第7話 申請費用
私は、ふつふつと湧き上がる怒りを胸に事務棟に向かった。
不正を暴くためには、カレフィーネに成績説明会の申請をしてもらう必要がある。
申請手続についてエリから一通り説明を受けたが、まずは申請用の書類を入手しなければ始まらない。
「申請費用の10札幣をどうするかな……」
ただお金を得るだけなら、エリの力を使えば難しい話ではない。
投資、採掘、賭博、発明……、情報こそは富の源泉であり、合法的な金儲けの手段はいくらでもあるだろう。
しかし、私のような女学生が目立たないように、となると難易度が跳ね上がる。すぐに手元に現金で、となれば、さらに困難さは増す。
たまたま誰かが大金を入れた財布を落とし、財布を拾って謝礼に――なんて簡易な展開は、ご都合主義の物語の中でもそうそう聞く事はない。
「気は進まないけど、金貸しから借りるしかないかな……」
エリに調査してもらえば、危ない業者を避ける事はできる。
カレフィーネと一緒に部屋をあされば、質に入れられそうな物がいくつか見つかるだろうか。
もしなければ、中古品の市に出向いて、エリに適当な掘り出し物を捜してもらえば、質に入れる品としては十分だろう。ただ次の市は何日だったか……。
そんな事を考えながら、ようやく生徒達の人波が引き、落ち着きを取り戻した事務棟に入った。
学生向けの窓口に、不正を実行した事務員がいる。
相変わらず、面倒くさそうに横柄な態度で生徒達に成績表を渡していた。
――あいつがカレフィーネの受験票を!
と、思わず睨んでしまうが――いけないいけない、まだあやしまれるわけにはいかないんだった。
あの事務員は、これまで不正を隠すために、難癖を付けて申請書を差し戻すなどの妨害も行っている。
申請が受理される前に気づかれると、どのような嫌がらせがあってもおかしくない。
深呼吸で気持ちを落ち着かせ、私は別の窓口で成績説明会の申請用紙を受け取った。
私は感情が顔に出やすいらしい。
カレフィーネにも、「ミリアナは黙ってても考えている事が顔に出るからねぇ。横から百面相を見ているだけで飽きないよ」なんてからかわれている。
自分でもわかっているので、身の回りの人の事や身近な事件については、必要がない限りエリに尋ねるのを控えている。
だって、もし身近に殺人犯がまぎれているのに気づいたら、すぐにその事を相手にも悟られて、真っ先に狙われてしまうだろう。
物語でも口封じの対象となるのは、知りすぎてしまった人間なのだから。
同じ理由から、歴史上の事件についても、この100年間くらいの出来事についてはなるべく聞かないようにしている。
今は平和に見えるこの国も、私が生まれた頃には軍事政変未遂などの相当な混乱があったらしいのだ。まだ、どこに陰謀や謀略の跡が残っているかわからない。
臆病な私は、自分の暮らしの裏に潜む闇なんて知ってしまったら、怖くて外を出歩けなくなると思う。
そんな私は――
「ミリアナさん。少し時間を貰えないかな?」
事務棟を出たところで声を掛けられ、目が合った途端に――思わず視線を逸らしてしまい……知らない振りをしてごまかすという選択肢を投げ捨てた。
事務棟の出入口の正面には、笑顔のセルヴィンが立っていた。私が出てくるのを待っていたようだ。
「ここだと目立つから、少し場所を変えよう。学生食堂の喫茶室でいいかな?」
大きな身振りで食堂の方角を指し示すので、しかたなく小さく頷くと、セルヴィンは私に背を向けて歩き出した。
喫茶室は飲み物や軽食を出す店で、隣接する食堂のざわめきからは少し離れて、落ち着いた空間となっている。
私も友人達とゆっくり談笑したい時にはよく利用している。
店内の座席は半分ほど埋まっていたが、席の間隔はゆとりがあるので、小声で話している分には周りが気になるほどではない。
私達は壁際の二人掛けの机に、向かい合わせで座った。
飲み物を注文すると、セルヴィンはおもむろに折り目のついた紙を取り出して、机の上に広げた。
「聞きたいのは、この手紙の事なんだ。公園の清掃員さんに、女学生さんが持って走っている姿を見かけたと聞いたんだけど……」
――やはり……。
中途半端に言い訳をしてもしかたがない。私は一気にまくし立てた!
「出来心なんです!ちょうど烏が光るものを咥えて巣に戻るのを見た後で、セルヴィン先輩が烏を追っかけていたので、もしかしたらと思ったんです。でも探している物と関係しているのかは自信がなく――とりあえず知らせておいた方が良いかな〜、なんて思ったんです!悪戯とか、からかうつもりではなかったんです!!」
書いている途中で「『脅迫状』に仕立てたら面白そう!」なんて思ってしまったのは――もちろん内緒だ。
そして、私の国で相手に謝罪をする時の所作、つまり顔の前で手を組み相手の目を見て――
「……本当に申し訳ありませんでした」
と素直に謝った。
自分にそれほど可愛気があるとは思っていないけど、こんなふうに女の子にじっと見つめられたら、年頃の男子ならば許してくれるよね?
セルヴィンは私の勢いに圧倒されたのか、ちょっと照れたように苦笑いをしながら聞いてきた。
「直接教えてくれても良かったのに、なんで手紙だったのかな?」
「いや、それは……あまりにもボロボロな姿だったので、あんまり近寄りたくないなーって……」
「……」
――しまった。思っていた事を、つい正直に言ってしまったぞ!気分を害してしまったか?!
すると、セルヴィンは大きく息を吐いたあと、表情を引き締めた。
「いや、君はなにも謝る必要はないんだ。ミリアナさん」
そして、おもむろに椅子から立ち上がり――私の横に来てひざまずき、右手の握りこぶしを胸に当て、私をじっと見つめた。
異世界では感謝をする時に手を合わせる習慣があるようだが、皇国ではこぶしを胸に当てる。
ただ、ひざまずいての感謝など、演劇でしか見た事はないぞ!
「えっ、あの――」
「あの時の俺は崖っぷちだった。君の手紙で窮地から脱する事ができたんだ。だからミリアナさんに、心からの感謝を捧げさせてくれ!」
――ちょっとやめて、周囲の視線が〜〜!お前は自分の世界に入り込む熱血型の主人公か!!
私はあたふたしながらも、セルヴィンをなだめすかして席に戻すのだった。
席に戻って落ち着きを取り戻すと、セルヴィンは声を少し落として話し始めた。
「手伝いをしている実家の商会の大事な物を、烏に盗られてしまって途方に暮れていたんだ。君のお陰でなんとか助かったよ。けれど、商会の評判に影響する話だから、あまりこの事は広めないでくれないかな」
「はい、わかりました」
もちろん、私としても秘密にしてくれるのは大賛成だ。
セルヴィンは小さく笑い、肩の力を抜いた。
「ありがとう。……それで、感謝の気持ちとして何かお礼をさせてほしい。俺にできる事なら遠慮なく言ってくれ」
お礼……いや、ここまで私を目立たせてくれたお礼も、きっちり取り立てさせてもらうぞ。
相手は裕福そうな商会の息子で、しかも今は恩を感じてくれている。この状況は有効に活用せねば!
私は机に両手をつき、勢いよく身を乗り出した。
「じゃあ、カレフィーネを、私の同室の友人を助けるために、10札幣貸してください!!」
「……10札幣?」
セルヴィンは目を瞬かせた。
おそらく、感謝の品とか食事とかを想定していたのだろう。
いきなり大金を貸してくれと言われ、とまどっているようだ。
「助けるって、何に必要なんだ?」
私は不正については触れないように、ゆっくりと事情を説明した。
カレフィーネの算術講座の成績が落第になっている事。本人の手応えからして納得できない事。試験結果を確認するための、成績説明会の申請には10札幣が必要な事――。
セルヴィンは腕を組み、眉を寄せて考え込んだ。
さすが商会長の息子だけあり、金の貸し借りについては慎重な様子だ。
「でも答案を開示してもらっても、落第が取り消されるとは限らないんじゃ?」
「カレフィーネが落第点を取るなんて絶対にありません。私は信じています!」
本当は「信じている」ではなく「知っている」。
成績説明会に持ち込めば、カレフィーネの落第はほぼなくなるのだ。
セルヴィンは私の顔をじっと見て――、歯を見せながら、にやりと笑った。
「よし、わかった。そこまで友人の事を信頼しているなら、俺も応援するよ。10札幣については任せてくれ」
「ありがとうございます!」
私はこぶしを胸に当てて感謝を示し……もう一つだけ頼み事をした。
「でも、意外だったよ。ミリアナさんは物静かに見えて、実は燃え上がる情熱の人だったんだね」
――お前がそれを言うのか!!
後日カレフィーネを紹介する約束をしてセルヴィンと別れたあと、私は歩きながらエリに聞いた。
「さっきの寸劇、周りからかなり注目されていたよね?」
『窓際の席の女子学生達は、ずっと耳をそばだて、ミリアナ達の関係を推測し合っていた』
「やっぱり……。それで彼女達はどんな結論を出していたの?」
『ミリアナは、舎弟に忠誠を誓わせ、10札幣の上納金を巻き上げた女番長』
「……」
悪魔: 西暦2026年の日本の物価で10札幣は約20万円。




