第59話 絵師の本能
翌日、私達は公募の案をセルヴィンと共有した。
「なるほど。漫画だっけ。これが載ると、紙面の雰囲気も大きく変わるんじゃないかな。もともと産業日報新聞は経済紙で、見た目が難しそうと敬遠されるという話も聞くしね」
新しい表現手法はセルヴィンにも好評だった。
彼はもともと、読書よりも体を動かす方が好きで、『風渡りの行商人』も一通り読んで「面白い」と言ってはいたものの、カレフィーネ達ほど感動してはいないように見えた。だが漫画については、私の拙い絵で表現した画枠付き脚本でも、いたく気に入ったようだ。
「短編じゃなくて、全部の話を漫画で描いてくれたら、もっと気楽に読めるのになあ」
セルヴィンのつぶやきを聞いて、私も残念な気持ちになる。
――そうなんだよ〜。悪魔の世界には『風渡りの行商人』の漫画版もあって、こちらも大人気らしいんだよね。
つくづく賢者の石に絵を映す機能がないのが悔やまれる。
セルヴィンにも賛同が得られたので、ルッシェリーナがまとめた企画書を4人で確認し、先用技術・技法適用除外登録の申請費用、賞金、説明会の会場費、応募作品を扱うための契約について、一つずつ検討していく。
「必要な額は、今の商会資金で賄えるよ。せっかく日刊連載へつながる企画なんだし。賞金も、絵師達が本気で挑みたくなる額を用意しようか?」
商会の資金に余裕があるためか、セルヴィンが威勢の良い提案をする。でも、私は首を振った。
「いや、賞金だけを目当てに参加するような絵師さんより、物語を好きになって描いてくれる人を集めたいな。だから、作品作りの労力と時間に見合った適正な額で良いと思う」
「まだ、日刊連載が確約されたわけではありません。産業日報社との合意までは無駄な出費は避けてください」
ルッシェリーナにも釘を刺され、セルヴィンは少し残念そうに頷いた。
「じゃあ、説明会で使う参考作品として、ミリアナの画枠付き脚本を漫画の形に仕上げてみないか?実は、タルシェリオは絵を描くのが得意なんだ。よく雑記帳に落書きをしているけど、これがなかなか上手いんだ。頼めばきっと引き受けてくれる」
セルヴィンが推薦したタルシェリオは、いつも彼と一緒に昼食を取っている友人の一人だ。
「そうだねぇ。説明用だし、職業絵師に依頼するほどの必要性はないけど、ミリアナの下描きよりは、少し整えた方が良いかもねぇ」
「うっ、た、確かに、もう少し見栄えを良くするのは必要かも……」
「良いでしょう。まず一度試しに描いてもらい、仕上がりに問題がなければ採用しましょう。ただし、具体的な話をするのは先用登録を済ませてからにしてください。また、作業の対価もしっかりと支払います」
こうして、必要な予算と説明会用の参考作品についても方針が決まり、漫画の公募は少しずつ具体的な形を取り始めた。
次は、肝心の応募者をどう集めるかだ。
◇ ◇ ◇
それから二日後。私達は、日曜版の挿絵を担当しているプリガネトという絵師を学園の会議室に招き、公募の相談を持ちかけた。
エリから問題が多いと聞いて警戒していたのだが、実際に会ってみると、なんというか、一目見ただけで忘れられない人物だった。
湿気を含んでぼさぼさに広がった髪。厚い眼鏡の奥にある、寝不足らしい窪んだ目。蒸し暑い時期にもかかわらず、年季の入った革の上着を羽織っている。あちこち擦れて色も剥げているが、本人はこの暑さでも手放す気がないようだ。作品の仕上がりだけでなく、身だしなみにも独自のこだわりがあるらしい。
ルッシェリーナが、面識のない私を紹介する。名前と、継譚商会の一員である事だけを伝えた。一方、以前から彼を知るカレフィーネは、「先生、今日もよろしくお願いしますねぇ」と挨拶を交わしていた。
挨拶が済むと、プリガネトはすぐに腰を浮かせ、両手を落ち着かなそうに擦り合わせた。
「ぐふふふ。美女3人に囲まれて相談など、未だかつて吾輩の人生にない状況である。実に気持ちが落ち着かないのである」
――本当に、話し方まで個性的な人だなぁ。
笑顔を返したつもりだけれど、頬のあたりが引きつっているのが自分でもわかる。
私とは違い、カレフィーネはいつもの柔らかな微笑みを崩さない。ルッシェリーナも、その独特な挨拶など聞かなかったかのように、さっそく本題へ入った。
「今回、プリガネト先生にお願いしたいのは、先生が教壇に立っている美術・意匠専門校の生徒さん達のご紹介です」
「ふむ。我が生徒達を、絵師として紹介せよと?」
「はい。年齢も、現在の職業も問いません。ただ、提示する技法で『風渡りの行商人』を題材とした短編の絵物語を作り、公募に参加していただきたいのです」
美術・意匠専門校は、皇国が定める公的な教育制度に基づいた学校ではない。昼間は働いている大人が、仕事を終えた後の夜間に通い、絵画や意匠を学ぶ塾のようなところらしい。
都市の電化に伴い、新しい工業製品が次々と作られるようになった。見た目と使い勝手の両方を考える工業意匠家の需要も高まっている。
そのため、学び直して仕事の幅を広げたい職人や、本業の傍ら意匠家を目指す人達が、そうした専門校へ大勢集まっているという。
カレフィーネは、生徒達がプリガネトの挿絵担当をたいそう羨ましがっていると、本人から聞いていた。
『風渡りの行商人』を読みたい。自分の手でその世界を描いてみたい。そう考える生徒が多いなら、こちらから提供できるものは、賞金だけではないはずだ。
「参加を希望し、条件にご同意いただいた方には、『風渡りの行商人』の第一部の全編をお読みいただけるようにします」
ルッシェリーナが条件を口にした途端、プリガネトは身を乗り出した。
「ほうほう。まだ新聞に出ていない第一部の続きを、応募者は先にまとめて読めるというのですな?」
「はい。物語の一場面を題材にしていただくので、公開済みの場面だけでも応募は可能ですが、未公開部分もお読みいただけるようにします」
「その報酬ならば、多くの生徒が参加を望むのは間違いないのである」
「もちろん、応募の意志と守秘について誓約書を提出の上で、産業日報社内の閲覧室で読んでいただきます。冊子の持ち出しや複写は認めません」
第一部の未公開部分を応募者へ開示する事についても、新聞社から内諾を得ている。
日刊連載そのものは、まだ正式に決まっていない。それでも産業日報社は、公募の公告と採用作品の掲載へ向けた準備には同意し、先用登録でも掲載事業者として指定される事を了承していた。
「説明会は学校で開き、未公開部分を読みたい応募者だけ新聞社へ通わせるのであるな。うむ、説明会の会場については、専門校に吾輩から話を通しておくのである」
それを聞いて、カレフィーネはこぶしを胸にあてて感謝を示した。
プリガネトは、見本として卓に広げた画枠付き脚本を手元へ引き寄せた。縦に並ぶ4つの画枠を指先でたどり、最後まで行くと、もう一度最初の枠へ戻った。
「しかし、新しい表現で、しかも日刊新聞の連載になるかもしれないとは、聞き捨てならぬのである!」
プリガネトは上着の内側から手帳を取り出すと、筆記具を構えた。
「締切はいつであるか?吾輩もぜひ応募させてもらうのである!」
「いいえ、先生は駄目です」
ルッシェリーナはぴしゃりと拒絶する。
「先生には、日刊連載まで引き受ける余裕はありません。日曜版の挿絵に専念し、締切までにしっかりと仕上げてください」
「ぬぅ。しかし、これは絵師の本能を揺さぶる話であって……」
納得しかねる様子のプリガネトだったが、カレフィーネがすかさず宥めにかかる。
「うんうん、大丈夫ですよ。プリガネト先生には、応募者ではなく審査者として、しっかり参加していただきますから」
「なるほど、吾輩は審査する側か。未熟な表現を見極め、良き才能を選び出す。それもまた、先達たる絵師の役目であるな!」
プリガネトはようやく筆記具をしまい、満足そうに胸を張った。
――しかし、ルッシェリーナもカレフィーネも、この癖の強そうな人の手綱を取るのが上手いもんだなぁ。
そのまま話がまとまるかと思いきや、プリガネトは再び手帳へ手を伸ばした。
「しかし、審査者の大役を全うするには、物語へのより深い理解が必要である。審査までに、吾輩へ第二部の原稿も貸し出すべきであるな!」
「第二部は、まだ提供できる段階にありません。準備が整うまでお待ちください」
「ぬぅ……。ならばせめて、あの放浪の女剣士が第二部にも登場するかだけでも、教えてもらえぬであろうか」
その人物が第一部に姿を見せる場面は、ごくわずかだ。けれど、第二部からは主人公と共に旅をし、物語の中心を担うようになる。
短い登場場面だけで、その重要性に気づくとは。さすが、徹夜で第一部を読み込んだだけはある――そう感心した途端、答えが口からこぼれていた。
「登場しますよ。第二部からは主要な登場人物として、大活躍しますから」
プリガネトは厚い眼鏡の奥で目を見開き、卓へ両手をついた。
「なんと!ならば、一刻も早く第二部を吾輩の手元へ届けるのである!先の展開まで理解してこそ、ふさわしい挿絵を描けるというもの!」
「提供できるようになれば、すぐに先生にお届けします。それまでは、まず日曜版の挿絵を締切に間に合わせてください」
ルッシェリーナがすかさず釘を刺す。その横顔を見た途端、打ち合わせの前に言われた事を思い出した。
「今回の話は、わたくしとカレフィーネで進めます。ミリアナに同席していただくのは、技法についてわたくし達では答えられない質問が出た時、その内容を入手元へ正確に持ち帰っていただくためです。それ以外の話には、なるべく口を挟まないでください」
――そうだった。いらない事を話さないように、って言われていたんだった!
第二部は、まだ完成の見通しさえ立っていない。それなのに、早く読ませてほしいと迫る人を、自分の一言で増やしてしまった。
――もしかして私、自分で自分の首を絞めちゃったかな?
悪魔: ミリアナに漫画版『風渡りの行商人』を見せられないのは残念。
悪魔の眷属: マスター、ミリアナさんに散々自慢してましたよね。大人げない。




