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石と悪魔と平凡な私 〜世界を越えてカタチを変えて少女は〈物語〉を届ける〜  作者: 銀天儀
第3章

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第76話 貸本屋の反響

 せっかく皇都の中心近くまで来たので、帰りは古書貸本屋へ寄る事にした。

 エリに教えてもらった化学専門誌を買い、投影機の部品に関する募集公告を、光学研究工房へ送るためだ。


 ネマリエさんの店を出て、いつも帰るのとは違う方向へ歩いた。道沿いには高い塀が続き、その向こうに大きな屋根や庭木が見える。

 貴族の邸宅が並ぶ高級住宅街を歩いて抜け、通りに出たところで都電に乗った。


 都電は皇城の正門横を通っていく。官庁街を抜けた停留場で下り、馴染みの古書貸本屋へ向かった。

 店へ入り、紙の匂いがこもる階段を上がる。


 目当ての雑誌は、2階の学術書の一角ですぐに見つかった。記録帳に控えた誌名と刊行号数も合っている。

 ただ、手に取ってみると、ずしりと重かった。分厚い上に、半分ほどが公告らしい。薬品名や化学記号が並ぶ紙面を眺(なが)めても、どこに何が載っているのか、さっぱりわからない。


――聴くのは得意でも、読むのはそこまで速くないんだよね。エリに、頁(ページ)番号も聞いておくんだったよ……。


 欲しいのは、東浩木業商社が樹脂製の輪帯集光板(フレネルレンズ)の技術を募っている公告だ。買って帰ってから見当たらないと困るので、最初から順に確かめていく。



 片腕に雑誌の重さがこたえ始めた頃、背後から声を掛けられた。


「おや、『悪逆の覇皇』のお嬢さん」


 振り向くと、銀縁の眼鏡を掛けた店長が立っていた。商会設立の推薦状を書いてくれた、ありがたい人ではあるのだけれど、その呼び名はやめてほしい。


「どうも、ご無沙汰しております」

「ご活躍は伺っていますよ。産業日報新聞の『風渡りの行商人』を読ませていただきました。素晴らしい物語ですね」


 私達の商会と物語の関係は、まだ広く知られているわけではない。先日の公募公告を見て、気づいてくれたのかもしれない。嬉しくなって礼を言おうとすると、店長はそのまま言葉を続けた。


「それで、この物語には、いつ覇皇が登場するのでしょうか?」

「えっ。……いえ、未公開の内容は秘密ですので、お話しできません」

「ふむ。まあ、そうでしょうね」


 私は精一杯の笑顔を保った。


――覇皇なんて出てこないよ!これ、わかっていて聞いているよね?


 以前、おっちゃんに「事あるごとに話を振ってくる」と忠告されたのを思い出す。なるほど、たしかに少しうざいかもしれない。

 店長は私の返事を気にした様子もなく、穏やかな声で続けた。


「そういえば、買取担当の彼が、あなたに相談したい事があると言っていました。お帰りの前に、3階にも顔を出していってください」


 用件を伝えると、店長は別の書棚の方へ歩いていった。

 私は気を取り直し、指を挟んでおいた頁へ目を戻す。



 それから10分以上かけて、ようやく目当ての公告を見つけた。社名と募集内容を確かめ、見失わないよう記録帳に頁番号を控えてから、代金を支払う。


 3階へ上がると、買取窓口のおっちゃんが目を丸くした。


「おっ、来てくれたのか。俺が会いたいと思っていたのが伝わったか?」

「この雑誌を買いに来たんです。店長さんから、こちらにも寄るように言われました」

「なるほどな。とにかく、こっちへ来てくれ」


 窓口の奥にある商談用の部屋へ案内され、椅子に腰を下ろす。雑誌を膝へ置き、おっちゃんの顔を見た。


――わざわざ部屋へ通すような相談って、何だろう?


「先月、産業日報の日曜版に付いていた、『風渡りの行商人』の別紙の事なんだがな」


 継譚商会の仕事の話だった。


「普段、うちじゃ新聞は貸さないんだが、あの別紙だけ試しに貸し出してみたんだ。そしたら大好評でな。戻ってくるのを待っている客がいて、部数が全然足りねえ」


 思わず、雑誌を押さえていた手に力が入った。新聞を買って読む人だけでなく、この店にも、順番を待つほど楽しみにしてくれる人がいるのだ。


「それで、新聞社に別紙の在庫が残っていて、処分するつもりなら、うちへ売ってほしい。担当の人を紹介してもらえないか?」


 それなら、まず営業担当のカレフィーネに相談してみよう。新聞社に在庫が残っているか、それを売ってもらえるかは私にはわからない。それでも、問い合わせを取り次ぐ事はできるはずだ。


「わかりました。新聞社の方を紹介できるかは、ここでは約束できませんが、まず私達の商会の担当者に相談して、こちらへ連絡してもらいます」

「おお、ありがてえ。よろしく頼む」


 おっちゃんは紙に電話番号を書き、私へ差し出した。


「連絡はここへ頼む。一緒に商会を始めた友達から、って事でいいんだな?」

「はい。そのつもりです」


 おっちゃんは紙から手を離すと、しみじみと頷(うなず)いた。


「そうか……。ついに嬢ちゃんの友達が実在すると、この耳で確かめられるわけか。なんだか親の心境だな」


――まだ疑ってたの?!おっちゃん、私の交友関係をどれだけ心配してたのよ!


悪魔(エリ): 分厚く広告だらけの専門誌から、所望の広告を探すのは苦行。

悪魔の眷属(エーアイ): 自分の専門分野なら、それほど大変でもありませんけどね。どのみち、マスターは指示するだけですし。


昨日の75話で、あとがきを修正しています。検討中のものを誤って投稿してしまいました。


リアクションをいただき、ありがとうございます。

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