第71話 いつもの絶交宣言
「あっ、セルヴィン。ちょうど良かったよ」
週明けの昼休み、学生食堂で友人達に借りてきた投影機の話をしていたセルヴィンは、背後からの声に振り返った。
食器を返し終えたカレフィーネが、こちらへ歩いてくる。その姿を見た途端、カーンバルトはぴたりと黙り、腕を組んでそっぽを向いた。
ついさっきまで「カレフィーネちゃん」の話をして、セルヴィンを羨ましがっていた威勢は、どこへ行ったのやら。
カレフィーネは空いた席へ腰を下ろし、卓上の透明な薄板の束へ不思議そうな目を向けた。
「カレフィーネがお昼にミリアナと一緒でないのは珍しいな?」
「そうだねぇ。実はさっきまでミリアナと一緒に、知産弁理士さんと打ち合わせをしていたんだけど、弁理士さんから受けた質問の回答を早くまとめておきたいからって、寮へ戻っちゃったんだよ」
「ああ、そうか。それで例の技法は、先用登録できそうなのかな?」
「うん、大丈夫そう。さすが東浩木業商社が紹介してくれた弁理士さん、仕事が早い早い。弁理士さんの見立てでは、明後日には申請が受理されて、登録を完了できそうだって」
知産弁理士は、知産登録などの手続きを代行する資格を持つ専門家だ。今回の先用登録を任せるため、セルヴィンが実家を通じて紹介してもらった相手だった。
「それなら良かった。申請が済むまで、関係者以外には技法を見せられなかったからな」
「うんうん。でも、もう少しの辛抱だねぇ」
カレフィーネは嬉しそうに笑うと、薄板を持ったままのタルシェリオへ顔を向けた。
「明後日には、タルシェリオ先輩にお願いできるようになるねぇ」
「えっ!僕……」
不意打ちだったらしいタルシェリオは、目を瞬いた。助けを求めるようにセルヴィンを見る。セルヴィンは、励ますように大きく頷いた。
「明後日、商会から正式に仕事の相談をさせてほしいんだ。今はまだ詳しい内容を言えないけど、前に少し話したように絵を描いて欲しいんだ」
「僕の絵で良いなら、手伝うけど……」
タルシェリオがためらいがちに答える。その横から、カーンバルトが椅子ごと身を寄せるように割り込んだ。
「おいおい、タルシェリオまでそっち側に引っ張るつもりなのかよ!」
「いや、カーンバルトにも、ちょっと協力して欲しいんだけど」
「な、なんだよ。俺にもか?」
セルヴィンは床に置いた投影機の鞄を軽く叩いた。
「こいつの修理を手伝ってくれよ。先生は、どこが故障しているかまでは調べていないらしい。工学系が得意なお前を当てにしていたから、故障した投影機をわざわざ借りてきたんだ」
その言葉に、カーンバルトよりも早く、カレフィーネが反応した。
「わぁ、もしかして、これはその透明な薄板を映し出せる投影機なの?」
「ああ。ディアネリス先生から借りてきたんだ」
カレフィーネはぱっと顔を輝かせた。そのままカーンバルトへ向き直り、両手を胸の前で組んで、下からじっと顔を見上げる。
「カーンバルト先輩。是非、修理をお願いします。これが使えると、とっても助かります」
「おっ、おう!任せとけ!どこが壊れていようが、俺が調べて直してやるよ!」
「ありがとうございます!」
カレフィーネの笑顔を受け、カーンバルトはみるみる顔を赤くし、それを隠すように顔を逸らす。
――どうやって修理を頼もうかと考えていたけど、心配するまでもなかったな。
セルヴィンは胸の内で苦笑した。
修理の引き受け手も決まり、セルヴィンはひとまずほっとした。そこで、教授の所へ行ったもう一つの用件も、カレフィーネへ報告しておく事にする。
「そういえば、ディアネリス先生は、俺の贈字者を引き受けてくれるそうだよ。日時は先生の都合に合わせる必要があるけどね」
「うんうん、それは良かったよ。じゃあ、予定どおりに成人祝いの食事会もできそうだねぇ。ミリアナなんて、まだ決まってもいないのに、セルヴィンへの贈り物を張り切って準備していたんだよ」
「ミリアナが?」
「うふふ。何かは、当日までの秘密だよ」
カレフィーネは愉しそうに笑うが、ミリアナの事だから、また普通では思いつかないようなものを準備しているのかもしれない。
ありがたいと思うと同時に、当日まで何も知らせてくれないのは、少しだけ不安でもある。
「セルヴィン!お前、俺達が成人祝いをしようって誘った時は、いらないって断ったのに、カレフィーネさん達の誘いは受けるつもりなのか?」
顔を逸らしていたカーンバルトが向き直り、両手を卓へついた。
――カーンバルトは自分達と話している時には「ちゃん」なのに、本人を前にすると「さん」になるんだよな。変に意識せずに、いつもの調子で喋れば良いのに。
セルヴィンが返事もせず、そんな益体もない事を考えているうちに、カーンバルトは大きな音を立てて立ち上がり、セルヴィンへ人差し指を突き付けた。
「くそぅ!お前なんか、もう友達じゃないやい!」
そう叫ぶと、腕を顔へ当てて泣き真似をしながら、駆け足で食堂を出ていってしまった。周囲の学生が何事かと振り返ったが、カーンバルトは泣く真似を止める事なく、人波の向こうへ消えていった。
――まあ、カーンバルトのこの行動は、いつもの事だからなぁ。
どうせ次の講義が始まる頃には何事もなかったように戻ってくる。アンデレジオスもタルシェリオも慣れたもので、止めようとさえしなかった。
「あららら。どうやら、私達にセルヴィンを盗られて、嫉妬させちゃったみたいだねぇ」
「いやー、それは違うと思うけどなー」
アンデレジオスがいつもの調子で突っ込んだが、カレフィーネは笑顔で受け流した。
悪魔: 学園の講義では、工学の他、医学、農学、錬金学などの実践講座も選択可能。
悪魔の眷属: 錬金学といっても、ほぼ化学ですね。実践講座では、どれも感知魔術が必須技能になります。




