第64話 透ける表紙
セルヴィンの成人祝いに関する話がまとまったところで、私達は作業へ戻った。
明日の『風渡りの行商人』本紙連載開始に合わせ、漫画公募の告知も掲載される。組版済みの校正刷を4人で見比べ、文字の間違いや条件の抜けがないか、最後の確認を進めた。
それと並行して、説明会案内の一枚刷や大判掲示、そして説明会で配布する資料の準備もしている。
「校正刷に問題はありませんね。では、わたくしは産業日報社の学園支部へ、確認完了の連絡をしてきます」
ルッシェリーナが校正刷を手に会議室を出ると、セルヴィンは机に散らばった書類を用途ごとに揃え、金具の付いた綴じ具へ収め始めた。
その表紙は、紙でも革でもなかった。わずかに白く霞んだ薄い板を通して、一番上に挟まれた「公募要項」の文字が透けて見える。
「その表紙、便利だねぇ。開かなくても、下の紙の見出しがわかるもの」
カレフィーネに言われ、セルヴィンは表紙を指で弾いた。薄板が、ぺこんと頼りない音を立てる。
「実家で売り先を探している新素材なんだよ。木材繊維を原料にした樹脂の薄い板で、濡れても紙のようにはふやけないし、硝子より軽くて割れない。父に何か使い道を試してみろと言われて、綴じ具の表紙にしてみたんだ」
「良さそうに見えるけど、まだ用途が決まっていないの?」
「新品の時は、もっと透き通っていたんだ。でも、しばらくすると曇ってくる。傷も付きやすいし、折り曲げると白い筋も残る。それに、紙よりずっと高いからね」
カレフィーネは綴じ具を受け取ると、表紙を開いて、机に並べてあった参考画の上へ重ねた。薄板越しに、画枠と人物の線が少し白く霞んで見える。
「うーん。この板に直接、絵を描く事はできないかなぁ?」
「表紙に絵を描いて、どうするの?」
「説明会で映すんだよ」
説明の会場には、専門校の透光画片映写機があり、公募作品の参考として提示する見本を、一枚ずつ大きく映して見せる予定だ。そのためには、完成した図案を撮影し、小さな画片用の映写膜へ焼き付けねばならない。
「小さな映写膜へ焼き付けず、この大きさのまま光を通して、壁に映せたら便利そうだよねぇ」
カレフィーネは表紙を持ち上げ、光へ透かすように傾けた。
「映写膜よりも書かれている内容を見やすいし、質問されたら、その場で絵や文字を書き足す事もできそうだよ」
「それ、凄く良いね!」
私は思わず身を乗り出した。完成した絵を順番に映すだけではなく、大きな像を見せながら、その場で描き加えていく。どこか、異世界の学園を舞台にした物語で、似たような道具の話を聴いた覚えがある。
しかし、セルヴィンはすぐに賛成せず、カレフィーネが持つ薄板と、説明会用の図案を順に見比べた。
「実は、そういった投影機が軍にあるらしい。透明な作戦図を台の上へ載せて、必要な書き込みをしながら大きく映す道具だ」
「じゃあ、もう機械はあるんだねぇ」
「ああ。ただ、大きな原稿全体へ光を集めるために、精密な溝を刻んだ硝子製の平たい集光板を使うそうだ。携帯型と呼ぶらしいけど、専用の箱で運ぶほど重くて、値段も高い。軍事機密というわけじゃないが、学校や商会で気軽に使えるような代物じゃないよ」
カレフィーネは残念そうに薄板を机へ戻した。
「この板が原稿に使えても、投影機の方が高過ぎるんだねぇ」
「それに、そもそもこの素材は普通の墨液はきれいに乗らない。投影機の強い光と熱に耐えられるのかもわからないな。面白い使い道だとは思うけど、説明会へ間に合わせられる話じゃないだろうね」
「うーん、残念。でも、端材があれば、絵が描けるかくらいは試してみたいかなぁ」
「それくらいなら、実家に聞いてみるよ」
セルヴィンは綴じ具を閉じると、私の前にある確認済みの書類の山へ重ねた。
支部から戻ったルッシェリーナと合流し、私達は学生食堂へ向かった。午前中のうちに一枚刷と大判掲示の文案と図案も仕上がっていたため、昼食後に印刷へ取り掛かれば、今日中に刷り上げまで終えられる見込みだった。
休講日は食堂の利用者が少なく、献立も限られ、定食は鮎の塩焼きだけだった。私達は全員で同じ定食を受け取り、4人掛けの机を囲んだ。
セルヴィンの向かいがルッシェリーナ。私はセルヴィンの隣で、カレフィーネはルッシェリーナの隣だ。様々な指示を出すルッシェリーナが、セルヴィンやカレフィーネと話しやすいように、最近はこの席順が定着している。
けれど、よく焼けた鮎へ箸を伸ばす前に、ルッシェリーナが最初に声を掛けた相手は一番遠い私だった。
「新聞社の取材扱いで同行できないか、念のため支部長にも尋ねましたが、やはり未成年者を賭博場に同伴させるのは無理だそうです」
「えっ、聞いてくれたんだ。ありがとう。使われている紙札だけでも見たかったけど……うん、大丈夫。物語の準備は進められるよ」
機会があれば確認をしておきたいが、今はこれ以上皆を困らせても仕方がないだろうと、鮎の身を口へ運んだ。
「それでは、第二部の準備に目処はつけられますか?いつ頃まで掛かりそうでしょう」
続けて問われ、作業の残りを頭の中で数える。原本からの変更内容に検討を要する大きな問題は、ほかにはもう残っていない。文字起こしは完了しているので、あとは一つずつ翻案していけば良い。
紙札の仕組みと見え方は、まだ確かめきれていない。そこは少し曖昧に仮の描写にとどめて、ほかの場面から先に進めよう。
もちろん、そんな消極策をそのままにしておく気はない。勝負中に魔術で札を読まれないか、背後から絵柄を覗けるかは、なんとか確認したい。でも、話の大筋を変えるような変更ではないので、新聞社に提示した後でも修正は可能だろう。
「あと1か月くらいで、提出できると思うよ」
ルッシェリーナは箸を置き、少し考えてから慎重に日程へ落とし込んだ。
「わかりました。では余裕を見て、産業日報社には第二部の原稿を、およそ2か月後となる8月末に提示すると伝えておきます」
私が示す予定への信用のなさも、少しはあるのかもしれない。でも、第一部の連載期間を考えれば、もともと提示を急ぐ必要はないのだろう。
「うん、新聞社との調整はよろしくね。大丈夫、それまでにはしっかり原稿を準備しておくから、任せて!」
私は自信満々に胸を張った。
この時はまだ、2か月もあれば余裕だと、そう甘く考えていたのだ。
悪魔: 予定は未定。計画とは夢物語。目標なんぞ刹那の幻。
悪魔の眷属: 現実って厳しいですよね。でもマスター、せめて予定を守ろうとする姿勢くらいは見せても良いのでは?




