が十分には伝わらなかったのだろう。興味を持った者も、詳しくは説明会で確かめるつもりだったのかもしれない。
それが、実際に絵を大きく映し、描き方を説明した途端、ほかの学校からも資料を求められるようになった。
――昨夜の説明会は、絵を教える方々にとっても、見過ごせないものだったのでしょうね。
会場には、専門校の生徒以外も入れるようにしていた。応募するためではなく、新しい技法を知るために足を運んだ関係者がいても、おかしくはない。
それにしても、翌朝、しかも祝日に問い合わせてくるとは予想外だった。ほかの学校に後れを取りたくないという気持ちもあるのかもしれない。
ルッシェリーナは連絡先を手帳へ写しながら、昨日配った資料の内容を思い返した。
あれは、四枠漫画の公募に参加してもらうためのものだ。自分達が把握している技法の全てを、説明したわけではない。
――これだけ早く広まるのであれば、残りの技法も公開を急いだ方が良さそうですね。
支部を出ると、その足でミリアナとカレフィーネの寮へ向かった。
幸い、二人とも部屋にいた。ただ、ミリアナは起きたばかりだったらしく、扉を開けた時には、まだ目元をこすっていた。
隣室から来たカレフィーネも交え、ミリアナの部屋で机を囲む。新聞社で聞いた要望を伝えると、眠そうだったミリアナの顔が明るくなった。
「もう、ほかの学校でも教えたいって思ってくれたんだね!」
「ええ。ですから、以前カレフィーネと話した、漫画の教本を出す案を進めたいのです」
カレフィーネは、机の上の説明資料を手元へ寄せた。
「画枠の数や大きさを変える描き方なんかも、まとめるんだよねぇ」
「はい。昨日の資料に、弁理士へ提出した説明と作例を補えば、薄い冊子にまとめられるでしょう」
「なるほど。それなら、説明会に来られなかった人も、自分で読んで描けるね」
「ええ。学校だけでなく、誰でも買える本にしましょう。費用も含めて、セルヴィンに確認してから進めます」
教本があれば、問い合わせのたびに個別の説明をする手間も省ける。
カレフィーネが、資料から顔を上げた。
「売り場なら、ミリアナの知り合いの貸本屋にお願いできるかもしれないねぇ。今度、新聞社の販売担当者を紹介する事になっているから、その時に聞いてみるよ」
「では、交渉をお願いします」
話を聞いていたミリアナが、机の脇から別の資料の束を取り出した。弁理士への説明に使った控えだ。余白まで書き込みのある紙を、何枚かめくっている。
「追加する描き方にも、見本の絵が要るよね。このままじゃ読みにくいし。私からタルシェリオ先輩にお願いしようか?」
「依頼は、わたくしかカレフィーネからにしましょう」
ルッシェリーナは、すぐに言葉を挟んだ。
漫画の技法は、あくまで継譚商会の提案として扱っている。ミリアナの秘密につながる入手経路まで、セルヴィンの友人達に明かして良いわけではない。
描き方についても、ミリアナが特に詳しいと知られるのは避けたい。話がはずめば口が滑る危険もある。説明会の準備でも、ミリアナとタルシェリオだけで技法の話をしないよう、気を配ってきた。
「追加する技法を、説明と一緒にまとめていただけますか?それを渡して、作例をお願いしてみます。見本として適切かどうかは、ミリアナに確認を頼みたいのですが……」
「うん、わかった。ちゃんと伝わる絵になっているか、見てもらうよ。確認は任せて」
ミリアナは、なんでもない事のように引き受けた。その返事に安心する一方で、ルッシェリーナの胸には、以前からの疑問がまた浮かんだ。
――本当に、どうやって連絡を取り合っているのでしょうか?
ミリアナと物語の作者は、特別な無線機のようなものを使っているのではないか。ルッシェリーナは当初、そう想像していた。以前見せられた作者の原稿は、郵便で受け取ったのだろう。だが、作者名の表記変更を相談すると、翌日にはもう了承を得ていた。原稿とは別に、すぐ連絡を取れる手段があるはずだった。
声や言葉だけなら、確認の早さにも説明がつく。
ところが、こちらで描いた挿絵や作例まで、時間を掛けずに向こうに見てもらえるという。郵便では、その早さを説明できない。どうにも、その部分がうまくつながらない。
隣に座るカレフィーネも何か気になったのか、資料を揃えるミリアナの手元へ目を向けた。
「ミリアナさぁ、絵を確認してもらうのに、経費はいらないの?作者さんとの連絡に必要なら、ちゃんと請求しなきゃだめだよ」
「大丈夫だよ。作者さん達と連絡を取るのに、私の方は一切お金を使っていないから」
「本当にぃ?お金以外に、何か代償を払っているとか言わないよね?」
「えっ!だ、代償……」
ミリアナの手が止まり、目に見えて動揺する。
――まさか、伝説の『悪魔の石』でも使っているというのですか?!
思い浮かんだのは、魂や寿命と引き換えに、どんな願いもかなえるという、おとぎ話の魔法具だった。
もちろん、実在を信じているわけではない。ただ、『代償』という言葉にうろたえる友人を見ると、昔から耳にしてきた話が、嫌でも頭をよぎった。
覇皇が死ぬまで侵略をやめなかったのは、戦で失われる人々の魂を、悪魔に捧げるためだったという。貴族の中には、先代女皇も同じ石を持ち、その力を使う代償として、有力な貴族家を断絶させたのだと信じる者さえいた。
ルッシェリーナは、目の前の友人を見つめた。
ミリアナは、いたずらがばれた子供のように、少し上目遣いで口を尖らせた。その表情に、恐ろしい秘密を言い当てられた深刻さはない。
「代償というか、睡眠時間は少しばかり削られているかも……」
「えぇ、どういう事?」
「だってだって、作者さんが教えてくれるお話が面白くて!ついつい夢中になって、寝る時間がなくなっちゃうんだよ」
カレフィーネは一度目を丸くしてから、肩の力を抜いた。
「なあんだ、そういう事。でも、ちゃんと寝ないと、お肌にも悪いし、成長しにくくなるっていうよ」
「わかってるよ。でも、続きが気になるところでやめるなんて、できないよ……」
だから、こんな時間まで寝ていたのか。
ルッシェリーナは、扉を開けた時の眠そうな顔を思い出し、知らず詰めていた息を吐いた。
作者との連絡手段は、わからないままだ。それでも、今のやり取りを聞く限り、心配すべきは怪しい取引より、友人の夜更かしの方らしい。
――魂や寿命を削られている人間が、こんな能天気な顔をできるとは、とても思えませんしね。
悪魔: ミリアナは軽率。石の秘密の取り扱いについては、覇皇を見習うべき。
悪魔の眷属: 相手毎に開示範囲を決めて、見せる能力を選択するというやつですね。確かに参考にはなりますが、あの変態と同じ対応を求めるのは、ちょっとミリアナさんが可哀想ですよ。
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