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石と悪魔と平凡な私 〜世界を越えてカタチを変えて少女は〈物語〉を届ける〜  作者: 銀天儀
第3章

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第59話 絵師の本能

 翌日、私達は公募の案をセルヴィンと共有した。


「なるほど。漫画だっけ。これが載ると、紙面の雰囲気も大きく変わるんじゃないかな。もともと産業日報新聞は経済紙で、見た目が難しそうと敬遠されるという話も聞くしね」


 新しい表現手法はセルヴィンにも好評だった。


 彼はもともと、読書よりも体を動かす方が好きで、『風渡りの行商人』も一通り読んで「面白い」と言ってはいたものの、カレフィーネ達ほど感動してはいないように見えた。だが漫画については、私の拙(つたな)い絵で表現した画枠付き脚本でも、いたく気に入ったようだ。


「短編じゃなくて、全部の話を漫画で描いてくれたら、もっと気楽に読めるのになあ」


 セルヴィンのつぶやきを聞いて、私も残念な気持ちになる。


――そうなんだよ〜。悪魔の世界には『風渡りの行商人』の漫画版もあって、こちらも大人気らしいんだよね。


 つくづく賢者の石に絵を映す機能がないのが悔やまれる。



 セルヴィンにも賛同が得られたので、ルッシェリーナがまとめた企画書を4人で確認し、先用技術・技法適用除外登録の申請費用、賞金、説明会の会場費、応募作品を扱うための契約について、一つずつ検討していく。


「必要な額は、今の商会資金で賄(まかな)えるよ。せっかく日刊連載へつながる企画なんだし。賞金も、絵師達が本気で挑(いど)みたくなる額を用意しようか?」


 商会の資金に余裕があるためか、セルヴィンが威勢の良い提案をする。でも、私は首を振った。


「いや、賞金だけを目当てに参加するような絵師さんより、物語を好きになって描いてくれる人を集めたいな。だから、作品作りの労力と時間に見合った適正な額で良いと思う」

「まだ、日刊連載が確約されたわけではありません。産業日報社との合意までは無駄な出費は避けてください」


 ルッシェリーナにも釘を刺され、セルヴィンは少し残念そうに頷(うなず)いた。



「じゃあ、説明会で使う参考作品として、ミリアナの画枠付き脚本を漫画の形に仕上げてみないか?実は、タルシェリオは絵を描くのが得意なんだ。よく雑記帳(ノート)に落書きをしているけど、これがなかなか上手いんだ。頼めばきっと引き受けてくれる」


 セルヴィンが推薦したタルシェリオは、いつも彼と一緒に昼食を取っている友人の一人だ。


「そうだねぇ。説明用だし、職業絵師に依頼するほどの必要性はないけど、ミリアナの下描きよりは、少し整えた方が良いかもねぇ」

「うっ、た、確かに、もう少し見栄えを良くするのは必要かも……」

「良いでしょう。まず一度試しに描いてもらい、仕上がりに問題がなければ採用しましょう。ただし、具体的な話をするのは先用登録を済ませてからにしてください。また、作業の対価もしっかりと支払います」


 こうして、必要な予算と説明会用の参考作品についても方針が決まり、漫画の公募は少しずつ具体的な形を取り始めた。


 次は、肝心の応募者をどう集めるかだ。


 ◇ ◇ ◇ 


 それから二日後。私達は、日曜版の挿絵(イラスト)を担当しているプリガネトという絵師を学園の会議室に招き、公募の相談を持ちかけた。


 エリから問題が多いと聞いて警戒していたのだが、実際に会ってみると、なんというか、一目見ただけで忘れられない人物だった。


 湿気を含んでぼさぼさに広がった髪。厚い眼鏡(メガネ)の奥にある、寝不足らしい窪(くぼ)んだ目。蒸し暑い時期にもかかわらず、年季の入った革の上着を羽織っている。あちこち擦(す)れて色も剥(は)げているが、本人はこの暑さでも手放す気がないようだ。作品の仕上がりだけでなく、身だしなみにも独自のこだわりがあるらしい。


 ルッシェリーナが、面識のない私を紹介する。名前と、継譚商会の一員である事だけを伝えた。一方、以前から彼を知るカレフィーネは、「先生、今日もよろしくお願いしますねぇ」と挨拶を交わしていた。


 挨拶が済むと、プリガネトはすぐに腰を浮かせ、両手を落ち着かなそうに擦(こす)り合わせた。


「ぐふふふ。美女3人に囲まれて相談など、未だかつて吾輩(わがはい)の人生にない状況である。実に気持ちが落ち着かないのである」


――本当に、話し方まで個性的な人だなぁ。


 笑顔を返したつもりだけれど、頬(ほお)のあたりが引きつっているのが自分でもわかる。


 私とは違い、カレフィーネはいつもの柔らかな微笑みを崩さない。ルッシェリーナも、その独特な挨拶など聞かなかったかのように、さっそく本題へ入った。


「今回、プリガネト先生にお願いしたいのは、先生が教壇に立っている美術・意匠専門校の生徒さん達のご紹介です」

「ふむ。我が生徒達を、絵師として紹介せよと?」

「はい。年齢も、現在の職業も問いません。ただ、提示する技法で『風渡りの行商人』を題材とした短編の絵物語を作り、公募に参加していただきたいのです」


 美術・意匠専門校は、皇国が定める公的な教育制度に基づいた学校ではない。昼間は働いている大人が、仕事を終えた後の夜間に通い、絵画や意匠(デザイン)を学ぶ塾のようなところらしい。


 都市の電化に伴い、新しい工業製品が次々と作られるようになった。見た目と使い勝手の両方を考える工業意匠家(デザイナー)の需要も高まっている。


 そのため、学び直して仕事の幅を広げたい職人や、本業の傍(かたわ)ら意匠家を目指す人達が、そうした専門校へ大勢集まっているという。


 カレフィーネは、生徒達がプリガネトの挿絵担当をたいそう羨(うらや)ましがっていると、本人から聞いていた。


『風渡りの行商人』を読みたい。自分の手でその世界を描いてみたい。そう考える生徒が多いなら、こちらから提供できるものは、賞金だけではないはずだ。


「参加を希望し、条件にご同意いただいた方には、『風渡りの行商人』の第一部の全編をお読みいただけるようにします」


 ルッシェリーナが条件を口にした途端、プリガネトは身を乗り出した。


「ほうほう。まだ新聞に出ていない第一部の続きを、応募者は先にまとめて読めるというのですな?」

「はい。物語の一場面を題材にしていただくので、公開済みの場面だけでも応募は可能ですが、未公開部分もお読みいただけるようにします」

「その報酬ならば、多くの生徒が参加を望むのは間違いないのである」

「もちろん、応募の意志と守秘について誓約書(せいやくしょ)を提出の上で、産業日報社内の閲覧室で読んでいただきます。冊子の持ち出しや複写は認めません」


 第一部の未公開部分を応募者へ開示する事についても、新聞社から内諾(ないだく)を得ている。


 日刊連載そのものは、まだ正式に決まっていない。それでも産業日報社は、公募の公告と採用作品の掲載へ向けた準備には同意し、先用登録でも掲載事業者として指定される事を了承していた。


「説明会は学校で開き、未公開部分を読みたい応募者だけ新聞社へ通わせるのであるな。うむ、説明会の会場については、専門校に吾輩から話を通しておくのである」


 それを聞いて、カレフィーネはこぶしを胸にあてて感謝を示した。



 プリガネトは、見本として卓に広げた画枠付き脚本を手元へ引き寄せた。縦に並ぶ4つの画枠を指先でたどり、最後まで行くと、もう一度最初の枠へ戻った。


「しかし、新しい表現で、しかも日刊新聞の連載になるかもしれないとは、聞き捨てならぬのである!」


 プリガネトは上着の内側から手帳を取り出すと、筆記具を構えた。


「締切はいつであるか?吾輩もぜひ応募させてもらうのである!」

「いいえ、先生は駄目です」


 ルッシェリーナはぴしゃりと拒絶する。


「先生には、日刊連載まで引き受ける余裕はありません。日曜版の挿絵に専念し、締切までにしっかりと仕上げてください」

「ぬぅ。しかし、これは絵師の本能を揺さぶる話であって……」


 納得しかねる様子のプリガネトだったが、カレフィーネがすかさず宥(なだ)めにかかる。


「うんうん、大丈夫ですよ。プリガネト先生には、応募者ではなく審査者として、しっかり参加していただきますから」

「なるほど、吾輩は審査する側か。未熟な表現を見極め、良き才能を選び出す。それもまた、先達たる絵師の役目であるな!」


 プリガネトはようやく筆記具をしまい、満足そうに胸を張った。


――しかし、ルッシェリーナもカレフィーネも、この癖(くせ)の強そうな人の手綱(たずな)を取るのが上手いもんだなぁ。



 そのまま話がまとまるかと思いきや、プリガネトは再び手帳へ手を伸ばした。


「しかし、審査者の大役を全(まっと)うするには、物語へのより深い理解が必要である。審査までに、吾輩へ第二部の原稿も貸し出すべきであるな!」

「第二部は、まだ提供できる段階にありません。準備が整うまでお待ちください」

「ぬぅ……。ならばせめて、あの放浪の女剣士が第二部にも登場するかだけでも、教えてもらえぬであろうか」


 その人物が第一部に姿を見せる場面は、ごくわずかだ。けれど、第二部からは主人公と共に旅をし、物語の中心を担うようになる。


 短い登場場面だけで、その重要性に気づくとは。さすが、徹夜で第一部を読み込んだだけはある――そう感心した途端、答えが口からこぼれていた。


「登場しますよ。第二部からは主要な登場人物として、大活躍しますから」


 プリガネトは厚い眼鏡の奥で目を見開き、卓へ両手をついた。


「なんと!ならば、一刻も早く第二部を吾輩の手元へ届けるのである!先の展開まで理解してこそ、ふさわしい挿絵を描けるというもの!」

「提供できるようになれば、すぐに先生にお届けします。それまでは、まず日曜版の挿絵を締切に間に合わせてください」


 ルッシェリーナがすかさず釘を刺す。その横顔を見た途端、打ち合わせの前に言われた事を思い出した。


「今回の話は、わたくしとカレフィーネで進めます。ミリアナに同席していただくのは、技法についてわたくし達では答えられない質問が出た時、その内容を入手元へ正確に持ち帰っていただくためです。それ以外の話には、なるべく口を挟まないでください」


――そうだった。いらない事を話さないように、って言われていたんだった!


 第二部は、まだ完成の見通しさえ立っていない。それなのに、早く読ませてほしいと迫る人を、自分の一言で増やしてしまった。


――もしかして私、自分で自分の首を絞めちゃったかな?


悪魔(エリ): ミリアナに漫画版『風渡りの行商人』を見せられないのは残念。

悪魔の眷属(エーアイ): マスター、ミリアナさんに散々自慢してましたよね。大人げない。

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