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石と悪魔と平凡な私 〜世界を越えてカタチを変えて少女は〈物語〉を届ける〜  作者: 銀天儀
第3章

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第60話 守るべきもの

 プリガネトが帰るのを見送り、打ち合わせをしていた会議室の戸が閉じられた。


 廊下へ消えていく靴音を聞きながら、カレフィーネは、ルッシェリーナがミリアナに苦言を呈(てい)するのを見守っていた。


「プリガネト先生とは秘密保持契約を結んでいますし、ああ見えても口の固い方です。あなたが物語の先の展開を知っていると、外で吹聴(ふいちょう)する恐れはないでしょう。しかし、あなたと作者の秘密を守るためにも、不用意な発言は慎(つつし)んでください」

「……はい。ごめんなさい」


――ミリアナも、入手先を明かせない漫画の技法を広めたいなんて、無茶な願いを聞いてもらっているからねぇ。


 それなのに、事前の注意を忘れて口を滑らせたのだ。さすがのミリアナも言い訳はせず、膝の上で重ねた手へ視線を落としていた。


「公募に関する外部との打ち合わせは、今後、わたくし達だけで対応します。ミリアナは物語の準備に専念し、放浪の女剣士さんの活躍を、早くわたくし達に読ませてください」


――あらあら、声は穏やかだけど、言葉にはほのかな棘(とげ)が忍(しの)んでるよ。


 それをしっかりと感じ取ったようで、ミリアナの肩がまた小さく丸まった。


 ◇ ◇ ◇ 


 翌日の講義後、カレフィーネは公募の準備を手伝うため、ルッシェリーナの寮室を訪ねた。


 二日後の日曜日には、『風渡りの行商人』の本紙連載が始まる。その初回紙面に、絵物語を公募する公告も掲載される事が決まっていた。公募と説明会の概要、応募者への特典、採用作品を新聞へ掲載する可能性を宣伝する。


 公告を見た者から問い合わせが来ても困らぬよう、応募条件や説明会の要項は、それまでに整えておく必要がある。


 ただし、先用登録を申請するまでは、漫画の具体的な技法や参考作品を見せる相手は、秘密保持契約を結んだ関係者に限る。それらを広く示せるのは、その次の日曜日になる予定だ。その日の紙面で、技法や参考作品も含めた詳しい公募内容を、改めて公告する。


 机上には、公募要項の草案と、絵師達への説明に使う資料が、所狭しと並べられていた。


「はい、これ。応募作品の例を、ミリアナがまとめてきたよ。翻案へ戻ってからも、公募の事が気になって仕方なかったみたい」


 カレフィーネが渡した紙へ目を通し、ルッシェリーナは途中で手を止めた。


「これは……。原作の補完、脇役(サブキャラ)の掘り下げ、裏話、異説分岐(イフストーリー)、お笑い(ギャグ)、日常ほのぼの、世界設定の考察、登場人物の感情の掘り下げ……愛犬や愛馬の愛らしい擬人化も希望、ですか。公募向けの説明資料というよりも、ミリアナ自身が読みたい作品の一覧ですね」

「うん。本人も、そのつもりで書いたんじゃないかなぁ」


 カレフィーネ自身、原作を題材とした絵物語に、これほど多様な方向性があるとは思っていなかった。けれど、ミリアナが提示した作品例を見ると発想の幅が広がり、応募者が自分の得意分野を生かす助けにもなりそうだ。


「ミリアナが一人でこれだけの案を考えたのであれば、恐ろしいほどの発想力なのですが……」

「うん。やっぱりこれも、秘密の方法で聞いただけだって、本人は言っていたよ」


 そう尋ねられると予想していたカレフィーネは、困ったように笑った。向かいのルッシェリーナは、やはりため息をついている。


「あとね、絵の見栄えや完成した漫画だけじゃなくて、優秀な構図や脚本も個別に賞を与えて、下描きや脚本も募集対象にしたら良いんじゃないかって。そうすれば、絵を仕上げる力とは別に、物語や構成を考える才能も見つけられるかもしれないでしょう?」

「なるほど。採用する者を絵師に限る必要はありませんね。むしろ日刊で連載するなら、脚本、下描き、作画を分担できる体制の方が、1人に負担を集中させずに済みます」


 ルッシェリーナは草案の余白へ部門の追加を書き込みかけ、筆記具を止めた。そのまま、額へ片手を当てる。


「ミリアナが気軽に提示してくる情報は、どれも完成度が高過ぎますね。漫画の技法もそうですが、この提案は、実際に短納期で継続した作品作りをしている人達からの意見のように感じます。どれも有用なものなので、公開すればあっという間に世間の注目を集めるでしょう」


 新聞社から「日刊連載にできる新しい企画」を請(こ)われただけで、ミリアナは新たな紙面の表現技法に加え、物語の世界を広げる宣伝手法まで持ち込んできた。


 絵や物語を作る人材を公募で集めるのは、カレフィーネの発案だ。でもミリアナは、それを見越していたかのように、公募が効率良く進み、有効な制作体制が構築されるような提案を口にしてくる。


 しかも、これだけ次々と提案してくるのだから、彼女が隠している秘密の全貌からすれば、これらはまだごく一部に過ぎないのだろう。



「広めれば広めるほど、隠すのは難しくなるねぇ」

「いいえ。隠す対象を取り違えなければ、必ずしも相反しません。隠すべきなのは技法や仕組みではなく、それらの由来だけです」


 カレフィーネは秘密を守る難しさを心配したが、ルッシェリーナはそれを否定した。


「ミリアナが目指す『自由に物語を楽しめる文化』を実現するために、わたくし達が守るべきものは3つあります。1つ目は、誰もが自由に使える技法や表現。2つ目は、制作者の権利と報酬を確保する個々の作品。3つ目は、ミリアナが知識や技術を入手する経路です。公募に向けて、まず考えるべきは1つ目です」

「『漫画』の技法は、まず先用登録の申請を進めているよね?」

「はい。でも、先用登録では自分達の事業しか守れません。目指しているのは、漫画の技法を『公知』にして、誰でも利用できるようにする事です。一番確実なのは、知産登録を申請し、技法が公開された後で、登録を放棄する方法です。ただ、今回は発明者が不明のために申請資格を得る事ができないのです。しかも、今回の公募では『四枠漫画』に限定した絵物語を募集しますが、ミリアナから聞いた漫画の表現手法は、もっと幅広いものです」

「そっかぁ、全部網羅するなら、漫画の技法をまとめて、書籍として出版しないとだめかもねぇ」

「はい、それも一つの方法です。なるべく早く公開できるように、手を打つ必要があります」


 ミリアナの理想を形にするのは、思った以上に難しい事らしい。



「2つ目の作品の権利については、知産登録を成立させてしっかりと守ります」

「うん、公募で採用した作品を公開する場合は、制作者本人を登録権利者とする知産登録の申請を継譚商会が代行し、代わりに作品を独占的に利用する権利を貰(もら)うという契約は、そのためだよね」

「はい、その通りです」


 ルッシェリーナは、公募条件をまとめた資料を机の一番上に置いた。


「そして3つ目が、情報の出所の秘匿(ひとく)です。ミリアナが秘密を抱えたまま、安心して物語を広められるようにする。それこそが、わたくし達が継譚商会を作った最大の目的です」


悪魔(エリ): 技術の公開を目的とした知産登録は『防衛登録』と呼称。

悪魔の眷属(エーアイ): こちらの世界の特許における『防衛出願』と同じですね。

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